嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

文字の大きさ
上 下
138 / 566

第4章 7 心に灯火がともる時

しおりを挟む
「え?島へ・・・行ってみたいのですか?」

「ああ、そうだよ。ヒルダなら当然知っているだろうけど『カウベリー』には海がないだろう?だから綺麗な海を見るのが夢だったんだ。ヒルダは島へ行ったことがあるかい?」

「いいえ・・ありません。」

「そうか、なら丁度よかった。2人で一緒に島へ行こう。このホテルのパンフレットに観光船で島へ渡れるツアーがある事を知ったんだよ。港は目の前だし・・よし、早速行こう。」

エドガーはヒルダの返事を聞かないうちにさっさとホテルの出口へと歩いていく。
ヒルダは慌てて、後を追った。

 ヒルダが港に着くころ、エドガーは波止場に立って海を眺めていた。空はどこまでも青く、雲一つ無かった。

「ヒルダッ!こっちこっち!」

青い海を背にエドガーは両手を振ってヒルダを呼ぶ。そんな様子のエドガーを見てヒルダは思った。

(エドガー様って・・・どこか子供っぽい方なのね。)

ヒルダは杖をつきながらエドガーの元へと歩いて行くと、エドガーが近付いてきた。

「もうすぐここの波止場に観光船がやってくるらしいんだ。その観光船はここから船で30分位の小島に行くらしい。小島は内海にあるから揺れもさほどないそうなんだ。ヒルダは船酔いは大丈夫か?」

「さあ・・・そもそも船に乗ったことがありませんので・・。」

「ほら、ヒルダ。手を出して広げて。」

ヒルダはエドガーに言われるままに手を出して広げると、エドガーはセロファンに包んだキャンディーをヒルダの掌に乗せた。

「あの・・これは何ですか?」

「これはミントキャンディーさ。さっき小島行の遊船チケットを2枚買ったときに貰ったんだよ。酔い止め効果があるらしい。」

「そうなんですね?ありがとうございます。」

その時、海からボーッと汽笛のなる音が聞こえてきた。ヒルダとエドガーはその音に振り向くと、真っ白な船がこちらへ向かって近づいてくる。船からは大きな煙突が左右に2本伸びていて、そこから真っ白な蒸気を噴き出している。

「ああ!あれが蒸気船か・・・初めて見るよ。それにしても・・・美しい景色だな・・。」

エドガーが頬をうっすら赤く染めて蒸気船を眺めている。
どこまでも続く青い空に青い海。海は太陽の光を反射してキラキラと輝いている。そして真っ白な蒸気船の周囲にはカモメが飛び回っている。思わず、ヒルダもその光景に見惚れ・・笑みが浮び、言った。

「はい。そうですね・・・。」

(本当に・・・何て素敵な景色・・・。)


ヒルダの心は壮絶なカウベリーの経験のせいで心が傷つき・・死んでしまったかのようになっていた。何を見ても感動することは無くなり、涙はカウベリーで枯れはて、作り笑いしかすることが出来なくなっていた。けれど、今この景色を目にした時、ヒルダは心から美しい景色だと感じることが出来たのだ。それは氷のように冷え切ったヒルダの心に灯火がともるかのように・・・。
そんなヒルダの横顔をエドガーは無言で見つめていたが、やがて口を開いた。

「ヒルダ・・・やっと少し笑ったな?」

「え・・?」

ヒルダはエドガーを見上げた。

「私・・・笑ってるんですか・・・?」

「何だ?気づいていなかったのか?自分が笑っていたことに・・・。」

「は、はい・・・。」

するとエドガーは右手でヒルダの頬に触れると言った。

「カミラがずっと手紙でヒルダの事を心配してたんだ。ヒルダの心はまるで死んでしまったかのようになっている。何を見ても感動する気持ちが無くなり、作り笑いしかできなくなってしまった・・と。母もその手紙を読んでずっと心を痛めてきたんだ。だけど、ヒルダは今・・ほんの少しだけど笑えた。それだけでも安心したよ。これで母に良い土産話が出来たな。」

そしてエドガーはヒルダの頬から手を離すと、再び船を見た。
船はいつの間にか船着き場に停泊している。それを見たエドガーはヒルダに手を差し述べた。

「さあ。俺の可愛い妹ヒルダ。蒸気船に乗るぞ。」

「はい・・・お兄様。」

ヒルダはエドガーの手を取ると言った―。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫
恋愛
北の辺境伯の娘、レイナは婚約者であるヴィンセント公爵令息と、王宮で開かれる建国記念パーティーへ出席することになっている。 その為に王都までやってきたレイナの前で、ヴィンセントはさっそく派手に転げてみせた。その姿はよく転ぶ幼い子供そのもので。 彼は二年前、不慮の事故により子供返りしてしまったのだ――というのは本人の自作自演。 なぜかヴィンセントの心の声が聞こえるレイナは、彼が子供を演じている事を知ってしまう。 そして彼が重度の女嫌いで、レイナの方から婚約破棄させようと目論んでいる事も。 必死に情けない姿を見せつけてくる彼の心の声は意外と優しく、そんな彼にレイナは少しずつ惹かれていった。 だが、王宮のパーティーは案の定、予想外の展開の連続で……? ※設定緩めです ※他投稿サイトにも掲載しております

【完結】真実の愛に目覚めたと婚約解消になったので私は永遠の愛に生きることにします!

ユウ
恋愛
侯爵令嬢のアリスティアは婚約者に真実の愛を見つけたと告白され婚約を解消を求められる。 恋する相手は平民であり、正反対の可憐な美少女だった。 アリスティアには拒否権など無く、了承するのだが。 側近を婚約者に命じ、あげくの果てにはその少女を侯爵家の養女にするとまで言われてしまい、大切な家族まで侮辱され耐え切れずに修道院に入る事を決意したのだが…。 「ならば俺と永遠の愛を誓ってくれ」 意外な人物に結婚を申し込まれてしまう。 一方真実の愛を見つけた婚約者のティエゴだったが、思い込みの激しさからとんでもない誤解をしてしまうのだった。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~

tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。 ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

処理中です...