お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

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9 アデルの境遇

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 午後2時――

 約4時間近い汽車の旅の末、シュタイナー家の人々と一緒に私は『レアド』に降り立った。。

『レアド』の駅前はこじんまりとしていたが、その光景はまるで童話の世界に出てくるかのような美しさがあった。
きれいな石畳、建物は白で統一されオレンジ色の屋根の町並みはとても印象深かった。

手を繋いでいるアデルは疲れたのか、ウトウトしている。

「迎えの馬車が来ているはずなのだがな……」

シュタイナー氏が辺りを見渡した時。

「旦那様! 奥様! お待ちしておりました!」

黒のスーツ姿に帽子を被った男性がこちらに足早に近づいてきた。

「来ていたのか? モリス」

「はい、旦那様。馬車はあちらの木の下に停めてありますので参りましょう」

モリスと呼ばれた男性が指し示した先には街路樹が並んでおり、1台の馬車が停まっていた。

「では、行こうか?」

シュタイナー氏が私達を振り返ると、男性御者が私を怪訝そうに見つめた。

「あの……こちらの女性は……?」

「あ、あの……私は……」

もしかすると身なりの貧しい私を不審に思ったのだろうか? 萎縮してしまい、言葉に詰まる。

「彼女はフローネ・シュゼットさんだよ」

「アデルのシッターになった方よ。これから私達と一緒に暮らすの」

シュタイナー夫妻が交互に私を紹介してくれた。

「え? こちらの女性がアデル様の新しいシッターになる方ですか? 大変失礼致しました。私は御者のモリスと申します。どうぞ、お気軽にモリスとお呼び下さい」

「はじめまして、フローネ・シュゼットと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」

丁寧な物腰で挨拶をされ、少しだけ緊張が和らぐ。

「お姉ちゃん……眠い……抱っこして?」

するとアデルが手を広げて声をかけてきた。

「ええ、いいわよ」

しゃがんで抱き上げると、アデルは安心した様子で私に身を預けてすぐに目を閉じてしまった。

「これは驚きですね……人見知りの激しいアデル様がこんなに懐かれるなんて」

モリスさんが驚いた様子でアデルを見ている。

「ええ、そうなのよ」

「アデルは本当にフローネさんを気に入ったようだな」

「……お二人に、そのように仰って頂けるなんて光栄です」

夫妻に素直な気持ちを述べた。

「では、どうぞお乗り下さい。荷物は私が運びますので」

モリスさんが荷物を運び入れ、私達が乗り込むと馬車はすぐに音を建てて走り始めた。


 長旅で疲れたのか、アデルは私の膝の上に頭を乗せて気持ち良さげに眠っている。その様子を見ていたシュタイナー氏が話しかけてきた。

「アデルが眠っている今のうちに……この子について、少しだけ説明させてくれ」

「はい、何でしょう?」

「アデルと我々は血縁関係は無いのだよ」

「え……? そうなのですか……?」

「今、大学4年の孫はアドニスというの。彼は私達の本当の孫だけどアデルは違うのよ。娘は10年ほど前に病気で亡くなってしまって、アデルの母は後妻なの。6年前にアドニスの父親は再婚して、アデルが生まれたのだけど……2人は4年前に馬車の事故で亡くなってしまったのよ……。丁度、アドニスが大学に入学した年よ」

婦人が悲しげに目を伏せる。

「……それはお気の毒な話ですね……」

アデルは2歳で両親を亡くしてしまったなんて……。

「いずれはアドニスが領主を継ぐのだが、まだ学生。そこで今は遠縁に当たる人物が代理で領知の管理を行っているのだよ。だから今は我々がアデルの面倒を見ていたのだが……アドニスが卒業したら、『ソルト』に帰ることになる」

「え? 『ソルト』ですか?」

シュタイナー氏の口から、『ソルト』の名前が出てくるとは思わなかった。

「あら? フローネさん。 『ソルト』がどうかしたのかしら?」

「い、いえ。『ソルト』は確か観光地で有名な場所だったと思っただけです」

一瞬、クリフとリリスの顔が脳裏に浮かぶ。

「確かに、あそこは観光が盛んな美しい場所だな……。 アドニスは卒業後、アデルを連れて『ソルト』に戻るつもりだ。そのときは、フローネさんも一緒について行って貰いたい。いいかね?」

シュタイナー氏がじっと私を見つめてくる。

「勿論です。私はアデルのシッターになったのですから」

それに、たった2歳で両親を亡くしたアデルが不憫でならなかった。できるだけ、アデルの側にいてあげたい。ニコルとはますます距離が離れてしまうけれども、あの子ももう13歳、きっと分かってくれるはずだ。

「ありがとう、その言葉が聞けて嬉しいわ。これからよろしくね。フローネさん」

「私からもよろしく頼む」

「はい、こちらこそどうぞよろしくお願い致します」

眠りに就いているアデルの髪をそっと撫でながら返事をした。


その後も馬車は走り続け、ついに「シュタイナー」子爵家の屋敷に到着した――
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