上 下
2 / 14

第2話 父の目論見

しおりを挟む
――翌日

「何ですか……こんな朝から仕事をさせるなんて……フワァァァアア……」

大欠伸をしながら、ヘンリーは自分の前に置かれた山積みの書類を恨めしそうに見つめる。

「何が、こんな朝からだ。時計を見てみるがいい、もう10時を過ぎているのだぞ? 領民たちは太陽が登る前から働いているのだ。彼らを少し見習って、お前も働け。いずれはお前がここの領主になるのだぞ?」

「大丈夫ですよ。父上はまだ45歳ではありませんか、まだまだ健康で働き盛りではありませんか」

「黙って、仕事をしろ。その書類に目を通して問題なければサインをするのだ。私はこれから領地を見て回らなければならない。しっかり仕事をするのだぞ」

ビリーはそれだけ言い残すと、大股で書斎を出ようとし……足を止めた。

「いいか、ヘンリー。今日中にその書類に目を通さなければ……お前のツケは支払わん。分かったな」

「え!? そ、そんな! 父上! 幾ら何でも……」

――バタンッ!

しかし、彼がまだ話の途中にビリーは出ていってしまった。

「……な、何だよ……人がまだ話をしている最中だっていうのに……」

そして恨めしそうに書類の山に目をやる。

「ふん! サインしろ……か。いいだろう。サインぐらい……何枚だって書いてやるさ!」

ヘンリーは万年筆を握りしめると、次から次へとサインをし続けた。
……勿論、書類に目を通すことなどなく――



****


 ビリーが屋敷に戻ってきたのは17時を過ぎていた。

書斎に行ってみると、ヘンリーが最後の書類にサインをしているところだった。

「おお、ヘンリーよ。きちんと仕事をしていたようだな?」

「ええ、当然じゃないですか。何しろ、ツケ代がかかっているのですからね……はい! 終わりました!」

万年筆を置くと、ヘンリーは書類の束に重ねた。

「よくやった。ヘンリー。見直したぞ。お前はやれば出来る息子だ」

「なら、父上。ツケ代を貰えるのですね?」

「そのことなら心配するな。もう私が支払っておいた。善良な領民を待たせるわけにはいかないからな」

「本当ですか!? さすがは父上! ありがとうございます。では、今日の仕事は無事に終わったということで出掛けてきます! 食事のことならご心配なく。外で食べてきますから!」

ヘンリーは席を立つと、足早に書斎を出て行った。


――バタン

扉が閉ざされると、ビリーはポツリと呟く。

「……行ったか……マイク」

「はい、旦那様」

音もなく現れるマイク。

「ヘンリーのサインした書類を確認するのを手伝ってくれ」

「はい、かしこまりました」

マイクは先程までヘンリーのいた椅子に座ると、二人は無言で書類をペラペラとめくり始め……。

「ありました! 旦那様!」

マイクが1枚の書類を見つけ出した。

「でかしたぞ、マイク! 早速見せてくれ」

ビリーは書類を受け取り、目を通すと満足気に頷く。

「……よし、確かにサインしてあるな」

「はい、旦那様」

二人はどこか嬉しそうに見える。

「ふははははは……っ! 完璧だ! 愚かな息子め……今まで私を舐めきったことを悔やむがいいわ!」

「ええ、旦那様!」

ビリーとマイクの高笑いが書斎に響き渡る。


そして、翌日事件が起こった――

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄だと殿下が仰いますが、私が次期皇太子妃です。そこのところお間違いなきよう!

つくも茄子
恋愛
カロリーナは『皇太子妃』になると定められた少女であった。 そのため、日夜、辛く悲しい過酷な教育を施され、ついには『完璧な姫君』と謳われるまでになった。 ところが、ある日、婚約者であるヨーゼフ殿下に婚約破棄を宣言されてします。 ヨーゼフ殿下の傍らには綿菓子のような愛らしい少女と、背後に控える側近達。 彼らはカロリーナがヨーゼフ殿下が寵愛する少女を故意に虐めたとまで宣う。這いつくばって謝罪しろとまで言い放つ始末だ。 会場にいる帝国人は困惑を隠せずにおり、側近達の婚約者は慌てたように各家に報告に向かう。 どうやら、彼らは勘違いをしているよう。 カロリーナは、勘違いが過ぎるヨーゼフ殿下達に言う。 「ヨーゼフ殿下、貴男は皇帝にはなれません」 意味が分からず騒ぎ立てるヨーゼフ殿下達に、カロリーナは、複雑な皇位継承権の説明をすることになる。 帝国の子供でも知っている事実を、何故、成人間近の者達の説明をしなければならないのかと、辟易するカロリーナであった。 彼らは、御国許で説明を受けていないのかしら? 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

(完)愛人を作るのは当たり前でしょう?僕は家庭を壊したいわけじゃない。

青空一夏
恋愛
私は、デラックス公爵の次男だ。隣国の王家の血筋もこの国の王家の血筋も、入ったサラブレッドだ。 今は豪商の娘と結婚し、とても大事にされていた。 妻がめでたく懐妊したので、私は妻に言った。 「夜伽女を3人でいいから、用意してくれ!」妻は驚いて言った。「離婚したいのですね・・・・・・わかりました・・・」 え? なぜ、そうなる? そんな重い話じゃないよね?

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

処理中です...