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異世界弁

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「ここらの仕切りを俺らの組によこせば、シマに割りも出ねぇ!それでいいだろ!」

「しゃばいことぬかすなや!誰がそれをええちゅうてケツまくるかいな!ガキの使いとちゃうぞ!」

 勝手な言い分の向こうの言葉に、こちらも引き下がるわけにはいかず、つい強い言葉で返してしまう。
 元々、この場は俺ではなく、灯心組で用意した人間が交渉を受け持つ手はずだったのだが、手違いで到着が遅れてしまい、焦れた向こうに応じる形で急遽俺が交渉人に名乗り出た。
 ただ、本職ではない俺では本当に交渉を纏め上げるわけにはいかないので、こちらの交渉人が来るまでの時間稼ぎが目的だ。

 テーブルに着いたのが若僧だということもあり、少しこちらをなめた態度で始まってしまったのだが、こんなこともあろうかと用意していた強面アイテムであるサングラスとオールバックにした髪型でどうにか雰囲気を作って、ようやく話し合いがスタートして今に至る。

 もっとも、あくまでもこの話し合いは本番前の事前交渉の意味合いが強く、ここで決められた大筋に従って、後日に控える灯心組とノバーノ一家双方の偉い人達の交渉こそが本命だ。
 実はここの他にもう一つの別の場所では、俺達とはまた別口での交渉が行われており、どちらかというとそちらの方が重要度では上だとか。

「さっきからあんた、変な言葉使って俺らを丸め込もうってはら―」

「わしの言葉がどうこういうのは関係ないねん。筋が通らんちゅう話をしとんじゃボケェ!」

 向こうとしては、この前のヒリガシニの騒動で手にした灯心組の元縄張りを、そのまま自分達ノバーノ一家の傘下に決めてしまいたい。
 ところがそのエリアの住人の方は灯心組の庇護を望んでいるため、そこから得られるアガリに不安があるノバーノ一家はどうにか離反を抑え込もうと躍起になっている。

 対して灯心組サイドだが、ノバーノ一家は縄張りの統制で結構強引な手を使っているのか住民からの反発もあるそうで、灯心組を頼った住人のためにもこうして粘り強く真摯な交渉しているのだが、正直手応えはよくない。
 どうにか提示した条件で納得させるべく、上手く交渉を纏めたいところだが向こうがああも頑固では取れる手は限られてくる。

「い、いやだから、もうちょっと分かりやすい言葉を―」

「こーれー以上!まぁだゴチャゴチャぬかしよんなら…もうあかん、最後や。灯心組とノバーノ一家、どっちかが倒れるまで戦争やぞ!わかっとんのか!おお!?女子供まで的にかけてもやるっちゅう覚悟があるんやろうな!」

 頭に血が上った演技をしつつ、目の前のテーブルを叩くと同時にその叩きつけた腕から魔力を放出する。
 無論、対面や周囲にいる人間へ物理的な被害が無い程度の放出量だ。
 だが威力がほぼ無いとはいえ、目の前で放出された魔力には人間の感覚が警鐘を鳴らすのに歯十分なもので、襲い掛かるプレッシャーで交渉人の男は口を噤む。

 ここにいるのは基本的にどいつもマフィアの人間だ。
 こうした話し合いなどというのは、実際は脅し賺しなんぞ当たり前の場でもある。
 魔力を使った威圧をすることに躊躇う理由などない。

 交渉人をはじめ、その背後に立つノバーノ一家の面々も緊張を高めているのが分かり、呼応するように俺の背後にいる灯心組の人間も剣呑な気配を濃くする。
 とはいえ、なにもいますぐ切った張ったが始まるというわけではなく、これも一つの予定調和として通過する必要のある流れだ。

「ニイさん!抑えて!(アンディさん、到着しました)」

 興奮している俺を宥めるように近付いてきた灯心組の若いのが、俺の耳にだけ聞こえる声でそう囁く。
 どうやらこうしていた間にこちらの交渉人が到着したようだ。
 俺の時間稼ぎはもう十分となり、後の交渉は本職に引き継いでもいいだろう。
 無論、ここまでの話し合いの内容もあるため、交渉人には情報の共有を図る必要はあるが。

「(わかった)…抑えるもクソもあるかいな!誰のケツを拭いとると思てんねん!おどれらが不甲斐ないからやろがい!もう知らん!後は勝手にせい!」

 キレた風を装い、灯心組の面々を押しのけるようにしてその場を後にする。
 この流れも一つの予定されていたものであり、こちら側の正式な交渉人が到着したら、それとなく俺は退場して見守るだけと決めていた。
 本来、俺が灯心組から求められているのは魔術師としての見せ札、いわば抑止力なので前に出過ぎるのもよくない。

 遅れてやって来た交渉人と入れ替わるようにしてその場を離れ、崩れかけている壁に背を預けてこっそりと安堵の息を吐く。

「仕事、終わった?」

「いや、一先ずは待機だ。なんもなけりゃこのままだが、なんかあれば俺が……ん?」

 横合いからかけられた声があまりにも馴染みのあるものだったせいで普通に答えてしまったが、よくよく考えれば今ここにいるのは少々おかしい声の主を見て、思わず目が点になる。

「お前…パーラ、ここでなにして!?まだ怪我はっ」

「アンディが灯心組の仕事を頼まれてここにいるって聞いて、会いに来たの。うん、怪我はまだ治ってないね。でも、普通に歩けてるんだからほとんど治ってるようなもんでしょ」

 動揺から半端にまくしたててしまったが、パーラには何を言わんとしているのかは伝わっているようで、しっかりと知りたいことを話してくれた。
 わざわざ俺に会いにこんなところまで来るとは、一体何の用事だろうか。
 ただ、怪我に関しては自分の体のくせに見込みが甘いと言わせてもらおう。

「腕吊ってる奴が何言ってやがる。どうみても怪我人丸出しだ。…ちょっとこっち来い。とりあえずそこ座れ」

 一先ず俺がもたれかかっていた壁の傍にあった、壊れかけではあるが形が残っている椅子をパーラに勧める。
 怪我が心配なのもそうだが、怪我人の精神衛生を考えて、マフィア同士が交渉をしている場所にあまり近付けさせない方がいいという思いやりも込めて。

「えー、別にいいよ、立ったままでも」

「いいから座れ。そんな顔色で立ったままにさせられるかよ」

 確かにパーラも自分の足で立ってはいるが、パっと見て顔色は良いとは言えないし、なにより呼吸に微かな乱れがあった。

 渋るパーラの背を押して椅子へと座らせると、不満そうな顔を見せるが、しかし腰を下ろすと同時に表情が和らいだ様子から、やはりまだまだ体調は万全とはいえないようだ。

「それで、お前なんでこんなところにいるんだ?当分は絶対安静って聞いてるぞ」

「うっ」

「うってお前、まさか…」

 最後にパーラのことをガリーに頼んだ際、意識が戻ってもしばらくは安静にさせるというのを彼女から聞いていた。
 だというのにこうして目の前に現れたのだから、その理由を問い詰めねばなるまい。

 すると案の定、分かりやすい反応が返って来た。
 人間、後ろ暗いことがあれば大抵こんなリアクションをするもので、恐らくパーラはガリーの目を誤魔化してここへやって来たのだろう。

 あれだけ責任感の強いガリーが今のパーラを一人で外へ送りだすはずもなく、だとすればこいつが一人で勝手に抜け出してきたと考える方が自然だ。

 腕一本が使い物にならず、体調も最悪だとしても、素人の隙をついて部屋を抜け出すぐらいなら今のパーラでもそう難しくはない。
 それだけの能力と技術をパーラは持ちあわせており、実行できる思い切りの良さがあるのもまた質が悪い。

