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8 運命が変わる時
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「そ、そんな……私がアデル……いえ、アデル様のシッターになるなんて、恐れ多いです」
今まで普通にアデルと呼んでいたが、自分が失礼な言い方をしていることに気付いてしまった。
そう、忘れていたけれどアデルは私よりも身分がずっと高いはずなのだから。
「あら、アデル様なんて呼ばなくていいのよ? お願い、あなたがシッターに適任だと思うのよ」
「ああ、私もそう思うよ」
婦人に続き、シュタイナー氏も頷く。
「おばあちゃん、シッターって何?」
するとアデルが無邪気に尋ねてきた。
「シッターって言うのはね、ずっとアデルの側にいてお世話してくれる人よ?」
「本当? ママみたいに?」
その言葉にハッと息を呑むシュタイナー夫妻。
ママ……そうだ、アデルには母親がいなかったのだ。
「お姉ちゃんがママの代わりになってくれるの? ずーっと一緒にいてくれるの?」
アデルがニコニコしながら小さな手で私の指を握ってくる。
「アデル……」
この子は、母親の愛情を欲しているのだ。祖父母とは別の、母の愛情を……。
「見ての通り、こんなにアデルはフローネさんに懐いているわ」
「今まで何人かアデルのシッターを雇ってみたが……どうにもうまくいかなかったのだよ。アデルが嫌がってな……誰も長続きはしなかった」
「だって……」
シュタイナー夫妻の話にアデルは口を閉ざす。もしかしてシッターとの間にトラブルでもあったのだろうか?
「でも、フローネさんは違ったわ。初めてよ。アデルがこんなに見知らぬ人に懐くのは。それはきっと……」
そこで婦人は何故か言葉を切る。
「お姉ちゃん……一緒にいてよ」
「アデル……」
「どうだろう? こんなにアデルが君を望んでいるのだから、お願いできないか?」
シュタイナー氏が声をかけてきた。
「で、ですが私には教養がありません。お恥ずかしい話ですが、貧しかったので高等教育を受けていないので、教養に欠けています。とても高貴な家柄のシッターには向いておりません」
まともな教育を受けていない者は周囲から見下されるのは身をもって経験している。
「私達が望んでいるのは家庭教師ではないわ。それこそ、母親代わりにアデルに接してくれる人を捜しているのよ。それにどうして自分に教養が無いと思うのかしら? あなたの食事のマナーはとても立派だったわ。それこそ良い教育を受けていなければ無理だと思うの」
「妻の言うとおりだよ。それに、行く宛が無いのだろう? もし、このままここに留まっていれば……フローネさんに酷い仕打ちをした人たちに再会してしまう可能性だってあるかもしれない。それに、もしかするとリリスという女性がフローネさんを捜し出そうとするかもしれないよ」
「あ……」
その言葉に血の気が引く。
そうだ、リリスは私に言った。
『勝手に私の元からいなくなったら……承知しないわよ』
だけど、私の意思とは無関係にバーデン家を出されてしまった。クリフたちは私が勝手に出ていったとリリスに説明しているかもしれない。
捜し出されて見つかってしまったら、逃げた罰としてムチで打たれてしまうかも……。
そのことを想像するだけで、震えそうになってしまう。
それなら私の答えは一つしか無い。
アデルのシッターとして、シュタイナー家に行く。
何より、出会ったばかりのアデルをとても愛しく感じている。
彼女は何の偏見も抱かずに、私を心から求めてくれている。そのことが涙が出そうになるほどに嬉しくてたまらなかった。
「お願いします……」
「お姉ちゃん?」
小首を傾げるアデルの小さな手をギュッと握りしめると、シュタイナー夫妻に頭を下げた。
「どうか私を……アデルのシッターとして、連れて行って下さい」
「ああ、勿論だよ」
「引き受けてくれて嬉しいわ」
夫妻が笑顔で返事をしてくれる。
「お姉ちゃん……シッターになってくれるの?」
アデルが大きな目で私を見つめてきた。
「ええ。アデルのシッターになるわ」
「……ママみたいになってくれる?」
「アデルが望むなら、ママの代わりになってあげる」
すると……。
「お姉ちゃん!」
アデルが胸に飛び込んできた。
「ずっと、一緒にいてくれるんだよね?」
胸に顔を埋めたアデルが尋ねてくる。
「ええ。ずっとアデルと一緒にいるわ」
