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第一章 黒神子レスフィナとの出会い編

17.ついに決着、ラエルロットの思い

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           17.ついに決着、ラエルロットの思い


 ドッカアアァァァァアァァーーン! ドッカアアァァァァアァァーーン!

 激しい爆発で辺りには大きな黒煙が上り、その影響で土煙をもろに吸ってしまったラエルロットは口を押さえながら激しく咳き込む。
 空と大地を覆い隠すかのような物凄い量の土煙と様々な物が燃えた臭いに視界は奪われ、事の現状を確認する事が出来ないでいるラエルロットはその今にも倒れそうな体を引きずりながらその場に立ち尽くす。

 だがしばらくすると閉ざされていた視界は徐々に見え始め、爆発の中心となったその場所の土煙が徐々に薄まりその現状があらわとなる。

 その爆発で出来た小さなクレーターの中には一人の男が悠々と立っていた。今にも倒れそうな体を立て直しながらもラエルロットはその男の顔をマジマジと見る。

 狂雷の勇者、田中正である。

 田中正の黄色く着色された鎧はあの激しい爆発に巻き込まれたにも関わらず少しの焦げ後だけで済んだようだが、その心の内はかなり動揺をしているようだ。何故なら勇者田中正が異世界に召喚されて以来ここまで追い詰められた事は正直なかったからだ。さらに三人の聖女達は皆自らの神力を極限まで燃やして勇者田中正を巻き込んだ自爆という形の道を選んでいる。その凄まじい執念とも言うべき覚悟を見せつけられた勇者田中正は意気消沈しながら自分のパロメーターが表示されているステータス画面をマジマジと見る。
 
「くそ、九万九千九百はあった俺のHPも、あの聖女達の捨て身の攻撃のせいで五万以下まで減らされてしまった。たかだか寄せ集めのCランクの聖女達の分際で……俺をここまで不快にさせるとは……あいつら……やりやがったな!」

「そ、そんな馬鹿な、三人の聖女達が共に命の炎を燃やして仕掛けた最後の一撃すらも勇者田中正のHPをゼロにするまでにはいたらないのか。せっかく聖女達がその命を捨ててまで勇者田中正に挑んだというのに……これじゃ犬死にじゃないか」

 正に命を犠牲にした三人の聖女達の最後の捨て身の攻撃だったが、勇者田中正のHPがまだ半分も残っている事を知り、ラエルロットは思わず口を押さえる。

(な、何を馬鹿な事を言っているんだ俺は、俺の力じゃそのまともなダメージすらも与える事が出来なかったあの勇者田中正に大きなダメージを与えて……HPの数字を半分以上も減らす事が出来たんだぞ。これはかなり凄いことじゃないか。だからこそあの三人の聖女達の功績は決して無駄でもなければ犬死にでもない。立派に戦ってその勝利への軌跡の道しるべを……その小さな可能性を俺に託したんだ。ここからは俺がやらないと……俺が戦わないと、本当にあの聖女達の死が無駄死にになってしまう。だけどどういう訳かまだ体が思うように動かない。気分も悪いし全身汗だくで体中の力が一気に失われて行くようだ。やはり黒神子レスフィナの闇の力が途絶えてしまったから、俺はもうまともに動くことさえ出来ないのか。それに無くした右腕の感覚がもう殆ど無い。どうやら血を失いすぎたせいで意識も朦朧とし出したようだ。貧血で頭もガンガンしてかなり痛い。脈拍も早いし息もかなり荒い……て言うか苦しい。俺はもしかしたらこのまま死ぬのかもな……?)

 無くなった右腕の付け根から流れ落ちていた血もだいぶ止まり、今は滴る程度しか流れてはいない。その傷口を左の手の平でしっかりと押さえたラエルロットは目の前にいる勇者田中正の顔をうつろな目で見る。

 かなりの血を失ったのか目の下にはくっきりと隈ができ、まるでその体は小枝のように今にも倒れそうだ。
 そう黒神子レスフィナの加護を失った事で今のラエルロットはただの生身を持った人になってしまったのだ。この状態が長く続けばラエルロットは間違いなく後数分で意識不明となり、その後は出血多量で死んでしまう事だろう。

 そんな今にも死にそうなラエルロットに呆れた目を向ける勇者田中正は、態とらしく大袈裟に拍手を贈る。

 パチパチパチパチ……。

「さすがに凄いな。もう勝敗は決したというのに、そんな死にそうな状態になってもまだ俺に戦いを挑もうとする気合いを見せるとは、俺よりもお前の方が十分に勇者をやっているじゃないか。その根拠の無い志は一体どこから来るんだ。ただ単に俺に復讐がしたいだけではないだろ。お前の攻撃には人を思いやる優しさすら見えるからな。だからあんな能力を授かったんだろうぜ。相手の記憶を読み、その思いを具現化する力だったか。だがその力は俺の前では全く役に立たなかったな。つまりお前のその力では俺の体にダメージを与える事も精神を攻撃する事も出来なかったと言う事だ。たしかにお前の頑張りと覚悟は正直認めざる終えないことは確かだが、だからといってお前のその能力が俺に勝つ決定打になるとはどうしても思えない。一体不知火先輩は何をそんなに恐れていたのか。ラエルロットの能力に浸食されるとか言っていたが……俺はこの通りなんともないし……事と返答次第によってはラエルロット……お前をこのまま殺そうとも思っている」

「だ……だろうな。正直この記憶を読み思いを具現化する力ではお前にはどうしても届かないし……復讐の鎧の力を引き出すにも不死の力があってこそだから、もし今復讐の鎧の力を引き出せば俺は恐らくはその直後に死んでしまう事だろう」

「ああ、間違いなく死ぬだろうな。その身にまとっている呪われた鎧の力はかなり強力な代物だからな。つまりその鎧の力を使用するつもりなら、その引き換えに命の対価と高リスクを常に払う事になる。それはそう言った類いの鎧だ。その呪われし黒き鎧は黒神子レスフィナの不死の力の支援があってこそ初めて成り立つ力なのだ」

「どうやらそうみたいだな。正直な話……こうやってお前と話をするのもかなりキツくなってきた。もう俺にはお前の所まで行く元気すらもないんだ。だから最後の勝負はお前の方から仕掛けてきてくれ……」

「ラエルロット……お前……もしかして死ぬ気だな。最後は出血多量の死では無く……あくまでも俺との勝負で決着をつけたいと言う事か」

「ああ、そう言う事だ。俺の家族の為に……事件に巻き込まれるような形で死んたレスフィナや、命をかけて戦った三人の聖女達の為にも俺がこの戦いから降りる訳には行かないんだ。最後は俺も……その勇気ある姿勢をお前に示しながら、潔くその最後を迎えるとするぜ!」

「勇気ある姿勢……か」

「勇者田中……ここまでお前と戦えただけでも俺は……自分自身を褒めてあげたいと思っているし……あの驚異的な猛攻にどうにか喰らいついていけた事にも俺は内心上出来だと思っている。だからお前との生死を賭けた真剣勝負には特に何も不満はない。だが唯一の心残りは、ハルばあちゃんやレスフィナの事でお前に心の底から謝らせたかった事くらいだ。それだけが非常に残念だ……」

「土下座をして命乞いをしたら助けてやろうかとも考えていたんだが、どうやらその必要は無いようだな。お前はこの俺との短い戦いの間に本当の戦士に成長を遂げていたらしいな。なら逆にお前に情けをかけると言う事はこの神聖な戦いに水を差す行為となるばかりか、更には勝負を汚す行いにも繋がると言う訳か」

「そういう事だ。でもまさかお前の口から情けなどという言葉が出て来るとは正直思わなかったな」

「ふ、お前のこれまでの戦いぶり、認めぬ訳には行かないだろうさ。たかだかレベル1の自称勇者もどきが、レベル90のこの勇者田中正をここまで追い込み更には翻弄したんだからな。もっと自分を誇っていいと思うぞ。普通に考えたらそんな事は先ずあり得ない事だからな。だがお前の始まったばかりの冒険はどうやらここまでのようだ。なら最後はお前が格好いいと言っていた俺のスキル……狂わん雷の速さで相手を瞬時に瞬殺する事が出来る雷撃の力。狂雷・電光石火の最終奥義でその首を跳ねてやるぜ! 行くぞ、ラエルロット!」

 激しく鳴り響く狂わんばかりの雷光を纏いながら、勇者田中正は手に持つ長剣を構え直ぐにでも攻撃に移れる態勢を取る。その体から鳴り響く電流は凄まじく、まるで勇者田中正自体が雷その物と一体化しているかのようだ。
 その文字道理の圧倒的な力を見せつけられたラエルロットは、この後必ず訪れるであろう死の運命に最後の最後まで諦めずに抗い続け、立ち向かう事を心に誓う。

