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第三話 悪役令嬢?②
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眠気が一気に覚めた。
なるほど。見かけないと思っていたら、新入生挨拶のために別席に控えていたのか。
キュロットは高慢かつ悪辣な人物ではあるが、同時に、常に学園トップクラスの成績を収める明晰な頭脳の持ち主でもある。
侯爵家の令嬢という格式も考慮すれば、新入生代表挨拶という役割は当然だろう。
キュロットの登場シーンはもはや紋切り型と化しているため、私は彼女の登壇をまざまざと想像することができた。
まずはスタッカートで鳴り響いてくるヒールの音。次いで聞こえてくるのは「オーホッホッホッ!」という高笑いに違いない。
ド派手なドリル頭に皆が気圧されている中、キュロットは傲然とこう告げるのだ。
「わたくしと共に学べることを誇りに思いなさい。以上!」
思わずプッと笑みが零れた。隣に座る女子生徒が不審げに眉をひそめるが、キュロットが登場したが最後、この女子生徒は私のことなど忘れ去り、ポカンと口を開けて悪役令嬢を仰ぎ見ることだろう。
(これは見ものね。キュロット、皆の度肝を抜いちゃえ!)
キュロットの高飛車だが、裏表のないその性格を好ましく感じていた私は、彼女の登場に胸を高鳴らせた。
しかし――。
「……は?」
壇上に現れた人物を見やり、私は思わず目を瞬いた。
出囃子のごとく鳴り響くはずのヒール音は聞こえず、むしろしずしずといった歩みで登壇した少女。
オーホッホッホッという高笑いも鳴りを潜め、それどころか口元は緊張しているように引き結ばれている。
代名詞とも言える金髪のドリル頭は、何をどう間違ったのか、流れるような綺麗なストレート。
端麗な容姿はそのままに、けれど彼女の唯我独尊のオーラは見る影もない、気弱そうな優等生の姿がそこにはあった。
キュロットは新入生を睥睨することもなく、穏やかな眼差しで口を開く。
「柔らかく暖かな春の訪れと共に、わたくしたちは今日、王立学園の門をくぐりました」
紡がれていく定型文の挨拶に、私は目眩すら覚えた。破天荒なキュロットが、こんなお行儀のいい挨拶をするはずがないというのに。
これはいったい何だ?
私は何を目撃しているんだ?
「……伝統ある王立学園の一員として、充実した時間、責任ある行動を心がけていき」
明朗だったキュロットの言葉に、不意に困惑の色が混ざった。時を置かずして、辺りがざわざわと騒がしくなる。
いったい何事かと思いきや、すぐさまその原因が私だと気付く。無意識のうちに席から立ち上がり、まるで挑むように、キュロットのことを睨みつけていたのだ。
状況が飲み込めないとはいえ、今は晴れの入学式。この場を台無しにしないよう、即座に着席しなくては。
頭ではそう理解しているというのに、身体が動かなかった。代わりに険のある声が自然と口を突いて出る。
「……あんた、誰?」
キュロットが怯えたように胸元に手をやった。そんな動作一つが妙に癪に障る。
私は苛立ちを隠すこともなく、吐き捨てるように言った。
「だから、あんた誰よ? 本物のキュロットはそんなイイコちゃんじゃないのよ」
人生イージーモードでやり直したい。そう思ったからこそシエザへの転生を望んだ。それは揺るぎない事実だ。
だがそれは同時に、選んだということだ。キュロットの取り巻きとして、陰になり日向になり彼女を支える役目を、そんな日々を良しとしたのだ。
だけど。
「お前じゃないだろ。お前は違うだろ」
ゲームをプレイする度に、「こいつ憎めんなー。可愛いなー」と呟いていた相手は、目の前にいるキュロットでは断じてない。
お前はいったい誰だ?
壇上に詰め寄ろうとする気配を察したのだろう。近くにいた教員が慌てて駆け寄ってきて、私の額に手を添えた。
教員の掌が淡く光り、瞬間、私の意識が闇に落ちていく。
(あぁ、そうか。この世界、魔法が……使え……)
最後まで思考することもできず、私は急速に眠りについた。
なるほど。見かけないと思っていたら、新入生挨拶のために別席に控えていたのか。
キュロットは高慢かつ悪辣な人物ではあるが、同時に、常に学園トップクラスの成績を収める明晰な頭脳の持ち主でもある。
侯爵家の令嬢という格式も考慮すれば、新入生代表挨拶という役割は当然だろう。
キュロットの登場シーンはもはや紋切り型と化しているため、私は彼女の登壇をまざまざと想像することができた。
まずはスタッカートで鳴り響いてくるヒールの音。次いで聞こえてくるのは「オーホッホッホッ!」という高笑いに違いない。
ド派手なドリル頭に皆が気圧されている中、キュロットは傲然とこう告げるのだ。
「わたくしと共に学べることを誇りに思いなさい。以上!」
思わずプッと笑みが零れた。隣に座る女子生徒が不審げに眉をひそめるが、キュロットが登場したが最後、この女子生徒は私のことなど忘れ去り、ポカンと口を開けて悪役令嬢を仰ぎ見ることだろう。
(これは見ものね。キュロット、皆の度肝を抜いちゃえ!)
キュロットの高飛車だが、裏表のないその性格を好ましく感じていた私は、彼女の登場に胸を高鳴らせた。
しかし――。
「……は?」
壇上に現れた人物を見やり、私は思わず目を瞬いた。
出囃子のごとく鳴り響くはずのヒール音は聞こえず、むしろしずしずといった歩みで登壇した少女。
オーホッホッホッという高笑いも鳴りを潜め、それどころか口元は緊張しているように引き結ばれている。
代名詞とも言える金髪のドリル頭は、何をどう間違ったのか、流れるような綺麗なストレート。
端麗な容姿はそのままに、けれど彼女の唯我独尊のオーラは見る影もない、気弱そうな優等生の姿がそこにはあった。
キュロットは新入生を睥睨することもなく、穏やかな眼差しで口を開く。
「柔らかく暖かな春の訪れと共に、わたくしたちは今日、王立学園の門をくぐりました」
紡がれていく定型文の挨拶に、私は目眩すら覚えた。破天荒なキュロットが、こんなお行儀のいい挨拶をするはずがないというのに。
これはいったい何だ?
私は何を目撃しているんだ?
「……伝統ある王立学園の一員として、充実した時間、責任ある行動を心がけていき」
明朗だったキュロットの言葉に、不意に困惑の色が混ざった。時を置かずして、辺りがざわざわと騒がしくなる。
いったい何事かと思いきや、すぐさまその原因が私だと気付く。無意識のうちに席から立ち上がり、まるで挑むように、キュロットのことを睨みつけていたのだ。
状況が飲み込めないとはいえ、今は晴れの入学式。この場を台無しにしないよう、即座に着席しなくては。
頭ではそう理解しているというのに、身体が動かなかった。代わりに険のある声が自然と口を突いて出る。
「……あんた、誰?」
キュロットが怯えたように胸元に手をやった。そんな動作一つが妙に癪に障る。
私は苛立ちを隠すこともなく、吐き捨てるように言った。
「だから、あんた誰よ? 本物のキュロットはそんなイイコちゃんじゃないのよ」
人生イージーモードでやり直したい。そう思ったからこそシエザへの転生を望んだ。それは揺るぎない事実だ。
だがそれは同時に、選んだということだ。キュロットの取り巻きとして、陰になり日向になり彼女を支える役目を、そんな日々を良しとしたのだ。
だけど。
「お前じゃないだろ。お前は違うだろ」
ゲームをプレイする度に、「こいつ憎めんなー。可愛いなー」と呟いていた相手は、目の前にいるキュロットでは断じてない。
お前はいったい誰だ?
壇上に詰め寄ろうとする気配を察したのだろう。近くにいた教員が慌てて駆け寄ってきて、私の額に手を添えた。
教員の掌が淡く光り、瞬間、私の意識が闇に落ちていく。
(あぁ、そうか。この世界、魔法が……使え……)
最後まで思考することもできず、私は急速に眠りについた。
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