エデンの園を作ろう

春秋花壇

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春眠暁を覚えず

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春眠不覺曉(春眠暁を覚えず)

三月、春爛漫の季節。陽光が暖かく、鳥のさえずりが心地よい。しかし、その心地よさに誘われるように、一人の老人は今日も布団の中で眠り続けている。

老人の名前は田中春男。今年で80歳になる。妻は数年前に亡くなり、子供たちは遠く離れて暮らしている。春男は一人暮らしをしている。

春男は昔から寝るのが好きだった。若い頃は仕事に忙しかったため、思う存分眠ることはできなかったが、退職後は好きなだけ眠るようになった。朝起きるのが遅くなり、昼夜逆転することも珍しくない。

近所の人からは、「春男さんは寝坊助で有名だよ」と笑われている。しかし、春男は気にしない。むしろ、好きなだけ眠れる生活を満喫している。

春男にとって、睡眠は単なる休息ではない。夢の中は、現実とは違う世界が広がっている。春男は夢の中で、亡き妻と再会したり、若い頃に戻ったりする。夢は春男にとって、生きる活力になっている。

ある日、春男はいつものように昼過ぎに目を覚ました。

「ううう、いたいーーー」

線維筋痛症の痛みは、時に**「早く殺せー」**と叫んでしまうほど激しい。

処方の痛み止めを飲んでも気休め程度。

窓から差し込む陽光に誘われて、縁側に出る。そこには、美しい桜の花が咲き誇っていた。

公園を子供たちが走り回っている。

「おーい、黙れよ、ふざけんなよ」

「明日、先生に言うよ」

子供たちも生きていくのは大変だ。

鳥のさえずりがあちこちから聞こえてくる。花も多少落ちてしまったことだろう。

春男は桜の花を眺めながら、深呼吸をする。春の香りに包まれて、心が洗われるような気がする。

「ああ、今日もいい天気だな…」

春男は呟きながら、再び縁側に座る。そして、目を閉じて眠りに落ちていく。

夜になると、風雨が強くなった。

春男の周りには、桜の花びらが舞い散っている。春男は夢の中で、桜の花びらに乗って、どこまでも遠くへ飛んでいく…

花がどれほど散ったのだろうか、知る由もない。

啓蟄(けいちつ)、蟄虫啓戸(ちっちゅう こを ひらく)

春男のお腹もにぎやかに虫の音を奏でている。

春キャベツと大根と山芋をチョッパーに入れ、みじんに砕く。

お豆腐と小麦粉、卵、シラスを入れお好み焼きにする。

食前のレモン水が寝ぼけた体に染み入ってくる。

爽やかなクエン酸がほんの少しだけ春男の寿命を延ばしてくれるような気がする。

春キャベツの若草色が目に優しい。

旬の食材との一期一会。

「いただきます」

「めしあがれ」

「ごちそうさまでした」

三寒四温の一人芝居。

今日も誰とも口をきいてない。
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