 ラエルロットはゆっくりと黒光りする刀身を構える。その左手にはヒノのご神木の枝から拵えた黒い不格好な木刀がしっかりと握られていた。

「さあ、最後の勝負と行こうか、勇者田中正。お前のこれまでの悪行や、恨みや、善悪は抜きにして……お前は凄い勇者だったよ。もしもいつかお前が改心するそんな日が来るのなら……人を助ける優しい勇者になってくれる事を心の底から願うよ」

「な、何を勝手なことを……俺は人の事なんてなんとも思ってはいない、クソがつくほどの悪どい心を持った悪の勇者なんだぜ。そうさ、お前の理想とはほど遠い人間なんだ!」

「いいや、お前は変わるさ……いつか必ずな。自らが犯した自分の悪事を知っていると言う事は、その限りない罪の重みも当然知っていると言う事だ。お前は今自分の事をクソ勇者と言い捨てたが、それはつまりお前は心の底では自分の罪を自虐的に考えていると言う事だ。お前は無意識的ではあるが心の奥底では自分の行いをかなり恥じている。だから過去の出来事に何かと理由を付けて悪ぶって見せているだけなんだ。でももうそんな子供じみた恥じた行為は今日で全て終わりにしよう。いつかお前にも本当に愛する者が出来て……心の底から守りたいと思う者が現れたら……お前の心の中にも何れは人を思いやれる心が生まれるかも知れない。もしそんな奇跡のような事がその後のお前の身に起きたのなら……それだけで俺とお前とのこの戦いにはきっと何か意味があったのだと顧みる日がもしかしたら来るのかも知れないな。勇者田中正……そんな時が来るといいな。いや、お前には必ずそんな時が来ると……俺は信じているよ!」

「そんな日は絶対に来ない。ラエルロット、お前は俺を過大評価し過ぎだ。俺がそんな事を考える人間に見えるか。そんなあり得ない事を信じるだけ無駄だぜ!」

「信じるよ……お前の事を誰もが必要としていないとか言ってお前はひねくれていたけど、この世界にはお前のその勇者としての力を必要としている人達が山ほどいるんだ。この世界はお前達が解放して回っている古代の遺物の封印のお陰で、その各地に眠る呪いが発動して様々な悪い影響が各場所で起きているとも聞いた。その各地に封印された古代の遺物とやらの呪いはかなり強い代物らしいからな。だがお前がもしこの世界の弱き人々の見方になってくれて、正しくその力を正義の為に使ってくれるのなら、この世界のみんなは必ずお前の事を必要としてくれるはずだ。いつかお前の行いに賛同する者も現れるし、慕う者だっていつかは現れるかも知れない。そうさ本当に愛する者さえ出来ればお前は必ず変わるはずなんだ。それにお前はこの世界に召喚された時点で……もう既に選ばれた者なんだよ。必要とされない人間などでは決してない。第八級冒険者見習い採用試験を四回も落ちた落ちこぼれの俺とは違ってな。勇者田中正、お前はこの世界の女神様に直接選ばれた凄い人間なんだから、この世界を救う為に尽くし邁進してくれよ。お前には少なくとも世界を救えるかも知れない物凄い力が確実にあるんだからさ……」

「ラエルロット、お前は、お前の祖母を無残にも殺した俺を信じると言うのか。いつか俺が自分の罪を悔い改めて、善行を行う人間になる事を信じて。あり得ない……あり得ないんだよ、そんな事は。滅び行くこの世界を救いたいと言うのならお前が生きてこの世界を救えばいいじゃないか。勝手に自分の身勝手な願望を俺に押しつけるなよ!」

「ふ、ただ自分の最後の願いを好敵手でもあったお前にどうしても聞いて貰いたかっただけだ。もう俺の戯言は終わりだ。さあこいよ。そろそろいい加減に決着を付けようか!」

 そのラエルロットの言葉で、二人は数秒間静かに睨み合う。だが先に覚悟を決めた勇者田中正は手に持つ長剣を構えると最後の一撃へと移る。

「行くぞ、ラエルロット! 最後はお前が格好いいと言ってくれた狂雷のスキル最大の奥義でお前にとどめを刺してやるぜ。くらえ、狂雷の勇者最終奥義【狂雷速式、雷光石火!】」

(く、来る。レスフィナ……俺、いろいろと頑張ったけど、やっぱり駄目だったよ。全く……相変わらず情けないな……俺は。ハルばあちゃん……今そっちに行くよ。)

 今にも倒れそうなラエルロットに目がけて勇者田中正は雷をとどろかせながら走り出そうとするが、その瞬間誰かに右足首をがっしりと捕まれる。

「な、なにぃぃぃ、誰かに右足首を掴まれた。一体誰だ?」

 その予想だにしなかったあまりの出来事に勇者田中正は思わず自分の右足首を掴んでいる何かを凝視する。その視線を向けた自分の右足には地面から突き出た一本の白い手が今にも走り出そうとしていた勇者田中正の右足首をしっかりと握りしめていた。

「な、なんだ。地面から突き出た手が俺の右足首をつかんでいるぞ。この俺の右足首をつかんでいる手は一体なんだ!」

 焦りながら叫んだ勇者田中正の疑問に応えるかのように地面から這い出て来たのは、三人の聖女達との戦いで死んだと思われていた黒神子レスフィナその人だった。

 まるで勇者田中正の体にしがみつくかのように地面から這い出てきた黒神子レスフィナは勇者田中正の首に背後から素早く抱き付くと、その耳元で妖艶に語りかける。

「どうにか近づき……そして何とかあなたの体に触る事が出来ました。もう逃がしません。勇者田中正さん」

「お前は……黒神子レスフィナか。なんでお前がここにいるんだよ。一体どこから現れた!」

「どこって、あなたの足下からですよ。私、ずっとあなたの足下に埋まっていたじゃないですか」

「足下だとう、まさかあの三人の聖女達が持って来たあの右腕から再び再生を遂げたとでも言うのか。だがあの右腕からはお前の闇の力は全くと言っていいほど感じられなかったし、超再生の兆しも全くなかったはずだ。なのになぜ今になって再び超再生が始まったんだ?」

「あなたとラエルロットさんが戦うに当たり、貴方に最後にとどめを刺すのはこの私の役目だと最初からそう考えていました。なのでその計画を遂行する為にも障害とも言える三人の聖女達を先ずは先にどうにかする事にしたのです。あなたに気付かれる事無く、三人の聖女達が掛けられているという支配の灯火の呪いをどうにか解くことに成功した私は、三人の聖女達に密かにお願いをしたのです。私の体をバラバラのチリに変えたら残された体の一部をどうにかして、勇者田中正に気付かれる事無く彼の傍に追いて下さいとね。私は自分の体に暗示を掛けて時間差で好きな時間に復活する事が出来るのです。もしも体全てをチリに変えられてしまったらランラム的にその近くの場所に現れて、無の状態から再び超再生を始めてしまうので、私の右腕を聖女リリヤがどうにか勇者田中正の近くに投げ捨てる事が出来て正直助かりました。彼女達の協力がなかったら勇者田中正の間合いに近づき背後を取ることは正直出来なかったでしょうからね」

「なら聖女リリヤが俺に持って来たお前の右腕は、黒神子レスフィナが死んだと言う証拠を俺に見せつける為だけではなく、俺の背後を取らせる為にわざとこの場まで運んできたと言う事か。ならあの三人が俺に勝ち目の無い攻撃を絶えず撃ち続けていたのも頷ける。
最初はただ闇雲に攻撃し勝ち目の無い戦いをしているようにしか見えなかったが、今にして思えばあの命を賭けた自爆攻撃もお前の超再生の魔力の流れを俺に気付かせないようにする為の文字道理の命を賭けた時間稼ぎだったのだな。あの聖女達の捨て身の攻撃すらも巧みに利用するとは、全く恐ろしい事を考える黒神子だ!」

「かなりの遠回りをして仕舞いましたが、どうにか勇者田中正の背後を取ることが出来ました。ラエルロットさん、ご心配をお掛けしてすいません。どうにか死なずに生き延びた見たいですわね。私の魔力を探知されない為に、ラエルロットさんに送る魔力は一時的に供給を止めさせて貰いました。もしかしたらその間に殺されて仕舞うのでは無いかと思い正直かなり心配しましたが、どうにか生き延びる事が出来たようですね。本当に良かったです」

  その相も変わらぬ屈託の無い可愛らしい笑みを見せたレスフィナにラエルロットは涙を流しながら悪態をつく。

「生きているなら生きていると最初から早く言えよ。全く、心配させやがって。でも生きていてくれて本当に良かった。俺の家族の事で、君を死なせるところだった」

「そんな事は気にしないで下さい。一晩だけではありましたが、ハルおばあさんにはまるで家族のように優しくして貰いましたし、この地には古代の遺物の品もありましたから、私が協力するのはむしろ当然です。それにラエルロットさん、あなたは私に選ばれた勇気ある人間なのですから、そんなに自分を卑下する物ではありません。あなたにはあなたに与えられた役目が……生まれて来た時に授かった使命が必ずあるはずです。そのあなたの運命はあなたが自らの意思で決めた選択なのですから、その道が例えどんなに険しく辛くとも……貴方なら必ず乗り越えられると私は信じています」

「信じています……か。なら俺は黒神子レスフィナ……あんたに必要とされているという事なのかな。もしかしたら勇者田中正もこんな気持ちだったのかも知れないな。勇者田中正も誰かに、必要だと、信じていると言って欲しかったのかも。誰にも必要だと言って貰えないのは……認めて貰えないのは流石に寂しい事だからな」

 嬉しい再会を果たしたラエルロットと黒神子レスフィナに水を差すかのように勇者田中正は激しく暴れながら、背後から強く抱きつく黒神子レスフィナをどうにか振りほどこうとする。だがどんなに暴れてもレスフィナの腕を振り払う事が出来ない。

「ば、馬鹿な、なぜだ、なぜ黒神子レスフィナの細腕を振りほどけない。俺はレベル90の勇者様なんだぞ。いくら呪われた魔力を持つ、遥か闇なる世界の黒神子レスフィナとは言え、少女の腕力と俺の腕力とでは比べるまでも無いだろ。なのに何故俺は黒神子レスフィナの腕を振りほどけないんだ。理解が、理解ができない!」

 まるで呪いのような締め付けからどうしても脱出する事が出来ない勇者田中正はかなり焦りながら力の限りに暴れるが、そんな勇者田中正に対し黒神子レスフィナは不気味な顔を向けながら聞きたくない言葉を彼に贈る。

「勇者田中正さん、いくら暴れてももう無駄です。こうなってはもうあなたはどうすることも出来ませんし、ハッキリ言ってお終いです」

「おしまいだとう、それは一体どう言う意味だ?」

「そのままの意味です。大体何故私が英雄殺しの黒神子と呼ばれているのか、あなたはその意味を知っていますか」

「英雄殺しだとう。そう言えばお前を見た時に不知火先輩がそんな事を言っていたな。黒神子レスフィナには絶対に捕まるなと?」

「その忠告はもっと真剣に聞いていた方が良かったですわね。実は私のこの体は不老不死ではありますがその能力は超再生能力だけではないのです。私の本来のお仕事は生体や物体から負のエネルギーを吸い取るのが仕事なのですが、実はそれだけではない物も結構吸い取る事が出来るのです。例えば呪いの類いの物はもちろんのこと、人間の体力とか魔力とかも直接相手に触る事が出来れば吸い取る事が出来ます。ああ、あなた達の呼び名ではHPとかMPとか言うのでしたね。後は私の血を大量に浴びたら状態異常を解除する事が出来ます。あの三人の聖女達を正気に戻したようにね。そしてその私の血液は物質として固まれば硬度20の硬さまで固める事が出来ますし、それらを自由自在に操る事も出来ます」

「硬度20だとう、つまりラエルロットが持つあの木刀にコーティングされているお前の血液はオリハルコンなみの硬度を持っていると言う事か。通りであの黒刀になってからたたき折ることも切り飛ばす事も出来ない訳だぜ。と言う事はあの黒い木刀の着色は復讐の鎧の力で出来た物ではなく……黒神子レスフィナ……お前の血の影響を受けていたからこそ、あんな超硬度を誇る決して折れない黒刀に生まれ変わったと言う事か。なんて恐ろしい呪いの力なんだ!」

「そしてここからが重要なお話なのですが、他にも吸い取れる物があります」

「他には何が吸い取れると言うんだ?」

「例えば……この異世界に来た勇者達が女神様からチート的に貰うことが出来るとされるあなた方の大事なスキルやそのレベルの数値とかをね……」

「な、なにぃぃぃ、スキルやレベルを吸い取るだとう!」

「はい、だからこそ私は異世界召喚者達に恐れられているのです。スキルは例え奪われてもまたどこかで修得することも可能でしょうが、レベルだけはそういう訳には行きません。最初からまた地道にレベル上げをしないといけない状態になってしまいますからね。元のレベル90に経験値を上げるまで一体どれくらいの年月を重ねたら到達することやら。そして一度私に吸いとられてしまったレベルの数値は私がその呪いを解くまで、例えどんな事をしても決してその数値を……状態異常を直すことは出来ません。つまりそのレベルを私にゼロの数値になるまで完全に吸い取られてしまったら、その人は一生レベルゼロのままだと言う事です」

