54 / 81
見せ付けられる口付け2
しおりを挟む『罪を背負いし者は暁に沈んだ』
ブレザーの制服に忍ばせた無線機から連絡が入り、千春は空いている手で無線機を取り、口元へ運んだ。
「標的は仕留めたようね、千秋?」
「っ!?」
何の気なしに報告を聞く千春を、媛寿は驚愕の表情で見た。
「で、依頼者は?」
『偽りの薔薇は我が傍らに』
「ピックアップも完了っと。じゃ―――」
無線機から必要な報告を全て受けると、千春は媛寿の首元に当てていた刀をすっと引き下げた。
「もういいわ。ご苦労様♪」
刀による拘束を解いた千春は、満面の笑みで媛寿に行動の自由を促す。
そのまるで悪意のない笑顔に堪らなく腹が立ち、媛寿はきっと睨みつけるが、それでも結城の安否が気がかりだったので、すぐにその場から駆け出した。
「ホント、随分と感情的になったものね。幕末と比べると……」
結城を追って辻を曲がっていった媛寿を見届けると、千春は雨が起こした霧の中に消えていった。
「? WΛ!?(? 何だ!?)」
急に叩きつけるような雨が降り出したと思ったと同時に、それまで嵐のように斉射されていたゴム弾が止んだので、マスクマンは物陰からそっと様子を窺ってみた。
目に入ったのは、先ほどまで猛攻を加えていた武装集団が、あまりにもあっさりと撤退していく姿だった。
「DΞ9←? TΦ、WΓ――――――!?(退いていく? あいつら、何で――――――!?)」
ほんの僅かだったが、マスクマンは雨音と発砲音の間に、武装集団の無線機から漏れた音声を聞いていた。
『……標的……』、『……完了……』、と。
「I£、Mπ……Nυ、Tε2→LS……(結城のヤツ、まさか……いや、媛寿やシロガネもいてしくじるわけが……)」
結城が依頼者を守れなかったとは思えないが、マスクマンには武装集団の引き際の良さがどうにも気にかかった。
「B‡9←。S∟!(……嫌な予感がしやがる。くそっ!)」
不穏な空気を感じたマスクマンは、急ぎ結城たちが向かったであろう方向へと跳躍した。
マスクマンが去る頃には、動きを止めていた街の人々も動き出し、いつの間にか降っていた雨に皆驚いていた。
「く、う!」
武装集団が足元に投げよこしてきた煙幕弾によって、煙のカーテンが辺りを急速に飲み込んでいく。それがシロガネにほんの一瞬だけ隙を作らせた。
「……、!?」
煙が晴れる頃には、武装集団の姿は影も形もなくなっていた。
撤退したのだろうが、シロガネにはどうも腑に落ちない幕切れだった。
相手を殺さないように加減していたとはいえ、武装集団はシロガネから見ても不気味な者たちだった。
傷や出血に何ら怯むことなく、それどころか痛みすらものともせずに戦闘を継続していた。
使っていたのはゴム弾のみだったが、その条件と他のことを合わせても、シロガネは武装集団にやや押され気味だった。
数的にも優勢だったのが、急に退いたというのは、シロガネにも疑問に思えてならない。
そんな中、シロガネが持っていた右手のサバイバルナイフが音を立てて折れた。目の前に持ち上げて見てみるが、特に損傷によって破断したわけではない。
「っ、結城!」
武装集団が退いた理由よりも、結城たちを守護することが優先事項と思い出したシロガネは、媛寿が走っていった後を追った。
道を全速力で進みながら、シロガネはもう一度、折れたサバイバルナイフを見た。
前触れなく折れた刃が、何か悪い未来を暗示しているような気がしていた。
媛寿は結城たちの行方を必死に追った。もはや思考と感情がぐしゃぐしゃに混ざり合い、普段なら躓くこともないような道で足が縺れ、転びそうになる。
結城への罪悪感、謎の敵の急襲、悪しき知己との再会、依頼者の真実。
その先にある最悪の予想が、媛寿から悉く冷静さを奪う。目が霞んでいるのが、雨粒のせいなのか涙のせいなのか、判らないほどに。
「ゆうき! ゆうき!」
それでも媛寿の足は、ある場所へと確実に辿り着こうとしていた。
ここまで来れば、結城がどこにいるのか、媛寿の心当たりも一つしかない。乱れきった心であっても、それだけは見失わずに向かうことができていた。
「ゆう――――――」
ようやく辿り着いたその場所で見た光景を、媛寿は信じられずに見つめていた。
雨に打たれて横たわっているのは、服装からしても間違いなく結城だった。
辺りに依頼者のラナン・キュラスの姿はない。そんなことは媛寿にとってはどうでもよかった。
ただ、結城が力なく地面に横たわり、冷たいコンクリートの上を雨水とともに赤い血が流れていっている。
それが媛寿にとっては到底受け入れがたい事実だった。
右手の力が抜けて掛け矢がすり抜け、その落下音を聞いた時、
「っ!」
媛寿はようやく我に返った。
「ゆう……き…………ゆうき!」
まだおぼつかない足で、何度も転びながら、それでも媛寿は少しでも早く結城の元へと駆け寄ろうとした。
「ゆうき! ゆうき! ああ! あああ!」
ようやく結城の傍まで来た媛寿だったが、血を流し続けている結城を前にしては、まともな判断などできるはずもなかった。
「ゆうき! ゆうき!」
とにかく結城の体を揺さぶり、意識の有無を確かめようとする媛寿。
「……ん…………さ…………ん」
「ゆうき!?」
雨音に混じり、微かだが結城の声を媛寿は聞いた。
「ゆうき!? だいじょうぶ!? ゆうき!」
「……め…………ん…………ご……」
「ゆうき?」
蚊の鳴くような小さな声で、結城は何かを呟き続けていた。
それを聞き取ろうと、媛寿は結城の口元に顔を近づける。
「ごめん……ピオニーアさん……ごめん……」
結城が呟き続けていた言葉を聞き、媛寿はこれまで以上の衝撃に目を見開いた。
ブレザーの制服に忍ばせた無線機から連絡が入り、千春は空いている手で無線機を取り、口元へ運んだ。
「標的は仕留めたようね、千秋?」
「っ!?」
何の気なしに報告を聞く千春を、媛寿は驚愕の表情で見た。
「で、依頼者は?」
『偽りの薔薇は我が傍らに』
「ピックアップも完了っと。じゃ―――」
無線機から必要な報告を全て受けると、千春は媛寿の首元に当てていた刀をすっと引き下げた。
「もういいわ。ご苦労様♪」
刀による拘束を解いた千春は、満面の笑みで媛寿に行動の自由を促す。
そのまるで悪意のない笑顔に堪らなく腹が立ち、媛寿はきっと睨みつけるが、それでも結城の安否が気がかりだったので、すぐにその場から駆け出した。
「ホント、随分と感情的になったものね。幕末と比べると……」
結城を追って辻を曲がっていった媛寿を見届けると、千春は雨が起こした霧の中に消えていった。
「? WΛ!?(? 何だ!?)」
急に叩きつけるような雨が降り出したと思ったと同時に、それまで嵐のように斉射されていたゴム弾が止んだので、マスクマンは物陰からそっと様子を窺ってみた。
目に入ったのは、先ほどまで猛攻を加えていた武装集団が、あまりにもあっさりと撤退していく姿だった。
「DΞ9←? TΦ、WΓ――――――!?(退いていく? あいつら、何で――――――!?)」
ほんの僅かだったが、マスクマンは雨音と発砲音の間に、武装集団の無線機から漏れた音声を聞いていた。
『……標的……』、『……完了……』、と。
「I£、Mπ……Nυ、Tε2→LS……(結城のヤツ、まさか……いや、媛寿やシロガネもいてしくじるわけが……)」
結城が依頼者を守れなかったとは思えないが、マスクマンには武装集団の引き際の良さがどうにも気にかかった。
「B‡9←。S∟!(……嫌な予感がしやがる。くそっ!)」
不穏な空気を感じたマスクマンは、急ぎ結城たちが向かったであろう方向へと跳躍した。
マスクマンが去る頃には、動きを止めていた街の人々も動き出し、いつの間にか降っていた雨に皆驚いていた。
「く、う!」
武装集団が足元に投げよこしてきた煙幕弾によって、煙のカーテンが辺りを急速に飲み込んでいく。それがシロガネにほんの一瞬だけ隙を作らせた。
「……、!?」
煙が晴れる頃には、武装集団の姿は影も形もなくなっていた。
撤退したのだろうが、シロガネにはどうも腑に落ちない幕切れだった。
相手を殺さないように加減していたとはいえ、武装集団はシロガネから見ても不気味な者たちだった。
傷や出血に何ら怯むことなく、それどころか痛みすらものともせずに戦闘を継続していた。
使っていたのはゴム弾のみだったが、その条件と他のことを合わせても、シロガネは武装集団にやや押され気味だった。
数的にも優勢だったのが、急に退いたというのは、シロガネにも疑問に思えてならない。
そんな中、シロガネが持っていた右手のサバイバルナイフが音を立てて折れた。目の前に持ち上げて見てみるが、特に損傷によって破断したわけではない。
「っ、結城!」
武装集団が退いた理由よりも、結城たちを守護することが優先事項と思い出したシロガネは、媛寿が走っていった後を追った。
道を全速力で進みながら、シロガネはもう一度、折れたサバイバルナイフを見た。
前触れなく折れた刃が、何か悪い未来を暗示しているような気がしていた。
媛寿は結城たちの行方を必死に追った。もはや思考と感情がぐしゃぐしゃに混ざり合い、普段なら躓くこともないような道で足が縺れ、転びそうになる。
結城への罪悪感、謎の敵の急襲、悪しき知己との再会、依頼者の真実。
その先にある最悪の予想が、媛寿から悉く冷静さを奪う。目が霞んでいるのが、雨粒のせいなのか涙のせいなのか、判らないほどに。
「ゆうき! ゆうき!」
それでも媛寿の足は、ある場所へと確実に辿り着こうとしていた。
ここまで来れば、結城がどこにいるのか、媛寿の心当たりも一つしかない。乱れきった心であっても、それだけは見失わずに向かうことができていた。
「ゆう――――――」
ようやく辿り着いたその場所で見た光景を、媛寿は信じられずに見つめていた。
雨に打たれて横たわっているのは、服装からしても間違いなく結城だった。
辺りに依頼者のラナン・キュラスの姿はない。そんなことは媛寿にとってはどうでもよかった。
ただ、結城が力なく地面に横たわり、冷たいコンクリートの上を雨水とともに赤い血が流れていっている。
それが媛寿にとっては到底受け入れがたい事実だった。
右手の力が抜けて掛け矢がすり抜け、その落下音を聞いた時、
「っ!」
媛寿はようやく我に返った。
「ゆう……き…………ゆうき!」
まだおぼつかない足で、何度も転びながら、それでも媛寿は少しでも早く結城の元へと駆け寄ろうとした。
「ゆうき! ゆうき! ああ! あああ!」
ようやく結城の傍まで来た媛寿だったが、血を流し続けている結城を前にしては、まともな判断などできるはずもなかった。
「ゆうき! ゆうき!」
とにかく結城の体を揺さぶり、意識の有無を確かめようとする媛寿。
「……ん…………さ…………ん」
「ゆうき!?」
雨音に混じり、微かだが結城の声を媛寿は聞いた。
「ゆうき!? だいじょうぶ!? ゆうき!」
「……め…………ん…………ご……」
「ゆうき?」
蚊の鳴くような小さな声で、結城は何かを呟き続けていた。
それを聞き取ろうと、媛寿は結城の口元に顔を近づける。
「ごめん……ピオニーアさん……ごめん……」
結城が呟き続けていた言葉を聞き、媛寿はこれまで以上の衝撃に目を見開いた。
18
お気に入りに追加
986
あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】夫が私に魅了魔法をかけていたらしい
綺咲 潔
恋愛
公爵令嬢のエリーゼと公爵のラディリアスは2年前に結婚して以降、まるで絵に描いたように幸せな結婚生活を送っている。
そのはずなのだが……最近、何だかラディリアスの様子がおかしい。
気になったエリーゼがその原因を探ってみると、そこには女の影が――?
そんな折、エリーゼはラディリアスに呼び出され、思いもよらぬ告白をされる。
「君が僕を好いてくれているのは、魅了魔法の効果だ。つまり……本当の君は僕のことを好きじゃない」
私が夫を愛するこの気持ちは偽り?
それとも……。
*全17話で完結予定。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。

あの子を好きな旦那様
はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」
目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。
※小説家になろうサイト様に掲載してあります。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる