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18.後始末②〜叔母視点〜
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「子供が産めないことをマイナー公爵も承知しているから問題ない。それに公爵夫人としての教養も人脈も求められてはいない。
彼は夫人に求めているものはそんなものではないからな…。
それにお前はなにを言ってるんだ?私は『結婚が決まった』と言ったんであって『結婚をするか』と訊ねたんじゃない。
貴族ならば政略結婚は当たり前だ、当事者であるお前の意思は関係ない」
私の意見など聞いてくれず、兄はそう言うだけだった。
結婚相手として告げられた名は私でも知っている。
マイナー公爵家は由緒正しき家で王家の縁戚でもあり、影響力も絶大だ。
当代の公爵は優秀で臣下としての評価も高く、領民からも慕われている。
まさに素晴らしい人物だが、彼は『悲劇の夫』でもあった。
マイナー公爵はまだ四十代前半にも関わらず過去に亡くなった妻が六人もいる。
不幸なことにみな嫁ぐとすぐに難病に冒され、社交界に姿を見せることなくいつの間にか儚くなっているらしい。
そんな偶然が続くだろうか…。
様々な噂があるが、なんの証拠もなく公爵家を敵に回すものはいない。
妻の死を嘆くマイナー公爵に誰もが『お気の毒に…』としか言わない。
あの家に嫁ぐなんて…いや、いやよ。
……死にたくないわっ。
再婚とはいえ身分も権力も財力もあり条件だけは申し分のない相手だった。
婚期を逃し子も産めない私の結婚相手としてはこれ以上ない嫁ぎ先だろう。
でも私は噂をただの噂とは思えなかった。
亡くなった妻達に何が起こったのか想像もしたくない。
「ま、待って…お兄様!
政略結婚は受け入れます。ですがマイナー公爵には…いろいろと噂がありますわ。
爵位が下がっても構いません、年齢が離れていてもどんな容姿でも。だから他の人に嫁がせてください。…可愛い妹がどうなってもいいのですかっ!」
目に涙を浮かべてそう懇願する。
兄は年の離れた私を娘のように可愛がってくれていたから、ここまで拒絶したら家の為とはいえ兄も考え直してくれると思っていた。
だが現実はそうではなかった。
ふと優しい兄の眼差しがいつもと違う事に気づく。
他人を見るような冷たいものでもない。そんなものではなく、まるで汚れた物を見るような視線を向けてくる。
そんな兄は初めてだった。
私の親代わりでもあった兄は厳しいところもあったけれども、どんな時も優しい兄だったのだ。
「噂はただの噂に過ぎん。悲劇的な事実から勝手に想像を膨らましているに過ぎない。
お前が勝手にそう考えて未来を悲観しているだけだ、そうだろう?
こういうのを考えすぎと言うのだろうな、お前なら。
マイナー公爵はこれ以上なくお前に相応しい相手だ」
ま、まさか……。
そんなはずないわ、でも……。
兄はまるでニーナがどう追い込まれていったのか知っているような口振りだった。
『話しは終わりだ』と兄は私に背を向け去って行こうとする。
「お兄様!せめて親しかった者と別れの挨拶をする時間をくださいませ!」
私は必死にそう訴える。
誰かと話す時間が必要だった。この窮状から救ってくれる人を見つけなければと思った。
それなのに…親しい者が思い浮かばない。
あ、あぁ…なんで…。
お義姉様…、オズワ…ルド…。
……ニー……ナ…。
思い浮かぶ名はそれしかなかった。
兄が全てを知っているならば彼らだって絶対に私の味方にはなってくれない。
それにニーナは眠ったまま。
私には誰もいなかった。
「お前がマイナー公爵に嫁ぐことをライナー伯爵も妻も誰もが心から祝福している。
別れの挨拶はいらない、誰もそんなものを必要とはしていない。
……早く…消えてくれ…」
吐き捨てるようにそう告げて兄は私を見ることなく部屋から出ていった。
私は自分の状況を正しく理解した。
マイナー公爵の噂は事実、いや…真実はもっと酷いのだろう。そのうえで嫁がせるのだ、…これは政略ではなく私に対する罰だ。
もう私には誰もいない、一人だ。
違う…『もう』ではない、死から逃れられたあの時から本当の意味で私を支えてくれる人なんて一人もいなかった。
幼い頃から『死』を覚悟して生きてきた。誰も私の将来のことを語ることはなかった、語るべき未来がない可哀想な子だから。
だが運命は私に祝福を授け『未来』を与えた。
その奇跡を誰もが喜んでくれたけれども、私の『幸せな未来』を語ることなんてなかった。貴族令嬢としての私に期待はしてくれなかった。
私に与えられたのは優しさという名の同情だけだった。
誰もどうやったら幸せになれるかを教えてくれない。教える価値がないから、手遅れだから…。
…やり切れなかった。
あれほど望んだ『生』なのにどう生きればいいか分からない。
幸せになりたかっただけなのに…。
頬を涙が濡らしていく。
こんなことになるのなら神の祝福なんていらなかった。みなに惜しまれながら『死』を迎えていたほうが幸せだったことだろう。
そう思うのにこれから待ち受けている『未来』が怖くてたまらない。
