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孫子曰く、『ブリーチングは全てを解決する』

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 ゴチリという重い手応えに次いで、辺りには人体が殴打される音が響き渡る。
 決して体重の軽いとは言えない大人の男が、重さを感じさせない軽やかさで宙を滑りながら壁にその身を叩きつけられた。

 一瞬、壁に張り付けられたようだった男の体は、しかし重力に逆らうことは出来ずに地面へ落ちると、先に倒れ伏していた他の仲間と共に力なく倒れ込んだ。
 これで遭遇した七名全員の意識を刈り取ったことになり、この場にいる俺以外の人間を全て黙らせたところで、体から力を抜いて戦闘態勢を解く。

 ここに倒れている連中は、どいつもヒリガシニの末端の構成員だ。
 先程、なるべく穏便に話しかけて接触したのだが、少し会話をしただけですぐに殴りかかってきたあたり、まともな人種とは言えない。
 世紀末も真っ青なモラルの無さだ。

 二人昏倒させたところで向こうからヒリガシニの名前を口にしたため、命を奪わない範囲で手加減なくやらせてもらった。

 いずれも見た目での年齢は十代後半から二十代そこらといったところで、比較的若い人間が新興宗教に取り込まれているのは嘆かわしいが、それだけいい条件での勧誘でもされたのだろう。
 兵隊にはイキのいいのが必要だからな。

 ただ、正直兵としての質はいいとはいえず、チンピラに毛が生えた程度というお粗末な強さには、魔術を一ミリとて使うまでもなかったほどだ。
 末端の構成員とはいえ、この程度の人員を抱えているヒリガシニという組織は、天地会に喧嘩を売るには少し早かったのではないか?

 もっとも、これを基準にして組織の戦力を見誤るのはまずいので、ピンキリの内のキリの方に当たったと思おう。

「さて…と」

 遭遇から制圧、ここまではスムーズにいけたが、問題はこの後だ。
 俺の目的はこの下っ端構成員を叩きのめすことではなく、ヒリガシニが雇ったと思われる暗殺者に関しての情報を手に入れることだ。

 気絶している人間を一人一人壁際へもたれかからせて、なるべく表通りからは目立たないようにする。

 人が行き交う通りから外れたこの裏路地は、ファルダイフという街の影を正しく体現していた。
 片づける人がいないのか道の端にはあからさまにゴミが放置されており、普通の人間がやってくることはほとんどないのだろう。
 ただ、決して他の場所から隔絶されているわけでもないので、絶対に誰も来ないという保証はない。

 これから俺がするのは、他人から見るとちょっと悪い印象を抱きかねない尋問というやつなので、できるだけ良い子には見せられないよ。
 もしも誰かに通報でもされたら、俺は一目散に逃げだす。

「おい、起きろ。おら」

 気絶しているうちの一人を適当に選び、意識のない顔を軽く叩いて覚醒を促す。
 こいつは一番最初に気絶させた奴だけに、もうすぐ起きてもおかしくはない程度に気絶の深度は浅くなっているはず。

「う…ぁ、て、てめぇ!?」

 すると何度かの殴打の果てに、意識を取り戻した男のぼんやりとした目が俺へと焦点が合う。
 まだ状況を把握しきれてはいなかった頭が、俺の顔を見たことで一気に覚醒されたようで、今にも殴り掛かってきそうな勢いで体を起こした。

「動くな。こちらの質問に大人しく答えれば、すぐには殺しはしない。…そっちのお仲間もまだ生きてるから、安心しろ」

 気絶から目覚めたばかりで万全の体調とは言えないながら、すぐさま身の回りに武器を探したガッツは大したものだが、俺が手にしていた剣で男の首元を軽く叩くと大人しくなった。
 その際、隣に並べられるようにして置かれた意識のない仲間達の姿に、一瞬肩を大きく跳ね上げさせたが、一応死んではいないということを伝えておく。

「くそが!剣をどけやがれ!こんなことしやがって、後悔するぞ!」

「生憎、覚悟の上だ。それより、あんたにはいくつか聞きたいことがあるんだが…」

「俺達を誰だか分かって手を出したんだろうな?このままだとただじゃ済まねぇぞ!へっ、びびったか?今すぐ俺達を解放すれば、命だけは助けてやる」

 今すぐに命は取られないと分かったからか、男は一瞬前の怯えた顔から一転して、俺を凄みのある顔で睨みつけてくる。
 この状況でこういう態度をすぐに見せれるあたり、男の肝は意外と太いようだ。

