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9.一人目の婚約者候補…退場〜第三王子視点〜
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今夜、夜会で会ったエミリア・ダートン子爵令嬢は興味深い女性だった。
見掛けは極上なのに中身というか思考回路が独特で話していて楽しくて仕方がなかった。時間はあっという間に過ぎ気づけば夜会は終了の時間になっていた。
あんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。
思い出さないくらい久しぶりのことだった。
俺は常に温和な第三王子を演じ微笑み続けていたが、そんなものとは違う。
はっはは、明日は腹が筋肉痛かもな。
どんだけ笑わせるんだ、エミリア・ダートンは。
生まれる場所間違えてんだろうがっ。
また会いたい…と思った。
別に深い意味などない、ただあの珍妙なやり取りを楽しみたいと純粋に思ったのだ。
自分から人に関心を持ったことは初めてだった。
俺は侍従のヤンを部屋に呼び指示を出す。彼はある公爵家の落し胤で俺が自ら選んだ者だ。つまり王家の犬ではなく信頼できる臣下だった。
「ヤン、エミリア・ダートン子爵令嬢の予定について調べろ。また夜会で会えるようにしたい。
それに家族との関係や諸々についても頼む」
「アトナ殿下が嬉しそうに女性の名を告げるなんて珍しいですね。明日には雪でも降りますか…」
この遠慮がない物言いもヤンには許している。生死をともに切り抜けてきた彼は血の繋がった兄よりも距離は近い存在だ。
だから今日の夜会での出来事を隠すことなく全て伝える。
「ケビン・ゴルディ伯爵についても調べろ。この近辺で起こっている事件に関係している確率が高い。エミリアの観察によると伯爵の金髪は不自然だったと。綺麗な金髪だが微妙に髪質や艶が異なる髪を混ぜていて、禿げている可能性が高いと言っていた」
「つまり人毛を使ったカツラを使用していると指摘したのですね」
「…少し違うな。
『お可哀想に頭が寒いと風邪を引いてしまいますわね』と心配していただけだな…」
暫しの沈黙が流れる。ヤン、お前の言いたいことは分かっている、だが言うな。
そこは流してくれればいい。
詳細に話せばお前も明日には筋肉痛になる。
優秀な彼は俺の気持ちを察したようだ。笑いを堪えているようだが、笑いはしない。
「あの家は酷く困窮していて高級な人毛のカツラは入手出来る財力はない。となると金髪の女性が襲われ髪を切り取られるという不可解な連続事件に繋がる…そう思わないか?」
エミリアは珍妙な動きからは想像できない素晴らしい観察眼を持っていた。
「承知いたしました」
そう言ってヤンは俺の指示通りに動き出す。
そして俺も独自で動く。ヤンには彼女のことを調べろと命じたが、自らも動きたかった。ヤンに任せれば間違いないのは分かっているが、彼女については人任せで終わりたくない。自分も関わりたいと思ったのだ。
人になんて興味はなかった、あの夜会まで。
だが今は『エミリア・ダートン』について知りたい。
自分の手で目で耳で知っていきたいのだ。
この気持ちが何かなんて分からない。
ただこの温かい気持ちを手放したくなかった。
数日後にはケビン・ゴルディは連続髪切り事件の犯人として捕まった。
王都からの協力者として立ち会ったヤンに向かって捕まるときに暴れながら伯爵は叫んでいたらしい。
『なぜバレたんだ?!完璧なカツラだったから誰にもカツラだと気づかれていなかったのに…』
『一人の優秀な女性が気がついたんだよ、寄せ集めの髪だとな』
『クッソー!!誰なんだ、私がハゲだと見抜いた女性は!
違うぞ、私はハゲじゃない。
ただちょっと盛っているだけだ!
ハゲではないんだー、誤解なんだ!
その間違った情報を真実だと思いこんでいる女性に伝えてくれー』
『…お前、気にするところはそこでいいのか。今後のこととかじゃなくていいのか…』
憐れなゴルディ伯爵は翌日新聞の一面を飾った。
『髪切り事件の犯人は若ハゲ伯爵だった!!』と。
伯爵の淡い希望は正義の新聞記者により叩き潰された。
事件はエミリアのお陰で見事に解決した。
明日にはまた彼女と夜会で会うことができるはずだ。きっと彼女の耳にもゴルディ伯爵の逮捕の件は耳に入っているだろう。
エミリアは婚約者候補の逮捕を残念がるだろうか。
どんな反応をする…。
もしかして好意を抱いていたのか…。
つまらないことを考え悶々としているとヤンが話し掛けてくる。
「アトナ殿下も人間なんだと今知りました。なんだか成長を見られて感無量です」
「…お前は本当に遠慮がないな。
いいのか俺にそんな口をきいて?
俺の裏を知っているくせに怖くないのか…」
「裏は…正当防衛ですから問題ありません。
情緒に問題が見受けられますが、他の屑王族や腰巾着重鎮に比べれば殿下はまともな方ですから」
ヤンも王族の闇やそれを良しとしている重鎮達について知っているので言い方に容赦はない。
俺が苦笑いをしていると更に言葉を続ける。
「手を伸ばしてもいいんではないですか?
