124 / 204
第122話 棺の中のフィリップ
しおりを挟む
人々の騒めく声が聞こえてくるが、私は気にとめるのをやめることにした。
今から愛するフィリップとの最後の別れの刻を迎えるのだから、今はそのことだけを考えなければ。
セシルが私の身体を労わって、ゆっくりと車椅子を押してくれている。
そして私達はフィリップの眠っている棺に辿り着いた。
「立てるか?エルザ」
セシルが背後から声を掛けてきた。
「え、ええ…」
肘掛けに両手を置いて、立とうとしたけれどもズキリと下腹部に痛みが走った。
「う…」
「やっぱり無理するな。俺が立たせてやる」
背後からセシルに支えられて、何とか立ち上がった。
でも、たったそれだけのことなのに背後ではざわめきが大きくなった。
「見たか…今の…」
「やっぱりね…」
「弟も弟だな」
「夫を亡くしたばかりなのに…」
わざと聞こえよがしに言っているのか、彼等の言葉が一つ一つ私の傷ついた心を更に深く抉っていく。
「チッ…なんて奴等だ…だが、気にするなよ?」
セシルが忌々しげに小声で言う。
「ええ…」
それだけ返事をするのがやっとだった。
そして私はセシルに支えられながら、フィリップが眠っている棺の中を覗き込んだ。
「!!」
棺の中を見た途端…私の中に衝撃が走った。
フィリップは白い花に囲まれて目を閉じていた。
両手を胸の前で組み、頬は痩せてしまっていたけれども死化粧のお陰が、血色もよく…まるで静かに眠っているようにしか見えなかった。
「兄さん…」
セシルの嗚咽混じりの声が背後で聞こえる。
「フィ、フィリップ…」
そっと右手でフィリップの頬に触れた。
冷たい…。
フィリップの身体はとても冷え切っていた。そこには生きていた頃の温かな温もりが完全に消えていた。今、目の前にあるのは魂の抜けたフィリップの身体だけだった。
「フィリップ…私よ…」
無駄とは知りつつ、呼びかけずにはいられなかった。
「お願い…目を開けて…?私を…み、見てよ…」
私の目には涙が浮かび、目が霞んでフィリップの顔がよく見えない。
「フィリップ…お、お願いだから…目を…目を開けて…?」
涙が後から後から溢れて止まらない。悲しすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
棺の中に私の涙がぽたりぽたりと落ちていく。
「エルザ…もう、兄さんは…」
セシルが私を止めようとしている。
分かっている。
フィリップが…死んでしまったことは…もう二度と目を覚まさないことくらい…。
「フィリップ…ずっとずっと…貴方を愛しているわ…」
私は棺の中で眠るフィリップに顔を近づけ…最後の別れのキスをした。
その触れた唇の冷たさが余計私の涙を誘う。
私は泣きながら…少しの間、フィリップに別れのキスをした。
やがて棺から顔を離した私は、最後に花を添えた。
「フィリップ…もう、痛みから開放されたのよね…どうか、安らかに…眠って下さい…」
お別れの言葉を述べて、涙をハンカチで拭った時…辺りが静まりかえっていることに気が付いた。
何気なく参列者たちを振り返った時…私は息を呑んだ。
あれだけ私とセシルの仲を面白おかしく囁いていた人々が、今はハンカチで目を拭ったり、赤い目をしてすすり泣く女性の姿まであったのだ。
え…?どういうこと…?
「エルザ…お前の姿が…参列者たちの心に突き刺さったんだ」
するとセシルが教えてくれた。彼の顔も…涙で濡れていた。
「セシル…」
「席に…戻ろう。お前は世間の誤解を…解いたんだよ」
「…ええ…」
再びセシルに車椅子に乗せられた瞬間、突然酷い目眩に襲われた。
そして、そこから先の記憶が途絶えてしまった―。
今から愛するフィリップとの最後の別れの刻を迎えるのだから、今はそのことだけを考えなければ。
セシルが私の身体を労わって、ゆっくりと車椅子を押してくれている。
そして私達はフィリップの眠っている棺に辿り着いた。
「立てるか?エルザ」
セシルが背後から声を掛けてきた。
「え、ええ…」
肘掛けに両手を置いて、立とうとしたけれどもズキリと下腹部に痛みが走った。
「う…」
「やっぱり無理するな。俺が立たせてやる」
背後からセシルに支えられて、何とか立ち上がった。
でも、たったそれだけのことなのに背後ではざわめきが大きくなった。
「見たか…今の…」
「やっぱりね…」
「弟も弟だな」
「夫を亡くしたばかりなのに…」
わざと聞こえよがしに言っているのか、彼等の言葉が一つ一つ私の傷ついた心を更に深く抉っていく。
「チッ…なんて奴等だ…だが、気にするなよ?」
セシルが忌々しげに小声で言う。
「ええ…」
それだけ返事をするのがやっとだった。
そして私はセシルに支えられながら、フィリップが眠っている棺の中を覗き込んだ。
「!!」
棺の中を見た途端…私の中に衝撃が走った。
フィリップは白い花に囲まれて目を閉じていた。
両手を胸の前で組み、頬は痩せてしまっていたけれども死化粧のお陰が、血色もよく…まるで静かに眠っているようにしか見えなかった。
「兄さん…」
セシルの嗚咽混じりの声が背後で聞こえる。
「フィ、フィリップ…」
そっと右手でフィリップの頬に触れた。
冷たい…。
フィリップの身体はとても冷え切っていた。そこには生きていた頃の温かな温もりが完全に消えていた。今、目の前にあるのは魂の抜けたフィリップの身体だけだった。
「フィリップ…私よ…」
無駄とは知りつつ、呼びかけずにはいられなかった。
「お願い…目を開けて…?私を…み、見てよ…」
私の目には涙が浮かび、目が霞んでフィリップの顔がよく見えない。
