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第二部 第二章

第05話 聖杯を求める理由

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 オークションハウスでギベオン王太子が、古代地下都市国家アトランティスの復興宣言をしたのと同刻。隣国に落下した貴重な隕石を採掘するための隕石ハンター養成講座が、隣接施設で行われていた。

 講師は長年モルダバイト国で隕石の研究をする考古学者モリオン氏で、鉱石博物館の運営に携わるベテランだ。


「本日の隕石ハンター養成講座は、隕石と関わり合いの深いガラス質の副産物についてです。隕石が落下した際の熱により、色の付いたガラスが発生するわけです」

 将来を見据え、手に職をつけるため、幅広い年齢層の男女が隕石ハンター養成講座を受講している。隕石に纏わる雑学や取り扱い、オークションに出品する際の注意点など、発掘以外のことも学べると好評である。
 初級から上級までの段階制となっており、今回の初級クラスの受講者の数は百人程度。だが、講座全体ではもっと受講者は多いという。再開したばかりで先行き不安定なオークションハウス経営財閥の次男ネフライトも、講座参加者の一人だ。

「皆さんご存知かと思いますが、我がモルダバイト国名の由来は隕石ガラス【モルダバイト】からきています。これは隣国メテオライトに隕石が落下した際に、大量の隕石由来ガラスが我が国の川で採掘されたからです。異世界ではこのガラスをモルダバイトと呼んで、その緑色の美しさから宝石と同等の扱いを受けています」

 隕石ハンターにとって価値のある隕石関連のお宝は、落下物だけではない。巷では、隕石落下の影響で発生したガラス質の宝石モルダバイトが人気だ。正確には石ではなくガラスだが、まるで宝石のように美しいためアクセサリー加工をして宝飾品として売っているのである。

「異世界では、モルダウ川から発見されたことからモルダバイト、という名がついたそうですが。我々の国ではちょうど、メテオライト国との国境に流れる川からモルダバイトが取れるため、モルダウ川と称されるようになりました」

 そういえばこの国は国名もモルダバイトであるし、国の経済を支える一端にそのガラスが含まれているのだと改めてネフライトは実感する。

「これがモルダバイトの原石となります。気泡がないモルダバイトはイミテーションの可能性もありますから、間違えて購入しないように。さて、何か気になることはありますかな」

 大型モニターには、見本となるモルダバイトが映し出されていて、深い緑色のガラスの中には天然の印であるつぶつぶとした気泡があった。どうやらこの気泡がポイントで、本物か否かを見分ける基準となるようだ。
 質疑応答の時間が設けられて、早速生徒のうち数人が挙手する。

「モリオン先生、大体相場は幾らくらいになるんでしょうか? 数珠ブレスレットに組み込みたいんですけど……」
「ふむ……現在は市場価値が高騰しておりますので、通常品質の八ミリ玉一粒で、一万エレクトロンでも安い方かと」
「えぇっ? じゃあ、八ミリ玉で数珠ブレスを全部モルダバイトで組んだら……二十数万エレクトロン?」

『凄くない? 普通品質の宝石よりも高いんじゃないの』
『じゃあ、あのデカい原石は百万エレクトロン以上するのか』
『隕石を採掘するのが難しくても、モルダバイトだけでかなり稼げそうだな』
『数珠用の粒一つでそんなに価値があるなら、ジュエリー加工ならもっと値がつくわね』


 想定外の価格の高さに挙手した生徒以外も一様にざわつくが、裏を返せばそれだけ価値のあるものを採掘するということだ。眠り続けるルクリアの入院代を工面したければ、多少高級くらいでちょうど良いとネフライトはホッとした。

(いつか、ルクリアさんが夢見から覚めてくれるまで、隕石ガラスの価値が続くといいんだけど)

 他の生徒の中にはこの謎の価格の高さを疑問に思う者もいるらしく、さらなる質問を先生にぶつける。

「あの……失礼ですが、どうしてそんなに価値が高いんですか。隕石本体ではなく、ガラスなのに」
「ははは! なかなか良い質問ですね。隕石由来のガラスというところにロマンを感じる方が多い、というのが実情だと思いますが。では、皆さんが納得のいくようなモルダバイトにまつわる異世界の御伽噺【ジーザスの聖杯】をお話しましょう」

 考古学者が語る異世界の御伽噺は、地球と呼ばれる惑星の神の御子ジーザス・クライスのエピソードだった。

 聖霊によって身籠った聖母マリアから生まれた救世主ジーザス・クライストは、最後の晩餐で命の水である葡萄酒を聖杯で飲むことになる。のちに、病気の治癒や不思議なチカラをもたらすとされたその聖杯の器こそが、モルダバイトだったという。
 また、円卓の騎士団が血眼になって探したとされる聖杯と同一であるとされ、モルダバイトは聖杯に相応しい特別なガラスと言えるだろう。

「最近は隕石落下に伴う社会情勢の変化もありましたが、モルダバイトが聖杯の如く我々の経済的な潤いとなり命を延命してくれると信じています。では、本日の講義はここまで! 皆さん、ご拝聴ありがとうございました」


 * * *


 無事に講義が終わりネフライトが建物を出ると、隣のオークションハウスが予想以上に賑わっていた。大型オークション再開の反響があったというだけではなく、何か別のニュースが舞い込んできたようで話題はそのことで持ちきりだった。

『嗚呼、ギベオン王太子様! やっぱりカッコよかったわよね。テレビや雑誌で見るよりも、オーラが違うっていうか……本物を見たら一目でファンになっちゃったっ』
『いつか、私達も隣国……の古代地下都市に遊びに行けるようになるのかしら? そのうち観光ツアーとか出来るといいんだけど。もちろん、ツアーにはギベオン王太子のイベントを込みにして……』


(ギベオン王太子? そういえば、この数日のうちにメテオライト国の地下シェルターが発見されて、国民は無事だって報道されたんだっけ。けど、ギベオン王太子が……この国に?)


 特に若い女性はギベオン王太子の容姿端麗ぶりに夢中のようだ。それはともかくとして、気になるのは古代地下都市という単語。
 情報を得るためにネフライトがスマホでニュース画面を開くと、既に速報として『古代地下都市アトランティス復興へ』の文字が。

『古代地下都市アトランティス復興へ、死の淵から生還したギベオン王太子はまるで現代のジーザス・クライスト』

 皮肉なことに、先程の講義で話題となったジーザス・クライストの称号は、ギベオン王太子が冠するに相応しいものとなっていた。

 ネフライトからすると妻ルクリアを助けるために、聖杯の素材であるモルダバイトを採掘したいのに。
 モルダバイトの聖杯はいずれ、ギベオン王太子のものとなり、ルクリアまで奪われると言われたような気すらしてしまう。

(……ルクリアさんのために聖杯モルダバイトを求めるオレは、一体何の立場なんだ? ルクリアさん……早く、早く、前みたいに話したいよ!)

 虚しさと哀しさが同時にネフライトの胸の内に沸き起こり、夢見の世界に逃避行した妻ルクリアへの恋心が募る。
 そして、このままでは夢見の世界が現実を侵食するとは……ネフライトはもちろん救世主とされるギベオン王太子ですら、想像出来ずにいたのだった。
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