CODE:HEXA

青出 風太

文字の大きさ
上 下
46 / 50
File 3

薄青の散る 4

しおりを挟む
―ヘキサ―

 オクタの言っていたとおり金曜日の朝、ライースから「他のチームと合流するホテルの名前」や「今回の作戦に組み込まれている工作員」「個人宛の“持ち物”」など、詳細な連絡が送られてきた。

 その日一日を使い、アジトに残された三人は指示された通りに各々の仕事道具をバンに積み込み、翌早朝の出発に備えることにした。

「――スカート、も大丈夫。マフラーも入ってる。ナイフナイフ……」

 六花は部屋から持っていく仕事道具を袋に詰めていた。それらを小さめのキャリーケースに詰め込む。

 装備をバンに載せるときには各々荷物をまとめバンの後部座席の下、丁度足元のあたりに作られたスペースにしまい込み、隠していた。

 ガレージへ行くとすでにリコリスがいた。リコリスも六花同様小さめのキャリーケースに荷物を詰めており、今まさにバンに積み込むところだった。

(秋花さんってあんなに大荷物だったっけ?前見た時はパソコンとタブレット、あとは銃と着替えくらいなものだったと思ったけど)

 小さめとは言っても普段見ているキャリーケースよりは大きめのものを使っているところを見て六花は違和感を覚えたが、気にすることではないと思いスルーした。

 リコリスが荷物を積み終え、座席を元に戻そうとしていたので六花は背後から声をかけた。

「それそのまま上げておいて下さい。私も入れます」

「ん?六花ちゃんか。もうちょっと準備に時間かかるかと思ってたよ。すぐ退くね」

 リコリスはどうやら六花の接近に気づいていなかったらしい。少し驚いたような表情を見せたが、すぐにその場を離れ六花に場所を譲った。

「そうそう。水着はもうこっちで入れてあるから。六花ちゃんに任せると“仕事とは関係ないので”とか言って忘れそうだし」

「あはは……」

 六花は仕事関係での忘れ物はしない。ただ仕事以外となれば話は別だ。元々水着を着たかった訳でもなし、実は今回もリコリスに言われるまで水着の存在を失念していた。

 六花は苦笑いをしながらケースをバンに積み込んだ。その時、足元のスペースにいつも場所を取っているラーレのライフルバッグが無いことに気づいた。

「ラーレのは?師匠の荷物は入ってるみたいですけど……ラーレのライフルバッグは無いですよね?」

 ライフルバッグはギターケースくらいのサイズがあるのものだ。いつも邪魔くさいと思っていたため、無ければ六花でも流石に気づく。

「ん?いや、私が名指しで頼まれたわけじゃないし?」

六花はリコリスの「何を当たり前のことを聞いてるんだ」と言わんばかりの態度に呆れながらもラーレの部屋にあったライフルバッグを持ち出しバンに載せた。

「さっすが!六花ちゃんやさし~」

「やめてください」

「……やらし~?」

「もっとやめてください」



 早朝4:00。辺りが白み始めた頃六花たちはガレージに集合していた。バンに乗り込み、荷物の最終確認を終えるとリコリスがタブレットでガレージのシャッターを開けた。

 すぐ外にいたのであろう雀たちが一斉に空へ飛び去っていく。

「じゃオクタさん。安全運転でよろしく!」

「はいはい」

 リコリスの合図に合わせてバンは走り始めた。



 一時間もしないでバンは高速道路に合流した。休日とは言え今日は日曜日。早朝から走る車は少なく、すんなりと予定通りの経路を走行していた。街中では時折見かけた鳩や雀も高速道路に乗ってからは一切目にしていない。

