コオロギ

幻中六花

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俺が転生だと……?

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 ──ん……。
 朝、友詞が目を覚ますと、いつもの朝とは何かが違うような違和感を覚えた。
 ──あぁ……。俺は昨日、明日架に振られたんだっけ……。
 いつもなら隣にいるはずの明日架がいない。それがこの違和感の原因なのか。


 ──違う。何かが違う。隣に明日架がいないだけではない。周りの世界がやけに大きいような……。

 友詞は、酒が抜け切らない頭を抱え……抱えて……かか……。
「リ……!」

 友詞は、自分の身体の異変に気づいた。抜け切っていなかった酒は、一瞬にして抜けた。
 頭の先から冷たくなっていく感覚。青ざめていく感覚。自分の頭を抱えることができない手。思うように言葉が出ない喉。

 ──どうなっているんだ……!?

 友詞は布団から這い出て、鏡の前に向かった。歩いて向かおうと思ったけれど、それには周りの世界が大きすぎて、鏡の前にたどり着くのに何時間かかるかわからなかった。まるで不思議の国のアリスにでもなったような気分だ。
 けれど、友詞の背中には羽根が生えていた。動かしてみたけれど、飛ぶことはできなかった。まったく、何のための羽根なんだよっ……!

 その代わり、立派な脚で跳躍することはできたので、友詞は跳躍して鏡の前に向かった。

 ──え……?

 鏡には、友詞の顔は写っていなかった。友詞が目にした自分の姿は、

 ……なんと虫の姿だった。

 明日架に振られて多めに酒を飲んで無理やり寝て、起きたら虫に転生していたということになる。いったい何故……。

「リ」

 友詞は先ほどから動揺が隠しきれず、独り言が多くなっていた。しかし、そのすべての言葉は「人語じんご」ではなく、虫の鳴き声となっていることに気づく。

「リンリンリリリ」
 少し見た目はグロいが、この鳴き声と姿はコオロギだ。羽根があっても飛ぶ必要がなくなったことで飛べなくなった虫、コオロギだ。

 友詞も昔は活発な男の子だったため、虫取り網で虫を捕まえて遊ぶ夏を過ごしたことがある。いずれにせよ、人間に捕まって殺虫剤なんかを撒かれた日には、友詞の命はひとたまりもない。人間で一生過ごすよりも、明らかに寿命が縮んでしまった。

 ──俺は人間なんだって……!
「リーリンリルラ」

 どう頑張っても人の言葉は話せない。
 ──でも、ちょっと待てよ。

 友詞はコオロギの鳴き声が見た目にそぐわず綺麗なことに気づいた。
「リンリンリリリ」
 ──これは、チャンスかもしれない。
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