後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり

文字の大きさ
26 / 41
第八章 尭天舜日

桃夭

しおりを挟む
北の騎馬民族の強さは、人馬一体となって縦横無尽に野を駆ける機動力の高さと卓越した騎射能力によるものだった。龔鴑ゴンヌの子供は幼い頃から羊に騎り、鳥や小動物を射って遊ぶ。成長するに従い、当たり前に馬と共に狩猟をして過ごす日常が既に軍事演習を兼ねている。

そうした騎射に優れた騎兵と、隆々たる血統の馬で構成される騎馬軍団に太刀打ちができる軍を帝国側は保持していない。来襲に備えはするものの、国境地帯のどの領主も龔鴑ゴンヌに攻め入ることができる能力はない。

私は奕世イースさえ皇帝側に手を出さなければ、皇帝側がそんな無謀な戦争をしかけることはないと思っていた。

銀蓮インリェンの言うとおり、蔡北ツァイベイの私兵は助けに来るかもしれないが、草原で騎馬民族に対して攻め入れるわけがなかった。私はそうやって想像を張り巡らすも、奕世イースが外でどんな戦いをしているかを全く知らない。


奕世イースは屋敷を離れることも多く、遠征に行っているのも間違いなかったが、私は戦況を知らされることはなかった。ただ、私との約束を守っているなら、南下を自ら仕掛けているわけでは無いのだろう。

銀蓮インリェンと私は暖かく守られた屋敷でただ命を育んでいれば良かった。とっくに長く厳しい凍てつく冬がきていた。この時期に戦など仕掛ける者はいない。厚く張ったテントの外に一晩いたら、ただそれだけで死ぬ寒さだ。屋敷の竈門の火は絶やさず燃やされ、煙が床下を通り、高床は常に暖かく保たれている。

私と銀蓮インリェンはもう腹が大きくなっていた。

「我が子は新年に産まれてくるのか」
奕世イースが私のお腹に耳をつけて、ゆっくりとお腹を撫でた。胎児が腹を蹴る。とても元気だ。
「随分な暴れん坊のようだ、きっと男の子が産まれる」
そう言って笑う奕世イースの髪を私は撫でる。

泣き出してしまいそう。私の表情に気がついて、奕世イースは私に問いかける。
「なぜ、そんな目をするのだ」
「あなたが守ってくれて、安心してこの子を産めるのが嬉しいの。幸せにしてくれてありがとう」
「まだ、これからいくらでも幸せにしてやりたい。お前が望むことは何でもしてやる」

奕世イースは羊のスープの入った壺を運んでくる。匙で掬うと私の口元に運んでくる。
「まあ、まずは湯を飲んで滋養をつけろ。寒くは無いか」
彼が差し出す匙から、私はスープを飲んで笑った。彼も笑った。
銀蓮インリェンにも同じスープは届けてあるが、ひどく痩せたから心配だ」
奕世イースの言うとおり、銀蓮インリェンは悪阻がひどく、食べるもの全てを吐き戻したりして、床についたままの日が多かった。屋敷には銀蓮インリェンの世話をする小間使いたちが増えたが、仲睦まじい私と奕世イースと、奕世イースが寄り付かず、小間使いともほとんど会話をしない銀蓮インリェンの部屋は同じ温度に保たれていても、温度差があるように思えた。

銀蓮インリェンは、もしかしたら私と違って本当は信じていたのかもしれない。手紙に逆らって小龍シャオロンは迎えにくると。皇帝陛下が来なくても、銀将軍インジャンジュンは助けに来ると。

臨月を迎え、銀蓮インリェンは随分と早く産気づいた。大変な難産だったが、無事子は産まれた。女の子である。銀蓮インリェンによく似ている。強い眼差しが小龍シャオロンに似てるようにも見えたし、先王にも似てるようにも見えた。実際に子供が産まれてもどちらの子かわからなかった。ただ時期的なもので、銀蓮インリェンは先王の子だと思っているようだ。もちろん対外的には、奕世イースの娘に違いなかった。王女であることに、奕世イースは胸を撫で下ろしているようだった。私の子と跡目の争いをさせたくなかったからだろう。

私も出産するまで、奕世イースと過ごしたかったけれど。子供を産んだ銀蓮インリェンの部屋に奕世イースは行かなければならなかった。召使いたちが増えたら噂がどう流れるかはわからない。銀蓮インリェンの立場の為にも全く奕世イースが彼女を顧みていないとは思わせたく無い。

奕世イースは労いの言葉をかけ、側で夜を過ごしたそうだ。同じ屋敷にいても、伝聞しかない。そんなことと言われるかもしれないが、私は本当はすごく嫌だった。銀蓮インリェンのことは私が頼んだはずだけれど、奕世イース銀蓮インリェンを気遣うたびに心がざわついた。産まれた王女のことも聞きたくない。

私だけを見てほしい。

自分がおかしいって分かっていても、奕世イース銀蓮インリェンを訪問した夜は、嫉妬心を止めることが出来なかった。一睡も出来なかった。

奕世イースは娘が生まれてから、頻繁に銀蓮インリェンを訪問するようになった。

奕世イースがいない夜。同じ屋敷にいるのに私はまだ銀蓮インリェンとその子には会いに行けなくて、そんな中で産気づいた。私も大変な難産で、新年の暁と共に産まれたのは男の子だった。私は死の淵を彷徨っていたらしく、次に目覚めたのは子供が産まれてから、既に3日たっていて、目覚めた時銀蓮インリェンが私の子を抱いて乳をあげていた。

「…出てって…ッ…」

高床から私は叫んだけれど、掠れた声しか出なかった。ひと月ぶりに会う銀蓮インリェンだった。

「私の子に…勝手にさわらないで…」
純粋な怒りだった、召使の老女が私が3日間眠っていたせいだと説明したけれど、理屈じゃなかった。

私の子は私が最初に抱きたい。奕世イースに抱いてほしい。私の乳をあげたい。なぜ、銀蓮インリェンが私たちの部屋で私の子を盗んでいるの!?理屈は分かるけど、私は耐えきれず喚いた。

そして、奕世イースは部屋にいなかった。何故来てくれないのか、私の寝ている間に来たのか、来ていないのか。分からない。分からない。

私は召使が差し出す重湯を飲み、子を抱いて乳を含ませる。可愛い。何もかもが柔らかく、大切にあつかわなければ壊れてしまいそうだ。

奕世イースが来ないことに不安しかない。

奕世イースはどこ?」
「大王殿下は遠征へ行かれました」

そんなわけない。なぜ、この冬の今遠征に行ったの?産まれた子の顔も見ないままで。不安な私の気持ちとは対照的に、子はすやすやと寝息を立てる。

こんなに愛らしい生き物を見たことがない。愛してる。私の子を愛してる。私も体力の限界だった。召使が私の子を抱き上げ揺籠にうつす。私は意識が遠くなっていった。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...