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第七章 天涯海角
銀蓮
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一夜明けても、奕世への想いは消えていない。そればかりか、愛しいと思う気持ちが募るばかりだ。決してうまくいかないだろうと予想されるのに、抗えないのは、きっとそれが一番ほしいものだからだ。死ぬだろう小鳥でも道に捨て置けないのと多分一緒だった。
手に入らぬと思っているからだろうか、奕世といくら抱き合って愛を確かめ合っても、愛の言葉を囁かれても渇きは癒えなかった。人間の魂の孤独は結局情愛などでは満たせないものなのかもしれない。
けれど、奕世への想いが特別なものなのは間違いなかった。今が幸せだとも、これから幸せになれるとも思わなかったが、ただただ時が過ぎるのは惜しかった。そうやって夢うつつに三日三晩を更けて過ごしたが、奕世もそろそろ動き出さねばならぬようだ。
「王の元に行かねばならない、俺はお前を娶る」
龔鴑の王がいる場所が常に首都である。全く皆目検討がつかない。
「だからお前も来い。従姉妹の銀蓮には初めて会うのだろう?」
やはり、銀蓮は私の従姉妹で、私の母と銀蓮の母が双子だったのだと私は雲峰にきて初めて知った。私のこの簪は双子が生まれた時に同じ原石から削り出して対に作った埜薇の至宝であったのだ。
「お前の手で銀蓮に返してやるといい。きっと喜ぶ」
小龍のことを思えば、銀蓮が喜ぶかどうかは怪しいと思った。私は奕世と過ごすために、奕晨の元へ戻らない選択肢を選ぶつもりだったが、銀蓮が望むなら逃げる手助けはしようと思っていた。
翌日、むせかえるほどの白粉を叩かれ、金と宝石と毛皮で包まれているといか思えない派手な民族衣装の私は、まるで戦利品のように奕世の腕に抱かれ、馬に乗せられた。
草原に分厚く張られた大きなテントから、ざわめきが聞こえる。そこが今日の宴席の会場に違いなかった。奕世が私を抱いて、天幕に入ると一際大きな歓声があがる。無表情を貫いたが、本当は嫌な気分だった。
中央の屈強な男性の側に、銀蓮の姿があった。私と同じく無表情であったが瞳は憎しみと怒りを湛えていた。中央の男が王だろう。王は銀蓮の方を抱き、私たちを手招きする。私を包む毛皮の外套とれば、銀蓮と私は同じ白い服を着せられていた。
「銀蓮だけではなく、対を後宮で手に入れてくるとは。これで20年前の兄の無念が晴れる」
王は髑髏に注がれた馬乳酒を煽る。酒が注がれた杯をあられもない姿の女性が奕世に手渡す。奕世は王の前であぐらをかいて座った。
「褒美を取らせよう。何がいい?」
上機嫌に王が尋ねる。奕世は私を膝に座らせて、言った。
「ならば雲泪を娶りたい」
場は静まり返った。嫌な静けさだ。
「お前には、姫の南雅を娶らす」
王はそう言うと目を逸らし、銀蓮の身体を撫でた。銀蓮は身体を硬くして俯く。瞳を屈辱で震わせる銀蓮の立場が見てとれた。
「埜薇双子は20年前から俺が欲しかった。本来手に入れるはずだったものだ」
「雲泪と銀蓮は双子じゃない」
奕世が言い返すと、王は再びこちらを見た。撫で回すような嫌な視線だ。
「帰れ。対の双子を置いてゆけ」
王がそう口にした瞬間、血が迸った。瞬きする間もなく、王の首が飛んだ。
騒ぐものは誰もいなかった。私と銀蓮の白い服は血が飛び散り、奕世にも血飛沫が飛んでいた。拍手も歓声もないが、逆らうものもまたいないようだった。
王の死骸を何事も無かったかのように淡々と運び出したのは、あの日小龍を殺そうとした奕世の側近だ。銀蓮にとっては王が奕世であっても何も変わらないのだろう。目を伏せたままだった。温かく濡らした布で、下卑た服装の女たちが競って奕世の顔や首を拭いた。私は怖くて彼を見れなかった。そして、そのまま宴は夜更けまで続いたのである。
手に入らぬと思っているからだろうか、奕世といくら抱き合って愛を確かめ合っても、愛の言葉を囁かれても渇きは癒えなかった。人間の魂の孤独は結局情愛などでは満たせないものなのかもしれない。
けれど、奕世への想いが特別なものなのは間違いなかった。今が幸せだとも、これから幸せになれるとも思わなかったが、ただただ時が過ぎるのは惜しかった。そうやって夢うつつに三日三晩を更けて過ごしたが、奕世もそろそろ動き出さねばならぬようだ。
「王の元に行かねばならない、俺はお前を娶る」
龔鴑の王がいる場所が常に首都である。全く皆目検討がつかない。
「だからお前も来い。従姉妹の銀蓮には初めて会うのだろう?」
やはり、銀蓮は私の従姉妹で、私の母と銀蓮の母が双子だったのだと私は雲峰にきて初めて知った。私のこの簪は双子が生まれた時に同じ原石から削り出して対に作った埜薇の至宝であったのだ。
「お前の手で銀蓮に返してやるといい。きっと喜ぶ」
小龍のことを思えば、銀蓮が喜ぶかどうかは怪しいと思った。私は奕世と過ごすために、奕晨の元へ戻らない選択肢を選ぶつもりだったが、銀蓮が望むなら逃げる手助けはしようと思っていた。
翌日、むせかえるほどの白粉を叩かれ、金と宝石と毛皮で包まれているといか思えない派手な民族衣装の私は、まるで戦利品のように奕世の腕に抱かれ、馬に乗せられた。
草原に分厚く張られた大きなテントから、ざわめきが聞こえる。そこが今日の宴席の会場に違いなかった。奕世が私を抱いて、天幕に入ると一際大きな歓声があがる。無表情を貫いたが、本当は嫌な気分だった。
中央の屈強な男性の側に、銀蓮の姿があった。私と同じく無表情であったが瞳は憎しみと怒りを湛えていた。中央の男が王だろう。王は銀蓮の方を抱き、私たちを手招きする。私を包む毛皮の外套とれば、銀蓮と私は同じ白い服を着せられていた。
「銀蓮だけではなく、対を後宮で手に入れてくるとは。これで20年前の兄の無念が晴れる」
王は髑髏に注がれた馬乳酒を煽る。酒が注がれた杯をあられもない姿の女性が奕世に手渡す。奕世は王の前であぐらをかいて座った。
「褒美を取らせよう。何がいい?」
上機嫌に王が尋ねる。奕世は私を膝に座らせて、言った。
「ならば雲泪を娶りたい」
場は静まり返った。嫌な静けさだ。
「お前には、姫の南雅を娶らす」
王はそう言うと目を逸らし、銀蓮の身体を撫でた。銀蓮は身体を硬くして俯く。瞳を屈辱で震わせる銀蓮の立場が見てとれた。
「埜薇双子は20年前から俺が欲しかった。本来手に入れるはずだったものだ」
「雲泪と銀蓮は双子じゃない」
奕世が言い返すと、王は再びこちらを見た。撫で回すような嫌な視線だ。
「帰れ。対の双子を置いてゆけ」
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