42 / 90
8 運命が変わる時
しおりを挟む
「そ、そんな……私がアデル……いえ、アデル様のシッターになるなんて、恐れ多いです」
今まで普通にアデルと呼んでいたが、自分が失礼な言い方をしていることに気付いてしまった。
そう、忘れていたけれどアデルは私よりも身分がずっと高いはずなのだから。
「あら、アデル様なんて呼ばなくていいのよ? お願い、あなたがシッターに適任だと思うのよ」
「ああ、私もそう思うよ」
婦人に続き、シュタイナー氏も頷く。
「おばあちゃん、シッターって何?」
するとアデルが無邪気に尋ねてきた。
「シッターって言うのはね、ずっとアデルの側にいてお世話してくれる人よ?」
「本当? ママみたいに?」
その言葉にハッと息を呑むシュタイナー夫妻。
ママ……そうだ、アデルには母親がいなかったのだ。
「お姉ちゃんがママの代わりになってくれるの? ずーっと一緒にいてくれるの?」
アデルがニコニコしながら小さな手で私の指を握ってくる。
「アデル……」
この子は、母親の愛情を欲しているのだ。祖父母とは別の、母の愛情を……。
「見ての通り、こんなにアデルはフローネさんに懐いているわ」
「今まで何人かアデルのシッターを雇ってみたが……どうにもうまくいかなかったのだよ。アデルが嫌がってな……誰も長続きはしなかった」
「だって……」
シュタイナー夫妻の話にアデルは口を閉ざす。もしかしてシッターとの間にトラブルでもあったのだろうか?
「でも、フローネさんは違ったわ。初めてよ。アデルがこんなに見知らぬ人に懐くのは。それはきっと……」
そこで婦人は何故か言葉を切る。
「お姉ちゃん……一緒にいてよ」
「アデル……」
「どうだろう? こんなにアデルが君を望んでいるのだから、お願いできないか?」
シュタイナー氏が声をかけてきた。
「で、ですが私には教養がありません。お恥ずかしい話ですが、貧しかったので高等教育を受けていないので、教養に欠けています。とても高貴な家柄のシッターには向いておりません」
まともな教育を受けていない者は周囲から見下されるのは身をもって経験している。
「私達が望んでいるのは家庭教師ではないわ。それこそ、母親代わりにアデルに接してくれる人を捜しているのよ。それにどうして自分に教養が無いと思うのかしら? あなたの食事のマナーはとても立派だったわ。それこそ良い教育を受けていなければ無理だと思うの」
「妻の言うとおりだよ。それに、行く宛が無いのだろう? もし、このままここに留まっていれば……フローネさんに酷い仕打ちをした人たちに再会してしまう可能性だってあるかもしれない。それに、もしかするとリリスという女性がフローネさんを捜し出そうとするかもしれないよ」
「あ……」
その言葉に血の気が引く。
そうだ、リリスは私に言った。
『勝手に私の元からいなくなったら……承知しないわよ』
だけど、私の意思とは無関係にバーデン家を出されてしまった。クリフたちは私が勝手に出ていったとリリスに説明しているかもしれない。
捜し出されて見つかってしまったら、逃げた罰としてムチで打たれてしまうかも……。
そのことを想像するだけで、震えそうになってしまう。
それなら私の答えは一つしか無い。
アデルのシッターとして、シュタイナー家に行く。
何より、出会ったばかりのアデルをとても愛しく感じている。
彼女は何の偏見も抱かずに、私を心から求めてくれている。そのことが涙が出そうになるほどに嬉しくてたまらなかった。
「お願いします……」
「お姉ちゃん?」
小首を傾げるアデルの小さな手をギュッと握りしめると、シュタイナー夫妻に頭を下げた。
「どうか私を……アデルのシッターとして、連れて行って下さい」
「ああ、勿論だよ」
「引き受けてくれて嬉しいわ」
夫妻が笑顔で返事をしてくれる。
「お姉ちゃん……シッターになってくれるの?」
アデルが大きな目で私を見つめてきた。
「ええ。アデルのシッターになるわ」
「……ママみたいになってくれる?」
「アデルが望むなら、ママの代わりになってあげる」
すると……。
「お姉ちゃん!」
アデルが胸に飛び込んできた。
「ずっと、一緒にいてくれるんだよね?」
胸に顔を埋めたアデルが尋ねてくる。
「ええ。ずっとアデルと一緒にいるわ」
笑顔で私達を見つめている夫妻の前で、私は小さなアデルをしっかり抱きしめた――
