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第五章 市井
初夜
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陛下は宿の部屋に入るなり、私を易々と抱き上げ、寝具へ放り投げた。
「どうやって私をみつけたのですか」
「臥虎蔵龍。宝石は輝くから、石に紛れていても見つけるのは容易い」
陛下は服のまま、私に覆い被さる。陛下の髪から白檀の香りがする。陛下は私が息も出来ないほどきつく抱きしめた。顔は笑っていなかった。
「影をつけておいて本当に良かった」
私の唇を陛下の舌がこじ開けて、私は受け入れる他ない。衣擦れと絡み合う舌の湿った音だけが部屋に響く。長い口づけをした。牡丹坊を発つ陛下を見送ってから1週間も過ぎていないが、それより遥かに長い時を経たように感じる。久しぶりの口づけだった。
「後宮は毒蛇ばかりだ。そなたが安心して巣作りできるまではと思っていたのだが…」
私の髪をほどき、陛下は私の首筋に口づけをしながら、深く息を吸う。
「母は私を狙った毒で死んだ。心を狂わせる恐ろしい毒で長く療養したが、結局助からなかった」
陛下の長い指が私の男装を解いてゆく。
「倒錯した気持ちになるね、雲泪は宮女に扮するだけでなく、男装もするとはね。衛兵の青い襟も似合いそうだ」
露わになった胸元の白い肌を、陛下は口づけで赤く染めてゆく。
「雲泪、今夜は我慢ができそうにない」
そういうと、陛下は絹で出来た市井の上着を脱いだ。
「陛下…」
「姚奕晨だ。奕晨でいい」
潤んだ瞳が私を見つめた。本来、皇帝陛下は名を持たない。本式の名前ですら庶民は知らない。万々歳、陛下、皇上とだけ呼ばれ、本式の長い名前も呼ばれることはない。そして天子となる前の幼名であろう奕晨を呼べるのは限られた人間だけだろう。
「奕晨」
美しく永遠なる夜明け。私はその名を口にする。
「雲泪」
吐息がかかる距離で、彼は私の名を呼ぶ。皇帝でも貴妃でもなく。市井の宿に於いて私は雲泪、彼は奕晨だった。
明くる日、陛下と私は手配された馬車にのる。宮女の格好は売り払ったあとなので、私は男装をしている。
「そういえば、雲泪。そなたは銀貴妃なのだから、私にとってそなたが特別であるということを自覚しなさい。影はお前が後宮を放りだれたあと、後宮を振り返りもせずスタスタと市井の方へ向かったと言っていたぞ」
呆れたように苦言を呈する奕晨に、私は答える。
「銀貴妃なのは銀蓮ですわ。私、そんな勘違いは出来ません」
奕晨は少し考えこみ、自分の中で何か納得したようで「それもそうだな」と言った。
「寵妃にはそれにふさわしい扱いがされるべきだ。考えておこう。そういえば、昨日の女の子はお前の侍女に配置しようか」
昨晩のうちに影が動き、小梅とその両親を説得したらしい。明るい市井の子が増えれば後宮も気が紛れるだろうとの配慮だった。
馬車はまた後宮への橋へ差し掛かる。衛兵と御者が宦官に置き換わる。後宮の検査場から奕晨は平伏す宦官の1人に耳打ちをすると、護衛とともに紫琴宮へ進んだ。私は男装のまま、宦官に囲まれて後宮内部へと進む。
見知った牡丹坊の方向ではない。頭を下げて進む宦官たちの中に、私を牢にいれた宦官もいる。
「あら、あなた…」
声をかけると飛び上がりひれ伏した。
「申し訳ございません。申し訳ございません」
会話にもならない。そのまま放っておいて進むと邸が見えた。邸の入り口を開けると、宦官がひれ伏している。
「新しく邸を用意するよう、陛下に拝命いただきました。急なことでございますので、まだ準備ができておりません。必要なものは後ほどお届けに参ります」
「私、今まで通り牡丹坊で良いのだけれど…」
私の言葉に、全員が飛び上がり、またひれ伏す。
「申し訳ございません。申し訳ございません。牡丹坊は銀貴妃のお部屋でございますゆえ、ご容赦ください。申し訳ございません」
まだ状況は飲み込めないが、この邸は私の邸らしかった。
「こちらの邸は歴代の皇貴妃がお使いになる月華宮でございます。牡丹坊をはじめとする4つの花の邸は全て埋まっておりますゆえ…陛下が月華宮を開くようにおっしゃいました。紫琴宮から直接陛下がお通りになれる唯一の宮です」
そして全員でひれ伏しながら、こう続けたのだった。
「雲貴妃に相応しい場所はこちらしかございません」
銀蓮も雲泪も貴妃にしちゃったら、もう自由に動けないじゃないの!密偵として何も役に立つわけでなく、好きに出歩いて騒ぎを起こして追放までされた立場では、宮女の服をもう一度ねだるのは難しそうだった。