「待って、違うの。私は悪くないんだって」

「悪いって自覚してる奴は大体そう言う。怪我人なんだから大人しく寝てろよ。ガリーさんが困ってるぞ、きっと」

「それは大丈夫。ちゃんと私が眠ってるように寝台は偽装してあるから」

 何故か胸を張ってそう言うパーラだが、あの部屋で出来る艤装などたかが知れているし、身の回りの世話をするガリーをいつまでも誤魔化せるとは思えない。
 どうせ布団に詰め物でもしたぐらいだろうから、少し探られただけであっさりと露見するに決まってる。

「バレたら絶対怒られるヤツだろ。なにが大丈夫なんだよ…で?何の用で来たんだ?」

「何の用って…アンディに会いに来たんだよ」

「そりゃあここにいるんだからそうだろうよ。何故来たかを知りたいんだが」

 灯心組か天地会か、そのあたりの誰かから俺の居場所でも聞いたのか、怪我が治っていない状態でわざわざやってきたぐらいだ。
 よっぽどの目的があるのかと少し身構えそうになるが、しかし同時にバツが悪そうに視線を逸らすパーラの姿でそれも和らぐ。

「んー…ほら、あれだよ。私の怪我を治してくれたお礼を言いにっていうか…」

「なんだ、そんなことか。仲間が死にかけてたら、助けるのは当たり前だろ。今更俺らの中で礼なんざいらんだろ」

「そうかもしれないけど、やっぱり死にかけたのを助けてもらったのは確かだし。だから…ありがとね」

 そう言ってこちらを見るパーラの目は、何かを堪えるような色があり、感謝の言葉こそ簡潔なものだが、そこに込められている感情は決して軽くないのが分かる。
 それだけ今回の怪我は、パーラにとって死に最も近づいた機会だったというわけだ。

「あとさ、前に娼館でケンカした時のことも謝ろうと思って」

「…ケンカ?したか?そんなの」

「え、忘れたの?ほら、アンディが私に、『男娼を買うなら俺がいない時にしろ』って言ったやつ」

「あぁ、あれか」

 言われて思い出したのは、愛のサークでの出来事だ。
 あの時、パーラが突然怒って出て行ってから顔を合わせる機会もなかったが、ペトラから受けた助言で俺の言い方も悪かったと自覚し、どこかのタイミングでちゃんと話をしようと思っていた。

 経験豊富な女のアドバイスによれば、こちらから歩み寄るのがいい男の条件だそうで、謝ることがあるのなら謝り、理解を深め、正すためにも会話を重ねた方がよいとのこと。
 その気持ちはパーラも持っているようで、こちらを探るような目で見ると、ゆっくりと口を開き、胸の内にあるものを語り出した。




 俺が娼館で働いていることへの不安に危機感、それに怪我を負う直前にはチコニアからアドバイスを受けて心境が変わったりなど、今日まで自分が抱えていた思いの変化をなぞるように吐き出す声は、徐々に熱を帯びていく。
 ただ、若さゆえの不安定な感情がちぐはぐな口ぶりを生み出しているようで、本人も整理しきれていないままに話しているのを自覚してか、どこか挙動不審な仕草もある。

 しかし、それだけ剥き出しの感情をぶつけるようにされてはこちらも何も感じないわけがなく、今日までのパーラへあった心配などを口にしながら、また感じていた不満なども明かしていく。

 互いに言いたいことはたくさんあり、正直もっと落ち着いた場所で話したかったところだが、詰まるところ、また前のような関係に戻ろうというのが俺とパーラの共通の意思だ。
 寄りを戻すといっていいのかわからないが、一時はギクシャクしていたのもパーラの怪我でうやむやになったようで、こうして話している感じだと、このやり取りの後にはいつもの俺達に戻れる気がしている。

「アンディさん、ちょっといいですか?」

 改めてパーラとの絆を確かめていたところに、無粋な声がかかる。
 声の主は灯心組の組員で、堅気とは言い難い風体ながら申し訳なさそうな顔なのは情けくもあるが、どんな用事かはすぐに分かった。

「うちのもんが証文の確認を頼みたいそうで。お願いします」

 魔術師としての腕は勿論だが、それ以外にも計算が必要とされる場面には俺が呼ばれる可能性はあった。
 なにせここにいる連中はどいつも腕っぷしはいいが教養という点では頼りない。

 唯一、交渉人が多少頭を使える程度だが、少し複雑な計算や書類のやり取りが発生したら、二重のチェックのためにも俺にお鉢が回ってくることは十分あり得た。
 専門家ほどではないが、俺もハリムの所での経験があるため、この手のやり取りや駆け引きはそれなりに経験もある。

 今回の交渉でも、本命の交渉の下準備としてある程度の文書にまとめるのは予定されており、公文書とまではいかずとも体裁を整えるには経験のある人間のチェックと助言は欠かせない。

「すぐに行く」

「頼ンます」

「…ってことで、俺はまた仕事に戻る。お前は部屋に戻れ。そんでガリーさんに叱られろ」

 呼びに来た男が戻っていくのを見届け、パーラとの話を切り上げる。
 俺はまだやることがあるし、あまりパーラをかまう暇はない。
 こいつの体調も鑑みて、とにかく帰らせた方がいいだろう。

「叱られるのはごめんだけど…わかったよ。アンディって、今日この後私の所に顔出す?」

「どうだろうな。そうしたいが、交渉が上手くまとまってもどうなるものやら」

 今の交渉において俺は主役ではないのだが、灯心組が武力として見せびらかす役割上、今日の交渉が終わったら即解放とはいかない。
 まだまだ見せ札として雇われる契約は残っているし、連絡や日程の調整のために、しばらくは灯心組の世話する場所での寝泊まりが続きそうだ。

 少し愛のサークへ顔を出すぐらいなら時間は取れるが、パーラの何かを求めるようなその顔を見るに、なるべく一緒にいられるのを欲していると分かる。
 となれば、さっさとこの仕事を終わらせてしまう方がよさそうだ。
 気を張らされる仕事はさっさと終わらせるに限る。

「まだ暫くは灯心組にやっかいになりそうだ。だからその間、お前はしっかり休んで、体の調子を戻しておけ。今は動けてるみたいだが、一度は死にかけたんだからな。じゃあ俺は仕事に戻るわ」

 この街を去る時のためにも、パーラの回復は必須であり、そのためにはベッドで大人しく静養していてもらいたい。

「あ、うん。じゃあ私も行くよ。…あのさ、ちょっと聞きたいんだけど」

 テーブルの方へと歩いていく俺に合わせ、ここを離れようと立ち上がったパーラだったが、躊躇いがちな声を出す。

「さっき少し聞こえてたあの変な言葉、あれなに?」

「変な言葉?……あぁ、あれか」

 何のことを言っているのかと思えば、ついさっきまで俺が交渉のテーブルにいた時に使ってたエセ関西弁が気になっているようだ。

 この世界で最も話者の多いとされる共通語だが、そこには各土地固有の方言や独特な言い回しなども確かに存在しており、俺がさっき使っていたエセ関西弁も似たようなのが存在している。
 日本語とはかけ離れている共通語で関西弁を再現できているのは、それだけ共通語が拡張性に優れ、かつ大量の言語のフィードバックの上に作られた扱いやすさのおかげだろう。

 いくつかは関西弁のイントネーションを交え、単語と言い回しなどもそれらしいのを組み合わせた結果、異世界にてヤクザが操るタイプの関西弁が誕生したわけだ。

 ほぼ俺のオリジナルと化したこの異世界関西弁だが、初めて接する人間の耳にはかなりの威圧感と馴染みのなさが違和感バチバチで、ノバーノ一家の交渉人をもたじろがせるだけの威力があった。
 そして同時に、パーラの興味をも引く結果となり、関西弁というのが異世界でも日本とさほど変わらずに存在感を示したとも言える。

「相手は暴力が生業の人間だからな。ぬるい話し方なんかしてら、なめられて交渉もままならん」

「それであんな…なんかよく分からない話し方したってわけ?あれでなめられないってほんとに思ってる?」

「実際、相手はたじろいでたぞ。こういうのはな、勢いと凄味があればなんとかなるんだよ」

「ふぅん…」

 マフィアを相手にするのに適した話し方というものをパーラにも理解してほしかったが、反応はイマイチで、あまり理解は得られないようだ。
 とはいえ、もう既にこの話し方でスタートしてしまっている以上、急にやめるのも何となく嫌なので、このままいくしかない。

 パーラの疑問に完璧に答えたとは言い難いが、まだ仕事がある身としてはこの辺りで話を切り上げておく。
 何かを考えるように腕を組み、動く気配のないパーラをそのままにして、俺は交渉が行われているテーブルへと向かう。
 すると俺の背後で、パーラが何かを呟くのが聞こえた。

 ―…なるほど、そういうのもあるのか…

 はっきりとは聞こえなかったが、去り際の言葉が気になり、俺は背後を振り返ってみる。
 だがパーラの姿はとっくに消えており、後には微かに上る砂埃だけが残っていた。
 怪我人のくせに去り方は忍者みたいな奴だ。

 なにやら不穏な物言いは、まるで俺のエセ関西弁にインスピレーションを得たとでも言わんばかりのリアクションだった。
 今からでも追いかけて問いただすべきか迷ったが、俺を呼ぶ声がそれを許してはくれない。

 若干後ろ髪は惹かれつつ、今は任された仕事をこなすべく、再び気持ちをヤクザモードへと切り替えて交渉のテーブルへと臨んだ。

 この時、微かに覚えた嫌な予感というやつを、俺はもっと真剣に吟味すべきだったと、後になって後悔することとなる。




 ノバーノ一家と灯心組による縄張りを巡る話し合いは、事前のものを含めて九日間にわたって行われ、それだけの時間を使ってようやく、両陣営の納得できる落としどころを作ることが出来た。
 だが、双方を完全に満足させるための交渉はまだまだ続きそうで、後はこの街の人間の仕事と割り切り、俺はお役御免となって灯心組から受けていた仕事を切り上げることに決めた。

 実際の所、武力としての俺が必要になる場面は今日までなく、元から求められていた抑止力としては十分に役立ったといえるが、今後の交渉では俺の出番はかなり少なくなるため、ここらが潮時でもある。

 灯心組からそこそこの額の報酬をもらい、一時借りていた部屋を引き払った俺は、その足で愛のサークを目指す。

 最後にパーラと会ってからしばらく経っているが、宿を移したという連絡は来ていないため、まだ娼館で厄介になっているのは確かだ。
 パーラの容態や身の回りに何かあれば連絡をくれると、エメラが配慮をしてくれていたが、今日までそう言った問題での連絡はないので、あいつも無事に大人しく過ごしていることだろう。

 ファルダイフの街は相変わらず陽が落ちてからが本番と言わんばかりの喧噪で、暗さを増した天の下でも闇などなにするものぞと、鼻息を荒くしている人達が大通りを賑やかにしている姿がよく目立つ。
 大半がカジノへと行く人の群れの中、それとは別に溢れそうな性欲を目に湛えた人達に交じって歩く俺もまた、娼館を目指すという意味では同道者と言える。

 そうして辿り着いた愛のサークでは、訪れる客を出迎えようと煌びやかな光が店の入り口から溢れ出ており、誘蛾灯のように男達を引き寄せていく光景が、この店の人気を体現していた。
 店へとやって来た客ならその光に誘われて玄関を潜るところだが、俺の目当ては娼婦ではなく奥に匿われている素人の方なので、建物の裏口へと繋がる細い脇道へと向かう。

 だが歩き出した俺の足を、館の中から響き渡った、通りまで聞こえるほどの大声が引き止めた。

 ―文句があるんやったらかかってこんかい!イモ引いてんとちゃうぞわれぇ!

 俺の耳に届いたのは、娼館という場所柄、決して場違いではない恫喝の言葉ではあったが、問題はこの世界ではまず耳にすることはないであろうレベルの汚い関西弁だという点だ。
 少なくとも今日までファルダイフの街にいて耳にしていなかったその方言が、目の前の娼館から聞こえてきたことに加え、その声の主が誰なのか容易に想像できる事実が、俺の頭に小さな頭痛を生む。

 耳になじみのある声は最早間違えようもなく、また娼館の重厚な扉や壁を貫通する勢いで通りまで音を届かせている以上、あれを言ったのはパーラで間違いはない。
 確実に魔術を使って音量を増幅させていたので、それは確かだ。

 あそこまで大声を出せるレベルで回復したことへ感動を覚えつつ、なぜあんな騒ぎ方をしているのかという疑問もまた覚え、様子を窺うべく正面玄関から館内を覗き込んでみる。
 すると、本来は娼婦が客を出迎えているはずのホールで、一人の男と女が二人、睨みあうようにして向かい合う構図が来上がっているではないか。

 睨みあう男女の内、男の方は客としてきた奴だと分かるが、問題は二人の女の方だ。
 少し怯えた様子を見せているのは、愛のサークで働く娼婦の一人で、顔に見覚えはあった。
 そして、その娼婦を庇うようにしてパーラが立っている。

 客と娼婦の間に何やらトラブルが発生し、そこへパーラが割り込んだというのは十分予想できるのだが、問題はパーラの恰好だ。
 服装こそ見慣れた普段着だが、顔はサングラスをかけてあり、髪型もオールバックにしたのを後ろでまとめるという、前にノバーノ一家と灯心組の交渉の席での俺の恰好を意識しているとしか思えない。

 その上であの言葉遣いだ。
 あいつがおかしな行動をする時には少なからず俺が原因にあるため、あの時の俺を真似をしているというのは容易に想像がつく。

 パーラの様子を見ると、どうも今は娼館の用心棒として不埒な客から娼婦を守ろうとしているように思える。
 大人しくベッドで横になってろと今すぐに叱りたいところだが、どうせパーラのことだからジっとしているのに耐えられずに用心棒としての仕事を買って出たといったところだろう。

 ただ、高級娼館であるここに荒事対策とはいえあんなのが対応するのはどうなのかと思っていると、慌てた様子のエメラがホールへと姿を見せた。

「よしなパーラ!あんた、その変な態度で客に応じるのはやめろって何回言わせんだい!?」

 どうやらエメラはパーラのエセヤクザスタイルをよくは思っていないようで、叱りつけるように鋭い声をかけている姿には俺も安堵を覚える。
 ある意味では性サービスの暴力装置に相応しいとはいえ、流石に異世界にあんなキャラクターがいるのは見るに堪えない。
 ちゃんとあれをダメと言ってくれるエメラの良識には脱帽だ。

「せやかて姐さん!この商売、堅気に舐められたら終いやで!」

 そんなエメラに反論するパーラだが、しかし奇妙なことに俺が話したのを少ししか聞いていないはずのエセ関西弁をパーラは使いこなしていやがる。
 僅かな情報から、ほぼ間違いのない運用方法を身に着ける対応力の高さには舌を巻くが、惜しむらくはその方向性がアホだったという点か。

「いいから、その変な言葉遣いで客を混乱させるんじゃないよ!とにかくあんたは引っ込みな!」

 エメラもパーラの普通ではない対応の仕方には困っているのか、客の前だというのに焦りを隠すこともせずに追い払うようにしてパーラの背中を押している。
 どうもあの様子だと、パーラがエセ関西弁で客に応対したのもこれが初めてではないようで、周りにいる娼婦達も呆れた様子だ。

 ホールに漂う空気も混乱の色が濃く、パーラの存在が迷惑をかけているというのは現状を深く知らない俺でも理解した。
 流石に身内が迷惑をかけているのを見過ごすことは出来ないので、そろそろ俺が現場に介入してパーラを引き取るべきだろう。

 その際、パーラを大人しくさせるためにも、拳骨を使わざるを得ない。
 あれもここの世話になっているのは分かっているため、役に立とうとしているのは何となくわかる。
 とはいえ、館主を困らせる行動を取っているとなれば、多少のお仕置きもやむを得ない。
 一つの通過儀礼のようなものとして、俺の拳も甘んじて受け入れてもらおう。
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