【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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後ろのものを振り捨てて、ただ前に進もうと

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涙をたっぷりと吸い込み、絞れば水たまりが出来そうな程に湿った騎士服を見て、ランスロットは笑い、ヴィオレッタは頬を染めた。


ひとりで堪える事に慣れてしまっていたヴィオレッタは、腫れた瞼を冷やすタオルをメイドに頼む事すら躊躇する。


見かねたランスロットが代わりにベルを鳴らし、メイドに用意させたタオルでそっとヴィオレッタの目元に冷やしてあげた。


「・・・気持ち、いいです」


ほぅ、という溜息と共に溢れた言葉に、ランスロットが小さく笑う。


「・・・あの、ね。ランスロットさま、さっきの話の続きなんですけど」


目元にタオルを当てたまま、ヴィオレッタはおずおずと先送りにした話題を口にする。


「・・・さっきの話の続きって、義父上が言っていたスタッドの持ち金のことですか?」

「はい」


ランスロットの声に、ヴィオレッタが頷く。


スタッドの死について知らせた時、ヴィオレッタには彼が所持していた金について意見を聞いていたのだ。


死亡した時点でスタッドが持っていた金は、金貨二百八十ニ枚と銀貨三十枚、そして銅貨が数十枚。
かなりのハイペースで使っていたらしく、予想より多く減っていた上に、案の定、金の管理を任せていた使用人に横領されていた。

スタッドの死亡確認後、有り金全て持って投げようとしていたその男を捕らえ、金を取り戻したまではいいものの、いざその金をどうするかという話が出た。


ハロルドは勿論のこと、書類上の他人となったヴィオレッタにも、それを受ける法的権利はない。というか、そもそも欲しくない。


相続の権利があるのはイライザだが、それは彼女の夫、テオフィロがあっさりと拒否した。

曰く「イライザは俺の稼ぎだけで十分に楽しく・・・暮らしていけるので」だそうだ。

久しぶりに会ったテオフィロは肌ツヤも良く生き生きしており、話をしに行ったジェラルドに、今も進化しつつある自宅設備について嬉々として語ったらしい。


もちろんランスロットは、後でその件についてジェラルドから報告を受けた時、増強した自宅設備については徹底して聞き流す事にした。
ランスロットは知っている、アレは決して触れてはいけない話題なのだ。


「イライザにはもう立派な旦那さまがいて安心みたいですし、お祖母さまの入院費用に足したらいかがでしょうか」

「・・・ヴィオレッタ嬢がそれで良いと言うのなら」


ヴィオレッタの父方の祖母、ロアンナは、今も入院先の病院でなかなか元気に過ごしている。先払いした入院費は、彼女が希望する嗜好品などの購入費のせいでどんどん差し引かれていき、本来ならあと一年と半年分ほどの入院費用がある筈が、今の時点で僅か残り三か月分となっていた。

スタッドの金を渡したとしても、今のペースで使い続けるならば、彼女が普通に入院していられるのも、せいぜいあと一年かそこらだろう。


その後ロアンナがどうするか、いや、どうなるかについては分かりきっている未来だ。

だが、ハロルドやランスロットは、これ以上手を出すつもりはない。

貴族気分が未だに抜けず、後先も考えずに散財しているのは彼女自身なのだから。


「ヴィオレッタ嬢」


冷タオルのお陰で、だいぶ目元の腫れが引いてきた婚約者の顔を、ランスロットがそっと覗き込む。


「憂鬱な話はこれくらいにして、今からは将来に向けて楽しいことを考えませんか」

「楽しいこと、ですか?」

「はい」


首を傾げて問い返すヴィオレッタを優しく見つめながら、ランスロットは頷いた。


「僕たちの将来のこと・・・たとえば、一年後に控えた、僕たちの結婚式の話とかはどうでしょう」

「・・・っ、け、けっこん、しき・・・です、か・・・?」


瞬間、ぽんっと顔を赤く染め、片言になるヴィオレッタを見て、ランスロットが堪らず、ぷっと吹き出した。
 
揶揄われたと思ったヴィオレッタがむっと睨むも、ランスロットには全く効果がなく、却って楽しそうに笑うばかり。
それに釣られたのか、終いにはなんだかヴィオレッタまでおかしな気分になって口元に笑みが浮かぶと。


「ーーー ああ、そう。そうです」


ふと、眩しいものを見る様にランスロットが目を眇める。


「そんな風に、いつも笑っていてください。泣き顔も怒った顔も可愛いけれど、やはりあなたは・・・笑顔が一番素敵ですから」




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