【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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会えない時間が、より気持ちを逸らせて

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夜会会場の入り口、ヴィオレッタは心細げに足を止めた。


「すごい熱気だねぇ」


隣からはジェラルドの声。
会場内をぐるりと見まわし、感心したように呟いている。

外国からの賓客がいるせいもあるが、医療、学術関係の出席者も目立つ。恐らくは研究者つながりだろう。
この機会にドリエステとの関係を深めようと、商団もしくは商会もちの家門などは特に必死のようだ。あちこちでドリエステ国の関係者と話し込む姿も見受けられる。


「この人込みじゃ、我が義弟は見つけられないかなぁ」

「・・・そうですね」


そう言いながらも、ヴィオレッタの視線は未だ婚約者の姿を探し続けていた。







ここしばらく、ヴィオレッタとランスロットはあまり会う時間が取れていない。

それもそうだろう。
ランスロットは使節団の警護の総責任者を任されているのだ。しかも使節団を率いるのは相手国の第三王子。

結婚前の最後の大役として、騎士団長であるキンバリーがわざわざランスロットを指名した任務で、それが婚姻時の長期休暇を与える為の名目であることを、ヴィオレッタは知っている。

そんな義父の気遣いと期待に応えようと、ランスロットが身を粉にして任務に当たっていることも、もちろん承知の上なのだ。


けれど、婚姻前の熱々の二人が思うように会えなくなるのもまた事実で。


来訪前の下準備もあり、ランスロットとヴィオレッタは、ここ三週間近くゆっくり会う事が出来ていない。


しかしそこはマメなランスロット、かつての手法の復活を提案した。

そう、レオパーファ侯爵邸にヴィオレッタが囚われていた時の手法だ。
毎朝、騎士団に赴く前に、遠回りしてトムスハット邸に寄るのである。

もちろん、レオパーファ邸の時のように、遠目に顔を確認するだけで素通りする訳ではない。
きちんと屋敷に立ち寄り、ほんの少しの時間ではあるがヴィオレッタと言葉を交わす。

夜は帰宅がいつになるか不定期だったので、朝だけの短い逢瀬だ。

だから、全く会えないという訳ではないのだが、婚姻目前の婚約者同士、毎朝十数分の会話で満足できる筈もなく。


「お仕事だから仕方ない」と思い、「この後に長期休暇が待っている」と言い聞かせ、それでもヴィオレッタの心に寂しさが降り積もっていくのは仕方のないことだった。


ドリエステ使節団の来訪に伴い、到着と出立に合わせて二度ほど開催される歓送迎の夜会でも、ヴィオレッタは婚約者のエスコートを受ける事は叶わなかった。
なにせランスロットは警護の総責任者。どちらの夜会でも騎士服を着て警護の指揮を執ることになっていたから。

という訳で、どちらの夜会でも、ヴィオレッタのエスコートは義兄ジェラルドが務めていた。
幸いというかなんというか、義姉ティナが妊娠中のため、ジェラルドにも相手がいなかったのである。


一度目の夜会では遠目に一瞬ランスロットの姿を確認できただけ。
毎朝の短い会話だけでは埋められない寂しさが募っていたヴィオレッタは、今日の夜会でほんの少しでも姿が見られたら、とほのかな期待を捨てられなかった。

使節団は明日の朝に母国に向けて出立するが、ランスロットの役目はまだ終わらない。

国境まで彼らを警護するのだ。
早朝出立だから、明日の朝は言葉を交わすことも出来ず、しかも戻ってくるのはそれから五日後で。


となれば、ヴィオレッタの焦燥も寂しさも、おのずと募ってしまうというもの。


・・・ほんの少しの時間だけでもお会いしたい。出来ることなら声を聞きたいけれど、それが無理なら、せめて一目だけでもお顔が見たい。


そんな願いと共に、ヴィオレッタは静かに視線をあちこちに走らせていた。



楽団が華やかな曲を演奏し、ホール中央では色とりどりのドレスが軽やかに舞う。

グラスを軽く合わせる音、楽しげに歓談する声、時折り上がる賑やかな笑い声。


夜会が始まってだいぶ時間が経過した頃。



・・・あ。



ヴィオレッタは、開かれた扉の向こう、回廊を進む人物の中に探していた人を見つける。


咄嗟に足を踏み出しそうになり、隣をちらりと見遣る。ジェラルドは事業を提携している家の嫡男と会話中だ。


勝手に離れる訳にはいかない。
そっと袖を引いて小声で「ランスロットさまのところに行ってきます」とだけ告げ、ジェラルドが頷いたのを確認してから、ヴィオレッタは義兄の話し相手にも挨拶し、そっとその場を離れた。

先ほど姿を見かけた扉向こうの回廊に、もうランスロットはいない。歩いている途中だったから、その先に進んでしまったのだろう。


逸る想いに心臓が高鳴る。
緊張のせいか喉が酷く渇き、ホールを出る前に給仕のトレイからグラスを一つ取り、口に含んだ。


扉を抜け、回廊に出る。ランスロットが進んだであろう方向へと視線を向け、駆け出したい衝動を抑え、歩を進めた。


やがて突き当りに来る。左右に方向が分かれているが、どちらに進めばよいか分からない。
少し迷って、取り敢えず右に進むことにした。


ほんの少しでいいから会たいと願いながら。





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