 ただ、この状態では聞き取りもスムーズにはいきそうにないので、まずは男の心を挫かなければならなそうだ。
 平和主義の俺としてはあまり荒っぽいことは好きではないんだが、仕方ない。

「どこのもんだか知らねぇが、俺達には―「ふんっ!」ぐべぇ!?」

 なおも脅すようなことを口にする男の顔面中央を思いっきり殴る。
 それも一度ではなく、二度三度と大体同じ個所を狙ってだ。

 突然の殴打に男は最初こそ悲鳴を上げたが、次の一撃からは言葉を発することも出来なくなる。
 傷みもそうだが、鼻を折るつもりの勢いで殴られることによって、顔全体がショックで痺れているような状態になっていることだろう。

 派手に噴き出た鼻血で汚れた拳を払い、滴る血を地面に落としたところで、あらためて男と正面から目を合わせてみる。
 すると先程の威勢のよさから一転、怯えた顔に変わっていた。
 自分の命を握っている人間に、ああもいきなり顔面を殴られれば無理もないが。

「俺としてはおしゃべりなのはありがたいが、今は無駄な会話をする気にはなれなくてね。とりあえず、俺の聞いたことにだけ答えてもらおう」

 再び男の顔の前に拳を近づけ、誠心誠意お願いをすると男はぎこちない動きだがしっかりと首を縦に振ってくれた。
 これで先程のような脅しだけしか口にしない壊れたスピーカーから、対話が出来るAI程度にまで男の価値はレベルアップしたわけだ。

 聞くこととしてはまず一つ、パーラを襲った暗殺者についてだが、これに関しては正直あまり期待してはいない。
 暗殺者を雇ったという情報を下っ端にわざわざ伝える可能性は低く、仮に知っていたとしても大した情報は与えられていないはずだ。
 俺としてはこいつらを足掛かりに、ヒリガシニ上層部までわらしべ長者的に辿っていくつもりでいる。

 そこのところを踏まえ、一応の形としてヒリガシニが雇った暗殺者について男に尋ねてみるが、予想通りに知らないという答えが返って来た。

「本当に知らないのか?嘘を言うとためにならんぞ?」

「う、嘘じゃねぇ!暗殺者なんざ、これっぽちも耳にしたことなんかねぇよ!」

 しらを切っている可能性も考え、剣をチラつかせながら確認してみたが、特にとぼけているというのはなさそうだ。
 まぁこの状態で口を閉ざすのなら大した忠誠心だと褒めていたが、怯えた顔でこう言っているあたり、所詮末端の構成員といったところか。

「…なら次の質問だ。仮にお前らの組織が暗殺者を雇っていたとしてだ、それを決定できるだけの地位にある人間となると誰になる?名前とか居場所とか、そういうのを教えてもらいたいんだがね」

「知るか!」

 今度の知らないという言い方は先程と違った印象で、俺が知りたい人間に心当たりはあるが、言うつもりはないという意志を感じる。
 そこにある感情からして義理や人情などではなく、単純に仲間を売った際の報復を恐れているだけだろう。

「そうか、ならいい。口がきけるのはあと三人いるし、次はそっちに尋ねてみるよ。ご苦労さん、もう用済みだよ、あんた」

「ま、待て!分かった言う!言うから命だけはっ…」

 男の首に剣を宛がいながら冷めた目で睨みつけてやると、急に態度は変わる。
 実際に命までは取るつもりはないが、俺の心の中など知らない男にはかなりの劇薬だったらしい。
 四人もいるうちの一人でも口を割ったら…と、自分が意地を張ることの無意味さも理解したのだろう。
 すぐにそこに思い至るというのに、反射的に抵抗しようとするチンピラ相応の思考は哀れに思える。

「その暗殺者どうのってのは分からん!本当だ!ただ、俺らのまとめ役をやってる人なら、何か知ってるかもしれねぇ!」

 先程の仲間を庇うような態度はどこに行ったのか、一転して口が滑らかになった男が言うには、こいつらには上役のような者がいて、暗殺者のことを聞くならそいつを当たれというわけだ。
 これだ、この情報が欲しかった。