今まで普通にアデルと呼んでいたが、自分が失礼な言い方をしていることに気付いてしまった。
そう、忘れていたけれどアデルは私よりも身分がずっと高いはずなのだから。
「あら、アデル様なんて呼ばなくていいのよ? お願い、あなたがシッターに適任だと思うのよ」
「ああ、私もそう思うよ」
婦人に続き、シュタイナー氏も頷く。
「おばあちゃん、シッターって何?」
するとアデルが無邪気に尋ねてきた。
「シッターって言うのはね、ずっとアデルの側にいてお世話してくれる人よ?」
「本当? ママみたいに?」
その言葉にハッと息を呑むシュタイナー夫妻。
ママ……そうだ、アデルには母親がいなかったのだ。
「お姉ちゃんがママの代わりになってくれるの? ずーっと一緒にいてくれるの?」
アデルがニコニコしながら小さな手で私の指を握ってくる。
「アデル……」
この子は、母親の愛情を欲しているのだ。祖父母とは別の、母の愛情を……。
「見ての通り、こんなにアデルはフローネさんに懐いているわ」
「今まで何人かアデルのシッターを雇ってみたが……どうにもうまくいかなかったのだよ。アデルが嫌がってな……誰も長続きはしなかった」
「だって……」
シュタイナー夫妻の話にアデルは口を閉ざす。もしかしてシッターとの間にトラブルでもあったのだろうか?
「でも、フローネさんは違ったわ。初めてよ。アデルがこんなに見知らぬ人に懐くのは。それはきっと……」
そこで婦人は何故か言葉を切る。
「お姉ちゃん……一緒にいてよ」
「アデル……」
「どうだろう? こんなにアデルが君を望んでいるのだから、お願いできないか?」
シュタイナー氏が声をかけてきた。
「で、ですが私には教養がありません。お恥ずかしい話ですが、貧しかったので高等教育を受けていないので、教養に欠けています。とても高貴な家柄のシッターには向いておりません」
まともな教育を受けていない者は周囲から見下されるのは身をもって経験している。
「私達が望んでいるのは家庭教師ではないわ。それこそ、母親代わりにアデルに接してくれる人を捜しているのよ。それにどうして自分に教養が無いと思うのかしら? あなたの食事のマナーはとても立派だったわ。それこそ良い教育を受けていなければ無理だと思うの」
「妻の言うとおりだよ。それに、行く宛が無いのだろう? もし、このままここに留まっていれば……フローネさんに酷い仕打ちをした人たちに再会してしまう可能性だってあるかもしれない。それに、もしかするとリリスという女性がフローネさんを捜し出そうとするかもしれないよ」
「あ……」
その言葉に血の気が引く。
そうだ、リリスは私に言った。
『勝手に私の元からいなくなったら……承知しないわよ』
だけど、私の意思とは無関係にバーデン家を出されてしまった。クリフたちは私が勝手に出ていったとリリスに説明しているかもしれない。
捜し出されて見つかってしまったら、逃げた罰としてムチで打たれてしまうかも……。
そのことを想像するだけで、震えそうになってしまう。
それなら私の答えは一つしか無い。
アデルのシッターとして、シュタイナー家に行く。
何より、出会ったばかりのアデルをとても愛しく感じている。
彼女は何の偏見も抱かずに、私を心から求めてくれている。そのことが涙が出そうになるほどに嬉しくてたまらなかった。
「お願いします……」
「お姉ちゃん?」
小首を傾げるアデルの小さな手をギュッと握りしめると、シュタイナー夫妻に頭を下げた。
「どうか私を……アデルのシッターとして、連れて行って下さい」
「ああ、勿論だよ」
「引き受けてくれて嬉しいわ」
夫妻が笑顔で返事をしてくれる。
「お姉ちゃん……シッターになってくれるの?」
アデルが大きな目で私を見つめてきた。
「ええ。アデルのシッターになるわ」
「……ママみたいになってくれる?」
「アデルが望むなら、ママの代わりになってあげる」
すると……。
「お姉ちゃん!」
アデルが胸に飛び込んできた。
「ずっと、一緒にいてくれるんだよね?」
胸に顔を埋めたアデルが尋ねてくる。
「ええ。ずっとアデルと一緒にいるわ」
笑顔で私達を見つめている夫妻の前で、私は小さなアデルをしっかり抱きしめた――
235
お気に入りに追加
3,382
あなたにおすすめの小説
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる