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人体の不思議、スプーン一杯の水でも溺死する

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 SIDE:パーラ



 例えるなら熱い泥の中を漂うような感覚。
 重く熱い何かが体に纏わりつくのを煩わしく思いながら、暗闇の中を揺蕩うままに身を任せていると、突然、泥の海から引き上げられる感覚と共に目の前が明るくなる。

 高山の頂で濃い空気を手に入れたように大きく息を吸うと、視界に広がる景色に見覚えを持つ。
 知っている天井だ。
 眠りに着く前に見た天井が変わらずそこにあり、自分が寝台で眠っている状態なのを思い出す。
 あれからどれだけ経ったのか、肩の傷がまだ鈍く痛むことから、さほど日は過ぎていないと予想する。

 枕の柔らかい感触の中、周囲の様子を窺おうと首を動かしてみるが、体は私の意識を拒むように重く、ちょっと動くのにも強い意志が要求される。
 とはいえ、目も動かせば大体は見えるため、気合を入れて多少でも首を横へ向かせる。

 私が最後に起きていた時には、ガリーが傍にいたのだが今は姿が見えず、静かな部屋には私しかいないのはなんだか寂しい。
 そうして部屋を見渡していると、寝台のすぐ横に置かれている台の上に水差しが見えた。
 すると、途端に喉の渇きが急に襲ってくる。

 一旦起きた時に食事を摂って以来、水分を口にしていないとすれば、目が覚めてから感じたこの喉の渇きも不思議ではない。
 乾燥してひっつく喉をなけなしの唾液で鳴らし、水差しに手を伸ばそうとしたが、体にのしかかるだるさで指一本動かすのすらつらい。

 仕方ないので、ここは現状の私が唯一使える手段で水を飲むとしよう。

 まずは体を巡る魔力を操り、魔術の使用に支障がないかを確かめる。
 すると魔力自体は私の意思に忠実な反応を示し、試しに寝台の周りの空気を動かしてみると、何の問題もなく微風が吹いた。

 これならいけると、風魔術で空気の管を細く作り、水差しの飲み口の部分へと管の一方を、もう一方を私の口へと繋ぐ。
 そして、空気の膜で水差し全体を包むと、容器の内部へと静かに空気を送り込んでいく。

 その空気に押し出されるようにして、飲み口から水が少しずつ、空気の管を伝って私の口へと送られてきた。
 じわりと舌に水が触れると、染みわたるように全身が水分を受け入れていく。

 水が語り掛ける。
 美味い、美味すぎる。

 本音を言えばがぶ飲み込みしたいが、横になったままでそれをやると色々逆噴射しそうなので、こうしてちょびちょび飲むしかない。
 もどかしいが確実に喉の渇きが癒されていくのを感じ、水を飲むという行為にひたすら没頭していた。
 だから、突然の来訪者に気付くのも一瞬遅れてしまう。

「はぁ…えパーラ!?起き―何してんの!?」

「ぶふぉっ!」

 室外へ注意を向けていない状態の中、不意を衝くようにして突然扉を開いて姿を見せたのはガリーだった。
 どうやら風魔術で水差しの水が宙を移動していた光景に驚いたらしく、悲鳴のように上げられた声に私は驚かされてしまい、風魔術の出力を誤ってしまう。

 それまでゆっくりだった動きの水が、空気の急激な膨張で噴き出す様な動きとなって私の口へと飛び込んできた。
 口を一気に満たした水は出口を求めて鼻にまで殺到し、逆流した水で溺れそうになる。

 アンディ曰く、人はカップ一杯の水でも溺死できるそうだが、あの時は鼻で笑っていたそれを私は今、身をもって体験した。
 まさか病み上がりの寝台の上で溺れ死ぬなどと断じて受け入れられない私は、動きの鈍い体をなんとか動かし、顔を横に向けることで口と鼻にたまった水を吐き出す。

「げほっごふっ…えぱっ」

「ちょっと大丈夫!?」

 激しく咽る私にガリーが駆け寄ってきて、近くにあった布で私の顔を拭いながら背中をさすってくれる。
 まずいところに水が入ったせいで暫く咳が止まらなかったが、深呼吸を何度か繰り返したところで、ガリーと話が出来るぐらいには落ち着いた。

