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それは、いつの日かの
しおりを挟む「ランス、ロット・・・さま?」
馬上を見上げるヴィオレッタに、ランスロットはゆるりと口角を緩めた。
「覚えていて下さったんですね。僕の名前を」
「・・・あ・・・はい。それは、もちろん・・・」
「嬉しいです・・・本当に」
ランスロットは更に笑みを深める。
自惚れでなく、それは儀礼的なものとはかけ離れた、柔らかい心からの笑みで。
それを見たヴィオレッタの胸が、とくんと跳ねた。
「ヴィオレッタ嬢、あれからお体の具合は・・・?」
「あ・・・大丈夫、です」
何故か気恥ずかしく思えて、俯きそうになる自分を抑え、ヴィオレッタは微笑んだ。
「そうですか。でもどうか、無理はなさいませんように」
言葉を交わしながらも、ランスロットを乗せた馬は、まだ歩みを止めてはいない。
ゆっくりと進み続けていた馬は、やがてヴィオレッタの目前でぴたりと止まった。
「ヴィオレッタ嬢」
「・・・はい」
「時間がありませんので、手短にお伝えします」
「・・・」
一陣の風が吹き抜け、ざわ、と木々の葉が揺れた。
ランスロットの黒髪も、ヴィオレッタが後ろで一つにまとめた金色の髪も、風に合わせてふわりと揺れる。
ランスロットの語る口調の真剣さに、知らずヴィオレッタの背筋が伸びた時、彼はこう言った。
「状況が整い次第、すぐに貴女を迎えに行きます」
「・・・・・・え?」
予想もしてなかった言葉に、ヴィオレッタの青い眼が大きく見開かれる。
その戸惑いを理解しつつも、今は詳しく説明する時間はない。ランスロットはそのまま言葉を継いだ。
「まだもう暫くかかるかもしれません。どうか・・・それまで、もう少しご辛抱頂けるでしょうか」
「・・・え、あの・・・ランスロットさま、それは」
「勿論、貴女お一人ではありません。貴女が大切にされている人たちも一緒にです」
「一緒に・・・?」
「はい。その時は、皆でこの家から出ましょう」
何を言っているの、とか。
なぜ知っているの、とか。
どうしてそんなに心配そうな目で私を見るの、とか。
ヴィオレッタの頭には、今たくさんの疑問が浮かんでいる。
けれど、それを一つ一つ口にする事は、きっと出来ない。
今のヴィオレッタとランスロットに、そんな時間はないのだ。
「・・・では、僕はこれで」
「あ・・・」
時はそう都合よく動いてはくれない。
ここに長くは留まれば、見咎められてしまう、その危険はよく分かっている。
分かっているけれど。
「ランスロッ・・・」
「・・・僕は」
引き止めようと、つい溢れたヴィオレッタの小さな声。それが、ランスロットの中低音と重なる。
「街の騎士団詰所に向かう時、毎朝ここを通ります」
何か大切な事を伝えようとしている、そう思ったヴィオレッタは口を噤み、ランスロットを見上げた。
「毎朝、このくらいの時間にここを通りますので・・・あの、だから」
「あ・・・」
馬が緩やかに一歩進む。
そう、それが正しい。
ここに長く居てはいけない。
たぶん、ヴィオレッタももう裏門の外には掃除に出ない方がいい。
言葉もきっと、もう交わさない方がいい。
いつか迎えに来てくれると言うのなら、それが本当なら、きっとその日まで会わない方がいい。
会わない方が、いいのだ。
ーーー もし、その日を無事に迎えたいと、本当にそう思っているのなら。
「・・・その時、遠目にでも貴女の無事な姿を確認出来るなら・・・僕は、嬉しい」
「・・・っ」
裏門近くで、いつも通り掃き掃除をするだけ。
裏門に面した通りを行く貴方を、偶然に見かけるだけ。
そして貴方も、偶然、掃き掃除をする自分の姿を目にするだけなら。
それなら、許されるだろうか。
それなら、誰の我慢も、辛抱も、無駄にならないだろうか。
それだけならば。
「はい・・・きっと」
ヴィオレッタの声はランスロットに届いただろうか。
ゆっくりと離れて行く彼は、もう後ろ姿しか見えない。
でも、微かに上げられた彼の左手は、確かに緩やかに左右へと振られて。
それは、いつの日かの再会を、彼が言うところの迎えに来る日を示しているのだろうと、そうヴィオレッタは思った。
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