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青出 風太

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File 3

薄青の散る 5

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―ヘキサ―

 時刻は午前11時。4~5時間ほど高速道路を走り、目的地のホテル周辺に到着した。

 ホテルは北太平洋に面するようにして、数件並び建っており、六花が事前に調べた時に目にした写真で見た通り、ホテルの前には大きな海水浴場があった。客室からはビーチが一望できるだろう。

 観光客を対象とした店でビーチは賑わっている。夏から少し外れた季節であるため写真ほど人は多くないが、それなりの人数がこの近辺のホテルを利用している事が予想できた。

(結構多い……これなら私たちはあまり印象には残らないかな)

 六花は窓から流れる風景を見ているとこの辺りでは珍しいこぢんまりとした喫茶店を見つけた。

 その喫茶店は系列店でもないのにオープンテラスがあり広々としている。しかし、六花の目に止まったのは厳密に言えば喫茶店ではない。その少し外に見知った顔を見つけたのだ。

「ラーレ!?」

 白い日傘を差した女性をナンパしていた。薄いベージュのジャケットに桜色のワンピースを着ていて、小さなバッグを持っている。身に着けているアイテムからどことなく春らしさを感じさせる女性だ。

 10月に入ったばかりで春とは程遠いが、それでもそんなことは気にならないくらい似合っている。

 日傘で顔は見えづらいがなんとも押しに弱そうな感じだ。

「何やってんだか……師匠。車止めてください。アイツ引っ張って来ます」

「……わかった」

「先行ってるってナンパのためか~」

 リコリスはシートにドスンともたれ掛かりながら言葉を漏らす。六花がスライドドアに手をかけた瞬間、一発くらいなら殴ってもいいんじゃないかと提案して来た。

「やめておきます。人様の前でみっともない」




「突然すいません。お姉さんこの辺りの人?良かったら道を教えてくれないかな――」
「――いえ、私も旅行で」

 ラーレは彼女の声に被せるようにホテルの名前を口にした。
「――ホテルニューオオカワってとこなんですけど」

「えっ?」

 彼女は驚いたような顔をした。ラーレはその隙を見逃さない。

「もしかしてお姉さんもその近くに?今時間あったら行き方を教えてほしい!いや~この歳になって道に迷うなんてさ」

 六花が駆けつけた時にはラーレは既に道を聞き出し、身振り手振りを混ぜながら頷き自然に彼女の真横に立っていた。

 彼女は迷惑そうな様子で苦笑いしているが、六花の目には怯えているように見えた。バッグに手を入れようとしているようにも見える。あれでは通報されて仕事の前に警察の世話になってしまうかもしれない。

「教えてくれてありがとう。そうだ!お礼に今夜ご飯でも……」
「いや、えーっと……嬉しいのですが、今夜はちょっと……」

 六花は見ていられず声をかけた。

「貴方も今夜は忙しいはずですよ」

 ジト目でラーレと女性の間に割って入った。女性を背に庇うようにして仁王立ちする。

 数瞬ラーレを睨みつけたあと息を吐き、申し訳ない気持ちを全面に出して女性の方に向き直った。

「急にこの人……父の連れが失礼な事言ってすみません。ちゃんと見張っておくので、その……本当すみません」

 頭を下げて謝罪の言葉を述べた。ラーレのことを父の連れだと即興で適当な嘘をついたが、六花は嘘が上手い方ではない。詮索されるとボロが出て怪しまれるかもしれない。すぐにラーレを引っ張ってこの場を離れることにした。

「ほら、行きますよ!」

 ラーレの耳を掴みバンのある方へと引き返す。

「痛っ、痛った!引っ張るなって!せめてお姉さんに俺の連絡先だけでもっ!」

 ラーレは痛がりながらも懐から名刺のようなものを取り出した。

「バカ言ってないでさっさと来る!」

 六花はそれをひったくるようにして回収し、今度こそオクタたちの待つバンに引き返した。


 六花が現れてから終始彼女はポカンとしていたが、去り際は六花に向かって微笑みながら小さく手を振っていた。

「ごめんサクラちゃん。お待たせー。……あの人たち何?さっき声かけられてなかった?」

 彼女の待ち合わせ相手だろう、六花くらいの背丈の女の子だ。夏日の予報が出ているのにも関わらずフードを目深に被っていて目元がよく見えない。これではどこを見いているのかすら分からない。

「あっカスミちゃん、どこ行ってたの!?ナンパされて怖かったんだから」
「ナンパねぇ……見る目があるんだか無いんだか分かんねー」

 フードについた猫耳が風に揺れる。そこから溢れる白髪が相まって獣のようだ。

「そんな事よりホテル行こうよ。なんてホテルだっけ?ニュー……イヤー……?」
「ニューオオカワ!もう、大事な事なんだから忘れないでよ」




「あっ帰ってきた。おかえり~」

 バンに帰るとリコリスがドアを開いて2人を迎え入れてくれた。

「ただいまです。すみません急に降ろしてもらっちゃって」

 ラーレを後部座席へ押し込んでから六花もバンに乗り込んだ。

「痛ってえな~。俺が他の女性と話してるからってそう言うのはよくないと思うぞ?妬く気持ちはわかるけどな?俺のタイプはお淑やかなお姉さん!あと5年か6年経ってから出直してきな」

「誰が妬いてるって!?」

 六花が噛みつこうとしたことを意にも介さずラーレは話題を変える。

「そういや、俺の荷物は?ちゃんと積んできてくれてんの?」

「乗せてあるよ、部屋にあったバッグでしょ。優しい私が親切で入れといてあげたよ~」

 即座にリコリスが返事をしたが、積んだのは六花だ。さらっとテキトーなことを言う。しかしラーレも馬鹿ではない。数年チームを組んでいるからわかる。リコリスはそんなことをする人間ではない。

「どーせ載せてくれたのは六花ちゃんだろ、お前は"私が頼まれたわけじゃ無いし~"とか言って手伝いもしなかったんじゃねーの?」

 リコリスは嘘がバレても飄々とした態度だ。

「やっぱりバレる?六花ちゃんに感謝しときなね」

「何回デート潰されてると思ってんだ。チャラにだってならねーわ!」

 口ではそう言ってるがラーレは楽しそうに笑っていた。

 六花は座席についた時、ふと名刺をひったくっていたことを思い出した。なんとなくそれを取り出した。

「春木 香太」

 と記されていた。携帯の番号も組織で使っているものとは別だ。

春木はるき……香太こうた?」

「あっそれは俺の本名。やっぱり付き合った女性には名前で呼んでほしいからな」

 当然だと言わんばかりに堂々と言い放った。

 こんな仕事をしておきながら本名を使うのかと思った六花だったが、よくよく考えれば相手からすれば町中のナンパの1人でしかないことに気づいた。ならば問題という問題でもないかと六花は思った。

「俺の母さんがつけてくれた名前なんだってさ。まぁ仕事人間で構ってもらった記憶なんてほとんどないんだけどな」

 ラーレは「気になるのか?」と言って得意そうに自分の生い立ちについて軽く話し始めた。

 そんなものに興味のない六花は生返事を返しながら窓の外に視線を向ける。

(そういえば、私ラーレの本名聞いたの初めてですね)
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