嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

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第7章 6 ノワールの頼み

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 夜9時―

 食事も終え、エドガーとノワールはそれぞれリビングで仕事をしていた。ノワールは執筆活動、エドガーは資料の整理をしていた。お互い無言で仕事をしていたが不意にノワールが声を掛けてきた。

「エドガー、明日は何処かへ出かけるのか?」

原稿用紙から目を離さずにノワールが尋ねてきた。

「はい、ヒルダを誘って出かけようかと思っています」

「ヒルダをか…」

ノワールはペンを置くと、エドガーを見た。

「出かける場所は決めているのか?」

「いえ…まだ何処へ行くかは決めかねているのですが…」

すると少しだけノワールは何か考え込む素振りを見せると言った。

「そうか。なら…悪いが、ライト文芸社に行って貰えないか?今回の小説の大雑把なストーリーをメモしたノートがあるんだが、それを担当者のリゼに渡して貰いたいんだ」

「え…?」

途端にエドガーの顔が曇る。リゼという女性はライト文芸社の新入社員でノワールの担当者のアシスタント女性であり、エドガーを通じて仕事上のやり取りをしていた。そしてエドガーはこの女性が苦手だった。リゼはエドガーと同じ今年20歳になる女性で、初めてエドガーに会った時から積極的にデートの誘いをしてくるような女性であった。

「兄さん…まさかヒルダを連れてライト文芸社に行けと言うのですか?」

「ああ、それくらい構わないだろう?俺は明日1日家にこもって執筆活動をするつもりだからな」

「…分かりました。言うとおりにします」

エドガーはノワールに生活の全てを見てもらっているのだ。当然断るすべなど無かった―。


*****

(一体兄さんは何故、あんな事を言ってきたのだろうか…?)

「エドガー様。どうぞ、紅茶が入りました」

気づけば紅茶がテーブルの上に乗せられていた。

「あ、ああ。ありがとう、ヒルダ」

テーブルの上のカップからは紅茶の良い香りが漂っている。

「それでは家事の続きをしてきますから」

笑みを浮かべてヒルダは言う。

「ああ、待ってるよ」

そしてヒルダがリビングから出ていくと、エドガーは紅茶を口にした―。



****


 それから30分後―

ヒルダとノワールは2人で一緒にアパートメントを出た。

「申し訳ございませんでした。お待たせしてしまって」

ヒルダは鍵を掛け終わるとエドガーに言った。

「いや、いいんだよ。それじゃ行こうか?実は先に寄りたい場所があるんだ。それにしてもヒルダは偉いな。伯爵令嬢でありながら、家の事を何でも出来るのだから」

「そんな事…必要に迫られての事ですから。それに私はもう伯爵令嬢ではありません」

「そう…だったな…」

エドガーはすまなそうに言う。あのまま、フィールズ家にヒルダを置いておけば、年老いた貴族に嫁がされるのは目に見えていた。エドガーはヒルダをそんな目に合わせたくは無かったし、何より自分自身が、ヒルダを嫁がせるなど許せなかった。けれどもヒルダから家族を…爵位を、そして故郷を奪ってしまったことには変わりない。

「すまなかった…ヒルダ」

エドガーは心底詫た。

「そんな事ありません。私はお2人に本当に感謝しているのですよ?だって私を救って下さったのだから…」

ヒルダは笑みを浮かべながらエドガーに言う。

「そうか…?そう言って貰えると嬉しいが…それじゃ、行こうか?実は兄の用事で少し寄らなければ行けない場所があるんだ」

「そうなのですか?いいですよ。では行きましょうか?」

「ああ」

こうして2人は一緒にロータスの町を歩き始めた―。

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