「そのまとめ役とやらはどこにいる?叶うなら、お前がここに呼び寄せてくれれば、こっちの手間が省けるんだが?」

「…俺が呼んでも来るかよ。俺らは指示を受けるためにたまに呼ばれるが、それだって頻繁とは言えねぇ。直接会うのは簡単な話じゃない。以前に呼ばれてもいねぇのに会おうとして、ボコボコにノされたって奴もいたぐらいだ」

 こいつらのような実行部隊は簡単に接触できるが、指示役となる人間…恐らくは組織の中でもそこそこの地位にいる者となれば、その姿を拝むことも簡単ではないらしい。
 だが、指示を受けるために会うというのなら、そこへ赴けばより情報を持った人間に俺も会えるということだ。

 その場所を男に尋ねると、ファルダイフのとあるエリアを口にした。
 そこは港の近くにある倉庫街と呼べる場所で、明るいうちは賑わっているが、夜になると人影がまるでなくなるという、後ろ暗い人間が拠点を構えるにはうってつけだろう。

 倉庫街にいくつかある建物の内、黄色い屋根が三つ連なる倉庫へ指示を受けるためにこいつらは足を運ぶことがあり、そこで初めてまとめ役の一人と面通しをしたそうだ。

「ということは、お前らの活動拠点ってことか?随分とあっさりとバラすんだな」

「どうせあそこは使い捨ての塒の一つさ。なんかあれば俺達ごと切り捨てるだけのことよ」

 なるほど、末端の人間が知ることのできる拠点はあくまでも枝葉の一つに過ぎず、本部と言えるものは簡単に分かるようにはしていないか。

 何かあった時に切り捨てるということは、末端の人間を信じてもいないということでもある。
 実際、こうしてちょっと脅したらあっさりと話しているのだから、その危惧は正しい。
 連中、頭のおかしい狂信者の集まりかと思いきや、意外とそういう所はちゃんと考えているようだ。

「そうすると、俺が今からそこに行ったとして、件の人間には出会えるもんなのか?使い捨ての塒ってことなら、そんな所に常駐はしないだろ」

「ちっ、てめぇにやられなきゃ、俺達は今日これからそこに顔を出す予定だったんだよ。だから、今ならそこにいけば会えるかもな」

 男の言うことが嘘でないなら、どうやら俺はいいタイミングでこいつらを襲撃できたらしい。

「それはいい事を聞けた。早速行ってみることにしよう」

「そうかい、ならさっさと俺の前から消えてくれ。ただあんた、あの人らに会いにいくなら覚悟しろよ?俺達と違ってあっちの人らは化け物揃いだ。せいぜい命乞いの言葉でも考えておくんだな」

 俺がここから去ると知って気が大きくなったのか、男がたたいた減らず口が気になった。
 どうやら俺がこれから行く場所には、この男達が化け物と恐れるぐらいには強い奴がいるらしく、俺が殺される未来を想像して、目の前の男は愉悦に顔を歪めている。

 正直、大して本気でもない俺の一撃で簡単に倒れる程度のチンピラから見た化け物レベルというのは、誇大広告もいいところだと思えてならない。
 しかし、少なくともこいつらよりは強いのが複数人いるとすれば、一応警戒はしておくか。
 可能性として、冒険者や傭兵から道を外れた腕利きがヒリガシニについているという可能性もなくはないしな。

「あ、そうそう。最後にもう一つ聞かせてくれ。結局ヒリガシニってのはなんなんだ?よく分からん集団だとしか、俺は認識してないんだが」

 聞きたい情報も得たし、ここでの用は済んだと次の行動に移ろうとしたのだが、ふとヒリガシニに関して目の前の男に尋ねてみたくなった。
 俺はこのヒリガシニという集団に関して、チコニアから聞いた話以外はよく知らない。
 なんとなくこいつらの教義や目的といったものが気になり、戯れも込めた最後の質問としてその辺りを聞き出しておく。

「あん?…おいまさかてめぇ、ヒリガシニをよく知らねぇで俺達に喧嘩売ってんのかよ!?頭イカれてんのか!?」

 今更ヒリガシニの事を聞かれたのがかなりショックだったのか、声を裏返らせてまでそう言われてしまった。
 散々脅して殴りつけておいて、自分達のことをよく知らないとの言いざまは、よく考えるとかなりのものだ。

「イカれてるとはひどいな。こっちとしては、身内がやられたからやり返してるだけだ。むしろ、こうなった今でもあんたらのことを理解しようとしている俺の勤勉さを汲んで欲しいもんだがね」

