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8.一人目の婚約者候補③
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目の前に立つ若い男が丁寧な口調で当たり障りのないことを話しかけてくる。
一見すると地味な衣装を着てこれといって特徴のない顔をしている紳士に見える。
けれども私は騙されない。
衣装は地味だが布地は間違いなく高級品だし、特徴のない顔はわざとそうしているように見える。つまり平凡な自分を演じているといったところだろう。
この人は怪しいと令嬢の直感が教えてくれる。
本当なら相手にせずにこの場から素早く離れるのが正解だが、私は彼への怒りから動けなかった。
何に怒っているかというと…。
平凡に対する冒涜にだ。
あなた…平凡を馬鹿にしているの?
真の平凡はそんなものじゃないわよ!
もっと周囲に溶け込み、埋もれてしまうのよ。
芽吹く前のフキノトウのように。
絶妙な感じが大切なのよ、無じゃないけど有でもない。
はぁ…、分かってないわ。全然ダメ…。
あなたのそれは大根役者レベルよ。
腹黒さが瞳の奥からじわりと漏れ出ているわ。
平凡を甘く見すぎたわね。
ふっ、…残念な人だわ。
淑女なので心のなかだけで本音を叫んで、表面上は微笑んで見せる。
私がそうしているのに、なぜか相手は早々に丁寧な紳士といった仮面を脱ぎ捨てることにしたようで貴族らしからぬふてぶてしい態度を見せ口調も変わった。
…なんか嫌な予感しかしない。
どうして私の周りに変な男が湧いて出くるのか。
祖父だけで十分なので勘弁して欲しい。
「はっは!俺が猫を被る必要はないようだな」
なんでそうなるんですか、被っていてください!
猫ちゃん最高じゃないですか!
心では全力で拒否をしながら、表面上は少しだけ困った顔をして相手にそれとなく拒絶を伝える。
彼も貴族ならこれで私の気持ちは伝わるはずだった。
だがそうはならなかった。
「おい、しっかりと心の声が聞こえているぞ。
それも最初っからな…。
クックク、悪かったな腹黒の大根役者で」
どうやら興奮して心の叫びが勝手に現実世界に飛び出したようだ。
まさかの令嬢らしからぬ失態だった。
…終わった、もう淑女タイムの強制終了だ。
もしかしたら貴族令嬢としての人生も終わっているかもしれない。
「本当に申し訳ございません。素直なもので…」
とりあえず失礼なことを言ったことは間違いないので謝っておく。
「はっはは、気にするな。俺は全然気にしていないから。それより教えてくれないか?
どうして夜会で変な行動をしていたんだ?」
そう言われてハッとする。
誰にも気づかれていないつもりだったのに。
気づかれていたなんて…。
どれくらいの人に?
まさか全員に…?!
「クック、大丈夫だ安心しろ。俺以外気づいてない」
私の考えを見透かしたような発言をしてから怪しい男はニヤリと笑う。
むむむっ、コヤツ…まさか超能力者なの?
「…いや違う」
えっ…!まさか私は『サトラレ』だったの?!
知らなかったわ。
みんな今までも私の為に聞こえないふりをしてくれたの…。
う、うう…みんな有り難う。
「だ・か・ら、違うって!
さっきからお前の声は駄々漏れだって言ってんだろうが!
いい加減気づけよ、っていうか現実逃避はやめろ。
あっ、あと時間の巻き戻しも無しだ。
なあ、一応今までは貴族令嬢として生きてきたんだろう。
淑女って意味知ってるか?
本音を隠して女狐としてしたたかに生きていく貴族女性のことだぞ。
はぁ…、お前…本当に大丈夫か?
っていうかどうして今まで生きてこれたんだ…」
なんとっ!私はまたしても彼の前で心の声を口に出してしまっていたようだ。
どうしてかしら?
「知らん」
心を許しているのかしら?
「知らん、とりあえず心の声風で会話するのはやめろ。
どうせ声帯から出ているんだから、観念して最初から潔く言葉にしろ」
もう諦めるしかない、逃げ場はない。
「……分りました。では最初からやり直しましょう。私はエミリア・ダートンです」
「俺は…トナだ。面白いものを見せてもらったよ。こんな型破りな令嬢の深い訳をぜひ聞かせてくれないか?」
そう言う彼は本当に楽しそうに笑っていた。
この人が怪しいのはそのままだけれども不思議と悪い人には思えなかった。
気づけば祖父が課した難題から私が今に至っていること、婚約者候補の生態?について、全てを素直に話してしまっていた。
あれ…?なんかおかしいわ。
どうして私は全部話しているの?
狩人から自警団になっていたのに…。
今は完オチの被疑者みたいになっている??
なぜに…?
まさか…これからカ○丼が出てくる…?