何が正しかったのか、どうすれば良かったというのか。
『……分からないのは私だけのせいじゃないわ』
そう呟く私に答えを返してくれる人は誰もいない。
彼は夫人に求めているものはそんなものではないからな…。
それにお前はなにを言ってるんだ?私は『結婚が決まった』と言ったんであって『結婚をするか』と訊ねたんじゃない。
貴族ならば政略結婚は当たり前だ、当事者であるお前の意思は関係ない」
私の意見など聞いてくれず、兄はそう言うだけだった。
結婚相手として告げられた名は私でも知っている。
マイナー公爵家は由緒正しき家で王家の縁戚でもあり、影響力も絶大だ。
当代の公爵は優秀で臣下としての評価も高く、領民からも慕われている。
まさに素晴らしい人物だが、彼は『悲劇の夫』でもあった。
マイナー公爵はまだ四十代前半にも関わらず過去に亡くなった妻が六人もいる。
不幸なことにみな嫁ぐとすぐに難病に冒され、社交界に姿を見せることなくいつの間にか儚くなっているらしい。
そんな偶然が続くだろうか…。
様々な噂があるが、なんの証拠もなく公爵家を敵に回すものはいない。
妻の死を嘆くマイナー公爵に誰もが『お気の毒に…』としか言わない。
あの家に嫁ぐなんて…いや、いやよ。
……死にたくないわっ。
再婚とはいえ身分も権力も財力もあり条件だけは申し分のない相手だった。
婚期を逃し子も産めない私の結婚相手としてはこれ以上ない嫁ぎ先だろう。
でも私は噂をただの噂とは思えなかった。
亡くなった妻達に何が起こったのか想像もしたくない。
「ま、待って…お兄様!
政略結婚は受け入れます。ですがマイナー公爵には…いろいろと噂がありますわ。
爵位が下がっても構いません、年齢が離れていてもどんな容姿でも。だから他の人に嫁がせてください。…可愛い妹がどうなってもいいのですかっ!」
目に涙を浮かべてそう懇願する。
兄は年の離れた私を娘のように可愛がってくれていたから、ここまで拒絶したら家の為とはいえ兄も考え直してくれると思っていた。
だが現実はそうではなかった。
ふと優しい兄の眼差しがいつもと違う事に気づく。
他人を見るような冷たいものでもない。そんなものではなく、まるで汚れた物を見るような視線を向けてくる。
そんな兄は初めてだった。
私の親代わりでもあった兄は厳しいところもあったけれども、どんな時も優しい兄だったのだ。
「噂はただの噂に過ぎん。悲劇的な事実から勝手に想像を膨らましているに過ぎない。
お前が勝手にそう考えて未来を悲観しているだけだ、そうだろう?
こういうのを考えすぎと言うのだろうな、お前なら。
マイナー公爵はこれ以上なくお前に相応しい相手だ」
ま、まさか……。
そんなはずないわ、でも……。
兄はまるでニーナがどう追い込まれていったのか知っているような口振りだった。
『話しは終わりだ』と兄は私に背を向け去って行こうとする。
「お兄様!せめて親しかった者と別れの挨拶をする時間をくださいませ!」
私は必死にそう訴える。
誰かと話す時間が必要だった。この窮状から救ってくれる人を見つけなければと思った。
それなのに…親しい者が思い浮かばない。
あ、あぁ…なんで…。
お義姉様…、オズワ…ルド…。
……ニー……ナ…。
思い浮かぶ名はそれしかなかった。
兄が全てを知っているならば彼らだって絶対に私の味方にはなってくれない。
それにニーナは眠ったまま。
私には誰もいなかった。
「お前がマイナー公爵に嫁ぐことをライナー伯爵も妻も誰もが心から祝福している。
別れの挨拶はいらない、誰もそんなものを必要とはしていない。
……早く…消えてくれ…」
吐き捨てるようにそう告げて兄は私を見ることなく部屋から出ていった。
私は自分の状況を正しく理解した。
マイナー公爵の噂は事実、いや…真実はもっと酷いのだろう。そのうえで嫁がせるのだ、…これは政略ではなく私に対する罰だ。
もう私には誰もいない、一人だ。
違う…『もう』ではない、死から逃れられたあの時から本当の意味で私を支えてくれる人なんて一人もいなかった。
幼い頃から『死』を覚悟して生きてきた。誰も私の将来のことを語ることはなかった、語るべき未来がない可哀想な子だから。
だが運命は私に祝福を授け『未来』を与えた。
その奇跡を誰もが喜んでくれたけれども、私の『幸せな未来』を語ることなんてなかった。貴族令嬢としての私に期待はしてくれなかった。
私に与えられたのは優しさという名の同情だけだった。
誰もどうやったら幸せになれるかを教えてくれない。教える価値がないから、手遅れだから…。
…やり切れなかった。
あれほど望んだ『生』なのにどう生きればいいか分からない。
幸せになりたかっただけなのに…。
頬を涙が濡らしていく。
こんなことになるのなら神の祝福なんていらなかった。みなに惜しまれながら『死』を迎えていたほうが幸せだったことだろう。
そう思うのにこれから待ち受けている『未来』が怖くてたまらない。
何が正しかったのか、どうすれば良かったというのか。
『……分からないのは私だけのせいじゃないわ』
そう呟く私に答えを返してくれる人は誰もいない。
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