「うぇっ、ありがと、ガリーさん。面倒をかけるねぇ」

「それは言わない約束でしょ……約束なんてしてないけど。それより、何してたわけ?」

 訝しそうにさっきのことを尋ねながらガリーは水で濡れた枕を私の頭から抜き、代わりに布を畳んで作った簡易の枕を入れてくれた。

 前に一度短い間だけ目覚めた時、名前とアンディに雇われているということしか言っていなかったが、その慣れた動きを見るに、意識がない間の私の身の回りの世話は彼女がやっていたというのがよく分かる。
 寝台の傍に置かれていた椅子に腰かけ、労るように私を見つめる目はまるで母親のようでもある、とは言いすぎだろうか。

「ちょっと水飲もうと思って…でも体が動かないから、魔術を使って飲んでただけだよ」

「水飲むぐらいで魔術なんて使わないでよ。魔術師ってみんなそうなの?」

 今度はあからさまに呆れた顔で溜息を吐き、アホな子を見るような目を向けてくる。
 確かに水を飲むだけの行為に魔術を使うなんて、贅沢というか無駄というか、普通はやろうとは思わないだろう。
 しかし、漫然と魔術を扱うのではなく、どう使うかを日頃から考えている私にとって、今この時に風魔術で水を飲むというのが最善だったと主張させてもらいたい。

「だって、しょうがないじゃない。とにかく喉が渇いてたんだもん」

「だからって…まぁ起きた時に私がいなかったなら、仕方ないけど。で、もう水はいいの?まだ飲みたい?」

「ううん、結構飲めたからいいや。ひどい目にも合ったけど」

「まぁ驚かせた私も悪かったけどね。…さて、起きたならまずは体のことね。傷の方はどんな感じ?痛みは?他に具合の悪いところとかある?」

 まるで医者のように私の状態を聞き出そうとするガリーだが、これは彼女にその手の知識があるというわけではなく、アンディか薬師あたりから私が起きたらそう聞けと指示されたのかもしれない。
 薬師からの指示書と思しき紙切れを手にし、読み上げている姿からそう予想する。

「肩の傷ならまだ痛みはあるけど、我慢できないって程じゃないね。具合が悪い所っていうか、起きてからは全身ダルいかな。ちょっと動くのもつらいぐらい」

「ふむ、そんなもんでしょうね。食欲はどう?」

 症状についてはある程度は予想されていたのか、ガリーが見ている紙には私の状態も書かれているようで、淡々と質問は続く。

「うーん、空腹ってわけじゃないけど、なんか出されたら普通に食べられるって感じ?」

「つまり食欲はある?」

「まぁそうだね」

 内容を一つ一つ確認するように、紙を指でなぞっていたガリーが、一度大きく頷くと改めて私の方へと向き直る。

「多分、その感じだと大分状態はよくなったと見ていいみたいね。傷の痛みはまだ当分続くかもしれないけど、食欲があるなら回復は早いだろうって」

「それって薬師の人の所見?」

「ええ、そうよ。この紙に全部書いてあるの」

 やっぱりか。
 薬師も暇じゃないから、いつまでも一人の患者の所につきっきりではいられない。
 もしも私が目覚めた時の体調の聞き取りに、ガリーへ指示を書き残していたわけだ。

 ヒラヒラとガリーが見せびらかすように振る紙には、びっしりと書き込まれた文字が見え、それだけ薬師の指示が細かく出されていたという証拠になる。

「じゃあこの体のダルさはいつぐらいに解消するとかってのも書かれてる?」

「具体的には書いてないわね。でも、危険な兆候には当てはまってないから、それも時間でよくなっていくんじゃないの?」

「そっか。あのさ、この肩の傷って、治療したのってアンディなんだよね?」

「ええ、そうよ。魔術で水を操って傷を洗ったり、傷口に指を突っ込んでなんかやったら血が止まってね。なんだかよくわからなかったけど、とにかく凄かったんだから」

 その時の光景を思い出してか、若干興奮気味のガリーだが、間近で見ていても水魔術で治したというのまではバレてはいないようだ。

 ヤゼス教会の秘法とも言える癒しの法術以外に、人体を治療できる魔術が存在するのが人に知られることの危険は私もアンディも分かっているため、使う時には細心の注意を払うようにしている。
 今回、急な治療ということもあって、アンディも大勢の前で使ってしまったようだが、ガリーの目を誤魔化せているのならよしとしよう。

「じゃあアンディからいつ肩が普通に動かせるようになるとかって聞いてない?痛みはあるけど、なんかほとんど腕が動かせないんだよね」

 前に一度目覚めた時は傷みのせいで動かせないのだと思ったが、大分和らいだ今でもあまり動かせていない。
 肩自体は多少動くが、二の腕から先は感覚すらない状態だ。
 治療をしたアンディならそのあたりのことも分かっているかもしれないため、ガリーが何か聞いていないかを確かめてみる。

「さあ?それは私も聞いてないわね。ただ、あんたを診た薬師の人は、完全に治るまでは動かさないほうがいいとは言ってたわよ。寝台から起きれるようになっても、当分はしっかりと固定しておけってさ」

 自分の体のことだ。
 他人よりも状態は理解しているだけに、左肩と腕を固定する必要性については疑う余地もなく、薬師の助言にもそうあるのなら従うとしよう。

「分かった、動けるようになったらそうしとくよ。…ところでガリーさん、今ってアンディはどうしてるの?」

 体調の方はもういいとして、今度はアンディのことが気になる。
 私が娼館のこの部屋で眠っている間、アンディが例の暗殺者の男へ報復するべく動いているのは、前に一度目覚めた時、ガリーから既に聞いていた。

 正直、私がやられたことに怒って復讐に動いてくれたのには嬉しく思うが、あれだけの手練れを相手にするのがいかに危険なことか、身をもって知っているだけにアンディが心配になってしまう。
 もっとも、あれぐらいの剣士ならよっぽど意表を突く奥の手でもない限り、アンディが負けることはないだろう。

「アンディなら、灯心組の方へ手伝いに行ってるわよ」

「灯心組?なんでまたあんなのに」

 灯心組については多少知っている。
 ファルダイフの港で働いてれば、自然とそこを取り仕切る連中のことは知る機会はあるし、チコニアさんからも話を聞いたことはあった。

 天地会とも繋がりが深いため、アンディに何かを頼むというのもいくつかの伝手を経由して話が来てもおかしくはない。
 とはいえ、アンディが灯心組で何を手伝うことがあるというのか。

「あぁそうね。そのことも教えなきゃいけないか。まずあれからどれくらい経ったか話してあげる」

 あの路地裏での遭遇から今日まで、私が意識を失っている間でガリーが把握している一連のことを話してくれた。

 娼館に伝わってくる噂話程度の情報も交え、ガリーがアンディから聞かされた話によれば、例の暗殺者を名乗る男はアンディがしっかりと息の根を止めたおかげで、以後私とガリーが奴に命を狙われることはないとのこと。
 この短期間で居場所を突き止めて仕留めるなど、流石はアンディだ。

 暗殺者はやられたが、ヒリガシニの指導者はまだ健在で逃げ回っており、組織の壊滅はまだ出来ていない。
 とはいえ、それも天地会が血眼になって探していれば時間の問題だろう。

 一度アンディは私の様子を見にここへ来たが、その際に灯心組の人間に頼まれて今はそちらで仕事をしているそうだ。

「ってことは、娼館の料理人…本来は護衛か。そっちの方はもうやってないの?」

「らしいわね。元々、例の男を追うからって、エメラさんに頼んでここでの仕事を辞めたみたいだし。あ、そうだ。で、そのアンディの代わりで私がここの料理人に雇われてるのよ」

「えー?ガリーさんが料理人ー?」

 シレっと差し込まれたガリーの報告は、ひょっとしたら今日一番の驚きかもしれない。
 なにせ街娼から大手の娼館の料理人に転職など、普通ならまずない流れなのだから。

「何よその言い方。失礼ね、これで料理の腕はそこそこあるつもりよ。あんたが前に食べた食事だって私が用意したんだから。で、その時に腕を買われて、エメラさんからここの料理人に誘われたの。私の料理の腕に値をつけられちゃあ吝かではないわね」

 娼婦としてではない部分を買われたのがよっぽど嬉しいのか、ガリーの顔はだらしないぐらいににやけている。

 街娼というのは利益も責任も全て一人で背負い込むため、客を直接誘い込むために結構ギリギリな手を使うことも多いと聞く。
 そのせいか、客の来訪を待つ娼館とは、敵対まではいかずともあまり友好的とは言い難い。

 そんな娼館で大手と言っていい愛のサークがガリーを受け入れるというのは、かなり珍しく思える。
 ただ、確かにあの時食べた味を思うと、正規の料理人として雇いたくなるのもわからなくもない。

