【完結】君こそが僕の花 ーー ある騎士の恋

冬馬亮

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嵐の前の穏やかな風景

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「ここの所、ランスはいつもより早く家を出ていますが、騎士団でのお仕事内容が変わったのでしょうか」


そう尋ねたのは、ランスロットの母ラシェル。話しかけた相手は、彼女の今の夫キンバリーだ。


ラシェルは今、二歳と十か月になる娘ミルドレッドと夫キンバリーとで朝食を取っている。

いつもならば、ここにランスロットも加わっていた。けれどここ最近、彼は早く家を出てしまう為、一緒に食事が取れないのだ。

ラシェルがキンバリーと再婚した後に約一年して授かった可愛い娘ミルドレッドは、父も母も、そして歳の離れた兄の事も大好きだ。

だから今、ミルドレッドは少しばかりご機嫌斜めなのである。

斜めながらも、クリームを乗せたパンケーキを口いっぱいに頬張っているのだけれど。



「騎士団での職務内容が変わった訳ではないのだけれどね」


キンバリーは苦笑する。
ラシェルの疑問も、愛娘ミルドレッドの不満も、そして勿論大切な義息子ランスロットの気持ちも分かるから。


ヴィオレッタの件は、まだラシェルには知らせていない。

折を見て、とランスロットと話していた。そろそろ頃合いかもしれないとキンバリーは思う。
どこまで話すべきかは義父キンバリーの判断に任せるとランスロットは言った。虐待について話すべきか、家を巻き込んでの救出になる可能性があるから何も知らせないままとは行かないだろう。


恋にひたむきなのは誰に似たのか。それは自分キンバリーだと言われれば嬉しいが、あの自身の恋心に無自覚な所は絶対に自分似ではないだろう。


恋の自覚がないどころか、それに全く気づいてもいないランスロットだが、恐らく彼の取る行動は変わらない。徹頭徹尾、大切に想う人を守ろうとするだけだ。
そんな所をちょっと誇らしく思ってしまうのは、身内贔屓と笑われるだろうか。


困り顔で、けれどどこか嬉しそうに微笑む夫に、ラシェルの疑問は更に深まった様だ。

ミルドレッドの口に付いたクリームを拭き取りながら、再度夫に尋ねた。


「お仕事が変わっていないのに、家を出る時間だけが変わったのには何か理由があるのかしら。
出て行く時も、何だかあの子の様子がおかしいので心配なのです。そわそわして落ち着きがないと言うか、心ここに在らずと言うか」


相変わらず息子の事をよく見ている、そう思ったキンバリーは思わず、ふ、と笑みが漏れた。

かつてはこの義息子にラシェルの全注意が注がれていて、キンバリーの想いなどずっと気づいて貰えなかった。
羨ましいとは思いこそすれ、妬ましいとは決して思わなかったけれど。それも、夫となれた今となっては懐かしい思い出だ。


「そうか、そんなにそわそわしてるのか」

「ええ。あの子のあんな姿は珍しいでしょう? だって、小さな頃から年齢よりも大人びた所があって、しっかりしてましたもの」

「では、今が年相応になったって事かな。喜ばしい事だ」


未だ解答を得られず、目をぱちくりとさせているラシェルに、キンバリーは悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。


「どうやら、ランスには気になる子がいる様だよ」

「まあ、あなた。それは本当?」


ラシェルの眼がキラキラと輝いた。

18になっても気になる女性の一人もいない息子を、実はずっと気にしていたのだ。

最初の夫との冷え切った夫婦関係、一度も共に暮らすことなく終わった歪な家族の形が、ランスロットの恋愛観に影を落としているのではないかと、密かに心を痛めていた。

だからこれは、ラシェルにとって待ちに待った知らせであった。


「その子の姿をひと目見てから仕事しようと、わざわざ遠回りをして詰所に向かっているんだ。早くここを出るのはその為らしいよ」

「あの、キンバリーさま。それは、本当に本当なのですよね?」

「本当さ」

「あの子に、ランスに気になる女性が・・・どんなご令嬢かしら。あの子が好きになるくらいですもの、きっとお優しい方に違いないわ」


明らかに安堵した様子の、しかもとても嬉しそうな表情。
今日のところはここまでの話としようかとキンバリーは考える。


恋しいだけの理由で顔を見に行っている訳ではない、今日も無事かと心配する気持ちもあるのだとラシェルが知ったら、この表情は曇るのだろうか、それとも悲しむだろうか。

いや、息子を育てる事に全身全霊を注いだ彼女ならば、怒るのかもしれない。もちろん相手の親に対してだ。彼女は子育てに関してはどこか潔癖な所がある。


いずれ話さなければならない日は来るだろう。だが今日は。


目の前の、嬉しそうな妻の、母としてのその姿を見守ろうとキンバリーは思う。


「まま、うれちい?」

「え? ええ、そうね。とっても嬉しいわ」

「どちて?」

「ふふ、ミルのお兄さまが幸せになれそうだからよ」

「にいたま?」

「ええ、そう。ミルのお兄さま」


母として息子の初恋の知らせに安堵し、その幸せを願う姿を。そう、しばしの間だけでも。



ーーー きっと遠からず、嵐の時期はやって来る。




今朝一番に届いた手紙。

キンバリーの手元に今あるそれは、経過報告の手紙だった。

ランスロットは先に出た故、まだその中身を読んではいない。
けれど、その差出人は、命令を受けてふた月ほど前にこの屋敷を離れた者の一人。
そう、ランスロットの従者アルフからのものだった。













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