 我ながら随分な言い様だとは思うが、パーラを傷つけられている以上、ヒリガシニに友好的に接するつもりははなからない。
 連中の情報を知りたいのも、敵に関して無知でいることの危険に対しての真っ当な対応だ。

 半グレの道を選んだこの男に、俺のこの言葉がどのように受け取られたかわからないが、やられたらやり返す、そんな世界に身を置いている以上、俺の感覚は一応理解できるらしい。
 もっとも、睨みつけてはするがそれ以上文句を言わないのは、未だ命を俺に握られていることを理解しているからだろう。

 そんな男が語り出すヒリガシニに関してだが、基本的に下っ端である以上、大した情報はない。
 とはいえ、組織に属している人間だけあって、チコニアから聞いたのとは視点の違うものがあった。

 ヒリガシニというのは、やはり新興の宗教団体であるのは間違いなく、数年前にソーマルガ皇国南東地域で発生したのが元となっており、ファルダイフへと布教の場を移したのははごく最近になってからだ。
 政治的な騒乱もなく、人心が乱れるような災害もなく安定している今のソーマルガ皇国で生まれた宗教となれば、どれだけ甘く見ても営利目的であるとしか俺には思えない。

 なぜファルダイフに食指を伸ばしたのかは目の前の男には分からないようだが、恐らく資金集めのために金の動きが激しい場所を選んだと思われる。
 ギャンブルが街の経済を回していると言っても過言ではない場所だけあって、ハイリスクハイリターンだが上手くやれば小規模の組織が急成長する下地は作れるはずだ。

 組織のトップはアルメンという男で、自らを神の代弁者と名乗っており、その神の名前がヒリガシニと言い、それがそのまま組織の名前に冠されているわけだ。

 宗教の体をとってはいるが、特にこれといった教義はないらしく、活動資金を稼ぐのと勢力拡大のためならあらゆることが許されるといった、なんとも頭の悪い宗教団体を地で行く組織のようだ。
 これだけ聞くとただのヤクザとしか思えず、どこが宗教団体なのかと首を傾げたくなるが、本人達が神の名前を持ち出している以上、宗教団体と呼ぶしかないのだろう。

 さてもさても、ヒリガシニという組織についての情報となると、目の前の男程度の地位ではこの程度までとなる。
 なにせ気絶しているのも含めたこいつらは、敬虔な信者というわけではなく、ただ面白おかしく生きようとしてヒリガシニへ加わったというタイプの人間だ。
 特別腕っぷしがいいわけでもない者に、組織として重要な情報が渡されるわけがない。

「ふむ、十分とは言えないが、幾分か情報を補うことは出来た。礼を言おう。あとはゆっくり休んでくれ」

「おい待っ…!」

 完全にもう用済みとなった男の顎を蹴り上げ、その意識を奪う。
 なにやら俺を制止する声を上げかけていたが、恐らく殺されるとでも思ったのだろう。
 ここまでの俺の男へ対する行動を鑑みれば、動き一つとってもちょっと脅しが効いていたこともあって、誤解をさせてしまったのかもしれない。

 俺としては別にこいつらの命などどうでもいいのだが、だからこそわざわざ殺す価値もない程度の存在だ。
 拘束したまま路地裏に放っておいても構わんが、日中の暑さの中でそれをすると死んでしまいかねない。
 せっかく殺らずにいてやったのに、熱中症で死んでしまっては俺の慈愛が勿体ない。

 それに見たところ、今日まで天地会へ嫌がらせをしていた罪はあると思うので、天地会の人間に身柄を預けた方がこっちの手間もかからず都合がいい。

 気絶している男達を縛り上げ、路地裏の陰に放置したまま、俺は近くの天地会系列の店へと向かう。
 チコニアからは天地会の助力を半ば約束されてはいるが、今の時点で系列店にまでその話が行っているかはまだ分からない。
 ただ、ヒリガシニの構成員を捕縛したことを伝えれば、たとえチコニアからの連絡が来ていなくとも応対してくれるはず。
 嫌がらせを受けている天地会としては、末端とはいえ敵組織の構成員が手に入るのなら色々な使い道がありそうだ。

 さっさと片付けて、ヒリガシニの幹部がいるであろう倉庫街へと向かうとしよう。




 ファルダイフの倉庫街の一角。
 黄色い屋根が三つ連なる古びた建物は、今の時間でも周りの倉庫に比べて活気がなく、人や物資が出入りするはずの正面扉が板木で厳重に封鎖されているのも相まって、一見すると廃屋と見紛う趣だ。
 外見から人が気に掛ける要素も希薄なおかげで、後ろ暗い連中のアジトとするには適しているとも言える。