 恐らくソーマルガの一地方の味付けだとは思うが、独特な味わいをもったガリーの料理は、金をとれる料理と私が保証しよう。
 それにガリーのこの様子を見るに、娼婦よりも料理人の方が彼女の性にあっているように思える。
 本当にいい料理人というのは、自分の腕に自信を持ち、楽しそうに料理が作れる人間であるべきだってアンディも前に言っていたし。

「もしかしてさっき部屋にいなかったのって…」

「そ、厨房の手伝いに行ってたの。前までアンディがやって料理人としての仕事を、今度は私がやってるって感じね。ちなみに今は朝で、ついさっき娼館の扉が閉められたから、私はパーラの様子を見に戻って来たってわけ」

 娼館の仕事は夜の間が稼ぎ時だ。
 そこに食事や酒を提供するための厨房は、当然ながら娼館の閉店と共にその役目も一旦終わる。
 ガリーがアンディから頼まれていた私の世話だが、一度目を覚ましたということで多少は気持ちに余裕ができたおかげで、厨房の方へ行けていたわけだ。

 決して娼婦という仕事を下に見るつもりはないが、街娼としての不安定な収入より、料理人という安定した職業につけることがガリーにとってはきっといいことなのだろう。
 確とした自覚はないが、私の意識がない間の身の回りを世話してくれていたガリーには感謝しているため、よりよい未来へと向けて歩き出したとするならば、我が事のように喜べそうだ。

「それでさっきのを見たら、驚いちゃうか。そっかそっか、そういうことね。じゃあ、明日からは私のことなんて気にしないで、ガリーさんは厨房の方に行ってくれていいよ。私も体が動けるようになれば、後は世話なんていらないし」

 こうして話している間にも、体を動かすだけの活力が、本当に微々たるものだが回復しているのを感じている。
 体感として完調にはまだまだ遠いが、それでも明日明後日にはガリーの世話を必要としなくなるぐらいには動けそうな気がしなくもない。
 少なくとも、排泄と食事ぐらいは自力でできるようになる…というか、する。

「大丈夫よ。どっちにしろ厨房にはいくのは夜からだし、陽がある間はパーラの世話はできるんだから」

「いやいや、だったら尚更夜に備えて休んでよ。私なんて、ちょっと体が動けば後は魔術での補助もできるんだしさ。もう少ししたら、普通に動くのに支障はなくなるよ、多分」

 せっかくガリーも新しい仕事についたのだし、気持ちと体の疲れを癒す時間を多くとる必要がある。
 私の世話と厨房の仕事を両立するとなると、疲労で倒れてしまわないか心配になる。
 アンディに雇われているとはいえ、流石に私の世話からは離れてもいいだろう。

 なにより、一人の淑女として、排泄物の処理を他人にしてもらうことへの羞恥心は人並みにあるし、意識がない間ならともかく、こうして目が覚めたのなら自分のことは自分でしたい。
 鈍った体を戻すためにも、まずは自力での日常生活から始めなければ。

「でもねぇ…ほんとに私がいなくて大丈夫なの?」

「私、冒険者だよ?普通の人より体は丈夫だし、回復だって早い方なんだって」

 ガリーにもはっきりとは言えないが、肩の傷もアンディが粗方治してくれている。
 不自然に思われないよう、皮膚の浅い部分の傷はまだ残しているが、それ以外はかなり直っているため、体のダルささえ抜ければ動くのに支障はないはず。
 もっとも、このダルさは赤芽の水で作った血が体に馴染むまでの症状だそうで、いつまで続くかは読み切れない。

「この感じだと明日には起きて動けると思うから、そしたら私はアンディの所に―」

「それはだめ。まだ暫くは安静にさせろって言われてるのよ。寝台から降りるのは私が許さないからね」

 ガリーの口ぶりだと、アンディはしばらく私の所には来そうにはない。
 アンディとは話したいこともあるし、せめて起き上がれるぐらいになったら、あとは身体強化でも使って灯心組絡みで働いている所にでも行ってみようかと思ったのだが、ピシャリと遮るようにそう言われてしまった。

「えー、でも…」

「でもじゃない。絶対にダメだからね」

「ぬぅ」

 私を安静にさせるという強い意志を示すガリーに、私の口も言い返す言葉が出ない。
 なにも私を困らせようというのではなく、恐らく薬師あたりにそう厳しく言われているのだろうから、それに逆らう気は起きない。