「な、なんだってぇぇぇ、うっおぉぉぉぉぉぉーーぉぉ、離せ、俺から今直ぐに離れやがれ。うっおぉぉぉぉぉぉーーぉぉ!」

 話を聞いた勇者田中正は青い顔をしながら全身全霊で黒神子レスフィナの腕から逃げようともがくが、いくら激しく暴れても黒神子レスフィナの腕を振り解く事はできない。
 精神的にも肉体的にも追い詰められつつある勇者田中正は大いに焦りすぐさま狂雷スキルを発動させるが、黒神子レスフィナは平気な顔でその狂雷の雷撃攻撃を受け続ける。

「無駄です、今さらそんな攻撃で私が腕を離す訳がないじゃないですか」

「この腕を放せぇぇ、俺の体からいい加減に離れんかぁぁぁ。なぜ黒神子レスフィナを俺の体から強引に引き剥がす事ができないんだ。くそ、離れろ、離れろよ。このままでは……せっかく灰色の女神様から授かりしレベル90の数値が……俺のスキルが……体力が……全て吸い取られてしまうーーぅぅぅ!」

 そうこうしているうちに勇者田中正の体は黒い霧のような光に覆い尽くされ、まるで全ての力のエネルギーが吸い取られるかのように黒神子レスフィナの方へと流れ始める。

 その勢いは凄まじく、まるで吸引力の強い掃除機のような機械で相手の大事な何かを無慈悲に吸い取っているかのようだ。そんな強引な吸引力に負けずと勇者田中正も必死に抗うが、その無駄な抵抗は次第に弱まっていくのが遠目で見てもハッキリと分かる。

 そんな絶望的な状況の中でも最後の最後まで諦める様子のない勇者田中正は苦しみもだえながらも必死に抵抗を続ける。

「俺のレベルが……俺の大事な数々のスキルと一緒に全てが吸い取られていく。だがこいつだけは……このスキルだけは……どうにかして守らねば……。こいつだけは……」

 薄れゆく意識の中で勇者田中正は何かをうわごとのように呟いていたが、ついに限界が来たのかゆっくりとその両足の膝を地面へと落とすのだった。


                 *



 その数分後、勇者田中正は行き成り目を覚ます。

 とっさに起きた勇者田中正の視界にはすまし顔でその場にたたずむ黒神子レスフィナと、失った右腕を元通りに再生し、元気を取り戻したラエルロットの姿が見えた。

 ラエルロットは何やら悲しげな顔をしながら勇者田中正をまるで気遣うように話掛ける。

「勇者田中正、もう戦いは終わりだ。決着はついた。お前は黒神子レスフィナの策略に見事にはまり、そして負けたんだ」

「この俺が負けただとう……そんな馬鹿な、何を言っているんだ。ラエルロット、俺はまだ死んでもいないし、まだまだピンピンしているぞ!」

「勇者田中……」

 傍に近づこうとしたラエルロットに目がけて勇者田中正の拳がうなりを上げて飛ぶが、ラエルロットはその一撃を簡単に片手だけで受け止めると何かを納得したのか黒神子レスフィナの方を見る。

「確かにレスフィナの言う通りだったな。勇者としてのレベルの数値がなかったらその力は俺よりも遥かに弱いと言う事か。本来なんの修行も訓練もせずに行き成り高い数値のレベルだけを貰った勇者が、毎日日々の特訓を怠らない俺に最初から勝てる訳がないんだ。そのレベルの数値が奪われた時点で勇者田中正の負けはもう既に決まっていたと言う事か。それに普通に考えたら元の世界では田中正も平和な世界から来たただの一般人なんだから当然この世界の人間には勝てない事もなんだか分かるような気がする。まあ何にせよ、なんとも呆気ない幕引きだが、俺はもう少しで本当に死ぬ所だったから、命がどうにか助かっただけでも良しとするか」

「俺のレベルの数値がもう既に吸われて全くないだとう……そんな馬鹿な。嘘だ、嘘に決まっている。お前達は嘘を言っているんだ!」

 残酷な現実をどうしても受け入れられない勇者田中正は直ぐに黒神子レスフィナの方に顔を向けるが、黒神子レスフィナは何やら申し訳ない顔をしながら勇者田中正に言葉を返す。

「あなたの様々なスキルとその90にも登る高い数値は全て私の体に吸収し、私の無限のエネルギーの一端へと変換させて貰いました。こうなっては元に戻すことはもう私にも出来ません。失ったレベルとそのスキルは貴方が今までに殺してきたこの世界の人達の罪への贖罪の代わりだとでも思って諦めて下さい」

「そんな馬鹿な……じゃ俺はこの先この世界でどうやって生きていけばいいと言うんだ。こんないかれた異世界で高いレベルの数値が無かったら生きてはいけないよ」

「そんな事はないさ。黒神子レスフィナが奪ったのは勇者としてのお前のレベルだけだ。だから職業が勇者のままだったらそのレベルの経験値はレスフィナの呪いによって上へは上がら無いと言うだけで、また新たに他の職業に選択を変えて経験値を上げて行けばそのレベルは普通に上がるはずだ。そうだよな、レスフィナ」

「はい、そう言う事です。でも当然ですがまたレベル1からですがね。でも勇者としての優遇された職業には二度と付けません。いくら魔物を倒し修行をしても、勇者という職業では決してレベルが上がらない呪いをあなたに与えましたからね。まあこれからは牢獄の中で大いに反省してから、出所後は何かの職について下さい。そこからがあなたの再スタートです」

「そうだぞ勇者田中、この国を統治している王国の役人にお前を引き渡すから、その牢獄でお前が犯した様々な罪を大いに反省し、その自らの過ちを絶えず考えるんだ。願わくばお前が更生して人を思いやれる人間になってくれる事を願うよ」

「まあそれも奇跡的に死刑にならなかったらの話ですが……」

 そんなラエルロットとレスフィナの言葉に絶望した勇者田中正はかなり取り乱しながら二人から逃げるようにしてその場から離れる。

「嘘だ、嘘だ、嘘だ、俺にはもう勇者としての力が無いだなんて……そんなのは嘘だ。きっと俺は悪い夢を見ているんだ、そうに違いない。そうですよね、不知火先輩ぃぃぃ。不知火先輩、一体どこにいるんですか。実はまだ近くにいるんですよね。もしもこの状況を見ていたらこの俺を助けて下さい。助けて、助けて、助けてぇぇぇ!」

 情けなくもヒノの村から逃げるように走り出そうとする田中正を引き留めようとラエルロットは動こうとするが、そんなラエルロットの動きをレスフィナがすかさず止める。

「どうして止めるんだよ、レスフィナ。このままじゃ田中正を見失ってしまうぞ。それに今の現段階で、レベルゼロの田中正が、もし外にいるモンスターや彼に恨みを持っている村人達に見つかってしまったら、恐らく彼は直ぐに殺されてしまうぞ」

「そうかも知れません、でも彼は曲がりなりにもこの世界ではかなりの力を持つ強者の異世界勇者だったのですから、その死に際くらいは彼自身に、選ばせてやって下さい。このままあなたに同情されながら生き恥を曝すのは元勇者としては耐えられないでしょうからね。それに彼は物凄い数の多くの人を殺していたみたいですから、例え捕まっても極刑は免れないでしょうね。ならこのまま神の気まぐれに任せて彼の今後の運命を見守るのもいいのかも知れません。例え運良く今を生き延びたとしても、この世界では生きることの方がある意味厳しいのですから」

「田中正……もう俺にはどうすることも出来ないのか。結局俺は……お前の心の闇を正す事も……救う事も出来なかった。本来俺の祖母を殺したお前に対しこんな思いを抱くのは正直間違っていることくらいは分かってはいるが、お前の心の闇を知ってしまった以上非情にはなれなくなっている事もまた事実だ。最愛の祖母を殺された事で強い恨みや復讐心はあるはずなのに、非情に徹しきれないとは、ほんと俺って奴は中途半端で情けない奴だな、ほんと情けない」

 ラエルロットの見つめる先にはヒノの村を逃げるように出て行く田中正の姿がくっきりと見え。その約五十メートルほど離れた後ろの方には、今の今までどこに隠れていたのかよく分からない数人の村の人達が、田中正の後を密かに追うのだった。
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