【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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常ならぬ

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「・・・何故こんなところに? 君は今夜は招待客として出席している筈ではなかったか?」


会場から流れる音楽が微かに漏れ聞こえる中庭。

警護の配置に問題がないか見回っていたランスロットは、予想外の人物を見つけて眉を寄せた。


「まあ、ちょっと酔い醒まし? 人の熱気がすごくて、風に当たりたくなったのもあるし」

「君は夜会の主役の一人だろう? なるべく早く戻りたまえ」


へらり、と笑うエドモンに、呆れた様にランスロットは告げる。どうやら酔っているらしいエドモンは、いつもよりも更に軽い調子になっている。


侵入者や襲撃者の危険はもちろんだが、中庭は男女絡みで問題も起こりやすい場所。
明日には帰国の途につくエドモンに、酔った状態でふらふらと歩いて欲しくないのが正直なところだ。


「って言われてもなあ。俺、ダンスとか社交とか好きじゃないし」

「僕も別に得意ではないですが。必要な時もあるでしょう、貴族なんですから」

「別に俺、剣が振れれば貴族でなくてもいいんだけど」


そんなことを呟きながら、エドモンは何も持っていない手で素振りの真似をする。


「そう言えば、結局ランスロットとは三回しか手合わせ出来なかったな」

「七日の間に三回もすれば十分では?」

「あはは、そんなツレないこと言う? 明日にはお別れだって言うのに」


剣を振る真似をしていたエドモンは、動きを止めるとランスロットへと向き直り、今度はいきなり体術を仕掛けてきた。


「おい、エドモン?」

「流石に枝とか折って剣代わりにする訳にもいかないし、最後に組み手で勝負しようぜ?」


不意に繰り出された拳に、ランスロットが数歩下がる。

あと少しで木にぶつかってしまう。
狙っての事だろうが、不利な位置での防戦となる。


「・・・不意打ちは卑怯では?」

「実践形式だと思えば、卑怯とか何とか言ってられないだろ? それに、最後くらいランスロットに勝ちたいし?」


勢いよく繰り出される拳を、ランスロットは左右に体を捻りながら躱す。そうしている間に、背後の木との距離がほぼなくなった。

だが、ランスロットから拳を繰り出す事はしない。いや正確に言うと出来ない。
酔っているエドモンは、恐らく頭から抜け落ちているのだろう。今のランスロットは警護する立場で、エドモンは警護される側。つまりランスロットが勝負に乗ることは憚られる。


結果、防戦一方のランスロットはあっさりと背後の樹木にまで追い詰められ、背が木の幹に当たると同時に、バン、と両側を手で囲われる。

要は、木の幹とエドモンの間に閉じこめられた形だ。


「へへっ、捕まえた」


頭ひとつ背の高いエドモンは、ランスロットを上から見下ろして嬉しそうに声を上げるも、すぐにあれ、と首を傾げた。


「呆気ないな。なあ、ちゃんと相手してくれてる? もしかして俺が相手じゃ不満とか?」

「・・・いや、不満とかそういう話ではなくてだな」


首を傾げるエドモンに、ランスロットは状況説明を試みる。
だが、酔うと更によく喋るようになるタイプなのか、エドモンはランスロットの言葉を最後まで聞かずに再び口を開く。


「あ~あ、明日でお別れなんて寂しいなあ。なあ、ランスロット。俺と一緒にドリエステに来いって」

「行きませんよ」

「じゃあ、俺がお前のところに行くから。家に置いてくれよ。このままじゃドリエステに帰れないよ」

「いや、そんなことを言われても・・・」


剣の勝負で一度もランスロットに勝てなかった事がよほど気に入らなかったらしい。
いや、酔っ払っているのも相まっての絡みだろう。いつもよりも面倒くささが十倍増しだ。


・・・というか。

いい加減この体勢から解放してもらえないだろうか。距離が近すぎるのだが。


今もまだ、背中は木に押し付けられたまま。
間近にあるエドモンからは酒臭い息がぷんぷん漂う。

これがいつもの仕事前後にするような私的な立場での遣り取りであれば、さっさと一発殴って終わらせるのに。


何が悲しくて男に近接されねばならないのか、そう思ったランスロットが溜息を吐いた時だ。


エドモンの背後でガサガサッと音がした。


「「うん?」」


エドモンとランスロット、二人が同時に反応して音がした方向に視線を向けると。


「「・・・え?」」


驚いた二人の声が再び揃う。


ーーーなぜなら、木々の間から現れたのは。



「ラ、ララ、ランスさま・・・っ!」

「ヴィオレッタ・・・?」


現れた人物を確認し、ランスロットは条件反射で剣の柄にかけていた手を外した。

そして戸惑いがちに婚約者の名を口にする。


だって。


何故か蒼白で、必死の表情のヴィオレッタが、常ならぬ早足で二人に駆け寄ってきたから。



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