上 下
77 / 94
第二部 第二章

第05話 聖杯を求める理由

しおりを挟む
 オークションハウスでギベオン王太子が、古代地下都市国家アトランティスの復興宣言をしたのと同刻。隣国に落下した貴重な隕石を採掘するための隕石ハンター養成講座が、隣接施設で行われていた。

 講師は長年モルダバイト国で隕石の研究をする考古学者モリオン氏で、鉱石博物館の運営に携わるベテランだ。


「本日の隕石ハンター養成講座は、隕石と関わり合いの深いガラス質の副産物についてです。隕石が落下した際の熱により、色の付いたガラスが発生するわけです」

 将来を見据え、手に職をつけるため、幅広い年齢層の男女が隕石ハンター養成講座を受講している。隕石に纏わる雑学や取り扱い、オークションに出品する際の注意点など、発掘以外のことも学べると好評である。
 初級から上級までの段階制となっており、今回の初級クラスの受講者の数は百人程度。だが、講座全体ではもっと受講者は多いという。再開したばかりで先行き不安定なオークションハウス経営財閥の次男ネフライトも、講座参加者の一人だ。

「皆さんご存知かと思いますが、我がモルダバイト国名の由来は隕石ガラス【モルダバイト】からきています。これは隣国メテオライトに隕石が落下した際に、大量の隕石由来ガラスが我が国の川で採掘されたからです。異世界ではこのガラスをモルダバイトと呼んで、その緑色の美しさから宝石と同等の扱いを受けています」

 隕石ハンターにとって価値のある隕石関連のお宝は、落下物だけではない。巷では、隕石落下の影響で発生したガラス質の宝石モルダバイトが人気だ。正確には石ではなくガラスだが、まるで宝石のように美しいためアクセサリー加工をして宝飾品として売っているのである。

「異世界では、モルダウ川から発見されたことからモルダバイト、という名がついたそうですが。我々の国ではちょうど、メテオライト国との国境に流れる川からモルダバイトが取れるため、モルダウ川と称されるようになりました」

 そういえばこの国は国名もモルダバイトであるし、国の経済を支える一端にそのガラスが含まれているのだと改めてネフライトは実感する。

「これがモルダバイトの原石となります。気泡がないモルダバイトはイミテーションの可能性もありますから、間違えて購入しないように。さて、何か気になることはありますかな」

 大型モニターには、見本となるモルダバイトが映し出されていて、深い緑色のガラスの中には天然の印であるつぶつぶとした気泡があった。どうやらこの気泡がポイントで、本物か否かを見分ける基準となるようだ。
 質疑応答の時間が設けられて、早速生徒のうち数人が挙手する。

「モリオン先生、大体相場は幾らくらいになるんでしょうか? 数珠ブレスレットに組み込みたいんですけど……」
「ふむ……現在は市場価値が高騰しておりますので、通常品質の八ミリ玉一粒で、一万エレクトロンでも安い方かと」
「えぇっ? じゃあ、八ミリ玉で数珠ブレスを全部モルダバイトで組んだら……二十数万エレクトロン?」

『凄くない? 普通品質の宝石よりも高いんじゃないの』
『じゃあ、あのデカい原石は百万エレクトロン以上するのか』
『隕石を採掘するのが難しくても、モルダバイトだけでかなり稼げそうだな』
『数珠用の粒一つでそんなに価値があるなら、ジュエリー加工ならもっと値がつくわね』


 想定外の価格の高さに挙手した生徒以外も一様にざわつくが、裏を返せばそれだけ価値のあるものを採掘するということだ。眠り続けるルクリアの入院代を工面したければ、多少高級くらいでちょうど良いとネフライトはホッとした。

(いつか、ルクリアさんが夢見から覚めてくれるまで、隕石ガラスの価値が続くといいんだけど)

 他の生徒の中にはこの謎の価格の高さを疑問に思う者もいるらしく、さらなる質問を先生にぶつける。

「あの……失礼ですが、どうしてそんなに価値が高いんですか。隕石本体ではなく、ガラスなのに」
「ははは! なかなか良い質問ですね。隕石由来のガラスというところにロマンを感じる方が多い、というのが実情だと思いますが。では、皆さんが納得のいくようなモルダバイトにまつわる異世界の御伽噺【ジーザスの聖杯】をお話しましょう」

 考古学者が語る異世界の御伽噺は、地球と呼ばれる惑星の神の御子ジーザス・クライスのエピソードだった。

 聖霊によって身籠った聖母マリアから生まれた救世主ジーザス・クライストは、最後の晩餐で命の水である葡萄酒を聖杯で飲むことになる。のちに、病気の治癒や不思議なチカラをもたらすとされたその聖杯の器こそが、モルダバイトだったという。
 また、円卓の騎士団が血眼になって探したとされる聖杯と同一であるとされ、モルダバイトは聖杯に相応しい特別なガラスと言えるだろう。

「最近は隕石落下に伴う社会情勢の変化もありましたが、モルダバイトが聖杯の如く我々の経済的な潤いとなり命を延命してくれると信じています。では、本日の講義はここまで! 皆さん、ご拝聴ありがとうございました」


 * * *


 無事に講義が終わりネフライトが建物を出ると、隣のオークションハウスが予想以上に賑わっていた。大型オークション再開の反響があったというだけではなく、何か別のニュースが舞い込んできたようで話題はそのことで持ちきりだった。

『嗚呼、ギベオン王太子様! やっぱりカッコよかったわよね。テレビや雑誌で見るよりも、オーラが違うっていうか……本物を見たら一目でファンになっちゃったっ』
『いつか、私達も隣国……の古代地下都市に遊びに行けるようになるのかしら? そのうち観光ツアーとか出来るといいんだけど。もちろん、ツアーにはギベオン王太子のイベントを込みにして……』


(ギベオン王太子? そういえば、この数日のうちにメテオライト国の地下シェルターが発見されて、国民は無事だって報道されたんだっけ。けど、ギベオン王太子が……この国に?)


 特に若い女性はギベオン王太子の容姿端麗ぶりに夢中のようだ。それはともかくとして、気になるのは古代地下都市という単語。
 情報を得るためにネフライトがスマホでニュース画面を開くと、既に速報として『古代地下都市アトランティス復興へ』の文字が。

『古代地下都市アトランティス復興へ、死の淵から生還したギベオン王太子はまるで現代のジーザス・クライスト』

 皮肉なことに、先程の講義で話題となったジーザス・クライストの称号は、ギベオン王太子が冠するに相応しいものとなっていた。

 ネフライトからすると妻ルクリアを助けるために、聖杯の素材であるモルダバイトを採掘したいのに。
 モルダバイトの聖杯はいずれ、ギベオン王太子のものとなり、ルクリアまで奪われると言われたような気すらしてしまう。

(……ルクリアさんのために聖杯モルダバイトを求めるオレは、一体何の立場なんだ? ルクリアさん……早く、早く、前みたいに話したいよ!)

 虚しさと哀しさが同時にネフライトの胸の内に沸き起こり、夢見の世界に逃避行した妻ルクリアへの恋心が募る。
 そして、このままでは夢見の世界が現実を侵食するとは……ネフライトはもちろん救世主とされるギベオン王太子ですら、想像出来ずにいたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...