きっとあの令嬢は壊れません。
一緒に隣で笑ってくれますよ。
…殿下、あなたの笑顔なかなかいいですよ」
何を言っているのか分からないふりをするとヤンは黙って部屋を出ていってくれた。
俺の周りにいる者は危険に晒される。
だから大切なものは作らなかった。
…無関心だった。
それが崩れようとしている。
どうすればいいかはまだ決められない。
ただエミリアに会えることを楽しみに待っている自分の想いを見ないふりはもう出来ないだろう。
*******************
この第三王子は作者の他作品『私の孤独に気づいてくれてたのは家族でも婚約者でもなく特待生で平民の彼でした』のアトナ殿下と同一人物です。
見掛けは極上なのに中身というか思考回路が独特で話していて楽しくて仕方がなかった。時間はあっという間に過ぎ気づけば夜会は終了の時間になっていた。
あんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。
思い出さないくらい久しぶりのことだった。
俺は常に温和な第三王子を演じ微笑み続けていたが、そんなものとは違う。
はっはは、明日は腹が筋肉痛かもな。
どんだけ笑わせるんだ、エミリア・ダートンは。
生まれる場所間違えてんだろうがっ。
また会いたい…と思った。
別に深い意味などない、ただあの珍妙なやり取りを楽しみたいと純粋に思ったのだ。
自分から人に関心を持ったことは初めてだった。
俺は侍従のヤンを部屋に呼び指示を出す。彼はある公爵家の落し胤で俺が自ら選んだ者だ。つまり王家の犬ではなく信頼できる臣下だった。
「ヤン、エミリア・ダートン子爵令嬢の予定について調べろ。また夜会で会えるようにしたい。
それに家族との関係や諸々についても頼む」
「アトナ殿下が嬉しそうに女性の名を告げるなんて珍しいですね。明日には雪でも降りますか…」
この遠慮がない物言いもヤンには許している。生死をともに切り抜けてきた彼は血の繋がった兄よりも距離は近い存在だ。
だから今日の夜会での出来事を隠すことなく全て伝える。
「ケビン・ゴルディ伯爵についても調べろ。この近辺で起こっている事件に関係している確率が高い。エミリアの観察によると伯爵の金髪は不自然だったと。綺麗な金髪だが微妙に髪質や艶が異なる髪を混ぜていて、禿げている可能性が高いと言っていた」
「つまり人毛を使ったカツラを使用していると指摘したのですね」
「…少し違うな。
『お可哀想に頭が寒いと風邪を引いてしまいますわね』と心配していただけだな…」
暫しの沈黙が流れる。ヤン、お前の言いたいことは分かっている、だが言うな。
そこは流してくれればいい。
詳細に話せばお前も明日には筋肉痛になる。
優秀な彼は俺の気持ちを察したようだ。笑いを堪えているようだが、笑いはしない。
「あの家は酷く困窮していて高級な人毛のカツラは入手出来る財力はない。となると金髪の女性が襲われ髪を切り取られるという不可解な連続事件に繋がる…そう思わないか?」
エミリアは珍妙な動きからは想像できない素晴らしい観察眼を持っていた。
「承知いたしました」
そう言ってヤンは俺の指示通りに動き出す。
そして俺も独自で動く。ヤンには彼女のことを調べろと命じたが、自らも動きたかった。ヤンに任せれば間違いないのは分かっているが、彼女については人任せで終わりたくない。自分も関わりたいと思ったのだ。
人になんて興味はなかった、あの夜会まで。
だが今は『エミリア・ダートン』について知りたい。
自分の手で目で耳で知っていきたいのだ。
この気持ちが何かなんて分からない。
ただこの温かい気持ちを手放したくなかった。
数日後にはケビン・ゴルディは連続髪切り事件の犯人として捕まった。
王都からの協力者として立ち会ったヤンに向かって捕まるときに暴れながら伯爵は叫んでいたらしい。
『なぜバレたんだ?!完璧なカツラだったから誰にもカツラだと気づかれていなかったのに…』
『一人の優秀な女性が気がついたんだよ、寄せ集めの髪だとな』
『クッソー!!誰なんだ、私がハゲだと見抜いた女性は!
違うぞ、私はハゲじゃない。
ただちょっと盛っているだけだ!
ハゲではないんだー、誤解なんだ!
その間違った情報を真実だと思いこんでいる女性に伝えてくれー』
『…お前、気にするところはそこでいいのか。今後のこととかじゃなくていいのか…』
憐れなゴルディ伯爵は翌日新聞の一面を飾った。
『髪切り事件の犯人は若ハゲ伯爵だった!!』と。
伯爵の淡い希望は正義の新聞記者により叩き潰された。
事件はエミリアのお陰で見事に解決した。
明日にはまた彼女と夜会で会うことができるはずだ。きっと彼女の耳にもゴルディ伯爵の逮捕の件は耳に入っているだろう。
エミリアは婚約者候補の逮捕を残念がるだろうか。
どんな反応をする…。
もしかして好意を抱いていたのか…。
つまらないことを考え悶々としているとヤンが話し掛けてくる。
「アトナ殿下も人間なんだと今知りました。なんだか成長を見られて感無量です」
「…お前は本当に遠慮がないな。
いいのか俺にそんな口をきいて?
俺の裏を知っているくせに怖くないのか…」
「裏は…正当防衛ですから問題ありません。
情緒に問題が見受けられますが、他の屑王族や腰巾着重鎮に比べれば殿下はまともな方ですから」
ヤンも王族の闇やそれを良しとしている重鎮達について知っているので言い方に容赦はない。
俺が苦笑いをしていると更に言葉を続ける。
「手を伸ばしてもいいんではないですか?
きっとあの令嬢は壊れません。
一緒に隣で笑ってくれますよ。
…殿下、あなたの笑顔なかなかいいですよ」
何を言っているのか分からないふりをするとヤンは黙って部屋を出ていってくれた。
俺の周りにいる者は危険に晒される。
だから大切なものは作らなかった。
…無関心だった。
それが崩れようとしている。
どうすればいいかはまだ決められない。
ただエミリアに会えることを楽しみに待っている自分の想いを見ないふりはもう出来ないだろう。
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この第三王子は作者の他作品『私の孤独に気づいてくれてたのは家族でも婚約者でもなく特待生で平民の彼でした』のアトナ殿下と同一人物です。
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