 ただ、そこがヒリガシニの塒だと知っている俺から見ると、最低限空き家の管理をしているとは言い難い程度に手が加えられているのが分かり、よく観察すると人が出入りした痕跡も見つけることが出来た。
 普通の壁に偽装されているが、恐らくそこがこの建物の中へと繋がる玄関なのだろう。

 とはいえ、見た限りでは壁に分かりやすい切れ目やノブといったものは見当たらず、普通ならそこから建物に入れるなどとは思わない。
 何らかの合図か手順であの壁が出入り口へと変わると俺は睨んでいるが、その手順を先程ノした連中から聞き出さなかったのが悔やまれる。
 少し勇み足だったかと後悔しつつ、来てしまったものは仕方ないと気持ちを切り替える。

 目当ての建物に人の出入りがあるとわかったのだから、とにかく中へ入ってみるのみだ。
 出入口はああだが、何もお行儀よく正面から乗り込む必要はない。

 孫子曰く、『ブリーチングは全てを解決する』とある。
 正規の出入り口が使えないのなら、壁をぶち破って入り口を作ってしまえばいい。
 幸い、目の前の建物の壁は白壁ではあるが劣化は見られるし、近付いて軽く叩いてみれば厚さもさほどではないのは何となくわかる。

 ブリーチングに適した箇所へ目星をつけ、可変籠手を打撃重視の形に変えると、全身に魔力を漲らせて増した膂力を乗せて思いっきり壁を叩いた。
 すると轟音と共に壁に穴が生み出され、その向こうに広がる空間へと破片が飛び散っていく。

「いてぇっ…!?」

「なんだ!?がっ…」

 折よくそこにはヒリガシニのちょっと偉い人間達が屯していたようで、俺が生み出した破壊の残滓がそいつらへと襲い掛かって多少の怪我を負わせたらしい。

 まさかアジトの壁を吹っ飛ばして侵入してくる者がいるとは思っていなかったのか、動揺と驚愕で碌な迎撃態勢を取れない気持ちは察するが、俺にとってはいい隙にしかならない。
 壁を破壊したのとほぼ同時に、俺の体は建物の中へと突入を終えており、室内にいる人間の数をザっと数えてから、手近な人間を殴りつけていく。

 突然のことでまともに動きを見せない人間を倒すのは楽なものだが、中には俺の攻撃を防いで応戦してくる人間もいた。
 なるほど、先程路地裏で倒した下っ端よりも腕は立つようだが、それでも俺にとっては敵にはならない。
 一撃を凌いでも二撃目であっさりと意識を刈られる程度のその強さは、冒険者で言えばせいぜい黒級の上位かそこらといったところか。

 チンピラにしてみれば化け物染みた強さでも、俺からすれば魔術を使うまでもない程度だ。
 突入から二分も経たず、室内にいた十名弱は軒並み意識を失って地面に倒れ伏した。
 こいつらは貴重な情報源なので、いずれも命は奪っていない。

 ヒリガシニという組織から見れば、こいつらは恐らく中間管理職にあたるはずだ。
 先程の下っ端よりはまともな情報を持っているに違いないので、目当ての暗殺者に関するのもここで知ることが出来るといいのだが。

 まぁこいつらもそれに関しては知らないという可能性はある。
 だが俺としては別にそれでもよく、ここからさらに知っている偉い地位の人間がいる場所を聞き出せばいいだけだ。
 先程の繰り返しになるが、気絶している人間をまずは残らず拘束し、その内の一人を選んで覚醒させるべく、ペチペチと頬を叩いていく。

 きっとこいつらも、先程の下っ端と同じリアクションをするだろうから、同じことを繰り返すのは正直億劫ではある。
 だがこう言うのは地道な積み重ねが大事なので、腐らずに臨むしかない。

 下っ端と違って口が堅いというパターンも考え、何か精神的にも肉体的にも口が滑りやすくなる手もいくつか用意しておいた方がいいだろう。
 俺の趣味ではないが、最悪こいつらのケツに何かをぶっ刺されるぐらいは覚悟してもらおうか。

 オムツありきの生活を送りたい人間なんて、そうはいないよな?
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