 仕方ないので、ここはガリーの言葉に従って、体を休めるのに専念するとしよう。






 ―と見せかけて次の日、私は部屋を抜け出してアンディのいる場所へと向かった。
 あれだけもういいと言ったのに、世話を焼こうとするガリーをどうにか言いくるめて休ませると、寝台には私が眠っているよう偽装の詰め物をし、部屋の窓から娼館の裏の通りへと降り立った。

 体のダルさは大分ましになったが、それでも機敏に動くことは難しく、身体強化で手足を持ち上げるように動かして、ギリギリ一般の老人程度には歩けるといった有様だ。
 普段ならなんて事のない建物の二階からの降下も、浮かべそうな出力の風を纏って恐々どうにかというぐらいだ。

 おまけに左腕を固定しているせいで着地時に少し体勢を崩してしまい、建物の壁に体をぶつけてしまった。
 まだまだ完全回復は遠い。

「あいたたた…すっかり鈍っちゃってる」

 寄りかかっていた壁を叩く勢いで体を動かし、裏通りにしては強い日差しの中を歩きだす。
 アンディが今どこにいるのか、実のところ全く分からないのだが、そこは天地会を頼らせてもらう。
 灯心組と天地会の関係は分かっているし、天地会には伝手もある。
 迷惑を承知でチコニアさんの名前を借りることになるが、その方が話も通りやすいはず。
 チコニアさんには今度会った時に、しっかりと頭を下げるとしよう。

 そんなわけで適当な天地会系列の店に入り、灯心組との繋ぎをいきなり頼んでみると、最初は店側も不審者を見る目丸出しだったが、チコニアさんとアンディの名前を出すと、色々と察してくれた。
 店で少し待たされ、わざわざ連れてきてくれた灯心組の人間に話を聞くと、今日のアンディの居所を渋りながらも教えてくれた。

 意外と話が楽に進んだため、少し妙な怖さを覚えて尋ねてみれば、どうやら組の幹部に準じる地位でアンディは一時的に迎え入れられているらしく、その身内扱いの私にも相応の対応が当然となったようだ。
 その答えに納得できるようなそうでないような、なんとも言えない思いは残りつつ、ともかくアンディの居場所は分かったので、そこへと向かってみる。

 少し聞いただけだが、アンディは灯心組とその敵対組織との交渉の場で、下手にこじれないための抑止力として雇われているらしく、今日は特に重要な区画での話し合いに参加しているという。
 本来なら部外者の私がそこへ行くことは許されないのだが、アンディとチコニアさんの名前が効いたのか、とりあえず場所だけは教えてくれた。

 ただし、そこでのことは現場の組員の判断となるので、アンディに会えるかと言えば絶対ではないとも言われたが、別にそれでも構わない。
 可能性が少しでもあるのなら、とにかく今はアンディの傍に行って話がしたいのだ。

 今日まで言いたかったこと、言えなかったこと、言わなきゃならなかったこと、たくさんある。
 本当は怪我なんかで意識不明にならなければ、とっくに謝ってたはずなのに。
 それが今日まで引き延ばされて、ようやく今日、機会ができた。
 何を差し置いてもまずやるのは、お礼と謝ること。

 そう決めて、目的の場所へと辿り着いた私の目に飛び込んできたのは、崩れかけの廃屋でとても堅気とは思えない男達が一つのテーブルを囲んで睨みあっている光景だった。
 そして、その集団の中で中心にいる二人の人物の内、一人の姿を目にした瞬間、私の鼓動は跳ね上がる。

 服装と髪型は変わっていたが、あれは間違いなくアンディだ。
 どういう理由か、以前遺跡で手に入れたサングラスを顔にかけているため、一目見ただけではわかりにくいが、立ち姿で私が見間違えるはずがない。

 アンディの名前を呼ぼうと口を開きかけた私の口は、しかしアンディが放った怒声によって言葉が出るのを禁じられてしまった。

「話にならへん!ようそんなカマシで行ける思うたもんやで!イモ引いてんとちゃうぞゴラァっ!」

 聞いたことがないような訛りの入った言葉遣いで、目の前に立つ男へと怒鳴りつける姿は、どう都合よく見たところでそっちの方の人間でしかない。
 ほんの数日、別れていただけの間にアンディに一体何があったのか、愕然とした気持ちを覚えつつ、精神的な何かが齎す頭痛に思わず頭を抱えてしまった。

 私の愛した男は、破落戸みたいなことを口にするような人間ではないはず……いやそうでもないか。
 結構言ってたかも。

 じゃあ変じゃない、のか?




 …いややっぱり変だわ。



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