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心のままに選ぶとしたら
しおりを挟むヴィオレッタの初めての口づけは、なんだかもう、色々と凄かった。(正確には二度目になるかもしれないが)
いつの間にかぽーっとして、頭の中がふわふわして、体中の力が抜けて。
ランスロットが貞操の危機にあったとか、目の前に恋敵がいるとか、それらすらもうどうでも良い様に思えて、最後はいつの間にか気を失っていた。
再び気がついた時。
ヴィオレッタは見知らぬ部屋で、やっぱりランスロットの腕の中に抱かれていた。
一番に目に入ったのは、間近でヴィオレッタを心配そうに覗き込むランスロット。
その背後に立っているのは、何故か疲れた様子のキンバリー。
向かい側の椅子には、ヴィオレッタを含む三人を、どこか達観した様子で眺めているハロルドがいた。
遠くから微かにオーケストラの演奏が聞こえてくる、夜会の音楽だ。どうやらまだ王城にいるらしい。
きょろ、と遠慮がちに周りを見回すヴィオレッタに、キンバリーが声をかけた。
「目が覚めた様だな、ヴィオレッタ嬢。気分はどうだ?」
「え? あ・・・大丈夫です・・・」
目が覚めたらランスロットの腕の中とは、なんとも既視感のある体勢である。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられ、心配そうに顔を覗き込まれている事も、どこか懐かしい。
あの時とは違うのは、唇が少しひりひりしていることくらい・・・
・・・ひりひり・・・?
ヴィオレッタは暫し考え、そっと指で自分の唇に触れる。少し腫れぼったく感じるのは気のせいか。
いや、気のせいではない。だって。
だって、あんなに。
・・・あんな?
「・・・」
・・・あら。
あらあら、あら?
失神前の行為を完全に思い出したヴィオレッタは、ぽんっと音が出るかの如く赤くなる。
「おやおや。うちの義娘は何を思い出しているのかな?」
ハロルドの声には半分呆れ、半分揶揄いが混じっている。
「ヴィオレッタ・・・大丈夫? ごめん、加減できなくて・・・」
労わる言葉と共に、頭上からじっと注がれる視線を感じる。ヴィオレッタを包むこの腕の主からの視線だ。けれどまだヴィオレッタはそちらを向くことが出来ない。もうとにかく恥ずかしすぎる。
その視線から逃げるようにしてハロルドへと顔を向けると、何故か自分を包む腕の力が一層強くなった。
ハロルドは顎に手を当て、困った様に首を傾げた。
「ヴィオはどうしていつも、無自覚にランスくんを煽るかな。一度でもキスをしたら止まれなくなるって、ランスくんは前に正直に打ち明けてたのになあ」
「そ、それは・・・」
ヴィオレッタはもごもごと言い訳を始める。
「ランスさまをお守りしようと焦ってしまったのです。その、殿方に唇を奪われそうになっているのを見て、何とかしなければ、と・・・」
「「えっ、唇を奪われそうって、何だそれ?!」」
驚くキンバリーとハロルドの二人に、ヴィオレッタは、ぽつり、ぽつりと、中庭で漏れ聞いた遣り取りを口にする。その会話から導きだした結論についても。
ここでやっと三者からの証言が揃い、どんな状況でどんな誤解が生じて、現在に至ったかが正確に理解された。
結果、一番の原因は脳筋エドモンの言動にあることで全員が一致。だが取り敢えず、彼がランスロットを愛しているという疑惑については冤罪であると説明がなされた。
それでも、ヴィオレッタが誤解しても仕方ない会話だった事は確かだ。故に、ヴィオレッタが取った行動が誰にとっても想定外だったとはいえ、理解できるとされた。
けれど、ここで「はい、では全部誤解という事で」と終われないのが、ランスロットの事情。
そう、今や待ったなしの状態となった、ランスロットの心と体の事情である。
ハロルドが口を開く。
「ヴィオ」
「は、はい」
「ランスくんがね、お前に求婚したいそうだよ。どうだい、受けるかい?」
「・・・は・・・? え・・・?」
ヴィオレッタは目を瞬かせる。ハロルドの言う意味が分からないのだ。
無理もない。ヴィオレッタは既にランスロットの婚約者、あと二十日もすれば婚姻する仲なのだ。
だがハロルドは、そんなヴィオレッタの困惑に構わず言葉を継ぐ。
「私も、キンバリーも、この事に関してはお前の意思に委ねることにした。だからヴィオ、お前が受ける気ならばそれでいい。断るとしてもお前の自由だ。いずれにせよお前が決めたことに私たちが何か言うことはない」
「え・・・あの、お義父さま・・・?」
ヴィオレッタは更なる説明を求めようと声をかけるが、ハロルドからは、それ以上の言葉はなく。
ヴィオレッタににこりと笑いかけると、そのまま手を振って部屋を出て行ってしまう。
それに続いてキンバリーも。
――― バタン
扉の閉まる音、中にはランスロットとヴィオレッタが残された。
「・・・ヴィオレッタ」
ランスロットにずっと抱きしめられたまま。
頭上から落ちてくる声は切なげで、少し掠れていて。
聞きなれた声の筈なのに、初めて聞くような気がするのは何故なのか。
「ごめん、ヴィオレッタ・・・もう僕、待てそうにない・・・」
「・・・っ」
その台詞に、ヴィオレッタの胸が跳ねる。
いくらヴィオレッタでも、あんな熱烈な口づけをされた後で、今の言葉の意味を取り違えるほど鈍くない。
「もし君が許してくれるのなら、一緒にバームガウラス邸に帰って・・・そして今夜・・・僕のものになってほしいのです。僕の妻に、なってほしい・・・」
「ランス、さま・・・」
ヴィオレッタは、義父の言葉の意味を、ここでようやく理解する。
――― だからヴィオ、お前が受ける気ならばそれでいい。断るとしてもお前の自由だ。いずれにせよ、お前が決めたことに私たちが何か言うことはない ―――
私、私は ―――
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