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第二部 第二章

第06話 この夢は、ほろ苦い

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 神殿の遺物である隕石のナイフをオークションで取り返し、無事に地上から帰還したギベオン王太子。父親である国王に挨拶すると同時に、すぐさまギベオンのナイフを献上する。

「父上、地上では未だに我が国は亡国扱いでしたが。オークションハウスで取材を受けた際に、古代地下都市国家アトランティスとしての復興を宣言してきました」
「ふむ。いろいろとご苦労だったな。あとは専門家に任せて、今日はゆっくり休みなさい」
「はい……では、失礼致します」

 今日の報告は言葉少なめだった。ギベオン王太子は、古代アトランティスの歴史に異様なまでに詳しいテクタイト氏について、細かく報告しようか迷ったが……よくよく考えて見送ることにした。


 * * *


 それから数日が経ち、ようやくナイフ加工された隕石の解析が終わろうとしていた。

 神殿に奉納されている間は確実に本物であったはずの隕石ナイフだが、一度とはいえ他国の手に渡ってしまった。現物と偽物がすり替えられている可能性も否めないと言えるだろう。

 王宮内に設置されている魔法道具研究室を使い、遺物が本物であるか鑑定するために考古学者や司祭が集まり検証をしなくてならないのだ。
 専門家があれこれ話し合っている間、国王や大臣は遺物奪還までの経緯を振り返りため息を吐く。

「隕石落下事件以来、国家としての尊厳までもが落ち、すっかり亡国扱いでしたが。今回のオークションで、ギベオン王太子の存在感をアピール出来たのは成功だったと言えるでしょう」
「大事な遺物が持ち去られオークションにかけられたと聞いた時は、ワシを含む王族や神殿関係者は皆心配したが」
「万が一の時に交渉しやすいようにとギベオン王太子自ら出向いただけあり、何事もなく済んだのは良かったですね。やれやれ、しかし肝が冷えました」

 台座の上で隕石のナイフは丁重に扱われて、解析の結果が次々とパソコンにインプットされていく。

「データ解析及び、鑑定が終わりました!」
「信用のあるオークションハウスに流れた品とはいえ、国宝レベルの奉納品がすり替えられていたら……と心配しましたが。正真正銘、我が国のギベオンのナイフです」
「「「おぉ~!」」」


 この場にいた全員が安堵の声をあげて喜ぶ。結果は本物の隕石のナイフ、通称【ギベオンのナイフ】だったようだ。早速、パソコンのデータを使用して、写真付きの宝石鑑定書を作成する。これらの作業を経てようやく、ギベオンのナイフは正式な鑑定機関証明書付きの国家所有物となった。

「我が国……地上時代のメテオライト国ではなく、古代地下都市国家アトランティスとしての国宝か」
「ははは。まだ国宝と決まった訳ではないが、おそらく国宝認定もされるでしょうな」

 古代地下都市国家アトランティス名義の国宝や所有物はまだまだ少ないが、また一歩復興への道が進んだと言えるだろう。

「自ら出向いてくれたギベオン王太子には感謝ですね。しかし、王太子様の姿が見えませんが……」
「ああ、王太子様なら今日は婚約者のルクリア嬢のところへ報告に行っていますよ。アトランティス国としての大切な第一歩を踏み出した訳ですし、将来の配偶者と話し合うのも良いのではないでしょうか。なんせ、彼女の氷の加護のおかげで今の地下暮らしが実現したのですから」
「そういう事情でしたか……まぁ確かに。ルクリア嬢は、氷の令嬢の異名を持つ珍しい氷魔法の使い手。旧メテオライト国に該当する地上が氷河期に覆われている限り、今後も彼女の魔法に頼るようになるでしょう。しかし……」

 最初は納得していたように話していた研究者の一人が、途中で言葉に詰まり首を傾げた。何か腑に落ちない部分があるようで、指を眉間に当てて自らの記憶を『何処かおかしい』と繰り返し思い起こしている。

「どうかされたんですか? ルクリア嬢のことで、おかしな点が?」
「いやいや、ははは……どうも仕事の連続で疲れているみたいでして。今日はこの仕事が終わったら、早く帰宅して休んだほうが良さそうだ」

 これ以上の会話は不味いと思っているのか、研究者は解析した隕石ナイフのデータ処理に戻ってしまう。何故かルクリア嬢の話題になると、不思議な記憶違いや違和感に見舞われる者が多い。おそらく突然の地下暮らしの影響で、記憶の混濁や思い違いを起こしているのだと解釈するしか無かった。


『……言えるはずがない。ルクリア嬢は隕石落下事件の少し前に、ギベオン王太子以外の婚約者と共にモルダバイト国へと渡ったじゃないか……なんて』


 彼らに共通する不思議な記憶違いの正体が、まさか本来辿っていたはずの現実の出来事だったなんて。夢見が現実を侵食しつつある今となっては、議論しようが無くなっていた。

 例え、ルクリア嬢の魂が地上と地下で分裂してしまっていたとしても。夢見の魔法で古代地下都市アトランティスが存在している限り、夢の中のルクリア嬢もまた真実なのだ。


 * * *


 愛しい婚約者とティータイムを愉しむギベオン王太子の元に、王宮内の魔法道具研究所から電話連絡が届く。

「そうか、ナイフは本物の隕石だったか。ホッとしたよ。ああ……連絡ありがとう」

 会話の内容から察するに例の隕石ナイフの鑑定結果が出たのだと、ルクリアからしても胸を撫で下ろす思いになった。古代地下都市アトランティスから隣国出向くには、未だ氷河期状態で危険な真上の地上にいったん出てからになる。

「オークションで落札した隕石ナイフ、ちゃんと本物だったのね、良かったわ!ギベオン王太子の苦労が報われたんですもの」
「いつ頃鑑定結果が出るか分からなくて、今日はキミとデートを取り付けた訳だが。朗報というのは忘れた頃にやって来るみたいだ」
「ふふっ今日はお祝いね」

 普段は取り澄ました美貌の氷の令嬢が、自分にだけは甘く柔らかい微笑みを向けてくれる。それだけでギベオン王太子は満足で、王族という立場を抜きにして、ただの若い男としてルクリアに恋していた。
 ビター風味のチョコレートケーキは、苦味と甘さが上手く絡み合っていて今のギベオン王太子の心境のよう。

(このほろ苦い夢が、ずっとずっと続いてくれたら良いのに)

 ギベオン王太子の胸の痛みは、人知れず紅茶の中に溶けていった。
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