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救出後の顛末は
しおりを挟む残念ながら、ダビドたち使用人一家の三年ぶりの家族の対面は翌朝すぐに叶う事はなかった。
ジョアンとロージーの二人が、夜明け近くから熱を出した為だ。
幸い、ロージーの熱はさほど高くなく、次の日の夜には下がった。
医師の診察によれば、栄養状態があまり良好でなかった事と長年の緊張が解けた反動らしい。
対して、ジョアンは二日にわたり熱が下がらず、その間一度も目を覚ます事なく眠り続ける。
何かの病気を疑い狼狽えるダビドたちに、ランスロットは以前クルトが作成した報告書を差し出した。
そこに書かれていたのは、前侯爵夫人の介護という職務の下に、領邸執事ロータスにより科されていた過酷な就労内容だ。
「・・・睡眠は毎日三時間・・・大奥さまの呼び出しがあれば、それすらも削られていたなんて・・・」
「ジョアン一人に全ての世話を・・・? 侍女だって普通は複数付けて、役割を分担するのに・・・」
報告書を読んだ皆が予想した通り、ジョアンの容態に関する医師による診断は、過労と睡眠不足。
時折り医師が注射を打つ処置はしてくれたものの、後はただジョアンが目覚めるのを待つ他に方法はない。
それでも、病気でないのなら目覚めるまで待つだけだとダビドたち家族は、気丈に励まし合った。
結局、彼らが晴れて家族の再会を果たしたのは、救出から三日後となる。
そして、過酷な環境からの解放に、張り詰めていた精神が緩んだのは、ヴィオレッタもまた同じ。
必死の思いで取り付けた翌日のランスロットとの面会の約束も、熱や目眩などのヴィオレッタの体調不良により延期とされた。
最終的に、ランスロットとの面談が叶ったのは五日後。
だが、それまでの期間には当然、状況に動きがある訳で。
結果、その場にはランスロットとヴィオレッタだけでなく、ハロルド、ジェラルド、そしてダビドとヨランダが呼ばれ、まずはその後の事態の進展について聞く事になった。
「・・・孤児院の院長は逮捕、ロージーの監視に関わっていた人たちも捕まりました」
レオパーファ領、南部ラシリオの孤児院に関しては、ロージーを救出したその夜に王国騎士団長キンバリーからの報告が上がり、その翌日には関係者全員が捕縛された。
容疑は誘拐と人身売買。
ロージーは孤児院にて軟禁状態にあったが、その孤児院に残されていた記録を調査した結果、金銭の流れと数名の孤児たちの行方に不明な点が見られたのだ。
院長とレオパーファ侯爵との直接的な繋がりを証明するものは見つからず、誘拐と人身売買での捕縛となった。
そして、ダビドを監視していたゼストハ男爵家に関しては。
「寄り子だった関係もあって、レオパーファ侯爵家からダビドを一定期間使用人として派遣してもらっていた、という体を装ったので、ダビド自身の処遇に関して法に問える点はありません」
貴族と平民の壁は常に厚い。
ダビドたちはその言葉に黙って頷いた。
「・・・ですが、因果応報と言いますか、それとも自滅と言うべきなのか」
少しの間を置いて、ランスロットは続ける。
「ゼストハ男爵の娘イゼベル、レオパーファ侯爵の二番目の妻だった人ですが」
その言い方に、ヨランダは顔色を悪くするも、ダビドは不思議そうな表情を浮かべた。
それもその筈、本邸から遠く離されていたダビドは、まだその事を知らないのだ。
ーーー即ち
「レオパーファ侯爵から離縁を言い渡された夫人が、その後すぐに娼館に売り払われていた事を、男爵は知らなかった様です」
「娼・・・っ!」
ダビドは、慌てて自分の口元に手を当てる。
「更に、トムスハット公爵が慰謝料としてレオパーファ侯爵から貰い受けた土地は、それまでゼストハ男爵が管理を任されていた所でして・・・当然トムスハット公爵がこれから先の管理を男爵に任せる筈もありません」
「当たり前だろう」
怒りを隠しもせず、横のハロルドが頷く。
その様子に、ダビドとヨランダはごくりと唾を飲み込む。
「ゼストハ男爵の一族は、トムスハット公爵が遣わした使者からイゼベル前夫人に関する報告を聞いた後、その地から追放を言い渡されました」
「・・・っ」
「男爵たちは、いざとなればレオパーファ侯爵を頼るつもりでいたと思いますが、イゼベル夫人が売り払われたと聞いた後では、どう動くかは・・・」
分かりませんね、とランスロットは淡々とした声で続ける。
ハロルドの様子からすると、既に退去命令を出し、私兵たちも派遣した様だ。
普通ならば、土地の売買などで別の領主に名義が移る事があっても、その土地に住む者たちの処遇や立場は、基本的にそのままになる。
だがゼストハ男爵家とトムスハット公爵家の関係で、それが期待出来る筈もない。
しかも、頼みの綱だったレオパーファ侯爵家との縁も切れてしまった。
ーーー それも最悪の形で。
ゼストハ男爵一族の行く末には暗雲立ちこめる未来しかないが、それに同情してやる程ハロルドもランスロットもお人好しではなかった。
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