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初めての
しおりを挟む「そうですか・・・お祖母さまを病院に・・・」
レオパーファ家の侯爵位と領地を買い取った話のついでと言っては何だが、その場の指揮を任されていたジェラルドが、前夫人を病院に収容した事をヴィオレッタに報告した。
四肢が不自由な体、山よりも高いプライド、そして贅沢を好む性格であると言う。退去を命じても素直に頷く筈はないし、かと言って無一文で一人残されても一日と保たないだろう。
「・・・まぁ、ヴィオの元父さんに渡す金を幾らかあっちに流しただけだから、こっちの懐は全然痛んでないけどね」
「そんな事はないわ。私のせいで本来なら買う必要もない爵位と領地にお金を払わなければならなくなったのに」
「あ~、またそんな言い方して。説明しただろう? ちゃんと回収の目処はたってるって」
しゅん、と落ち込むヴィオレッタの頭を撫でようとして、ジェラルドは伸ばしかけた腕をピタッと止める。
誤解を招く様な行動はしない、前回に学んだ教訓を思い出したのだ。
「約束通り、レオパーファ領から上がる税収は十五年間うちが貰う。加えて、その間はこれまで綿や絹の取引で支払ってた分の金のやり取りが全くなくなるんだ。長い目で見れば、元を取るどころじゃなく利益になる話だよ」
現に、今年に納入する分の綿花は、丸々ただで手に入っているのだ。
「だから気にしないの。ヴィオは安心してお嫁に行く日を数えているといい。せっかくランスロット卿と婚約できたんだから」
「・・・っ」
「あはは、可愛い」
頬を染めるヴィオレッタの頭を、ついうっかりまた撫でそうになって、再び手が空中で止まる。今回は教訓を思い出したからではなく、ヴィオレッタの頭の向こうに人影を見つけたから。
「あ~、痒い痒い」
彷徨った手を不自然に自分の頭に持っていってガシガシとかき始めたジェラルドを、ヴィオレッタが不思議そうに見つめていると ーーー
「ヴィオレッタ嬢」
後ろから、柔らかいテノールが響く。
それはヴィオレッタもよく知る声だ。
名前を呼ばれた、たったそれだけでヴィオレッタの心臓がドクンドクンと騒ぎ始める。
なかなか振り向けずにいるヴィオレッタに苦笑しつつ、対面に座るジェラルドが手をひらひらと振った。
「やあ、ランスロット卿。俺の未来の義弟殿。どうぞこちらへ。今、ヴィオにロアンナの対応について説明していた所なんだ」
「そうですか。こちらもスタッドの事で報告があって、トムスハット公爵の執務室に伺った所です」
真面目な顔で二人の座るテーブルに近づくランスロットに、ジェラルドは明るい笑みを浮かべる。
「もう、我が義弟は相変わらず固いなぁ。未来の妻の父親なんだから、そんな他人行儀な呼び方じゃなく、お義父さんって呼んでいいんだよ?」
「・・・ですが」
「おや、せっかく婚約が無事に整ったって言うのに、もしかして嬉しくないの?」
「・・・嬉しいですっ! 嬉しくて死にそうなくらいで!」
「あははっ、だってさ、ヴィオ。良かったね。いや、嬉しすぎて死んじゃうのも困るね」
「・・・そう、ですね」
ジェラルドにいいように揶揄われ、それでも嬉しそうな二人 ーーー ランスロットとヴィオレッタは、つい四日前に婚約が整ったばかりだ。
ヴィオレッタに釣り書きが届き始めた、ジェラルドがそんな爆弾を投下した結果、その翌日にはバームガウラス公爵家から正式に婚約が申し込まれた。
恐らくは徹夜で必要な書類などを準備したと思われるランスロットは、目の下に隈を作って現れ、既に届いている他の釣り書きは全て燃やしてくれとハロルドに頼んだ。
さて、それに対するハロルドの返答はこうである。
「大慌てで準備したとはいえ、大切に想う女性を婚約者として迎える時に、花も宝石もなしで現れるのは減点、というか失格・・・かな?」
「・・・っ」
半刻後、再び現れたランスロットの右手には薔薇の花束、そして左手には指輪を入れた箱があった。
ハロルドが興味深げに首を傾げる。
「・・・指輪のサイズを知ってたのか?」
それに、ランスロットはハッと顔を上げる。
「・・・っ、サイズを測って、すぐに作り直しを・・・っ」
今にも駆け出して行きそうなランスロットの服の裾を慌てて掴んだのは、ヴィオレッタだった。
「ヴィオ、レッタ嬢・・・?」
青ざめた表情のまま、ランスロットはヴィオレッタを見下ろす。
「・・・その指輪で・・・」
「え?」
「その指輪で、いいです」
「ですが、サイズが・・・」
念の為に指にはめてみると、案の定、ランスロットが買い求めた指輪のサイズは少しだけ大きかった。
店に突然に現れ、指輪を求められた宝石店の店主は、ランスロットが誰に贈るとも言わなかったので、母であるラシェルへの贈り物だろうと推測したらしい。
結果、店主が用意したサイズは、ヴィオレッタよりも少し大きいラシェルの指のサイズとなった訳だ。
「すみません。女性に宝石を買い求めたのは初めてで勝手が分からず・・・」
眉を下げて謝罪するランスロットに、ヴィオレッタはふるふると首を振る。
「ランスロットさまが初めて買い求めてくださった指輪ですもの。ぜひ記念として持ち続けたいのです」
そんな事を言われてしまったランスロットは、その場で蹲り、両手で顔を覆って悶絶する事となる。
さて、結果めでたく二人の婚約が整った訳だが。
指にはめるには少し大きいその記念すべき初の指輪がどうなったかと言うと。
「・・・今日も付けて下さっているんですね」
ランスロットがヴィオレッタの首元を見て、嬉しそうに目を細める。
そう、中に鎖を通し首飾りとして、ヴィオレッタの首元でゆらゆらと揺れているのだ。
ヴィオレッタもまた、自分の首元に手を当て、はにかんだ笑顔を見せた。
そんなどこかほんわかした遣り取りの後、ランスロットは表情を引き締めて口を開く。
「・・・ヴィオレッタ嬢。スタッドに関する報告をお聞きになりますか?」
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