そんなわけで私は銀貴妃と雲貴妃という2人の貴妃を兼ねるはめになってしまったのである。
「どうやって私をみつけたのですか」
「臥虎蔵龍。宝石は輝くから、石に紛れていても見つけるのは容易い」
陛下は服のまま、私に覆い被さる。陛下の髪から白檀の香りがする。陛下は私が息も出来ないほどきつく抱きしめた。顔は笑っていなかった。
「影をつけておいて本当に良かった」
私の唇を陛下の舌がこじ開けて、私は受け入れる他ない。衣擦れと絡み合う舌の湿った音だけが部屋に響く。長い口づけをした。牡丹坊を発つ陛下を見送ってから1週間も過ぎていないが、それより遥かに長い時を経たように感じる。久しぶりの口づけだった。
「後宮は毒蛇ばかりだ。そなたが安心して巣作りできるまではと思っていたのだが…」
私の髪をほどき、陛下は私の首筋に口づけをしながら、深く息を吸う。
「母は私を狙った毒で死んだ。心を狂わせる恐ろしい毒で長く療養したが、結局助からなかった」
陛下の長い指が私の男装を解いてゆく。
「倒錯した気持ちになるね、雲泪は宮女に扮するだけでなく、男装もするとはね。衛兵の青い襟も似合いそうだ」
露わになった胸元の白い肌を、陛下は口づけで赤く染めてゆく。
「雲泪、今夜は我慢ができそうにない」
そういうと、陛下は絹で出来た市井の上着を脱いだ。
「陛下…」
「姚奕晨だ。奕晨でいい」
潤んだ瞳が私を見つめた。本来、皇帝陛下は名を持たない。本式の名前ですら庶民は知らない。万々歳、陛下、皇上とだけ呼ばれ、本式の長い名前も呼ばれることはない。そして天子となる前の幼名であろう奕晨を呼べるのは限られた人間だけだろう。
「奕晨」
美しく永遠なる夜明け。私はその名を口にする。
「雲泪」
吐息がかかる距離で、彼は私の名を呼ぶ。皇帝でも貴妃でもなく。市井の宿に於いて私は雲泪、彼は奕晨だった。
明くる日、陛下と私は手配された馬車にのる。宮女の格好は売り払ったあとなので、私は男装をしている。
「そういえば、雲泪。そなたは銀貴妃なのだから、私にとってそなたが特別であるということを自覚しなさい。影はお前が後宮を放りだれたあと、後宮を振り返りもせずスタスタと市井の方へ向かったと言っていたぞ」
呆れたように苦言を呈する奕晨に、私は答える。
「銀貴妃なのは銀蓮ですわ。私、そんな勘違いは出来ません」
奕晨は少し考えこみ、自分の中で何か納得したようで「それもそうだな」と言った。
「寵妃にはそれにふさわしい扱いがされるべきだ。考えておこう。そういえば、昨日の女の子はお前の侍女に配置しようか」
昨晩のうちに影が動き、小梅とその両親を説得したらしい。明るい市井の子が増えれば後宮も気が紛れるだろうとの配慮だった。
馬車はまた後宮への橋へ差し掛かる。衛兵と御者が宦官に置き換わる。後宮の検査場から奕晨は平伏す宦官の1人に耳打ちをすると、護衛とともに紫琴宮へ進んだ。私は男装のまま、宦官に囲まれて後宮内部へと進む。
見知った牡丹坊の方向ではない。頭を下げて進む宦官たちの中に、私を牢にいれた宦官もいる。
「あら、あなた…」
声をかけると飛び上がりひれ伏した。
「申し訳ございません。申し訳ございません」
会話にもならない。そのまま放っておいて進むと邸が見えた。邸の入り口を開けると、宦官がひれ伏している。
「新しく邸を用意するよう、陛下に拝命いただきました。急なことでございますので、まだ準備ができておりません。必要なものは後ほどお届けに参ります」
「私、今まで通り牡丹坊で良いのだけれど…」
私の言葉に、全員が飛び上がり、またひれ伏す。
「申し訳ございません。申し訳ございません。牡丹坊は銀貴妃のお部屋でございますゆえ、ご容赦ください。申し訳ございません」
まだ状況は飲み込めないが、この邸は私の邸らしかった。
「こちらの邸は歴代の皇貴妃がお使いになる月華宮でございます。牡丹坊をはじめとする4つの花の邸は全て埋まっておりますゆえ…陛下が月華宮を開くようにおっしゃいました。紫琴宮から直接陛下がお通りになれる唯一の宮です」
そして全員でひれ伏しながら、こう続けたのだった。
「雲貴妃に相応しい場所はこちらしかございません」
銀蓮も雲泪も貴妃にしちゃったら、もう自由に動けないじゃないの!密偵として何も役に立つわけでなく、好きに出歩いて騒ぎを起こして追放までされた立場では、宮女の服をもう一度ねだるのは難しそうだった。
そんなわけで私は銀貴妃と雲貴妃という2人の貴妃を兼ねるはめになってしまったのである。
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