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一章 お、おれ?

6 分かった上でなのか

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 あの日から俺は和樹の言葉をそのまんま受け取り、週末は彼にべったりくっついている。彼はかわいいと全肯定。俺は彼と距離を取ってたクセに現金にも程があるけど、和樹は気にしないってさ。

とも
「ん?」

 俺はその声に顔を上げたら、お前ねえって苦笑い。

「智は僕に食われたいの?」
「はい?」
「甘えていいとは言ったけど、ここまで甘えるとは想定外でさ。かわいくて我慢するのキツい」
「いや……それいらない」

 俺は暇さえあれば和樹に触っているような感じ。ふわふわとした愛しさが募って側にいたいんだ。前彼にはこんな気持ちにはならなかったのにな。

「和樹といると気持ちいい。なんでか分かんないけど」
「そうか」

 犬か猫みたいだねお前はと微笑んで、チュッとしてくれた。俺はそれだけでもっとふわふわとした気分になる。これなんなんだろうね。

「和樹大好き」
「うん」

 付き合って数ヶ月、会社では何も変わらず素敵な上司のまま、他のスタッフとの差もなく働いている。でも彼は、相変わらず会社ではなに考えてるか分かんない。

「仕事終わったの?」
「あーもう少しかな」

 膝枕の俺は邪魔なはずなんだけど、和樹は一度も「邪魔だからどけ」とは言わなかった。
 見上げる彼はかっこいい。会社の顔と全く違って、引き締まった真剣な顔つきがいい。同世代とは違うかっこよさがあるんだ。

「かっこいい……」
「ん?」
「俺の恋人はかっこいいなと思ってさ」
「だろ?これ終わったら出かけような」
「うん」

 仕事が終わりお出かけ。
 俺が週末ほとんど和樹の部屋にいるから、足んない物を買おうってね。俺はお泊りセットで持ってきてたんだけど面倒臭いだろって。
 ショッピングセンターとかで調達して、途中でお茶飲もうとカフェに入った。

「こんなもんでいいかな」
「うん。お金出させてしまって……」
「いやいい。僕はこういうのは来てもらう方がが用意するものだと考えてるんだ」
「ありがとう」

 コーヒーを飲む姿すらかっこいいなあってずっと見てた。

「なに見てんの?」
「あーうん。付き合ってから和樹をずっと見てたけど、かっこよくて見飽きないなって。中身は変だけどさ」

 ふふんと和樹は鼻で笑った、その仕草すらかっこいい。

「見た目は親に感謝だね。中身はうるさいよ」
「あはは。和樹会社と家だと全く違うんだよね。会社の雰囲気はなんでなの?」

 あ~と言いながらカップをテーブルに置いた。

「僕は、内と外を完全に別けたいタイプなんだ。仕事はキチンとするのが矜持もっとうだし、私生活は気を抜いてるけど、生活リズムは狂わせたくない。寝過ぎとか余計疲れるし、体調が悪くなる気がするんだ」
「ふーん。俺は意識したことはないな。休みはダラダラしてる」
「そうだよね。若ければね」

 ふふっと俺は苦笑いが出た。でも付き合ってからかなり頑張ってるんだよね。ダラダラ過ごすの好きだし、昼まで寝てるのも好き。食べ物にこだわるとかもない。和樹大好きで彼にあわせて早起きしてるし、朝飯もきちんと食べるようになった。

「智?どうした?」
「ううん。なんでもない」

 和樹と話してるうちに、心の奥にしまっていた不安が沸いた。今日買ってもらったものも和樹の好みの物で、俺なら選ばない物ばっかり。
 高級とかではなくてセンスの問題。側にいるとセンスも生活パターンもまるで違うことを実感して、日々気後れが増える。出来る人の日常はやっぱり違うんだよな。せっかくのデートだから顔には出さないように頑張ったけど、俺はテンションが下がってしまった。

「帰るぞ。智」
「え?まだ回るんじゃないの?」

 驚いて顔を上げると、微笑んでるけどなんか怒ってる感じがする?
 
「とりあえず要るものは買ったからいいんだ。それよりお前とじっくり話しがしたい」
「あの、なんで急にそんなこと言うの?」

 いいから行くぞってカフェを出て、ホントに部屋に戻った。俺は買ったものをお前の場所と空けてもらったタンスにしまうと「そこに座れ」って。少し怖い顔の和樹、なんかしたかな?
 俺が片付けてる間に和樹がお茶を入れてくれていた。ほらってカップを渡され、並んでソファに座った。

「智は、僕に話さなければならないことがあるよね?」
「え?ないよ」

 俺の返事に目の色がみるみる怖くなった。なんだよ、何もねえよ。

「嘘つくな。僕は智に対する気持ちは全て出している。でも智はたくさん隠してるよね?」
「お、俺も何にもないよ?なんでそんなこと言うんだよ」

 俺は心臓バクバク。なら僕から言おうか?と睨まれた。うっ…きれいな顔の人の睨みは迫力あるんだねと、他人事みたいに気持ちになったけど、言う気はない。

「ならなぜカフェでテンション下がったんだ?僕の話のなにかに引っかかったんだろ?」
「い、いや……別にそういうことじゃ…ないんだ」
「ならなに?」

 そんな些細な変化を見逃さないとはね。よく見てたもんだと感心した。
 俺はこの数ヶ月頑張っていて、背伸びしてでもいいから和樹の恋人でいたかった。会社ではあれだけど、優しく俺を見つめるこの人が本当に好きで……合わないところが多いのは承知なんだ。
 俺ガサツだし、部屋もこんなにきれいにしてないし、自炊もほとんどしない。でも彼が大好きで、こんな俺でも好きって思って貰いたくて言えなかった。
 何もかも違うのが怖いと全部ぶちまけたら終わるって、俺の心の警報が不穏な音を鳴らしているんだ。だから俺はなんにも口に出来ずうつむいた。

