エデンの園を作ろう

春秋花壇

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訪問看護師が来ないんです

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薄暗い部屋で、一人暮らしをする老女サクラは、カレンダーを見つめていた。

「今日は、訪問看護の日のはずなのに…。」

カレンダーには、赤い丸で大きく「訪問看護」と書かれている。しかし、一向に訪問看護師の姿は見えない。

サクラは、不安を募らせていく。

「もしかして、忘れられたの?…私、もう誰も覚えていないのかな…。」

サクラは、アルツハイマー病を患っている。記憶は日に日に薄れ、日常生活もままならない。

つい先日、脳のMRI検査を受けたが、異常は見つからなかった。

ニセルゴリンという脳の血流をよくするお薬も処方されているのにね。

糖尿病のお薬もちゃんと飲んでいるのに……。

サクラは、自分にできることは限られていることを知っている。

糖分が多い食事は記憶力の低下につながるので、大好きなカルピスソーダもスイーツも我慢している。

最近は、訪問看護の担当者に「火曜日も金曜日の今日も来ないんです」と、頻繁に電話をかけるようになってしまった。

幸い、お金の管理は数年前に専門の会社に委託していた。

サクラにとって、唯一の支えは、週に2回訪問してくれる訪問看護師だった。

訪問看護師は、サクラの体調管理や生活支援をしてくれるだけでなく、話を聞いてくれる大切な存在だった。

しかし、今日に限って、訪問看護師が来ない。

サクラは、不安と孤独に押しつぶされそうになる。

孤独な午後

サクラは、一人ぼっちで部屋の中を歩き回る。

テレビをつけようとするが、リモコンの使い方が思い出せない。

冷蔵庫を開けようとするが、何を食べようか忘れてしまう。

サクラは、自分がどんどん無力になっていくのを感じていく。

「誰か…助けて…。」

サクラは、声にならない声で助けを求める。

しかし、誰も彼女の言葉を聞いてくれない。

消えゆく記憶

サクラは、思い出せないことが増えていく。

自分の名前、家族の名前、住んでいる場所…

大切な記憶が、少しずつ消えていく。

サクラは、自分が誰なのか分からなくなりそうになる。

「私…誰?…どこにいるの?…。」

サクラは、鏡に映る自分の姿を見つめる。

鏡の中の老女は、見知らぬ人のように見えた。

希望の灯火

日が暮れ始め、部屋はさらに暗くなる。

サクラは、絶望に打ちひしがれ、床に座り込む。

その時、玄関のドアが開く音が聞こえた。

サクラは、顔を上げる。

ドアの向こうには、訪問看護師の姿があった。

「サクラさん、お待たせしました。」

訪問看護師は、優しく微笑む。

サクラは、安堵の涙を流す。

「…来てくれて、ありがとう…。」

サクラは、訪問看護師の手を握り締める。

訪問看護師は、サクラの隣に座り、こう語りかける。

「サクラさん、あなたは一人じゃありません。私たちが、ずっとそばにいますよ。」

サクラは、訪問看護師の言葉に、希望を見出す。

孤独と絶望に包まれた午後だったが、訪問看護師の温かい言葉と存在が、サクラに希望の灯火を灯してくれた。

薄暗い部屋に、小さな光が差し込んだ。

サクラは、再び前を向くことを決意する。
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