正しい悪役令嬢の育て方

犬野派閥

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第七話 キュロット・アドバリテ②

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 キュロットの寝室は三階にあり、バルコニーからは中庭が一望できるようになっている。この時間帯だと眠りについた草木の、影絵のような輪郭が見えるだけのはず。
 けれど、今夜は違った。
 キュロットの視界に飛び込んできたのは一つの人影。

 最初、その人物はまるで妖精のように、宙を舞っているのかと思えた。
 しかし目を凝らしてみれば、人影の足元に透き通った階段が仄かに見える。どうやら氷魔法を使い、階段を作りながらこのバルコニーめがけて上がってきているらしい。
 氷の階段は時おり星の光を反射し、幻想的に煌めいていた。

「そうだよ。仕方ないで済ませられるか!」

 どうやら少女らしい人影が、吐き捨てるようにそう呟いた。キュロットが先ほど漏らした弱音に応じた言葉かと思ったのだが、人影は単に独り言を漏らしているだけらしく、自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。

「そりゃあ人生イージーモードを望んで転生したわよ。でもさ、攻略対象のキャラが全員別人みたいになってて、簡単に取り入ることができるなんて、それは違うでしょ」

 階段が一段、また一段と積み上げられていく。
 少女の面差しが徐々にはっきりしていく。

「ゲーマーにはゲーマーの矜持きょうじってもんがあんのよ。自分の死因にもなった『王立学園の聖女』が、こんなヌルゲーでたまるか! 隠し要素があるなら何が何でも見つけ出して、エクストラモードでクリアするのが当然!」

 いったい何のことを語っているのか、かいもく見当がつかなかった。
 けれど、この声には聞き覚えがある。

 人影が階段を登りきり、バルコニーの手すりを挟んでキュロットと対峙した。深海を思わせる紺碧の髪に、理知的な片眼鏡。その人物はやはり、つい先程までキュロットの思考を埋めていた、シエザその人である。

 シエザの切れ長の瞳が、キュロットをひたと見据えてきた。
 普通なら彼女の不審な行動に怯えるところだろうが、キュロットはなぜだか人を呼ぶ気も起こらず、シエザのことを見つめ返す。
 シエザから害意といったものが全く感じ取れなかったということもあるが、それ以上に、彼女がこれから何を語ろうとしているのか、それが無性に気になった。

“……あんた、誰?”

 新入生挨拶の際に、唐突にそう問いかけてきたシエザ。自分が何者なのかという疑問の解を、彼女は握っているのではないかと、そんな期待が胸を熱くした。

 シエザがふっと微笑みかけてきた。外見は少し冷たそうな印象を受ける彼女だが、その笑みは慈愛に満ちており、キュロットの心臓はどきりと高鳴った。
 シエザは囁くように話しかけてくる。
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