「智が黙ってるなら、僕が当てようか?お前は僕に無理して合わせているだろ。それも楽しいとは思ってない。僕がそれを感じないとでも思ってるの?」
「え?」

 俺は頭を上げた。……ものすごく怒ってる。眉間にシワよせて睨んでくる。俺はチキンだからこの状況が苦手で身がすくんでしまう。
 あの日の恐怖が思い出されて、視界が滲んで涙があふれた。俺は元恋人を殴り返さなかったんじゃない、出来なかったんだ。
 ただ怖くて……嫌われるのが怖くて、殴られても好きだったんだ。俺がバカなのは分かってるし、彼の愛がほとんど残ってなかったのも感じてた。でも、もしかしたらって気持ちが捨て切れなくてあがいてたんだ。

「和樹……ふうっ……グスッ」
「智?なんで泣くんだよ」

 俺は情けなさと和樹が好きな気持ちと、背伸びしてるのをさらけ出したら嫌われちゃうって悲しみで泣き出してしまった。
 俺、自分を出さずに恋人に合わせちゃうところがあって、好かれたくて無理してしまうんだ。そんなの長続きしないって分かってはいるんだけど、愛されたいって気持ちが強く出るんだ。
 俺は人生でなにかあったわけじゃない。いじめもなにもなかったのに…人の愛情をすごく求めてしまう。

「智……」
「ごめん……なさ…い。泣くつもりじゃ…なくて」

 フンと鼻を鳴らし、向かいのひとり掛けから俺の隣に座り直して肩に腕を回した。

「智……言ってくれなきゃ分からないよ。僕は智が好き。お前も僕を好きでいてくれるんだろ?」
「うん……」
「なら説明してよ」

 うつむいたままなにも言えなかった。和樹はきっと仕事中の俺を見て好きになったんだんだよね。あれは外行きの俺なんだ。恋人が絡まなきゃ社会人として振る舞える。
 クソッなんでいつも俺はこんなんだよ!こんなだから元彼にも愛想尽かされたのかも。

「俺……はね……」
「うん」

 言わなきゃ許してくれそうもないのは感じた。俺はもう世界の終わりのような気分でため息。仕方ない、もう諦めた。

「あのさ……俺和樹みたいにキチンと生活してないんだ。センスもないし……グスッダラダラするの好きだし、自炊もほとんどしない。能力も凡人だ」

 キチンと話そうとしたけど、上手く言葉にならないし、適切な単語も出ては来ない。なのに彼は黙って聞いてくれていた。彼が優秀なのは普段から自分を律することが出来るから。俺にはないものばかりで正反対だと思った。
 実際俺は、仕事も楽しいを優先してるから、考課表もいつも真ん中くらいで、それで満足してたりする。出世欲もないに近い。それに出世してチームのマネジメントなんて俺に出来るとは到底思えない。

「和樹は会社での俺が好きだったんでしょ?ならそれは本当の俺じゃない」

 ここまで話したらもうダメだろうな。和樹は魅力的で頭の回転がよくて努力家。辛い時もあるだろうに、そんなのは言葉どころか顔にも出さない。
 たった数ヶ月だけど、俺は尊敬する気持ちは増えたし、かわいいねって言ってもらうのが嬉しくて、自分の無理を見ないふりして甘えてた。
 隣にいれば彼みたいになれるかと最初は思ったよ?でもこのちょっとの期間で無理と悟った。
 開き直って、このままの俺を認めてって言えてれば違ったんだろうけど、怖くて言えず。もう言い訳しか頭に浮かばない。黙ってる俺に和樹は口を開いた。

「智は勘違いしてる」
「はい?」
「僕は仕事ぶりが好きで告白したんじゃない。智が僕のチームに来てからずっと見てて、それで好きになったんだ」
「え?」

 俺はぐちゃぐちゃな顔で見上げた。ふふっと和樹は微笑んで肩の手に力が入った。

「僕は人を見る目があると自負してる。智がこんな感じだろうとは思ってたから不満もない。よく見てたんだよ」
「はあ?会社の俺はこんなの見せてないよ?」

 バカだなあって。一日中気を張ってられる人なんかいないんだよ。所々飾ってない、その人自身が見える時があるんだ。同僚でもこんな部分あったんだなあ、な~んて思う時あるでしょ?それだよって。

「なら俺が粗忽者そこつものって理解した上での告白なの?」
「その言い方はヤダなあ。僕はそんなところも含めて好きになったのに」

 智は仕事で僕が注意したことはきちんと守って頑張ってるのは見てたし、みんなに好かれている。自分の評判知ってるの?って。

「知りません。チキンのクセにそこら辺はどうでもいいと思ってました。私生活のことを言われなければ」
「だろうね。智は上手く立ち回っているのは知ってる。客受けもいいしね」

 僕は智が思ってるよりもずっと理解してるつもりだ。無理なんかしなくていいんだよ。そのままの智が好きになったんだよって。

「ホントに?」
「本当だよ。嘘ついてどうすんだよ」
「うん……」

 なんだ……俺だけ空回りしてただけなのか。和樹は俺を受け入れる用意があったのか。

「もっと早く言えばよかったね。甘えているのになんだろう。どこか無理してるのは感じてたんだ。恋人に嘘ついちゃダメだよ」
「うん」

「うん」とは言ったけど不安。

「まだ不安?何が不安なんだよ。僕は智を愛してるよ」
「うん……」

 ここまで正反対の人と付き合ったことがなくて、すごく惹かれるのと同じくらい不安にもなるんだ。どうしたんいんだよ俺はもう!
 頭の中がぐちゃぐちゃでよく分かんない!




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