笑顔で私達を見つめている夫妻の前で、私は小さなアデルをしっかり抱きしめた――
今まで普通にアデルと呼んでいたが、自分が失礼な言い方をしていることに気付いてしまった。
そう、忘れていたけれどアデルは私よりも身分がずっと高いはずなのだから。
「あら、アデル様なんて呼ばなくていいのよ? お願い、あなたがシッターに適任だと思うのよ」
「ああ、私もそう思うよ」
婦人に続き、シュタイナー氏も頷く。
「おばあちゃん、シッターって何?」
するとアデルが無邪気に尋ねてきた。
「シッターって言うのはね、ずっとアデルの側にいてお世話してくれる人よ?」
「本当? ママみたいに?」
その言葉にハッと息を呑むシュタイナー夫妻。
ママ……そうだ、アデルには母親がいなかったのだ。
「お姉ちゃんがママの代わりになってくれるの? ずーっと一緒にいてくれるの?」
アデルがニコニコしながら小さな手で私の指を握ってくる。
「アデル……」
この子は、母親の愛情を欲しているのだ。祖父母とは別の、母の愛情を……。
「見ての通り、こんなにアデルはフローネさんに懐いているわ」
「今まで何人かアデルのシッターを雇ってみたが……どうにもうまくいかなかったのだよ。アデルが嫌がってな……誰も長続きはしなかった」
「だって……」
シュタイナー夫妻の話にアデルは口を閉ざす。もしかしてシッターとの間にトラブルでもあったのだろうか?
「でも、フローネさんは違ったわ。初めてよ。アデルがこんなに見知らぬ人に懐くのは。それはきっと……」
そこで婦人は何故か言葉を切る。
「お姉ちゃん……一緒にいてよ」
「アデル……」
「どうだろう? こんなにアデルが君を望んでいるのだから、お願いできないか?」
シュタイナー氏が声をかけてきた。
「で、ですが私には教養がありません。お恥ずかしい話ですが、貧しかったので高等教育を受けていないので、教養に欠けています。とても高貴な家柄のシッターには向いておりません」
まともな教育を受けていない者は周囲から見下されるのは身をもって経験している。
「私達が望んでいるのは家庭教師ではないわ。それこそ、母親代わりにアデルに接してくれる人を捜しているのよ。それにどうして自分に教養が無いと思うのかしら? あなたの食事のマナーはとても立派だったわ。それこそ良い教育を受けていなければ無理だと思うの」
「妻の言うとおりだよ。それに、行く宛が無いのだろう? もし、このままここに留まっていれば……フローネさんに酷い仕打ちをした人たちに再会してしまう可能性だってあるかもしれない。それに、もしかするとリリスという女性がフローネさんを捜し出そうとするかもしれないよ」
「あ……」
その言葉に血の気が引く。
そうだ、リリスは私に言った。
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だけど、私の意思とは無関係にバーデン家を出されてしまった。クリフたちは私が勝手に出ていったとリリスに説明しているかもしれない。
捜し出されて見つかってしまったら、逃げた罰としてムチで打たれてしまうかも……。
そのことを想像するだけで、震えそうになってしまう。
それなら私の答えは一つしか無い。
アデルのシッターとして、シュタイナー家に行く。
何より、出会ったばかりのアデルをとても愛しく感じている。
彼女は何の偏見も抱かずに、私を心から求めてくれている。そのことが涙が出そうになるほどに嬉しくてたまらなかった。
「お願いします……」
「お姉ちゃん?」
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「どうか私を……アデルのシッターとして、連れて行って下さい」
「ああ、勿論だよ」
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「ええ。アデルのシッターになるわ」
「……ママみたいになってくれる?」
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すると……。
「お姉ちゃん!」
アデルが胸に飛び込んできた。
「ずっと、一緒にいてくれるんだよね?」
胸に顔を埋めたアデルが尋ねてくる。
「ええ。ずっとアデルと一緒にいるわ」
笑顔で私達を見つめている夫妻の前で、私は小さなアデルをしっかり抱きしめた――
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