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第四章 籠鳥檻猿
追放
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第12話 追放
本当は手紙をあきらめれば良かった。もしくは銀貴妃と陛下の手紙だと明かせば良かった。しかし、秘め事ゆえに大切で何よりも他人に立ち入られたくない部分だった。
いつも間にか、私は実力行使で布を奪い返していた。莉華は倒れ込んでいる。その頭に翡翠の簪と鼈甲の櫛も見える。私はそれも抜き取る。
「私のお母様のものよ。これも返してもらうわ」
悪手だとは分かっていた。高身の宮女が仁王立ちになっていて、小柄な貴人は倒れ込んでいる。既に宮女たちで人だかりが出来ていた。宦官がそこに割って入る。
「何をしている」
「莉華さまに母の形見の簪と櫛くしとられたので、取り返しただけです」
事実である。冷静に告げる私に周りはさもありなんといった面持ちである。堂々とした私と目が狼狽ている莉華の態度で、私に軍配があがる。莉華は自分のものとは主張しなかった。愚かではあるが、完全な悪ではないのだ。
「そんな事よりこの女!不義密通をしているわ!外の男と文をやりとりしているのよ!」
悔し紛れに莉華が喚く。感嘆ともとれるようなざわめきが人だかりに広がった。
「宮女だって皇帝陛下のものでしょう。罰するべきだわ」
宦官は莉華の言葉に促され、私の身体を検める。檻猿の手紙が晒される。
「これは何だね」
「手紙です」
私はそっけなく答えた。嘘をつく気は無かったが、全部言う気もなかった。
「不義密通をしているのは本当か」
「いいえ、わたくしは処女です。信じられないならお確かめください。密通はしておりません。その手紙が不義とも思いません」
宦官は強気な私にたじろいでいる。
「後宮にありながら外部と連絡をとっているのか」
「外部とは連絡をとっておりません」
私の答えを受けて困惑が隠しきれない様子だ。
「相手は宮の衛兵か、それとも宦官か」
「どちらでもありませんわ」
周りを囲む宮女たちは固唾をのんで、見守っている。故郷に恋人を残してきた女性も少なくない。恋愛小説だって好きな年頃だ。この騒ぎは楽しくてたまらないだろう。
痺れを切らしたように、宦官は喚いた。
「場合によっては後宮で文をやり取りするなどとは相手もお前も拷問の上、打首だぞ。相手の名を言え」
「姚ですわ」
呆気にとられる宦官の手から、布を取り返す。宦官は口をパクパクさせながら、言葉が出てこない。
「…ヤ、姚とは…だ、誰なのだ…」
私は宦官にズズズっと迫り、無表情で言い捨てた。
「この後宮において、姚という姓の殿方をご存知ない?ご冗談でしょう?」
何もかもがどうでも良かった。その場は静まりかえったままだった。
私はそのまま牡丹坊に帰ろうとしたが、宦官は慌てて「捕えよ!」と命じ、こうして私は冷宮の牢に幽閉されることとなった。
私を捕らえたのは小心者の宦官で、上に報告をあげて真偽を確かめる勇気が持てず、かといって陛下のお手付きかもしれない私を拷問にするわけにもいかないらしかった。牡丹坊の宮女という身分も災いしてか、黒とも白ともつかない。銀貴妃に確かめるわけには勿論いかない。皇帝陛下に宮中の小さな揉め事をあげて機嫌を損ねたくもないようだった。
宦官は極力報告を書きたくないようで、だが無罪放免で何も起こらなかったことにも出来ないらしい。そんなわけで、どういった書類の処理が行われたかは分からないが私は夕刻を迎える前に後宮追放される事となった。銀貴妃のお耳に入れたくないのだろう、服を取りに帰ることは許されず、故郷に帰れるばかりの金子を持たされ、着の身着のまま橋の外へ放り出された。
初めてここに来た日に脱出ルートをあれほど考えたのに、こんな簡単に脱出できるとは偶然といえど凄いなと思った。橋で深い堀を越えれば、後宮でのことは全て夢幻だった気さえする。私が銀貴妃だったことも、若き皇帝が私の胸にしがみついて毎夜眠っていたことも。
でも後宮を追放されてみれば、自由も悪くなかった。適当な宿を探し、故郷の先生を頼りに仕事をさがそう。そもそも最初の結婚から逃げた直後に状況が戻っただけである。
身分不相応な生活をして、不相応な扱いを受けた。もしかしたら今後陛下は誰か他の寵妃に通い、私の元には二度と来ないかもしれない。そんな思いを抱えながら、後宮で陛下を待ちつづけるのは私の性分じゃない。私の人生じゃない。
そう思うと、吹っ切れた気がする。