疑問を放置しては前には進めない。
だから聞き上手なトナに訊ねてみる。
「やっぱりこのシチュエーションだとカ○丼は出てくるのかしら?」
「お前はまだ食うきなのか?!」
彼は目を見開き驚いてくる。
どうやら彼は異国で流行っているこの定番のやり取りを知らないようだ。
だから私は異国大百科に書いてあった遠い島国の文化について親切に教えてあげることにした。
一見すると地味な衣装を着てこれといって特徴のない顔をしている紳士に見える。
けれども私は騙されない。
衣装は地味だが布地は間違いなく高級品だし、特徴のない顔はわざとそうしているように見える。つまり平凡な自分を演じているといったところだろう。
この人は怪しいと令嬢の直感が教えてくれる。
本当なら相手にせずにこの場から素早く離れるのが正解だが、私は彼への怒りから動けなかった。
何に怒っているかというと…。
平凡に対する冒涜にだ。
あなた…平凡を馬鹿にしているの?
真の平凡はそんなものじゃないわよ!
もっと周囲に溶け込み、埋もれてしまうのよ。
芽吹く前のフキノトウのように。
絶妙な感じが大切なのよ、無じゃないけど有でもない。
はぁ…、分かってないわ。全然ダメ…。
あなたのそれは大根役者レベルよ。
腹黒さが瞳の奥からじわりと漏れ出ているわ。
平凡を甘く見すぎたわね。
ふっ、…残念な人だわ。
淑女なので心のなかだけで本音を叫んで、表面上は微笑んで見せる。
私がそうしているのに、なぜか相手は早々に丁寧な紳士といった仮面を脱ぎ捨てることにしたようで貴族らしからぬふてぶてしい態度を見せ口調も変わった。
…なんか嫌な予感しかしない。
どうして私の周りに変な男が湧いて出くるのか。
祖父だけで十分なので勘弁して欲しい。
「はっは!俺が猫を被る必要はないようだな」
なんでそうなるんですか、被っていてください!
猫ちゃん最高じゃないですか!
心では全力で拒否をしながら、表面上は少しだけ困った顔をして相手にそれとなく拒絶を伝える。
彼も貴族ならこれで私の気持ちは伝わるはずだった。
だがそうはならなかった。
「おい、しっかりと心の声が聞こえているぞ。
それも最初っからな…。
クックク、悪かったな腹黒の大根役者で」
どうやら興奮して心の叫びが勝手に現実世界に飛び出したようだ。
まさかの令嬢らしからぬ失態だった。
…終わった、もう淑女タイムの強制終了だ。
もしかしたら貴族令嬢としての人生も終わっているかもしれない。
「本当に申し訳ございません。素直なもので…」
とりあえず失礼なことを言ったことは間違いないので謝っておく。
「はっはは、気にするな。俺は全然気にしていないから。それより教えてくれないか?
どうして夜会で変な行動をしていたんだ?」
そう言われてハッとする。
誰にも気づかれていないつもりだったのに。
気づかれていたなんて…。
どれくらいの人に?
まさか全員に…?!
「クック、大丈夫だ安心しろ。俺以外気づいてない」
私の考えを見透かしたような発言をしてから怪しい男はニヤリと笑う。
むむむっ、コヤツ…まさか超能力者なの?
「…いや違う」
えっ…!まさか私は『サトラレ』だったの?!
知らなかったわ。
みんな今までも私の為に聞こえないふりをしてくれたの…。
う、うう…みんな有り難う。
「だ・か・ら、違うって!
さっきからお前の声は駄々漏れだって言ってんだろうが!
いい加減気づけよ、っていうか現実逃避はやめろ。
あっ、あと時間の巻き戻しも無しだ。
なあ、一応今までは貴族令嬢として生きてきたんだろう。
淑女って意味知ってるか?
本音を隠して女狐としてしたたかに生きていく貴族女性のことだぞ。
はぁ…、お前…本当に大丈夫か?
っていうかどうして今まで生きてこれたんだ…」
なんとっ!私はまたしても彼の前で心の声を口に出してしまっていたようだ。
どうしてかしら?
「知らん」
心を許しているのかしら?
「知らん、とりあえず心の声風で会話するのはやめろ。
どうせ声帯から出ているんだから、観念して最初から潔く言葉にしろ」
もう諦めるしかない、逃げ場はない。
「……分りました。では最初からやり直しましょう。私はエミリア・ダートンです」
「俺は…トナだ。面白いものを見せてもらったよ。こんな型破りな令嬢の深い訳をぜひ聞かせてくれないか?」
そう言う彼は本当に楽しそうに笑っていた。
この人が怪しいのはそのままだけれども不思議と悪い人には思えなかった。
気づけば祖父が課した難題から私が今に至っていること、婚約者候補の生態?について、全てを素直に話してしまっていた。
あれ…?なんかおかしいわ。
どうして私は全部話しているの?
狩人から自警団になっていたのに…。
今は完オチの被疑者みたいになっている??
なぜに…?
まさか…これからカ○丼が出てくる…?
疑問を放置しては前には進めない。
だから聞き上手なトナに訊ねてみる。
「やっぱりこのシチュエーションだとカ○丼は出てくるのかしら?」
「お前はまだ食うきなのか?!」
彼は目を見開き驚いてくる。
どうやら彼は異国で流行っているこの定番のやり取りを知らないようだ。
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