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合格ですか?
しおりを挟むランスロットの腕の中でぴくりとも動かないヴィオレッタを見て、子爵夫人が悲鳴を上げる。
どういう事だと叫ぶ子爵。倒れこむ夫人を支える嫡男。
妊娠中の嫡男の妻が、挨拶の後に退出していたのは幸いだった。
事態が把握出来ない使用人たちは、その場で硬直して動けずにいる。その中でひとり、歓喜の表情を隠そうともしないのはイライザだ。
そしてその隣に立つテオフィロは、妙に満足げな表情を浮かべている。
「なんてこと・・・どうして、誰が・・・まさか、こ、殺・・・」
「ご安心ください、母上。ヴィオレッタ嬢は眠っているだけですよ」
嫡男の腕の中で力なくへたりこんだ夫人が、絞り出す様に動揺の声を上げる。
それをテオフィロが遮った。
「・・・眠ってる、だけ?」
「そうですよ。ヴィオレッタ嬢は即効性の睡眠薬入りのお茶を口にしたんです。ああ、ちなみに薬を盛ったのは俺ではありませんよ。茶会が始まる前に、こちらの彼女が予めカップに薬を塗っていたんです」
「・・・その、メイドが?」
「はい」
「・・・っ、ちょっと! 睡眠薬って、テオ、どういうことよ?!」
最初に問いかけたのは子爵。
それに対するテオフィロの返答に、呆けた様に問いかけたのが嫡男で、怒りと驚愕で叫んだのが、メイド服のイライザだ。
当然の如く、皆の視線は大声を出したイライザへと向けられる。だが、イライザはそれに構う事なくテオフィロに向かって喚き続けた。
「なんで? テオ、私、ちゃんと言ったわよね? 毒を頂戴って! あの女を殺したいんだって!」
飛び出した苛烈な台詞に、周囲は息を呑む。
だがそんな周囲を他所に、テオフィロはくすりと笑った。
「はは、自分で言っちゃうんだ。やっぱりイライザってお馬鹿さんだね」
「なっ?!」
「テオフィロ、確保だ」
「はい」
イライザが自白したところで、ランスロットからの指示が入る。
テオフィロはイライザの背後に回り、抱きしめる様にイライザを腕で包み込む。
「指示通り確保しました。ランスロット卿」
「・・・通常、犯人の確保はそのスタイルではないのだが」
「僕は騎士ではありませんので。通常のやり方など知らないんですよ」
「・・・ならば、他に潜ませている者たちに任せようか」
「遠慮します。俺の愛するイライザに他の奴らが触れるなんて、とてもじゃないが許せません」
「・・・」
ランスロットは、テオフィロの返答に溜息を吐く。
「ちょ、なによ。どうなってるの? 離してよ、テオ」
「駄目だよ、お馬鹿で可愛いイライザ。君はランスロット卿の婚約者に薬を盛った犯人なんだから、逃げるなんて許されないよ」
「はあ? だからって、なんであんたが私を捕まえるのよっ?!」
テオフィロ、イライザ、そしてランスロットまでもが加わった遣り取りに、未だついて行けないのは、使用人たちを含めた子爵家の面々だ。
「あの、これは一体・・・」
「ねえ、あんなメイド、うちにいたかしら・・・?」
「そのメイド・・・そのメイドが悪いのね? ああテオフィロ、早くその悪い女から離れなさい!」
「おい、テオ。お前は無関係なんだよな・・・っ?!」
口々に叫ぶ彼らの声は、互いに重なり合って最後の頃には騒音と化し、意味をなさない音となる。
混乱する場を沈めたのは、ランスロットだった。
彼は眠るヴィオレッタを横抱きにしたまま、椅子へと座り、周囲をぐるりと見回した。
「まずマルティネ子爵家の方々。茶会の場を混乱させた事をお詫びする。テオフィロ殿はヴィオレッタを狙うその女を捕まえる為に、私たちに協力してくれたのです」
「・・・え?」
場が一瞬で静まりかえる。
イライザでさえ、その発言にぴたりと動きを止め、目を見張った。
「その女は、私の婚約者の命を奪おうとしていた。計画を未然に防ぐ事も出来たが、それではいつまた狙われるやも分からない。それで一計を案じたのです・・・延々と次善策を講じ続けるより、最初の一回で捕まえてしまおうと」
「・・・では、まさかそれが、この・・・?」
夫人の問いかけに、ランスロットは申し訳なさそうに頷く。
「重ねてマルティネ子爵家には感謝と詫びを述べさせて頂きたい。夫人が心を込めてこの茶会の準備を進めて下さっていた事は私も聞き及んでいます。テオフィロ殿がその女の監視役となっていた関係上、ここで捕まえるという選択肢しかなかった。
今回ご協力頂いた事に関して、トムスハット、バームガウラス両家は、その恩を忘れません。後に必ず何らかの形で返礼する事を約束します」
ランスロットの台詞に、マルティネ子爵たちは分かりやすく安堵する。
これが子爵家側の失態ではないと分かった事が大きいが、両公爵家からの恩義や後の返礼までランスロットが口にしたからだ。
「あの、ですが・・・」
嫡男がおずおずと口を開く。
「ヴィオレッタ嬢は、本当に無事なのですよね? その、ただ見ているだけでは判別がつきにくいというか・・・」
「当たり前ですよ、兄さん。俺が彼女に渡したのは正真正銘ただの睡眠薬だし、そもそもランスロット卿ともあろう方が、ご自分の婚約者の命が関わる案件を俺ひとりに任せる訳ないでしょう」
「え、まさか」
嫡男は、弟の発言にギョッとする。
「当然、俺だってずっと見張られてましたよ。だって、これは俺の試験でもありましたからね」
今も腕の中にイライザを抱きしめて離さないテオフィロは、後生大事にヴィオレッタを抱えるランスロットに目を向け、笑みを浮かべた。
「で、どうでした? ランスロット卿。俺は合格ですか?」
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