陛下の思い出を胸に庶民として私は生きよう。私は振り返らず、外へ外へ進んでいくのだった。
本当は手紙をあきらめれば良かった。もしくは銀貴妃と陛下の手紙だと明かせば良かった。しかし、秘め事ゆえに大切で何よりも他人に立ち入られたくない部分だった。
いつも間にか、私は実力行使で布を奪い返していた。莉華は倒れ込んでいる。その頭に翡翠の簪と鼈甲の櫛も見える。私はそれも抜き取る。
「私のお母様のものよ。これも返してもらうわ」
悪手だとは分かっていた。高身の宮女が仁王立ちになっていて、小柄な貴人は倒れ込んでいる。既に宮女たちで人だかりが出来ていた。宦官がそこに割って入る。
「何をしている」
「莉華さまに母の形見の簪と櫛くしとられたので、取り返しただけです」
事実である。冷静に告げる私に周りはさもありなんといった面持ちである。堂々とした私と目が狼狽ている莉華の態度で、私に軍配があがる。莉華は自分のものとは主張しなかった。愚かではあるが、完全な悪ではないのだ。
「そんな事よりこの女!不義密通をしているわ!外の男と文をやりとりしているのよ!」
悔し紛れに莉華が喚く。感嘆ともとれるようなざわめきが人だかりに広がった。
「宮女だって皇帝陛下のものでしょう。罰するべきだわ」
宦官は莉華の言葉に促され、私の身体を検める。檻猿の手紙が晒される。
「これは何だね」
「手紙です」
私はそっけなく答えた。嘘をつく気は無かったが、全部言う気もなかった。
「不義密通をしているのは本当か」
「いいえ、わたくしは処女です。信じられないならお確かめください。密通はしておりません。その手紙が不義とも思いません」
宦官は強気な私にたじろいでいる。
「後宮にありながら外部と連絡をとっているのか」
「外部とは連絡をとっておりません」
私の答えを受けて困惑が隠しきれない様子だ。
「相手は宮の衛兵か、それとも宦官か」
「どちらでもありませんわ」
周りを囲む宮女たちは固唾をのんで、見守っている。故郷に恋人を残してきた女性も少なくない。恋愛小説だって好きな年頃だ。この騒ぎは楽しくてたまらないだろう。
痺れを切らしたように、宦官は喚いた。
「場合によっては後宮で文をやり取りするなどとは相手もお前も拷問の上、打首だぞ。相手の名を言え」
「姚ですわ」
呆気にとられる宦官の手から、布を取り返す。宦官は口をパクパクさせながら、言葉が出てこない。
「…ヤ、姚とは…だ、誰なのだ…」
私は宦官にズズズっと迫り、無表情で言い捨てた。
「この後宮において、姚という姓の殿方をご存知ない?ご冗談でしょう?」
何もかもがどうでも良かった。その場は静まりかえったままだった。
私はそのまま牡丹坊に帰ろうとしたが、宦官は慌てて「捕えよ!」と命じ、こうして私は冷宮の牢に幽閉されることとなった。
私を捕らえたのは小心者の宦官で、上に報告をあげて真偽を確かめる勇気が持てず、かといって陛下のお手付きかもしれない私を拷問にするわけにもいかないらしかった。牡丹坊の宮女という身分も災いしてか、黒とも白ともつかない。銀貴妃に確かめるわけには勿論いかない。皇帝陛下に宮中の小さな揉め事をあげて機嫌を損ねたくもないようだった。
宦官は極力報告を書きたくないようで、だが無罪放免で何も起こらなかったことにも出来ないらしい。そんなわけで、どういった書類の処理が行われたかは分からないが私は夕刻を迎える前に後宮追放される事となった。銀貴妃のお耳に入れたくないのだろう、服を取りに帰ることは許されず、故郷に帰れるばかりの金子を持たされ、着の身着のまま橋の外へ放り出された。
初めてここに来た日に脱出ルートをあれほど考えたのに、こんな簡単に脱出できるとは偶然といえど凄いなと思った。橋で深い堀を越えれば、後宮でのことは全て夢幻だった気さえする。私が銀貴妃だったことも、若き皇帝が私の胸にしがみついて毎夜眠っていたことも。
でも後宮を追放されてみれば、自由も悪くなかった。適当な宿を探し、故郷の先生を頼りに仕事をさがそう。そもそも最初の結婚から逃げた直後に状況が戻っただけである。
身分不相応な生活をして、不相応な扱いを受けた。もしかしたら今後陛下は誰か他の寵妃に通い、私の元には二度と来ないかもしれない。そんな思いを抱えながら、後宮で陛下を待ちつづけるのは私の性分じゃない。私の人生じゃない。
そう思うと、吹っ切れた気がする。
陛下の思い出を胸に庶民として私は生きよう。私は振り返らず、外へ外へ進んでいくのだった。
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