 窓の外には工場プラントや空港、一面の海が代わる代わる顔を出した。

 六花にとってはどれも新鮮で窓の外の世界に釘付けだったのだが、リコリスにとってはこれといって面白いものではなかったようだ。

 スマホに無線接続したイヤホンでゲームの音楽を聞いていた。オクタは欠伸混じりに運転をしており危なっかしさはないが、これといって話しかける話題もなかった。

 六花は1人窓の外を見つめていた。



 3~4時間ほど高速道路を走っているとついにリコリスは音を上げた。

「ずっと座ってるだけなんて退屈!ゲームやろうって言っても六花ちゃんは乗ってくれないし!イヤホンも充電切れそう~」

 六花は子どものように駄々をこねるリコリスを見て彼女の先生と同期の工作員はあんなに静かなのに、何故リコリスだけはこうもうるさいのかと考えていた。

 どちらも一度会っただけだが、リコリスとは違い落ち着いた雰囲気を持っており六花は好印象を抱いていた。今回の仕事ではどちらも召集を受けている。久しぶりに会うのを楽しみにしていた。

 リコリスが子どもっぽいのは今に始まったことではないが、あの二人も来るとなるとこのままではマズいような気がしていた。

「そんな子どもみたいなこと言わないでくださいよ……」

 そうリコリスに言っていた六花も数分前に大きなトンネルに入った辺りからバンの進みが遅くなり、景色が変わり映えしないことに飽きてきていた。

(こんなんじゃ人のこと言えないか)

 そう六花が反省していた時、リコリスが大声をあげた。

「なんかカラオケでもする!?」

 吹っ切れたかのようにリコリスはスマホでアニソンを探し始めた。

「わ、私は歌いませんからね?」

 六花はリコリスほどアニメを知らない。聞くのもリコリスが持ってきたゲームなどの曲ばかりで歌詞のあるものは少ない。六花が歌える歌は数えるほどしかなかった。


 リコリスの1人カラオケは30分ほど続いたが、やはり1人で歌い続けるのは厳しいようだ。見る見るうちにリコリスの元気が無くなってきた。

(疲れたら秋花さんも静かになるんだ……)

 次からうるさい時はトレーニングにでも付き合わせようかと六花が考え始めた頃、オクタが声をかけてきた。

「そろそろ抜けるぞ」

 六花がオクタのいる運転席の方へ視線を向けると確かに前が明るくなっていた。

それから数分後。トンネルを抜けると、のどかな風景の中に道路が続いていた。

 都心の整備された道路と比べれば壁面には蔦が伝っていて、木が多くどこか不格好。民家はポツリポツリと建っており、閉塞感がない。高いビルや身を隠す路地裏などが無く、強い陽の光を遮るものは何もなかったが、何物にも変えられない落ち着いた雰囲気が漂っていた。

(こんな所があったんだ……いいな……)

「うわっ結構田舎だね~。写真で見た時は観光地っぽくて建物も一杯あったのに!ホテル周辺だけ開発されて他は放置って事かな」

 リコリスはシートベルトを外すと、六花に半分乗っかかるような形で窓を覗き込んだ。

「いいじゃないですか、広々としてて。ほらあの山とか薄く青みがかってて綺麗。私は好きですよ」

「……電波も弱くなるし、虫もいるからなぁ」

 リコリスはこの景色を見ても不満らしかったが、そう言っているのも今のうちだけだ。どうせホテルに着いたらそれはそれでうるさくなるだろうと六花は予想できているのでそれ以上相手にしなかった。


「あの山を越えるみたいだ。六花がさっき言ってたやつじゃないか?」

 オクタの言葉通り道路をまっすぐに行くと先ほど六花の言っていた山に向かうことになる。六花がスマホで地図を確認すると目的地のホテル「ニューオオカワ」はこの山を超えたさらにその先にあった。

「山の中に入る感じですね、この道でいくんですか?」

「ナビの最短経路がこの道になってるからな」


 森の中は木々が生い茂り木漏れ日でうっすらと明るい程度だったが、窓を開ければ風が涼しく過ごしやすい気温だ。微かに響く鳥の鳴声や葉の擦れ合う音が心地よかった。近くにダムがあるらしく、そこから川に沿って道路ができているようだ。

 川は近くの海に注いでおり、海の近くには目的地のホテルがある。しばらくはこの川に沿って進むようだ。

 川の流れる音に六花は目を閉じて聞き入っていた。
しおりを挟む

処理中です...