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三章 恋の自覚-side灯屋-

一話 温もり

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 俺は常に笑顔で、誰も怒らせないように努力していた。
 トップに立てば叱責される事もない。
 そんな居場所を無意識につくったんだ。


 ──父親あいつが来ないように。


 クソ親父が死んで、母と妹との平穏な暮らしにも慣れた頃。
 暑い夏だ。
 母と妹は予約していたケーキを製菓店に取りに行っていた。
 俺の誕生日祝いのために、二人はホールケーキを注文してくれていたんだ。
 大好物というほどではないけど、要望を聞かれた時は食べたい気分だったので『チーズケーキ』を希望したのを覚えている。

 その時間、俺は一人でテレビゲームをして自由に過ごしていた。
 そろそろ二人が戻って来るだろうという時間に呼び鈴が鳴った。
 鍵を持っている二人が呼び鈴を鳴らす必要が無いのに、俺は深く考えず二人の帰宅だと思ってしまった。
 喜び勇んで扉を開くと、絶対に呼び入れてはいけない存在がいた。

 真っ黒な穴だらけの、人型なのかもわからないバケモノが立っていた。
 俺はすぐにソレが父親だとわかった。
 こいつは言葉にもなっていない罵声と共に殴りかかってきた。
 いつだって殴りたい気分の時は、俺の身に覚えのない難癖をつけて罰を与えるのだ。
 人間だった時よりも激しい衝撃に、俺は軽々と吹き飛んで壁にぶつかった。
 その息ができない衝撃すら懐かしいと感じてしまうのだから救えない。
 凄まじい痛みに意識が朦朧としていく。

 まともな親なら、誕生日に息子に会いに来ただけかもしれない。
 しかしこいつはまともじゃない。
 生前も自分が主役では無いイベントをぶち壊す事を楽しんでいた。
 そのせいで、俺達家族はこれまで誕生日にケーキを食べることすらできなかった。
 やっと手に入れた小さな喜びすらも許されないのか。
 ふつふつと怒りが湧き上がる。

 俺は幼心に、絶対にこいつのようになりたくなくて、攻撃的な感情を殺していた。
 でももう限界だった。
 死してなおも俺の人生をぶち壊そうとする存在が許せなかった。
 初めて、心からの殺意が生まれた。

 なんでもいいからコイツを殺せる……いや、全てを消滅させる力が欲しいと願った。
 間を置かずに『いいよ』と誰かの声がした。

 瞬間、俺の脳には、住んでいる市がまるごと消える映像が浮かんだ。
 これは今から俺がしようとする行動の結果なのだと理解した。
 近くにいるはずの母も妹も消えてしまう。
 沢山の人が、建物が、土地が消える。
 消滅させたい相手をしっかり定めなければいけない。
 軽い気持ちで願ってはいけなかった、強大な何かが俺に宿っている。

 俺は必死に消えるはずの範囲を狭めようと試みた。
 関係のない存在を傷付ける訳にはいかない。
 周りを不幸にするだけの、父親のようには絶対になりたくない。

 涙を流し、血を流し、俺はただ目の前の悪鬼にだけ集中した。
 それから何が起きたのかは正直よくわからない。
 ただ、目を開けると俺は何もない土地に座り込んでいた。


「アカリ! 大丈夫か!?」


 気が付けば、同じくらいの年齢の少年が俺の前に駆けつけた。
 知っている相手のような気もする。
 だけど、誰だかわからない。


「……誰……だっけ……?」


 俺に友達なんていたっけ。
 奴隷のような暮らしで学校もろくに行けてなかったし、知り合いすらもほとんどいない。
 最近は毎日学校に通えるようになったけど、クラスメイトは不登校ぎみの俺の対応に困って遠巻きに見ているだけだ。
 だからこんな風に心配してくれる存在はいないはずだった。
 少年は大人びた笑みを浮かべた。


「……ヤマだよ」
「ヤマ?」
「俺達、親友だろ」


 そう言われたらそんな気もした。
 思い返せば少し前にもどこかで会ったはずだ。
 あの山で、朦朧とした意識の中で彼を見た気がする。


「うん……そうかも」
「そうだよ。その力はアカリの意思が反映される。だから怖くない」
「……お前、詳しいんだな」


 ヤマはこんなヤバい能力を見ても、妙に落ち着いている変な子供だった。


「え? まあ、神社の息子だし。そういうのに慣れてんだよ」


 ああ、神社の息子なら詳しいのかも。
 そういえば少し歩いた先に大きめの神社があったし。

 ヤマは母と妹が戻るまで側にいてくれたけど、いつの間にかいなくなっていた。
 幽特の人達がその後すぐに到着して俺は保護された。
 治療と同時に色々と話を聞かれたけど、何を話せば良いのかもわからなくて結局ほとんど喋らなかった。

 それでも幽特の人達は無理に聞こうともせずにいてくれた。
 優しい大人ばかりだ。
 たまたまアパートの住民は出払っており、怪我人も行方不明者もいなかったのは幸いだった。
 この事件はガス爆発事故として処理されたけど、俺の能力が原因なのは間違いない。


 消滅。
 やろうと思えば何でも消してしまえる能力。
 制限らしい制限も無いと言えるから、とんでもなく危険な能力だ。
 それもヤマとの練習で上手く調整できるようになり、人が扱える範囲の能力にできたと思う。

 俺は最強の武器を手に入れた。
 しかし、強さを持つ事に俺は怯えていた。
 力そのものではない。
 もしも俺があいつのように、強い力で誰かをいたぶるのが好きだったら。
 それが恐ろしくてたまらないのだ。


 あいつは消えても、俺にはあいつの血が流れている。
 乱暴な気持ちが生まれる度にあいつがいるような気がする。
 悪鬼を退治して居場所を得られたのに、ずっとずっと俺は怖かった。
 この仕事が楽しいと感じている俺はおかしいのではないか。
 悪鬼だろうと弱い者を嬲って喜んでいる俺は、あいつと同じではないのか。

 そんな葛藤の中でも、怪我をすれば許される気がした。
 あいつとは違うと思えた。
 一方的に嬲っている訳じゃない。
 弱い者いじめなんかじゃなくて、対等に戦っているだけだと自分に言い聞かせていた。


「ごめん、なさい……ごめんなさい……俺は……ッ」


 生まれてきてごめんなさい。
 生きていてごめんなさい。
 怒らないで、怒らないで。
 我慢するから、耐えるから。
 どうかお願いですから許してください。


「大丈夫だ、私が君を守るから」


 ふと温もりが俺を包んだ。
 それからとても優しい、低くてよく響く声が俺の中に沁み込んできた──。


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