【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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愚かで、重くて、可愛くて

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あなたが欲しいと言われ、ヴィオレッタの心は揺れた。ぐらぐら揺れた。


それはそうだろう、元々が大好きな婚約者。何もなくとも、二十日ほど後には夫となる人だ。

そんな彼が頬を染め、目を潤ませながら自分に懇願しているのだ。今夜あなたを妻にしたい、と。


その言葉は、あの怒涛のような、身も心も翻弄される口づけよりももっと凄い行為を示唆している筈。
そう、たった一度の口づけで腰が砕け、意識を失ってしまったヴィオレッタには想像もつかないような、恐ろしくも甘美で神聖な行為に言及している筈なのだ。


それを怖いと思うより、仄かな憧れを抱くより。
ヴィオレッタは、何よりも大好きな人に愛を乞われたことを嬉しいと思ってしまう。


この人が望むのなら、何であれ差し出したいと願ってしまうほどに。


けれど、ヴィオレッタは即座に頷きたくなる衝動を堪えた。


「あの・・・ランスさまは、明日から国境へご出立されるのではありませんでしたか・・・?」

「・・・っ」


ランスロットは一瞬言葉に詰まり、それから渋々と頷いた。


「では今夜、もし私がランスさまの妻となったら、そのお仕事はどうなるのでしょうか」

「・・・きちんと、行くつもりでいます。それが今夜あなたに求婚するに際し、二人の義父上たちと交わした約束ですから」


「約束?」とヴィオレッタが首を傾げると、ランスロットは気まずそうな表情を浮かべながらも、ぽつぽつと話し始めた。
ヴィオレッタが目を覚ますまでに、キンバリーやハロルドと交わした会話について、その全てを。


最初は、任務も何もかもを放り出して、ヴィオレッタと契りたいと思ったこと。退団の意思すらキンバリーに示したこと。キンバリーに叱られ、その後ハロルドも加わって、話し合ったこと。


「もし僕が早まった行動を取れば、それはヴィオレッタの評判にも関わるのだと釘を刺されました」


しゅん、と項垂れる様子は、まるで大きな犬の様だ。こんなに体が大きくて、筋肉もしっかりついた強い騎士なのに、なんだか可愛らしくて、場の空気も忘れて思わず笑いそうになる。


「二十日ほど先の婚姻が今夜に変わろうと、あるいは五日後になろうと、その事に関しては義父たちは別に構わないのだそうです。その・・・もし子が出来るような事になっても、今くらいの時期であれば問題ないだろう、と・・・」


ぽっと赤面しつつ、ランスロットは続ける。


「・・・ただ、その為に仕事を蔑ろにする様では、ヴィオレッタに非難が向いてしまうと叱られました」


考えが足りなくてすみません、とランスロットは眉を下げる。


「退団してでも・・・なんて、自分でも軽率な発言だったと分かっているのです。本当に情けない男です。ですがもう、どうしても気持ちが抑えられなくなってしまって・・・」


今も尚、婚約者を強く抱きしめながらそう語るランスロットに、ヴィオレッタはなんと言葉を返すべきか迷う。


ハロルドが言った通り、煽ったのは確かにヴィオレッタの方なのだ。


ランスロットは、自らを愛が重いと言っていた。

ヴィオレッタが考えるより、その想像を遥かに超えて、深く強く、そして重く彼女を想っているのだと。

そして、それが真実であることは、ヴィオレッタ自身が知っている。

出会った時から、言葉で、行動で、常に示してくれていたから。

あなたが大切だ、あなたが愛しい、と、時に過分なまでに、過剰なまでに。


だから、たかが口づけひとつ、などと思ってはいけなかった。
そう、思ってはいけなかったのだ。


「ランスさま」


ヴィオレッタは、ランスロットの胸元に、すり、と頬を寄せた。その行動に、ランスロットの肩がぴくりと跳ねる。


「・・・でも、ちゃんと行くことにされたのですよね? もし今夜、ランスさまと私が夫婦になるとしても」

「ヴィオ、レッタ・・・? それは・・・」

「妻を娶った途端にランスさまが駄目になった、なんて、私が非難されないようにして下さるのでしょう?」

「っ、は、はいっ。もちろんです!」


期待のこもった瞳で見つめられ、ヴィオレッタは、ふふ、と微笑んだ。


「では、私は・・・初夜を迎えてすぐに五日も、旦那さまに会えなくなってしまうのですね。寂しいですけれど、我慢しなくてはいけませんね」

「ヴィオレッタ・・・」

「無事にお戻りになったら、二人で婚姻届を出しに行きましょう。ね? ランスさま」


そう言ったとほぼ同時に、ヴィオレッタの後頭部に手が回される。


気づいた時には、ヴィオレッタの唇はランスロットのそれと重ねられていた。


あ、とヴィオレッタは思ったが、もう遅い。


背中にぞくりと痺れが走り、意識がぼぅっとし始める。


・・・もしかしたら、また気を失ってしまうのかしら。

ああ、そうしたら結局、初夜は迎えらなくなってしまうわね。

・・・でも、それでもいいかもしれない。

だって、口づけだけでも、こんなに気持ち良いんだもの・・・


ぼんやりし始めた意識の隅っこで、そうヴィオレッタが思った時だ。


「話は終わったか?」


まるで見計らったかのように、扉をノックする音が響いた。




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