「フィリップ…お、お願いだから…目を…目を開けて…?」
涙が後から後から溢れて止まらない。悲しすぎて、どうにかなってしまいそうだ。
棺の中に私の涙がぽたりぽたりと落ちていく。
「エルザ…もう、兄さんは…」
セシルが私を止めようとしている。
分かっている。
フィリップが…死んでしまったことは…もう二度と目を覚まさないことくらい…。
「フィリップ…ずっとずっと…貴方を愛しているわ…」
私は棺の中で眠るフィリップに顔を近づけ…最後の別れのキスをした。
その触れた唇の冷たさが余計私の涙を誘う。
私は泣きながら…少しの間、フィリップに別れのキスをした。
やがて棺から顔を離した私は、最後に花を添えた。
「フィリップ…もう、痛みから開放されたのよね…どうか、安らかに…眠って下さい…」
お別れの言葉を述べて、涙をハンカチで拭った時…辺りが静まりかえっていることに気が付いた。
何気なく参列者たちを振り返った時…私は息を呑んだ。
あれだけ私とセシルの仲を面白おかしく囁いていた人々が、今はハンカチで目を拭ったり、赤い目をしてすすり泣く女性の姿まであったのだ。
え…?どういうこと…?
「エルザ…お前の姿が…参列者たちの心に突き刺さったんだ」
するとセシルが教えてくれた。彼の顔も…涙で濡れていた。
「セシル…」
「席に…戻ろう。お前は世間の誤解を…解いたんだよ」
「…ええ…」
再びセシルに車椅子に乗せられた瞬間、突然酷い目眩に襲われた。
そして、そこから先の記憶が途絶えてしまった―。
85
お気に入りに追加
2,278
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

隠れ蓑婚約者 ~了解です。貴方が王女殿下に相応しい地位を得るまで、ご協力申し上げます~
夏笆(なつは)
恋愛
ロブレス侯爵家のフィロメナの婚約者は、魔法騎士としてその名を馳せる公爵家の三男ベルトラン・カルビノ。
ふたりの婚約が整ってすぐ、フィロメナは王女マリルーより、自身とベルトランは昔からの恋仲だと打ち明けられる。
『ベルトランはね、あたくしに相応しい爵位を得ようと必死なのよ。でも時間がかかるでしょう?だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね』
可愛い見た目に反するフィロメナを貶める言葉に衝撃を受けるも、フィロメナはベルトランにも確認をしようとして、機先を制するように『マリルー王女の警護があるので、君と夜会に行くことは出来ない。今後についても、マリルー王女の警護を優先する』と言われてしまう。
更に『俺が同行できない夜会には、出席しないでくれ』と言われ、その後に王女マリルーより『ベルトランがごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なの』と聞かされ、自由にしようと決意する。
『俺が同行出来ない夜会には、出席しないでくれと言った』
『そんなのいつもじゃない!そんなことしていたら、若さが逃げちゃうわ!』
夜会の出席を巡ってベルトランと口論になるも、フィロメナにはどうしても夜会に行きたい理由があった。
それは、ベルトランと婚約破棄をしてもひとりで生きていけるよう、靴の事業を広めること。
そんな折、フィロメナは、ベルトランから、魔法騎士の特別訓練を受けることになったと聞かされる。
期間は一年。
厳しくはあるが、訓練を修了すればベルトランは伯爵位を得ることが出来、王女との婚姻も可能となる。
つまり、その時に婚約破棄されると理解したフィロメナは、会うことも出来ないと言われた訓練中の一年で、何とか自立しようと努力していくのだが、そもそもすべてがすれ違っていた・・・・・。
この物語は、互いにひと目で恋に落ちた筈のふたりが、言葉足らずや誤解、曲解を繰り返すうちに、とんでもないすれ違いを引き起こす、魔法騎士や魔獣も出て来るファンタジーです。
あらすじの内容と実際のお話では、順序が一致しない場合があります。
小説家になろうでも、掲載しています。
Hotランキング1位、ありがとうございます。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

【完結】婚約破棄され毒杯処分された悪役令嬢は影から王子の愛と後悔を見届ける
堀 和三盆
恋愛
「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」
王太子との結婚を半年後に控え、卒業パーティーで婚約を破棄されてしまったクアリフィカ。目の前でクアリフィカの婚約者に寄り添い、歪んだ嗤いを浮かべているのは異母妹のルシクラージュだ。
クアリフィカは既に王妃教育を終えているため、このタイミングでの婚約破棄は未来を奪われるも同然。こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。
せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。
クアリフィカは荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、この場で最後の公務に臨む。
卒業パーティー会場に響き渡る悲鳴。
目にした惨状にバタバタと倒れるパーティー参加者達。
淑女の鑑とまで言われたクアリフィカの最期の姿は、良くも悪くも多くの者の記憶に刻まれることになる。
そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる