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「今日、リュシラを抱いたこと、ヨルハには内緒な」
ひとしきり交わったあとに、ベッドの中でラギードが言った。彼の逞しい腕に抱かれてまどろむ。けれど、僕が欲しい腕はこれじゃない。小麦色に焼けた肌で、すらりと伸びて、それでいて程よく筋肉がついたあの腕だ。
「……ヨルハはラギード様が誰を抱くか、気にするんですか?」
「誰を抱くかっていうか、リュシラを抱くかどうか、かな」
嬉しく思ってしまう。どれだけ禁じても、心だけは偽れない。ヨルハに気にかけてもらえていることが嬉しくてたまらないのだ。こんな気持ちでウェザリテが務まるわけがないのに、僕は本当にどうかしている。
「ここに来てたってことがアイツにばれると、リュシラを抱いたわけじゃないでしょうね、なんて言って睨まれるんだ」
「そう……なんですね」
「ヨルハに遠慮して、リュシラにはもう触らないほうが良いかなぁ、とも思うんだけどなぁ。ロファジメアンには可愛いウェテがたくさんいるけど、やっぱりウェザリテが一番なんだよ」
あまり嬉しくはないけれど一応、有難うございます、と感謝を伝えておく。何故僕がウェザリテなのか、僕にはよく分からない。僕は性技に秀でているわけでもないし、愛想もよくない。もっと相応しいウェテがたくさんいるというのに。
「あの……不躾なことをお尋ねしても良いですか」
「うん? なんでもどうぞ」
「……ヨルハは、五回の初会を果たすのに、どれだけの……お金を使ったんでしょうか」
「そうだなぁ、あいつの給料で言うと……七か月、いや、八か月分くらい、かな?」
「……そんなに、ですか」
たった五回で八か月分。あまりに暴利だ。そもそも、娼館というのは金を貪り取る場所ではあるけれど、ヨルハがその被害者になると途端に憤りを感じた。
「そりゃそうだ。テシィダバル随一の娼館、ロファジメアンのウェザリテに手を出そうってんだから、相当の軍資金は必要になる」
ラギードの手が僕の髪を一房摘まみ上げた。銀の絹と褒められることが多いそれに、唇をつける。彼は俺の髪が好きなようだった。
「俺は、一応貴族の出でね、そういうわけで使い切れないほど財産を持ってる。そんで、今の危険な仕事が性に合ってるから悲しませるような家族は作らないって決めてるんだ。だからこそ、こうして湯水のごとくリュシラに貢げる」
羽振りの良さの理由を知った。テシィダバルには貴族と呼ばれる特権階級の人間がざらにいるのだが、まさかラギードもその一員だったとは。
「ヨルハも、いい感じでそういう金づるを掴めそうだから、リュシラに貢げるようになるかもな」
「金づる……?」
「前にちょっと言っただろ、貴族の令嬢と婚約ってやつ。あれ、あいつはあり得ないみたいなこと言ってたけど、割と本気で話が進んでるっぽいんだよね。貴族の方は、力のある軍人を婿に迎えて、軍閥の中で力を誇示したいって感じだし、それを利用してヨルハは金をありったけ引き出せば、どっちにとっても良い結果だ」
ヨルハの婚約。思い出したくない記憶が蘇ってきた。そういえば、そんなことを以前、初会でラギードが言っていたような気がする。話は、真剣みを帯びているようだ。本気にするな、というようなことをヨルハは言っていたけれど、殆ど確定している話のように思える。
「俺は、穴兄弟が増えても気にしない派だから、ヨルハが貴族の仲間入りして、リュシラに貢ぐってのは良い案だと思うよ」
「でも……そんなこと、婚約される方が……そんなことを許すんですか」
「大丈夫だと思うけどね。貴族なんて、政略結婚ばっかりで、愛人がいるのが当然みたいなもんだから」
「そういうもの……なのですか」
「そういうもんだよ。でも……まぁ、ご令嬢っていうのがヨルハに一目惚れしたって噂があるから、もしかしたら……嫌がるかもだけど」
ヨルハは、愛されている。貴族の令嬢などという、格別な存在に愛されている。僕の愛など不要なこどに。彼が僕を求める必要などないほどに。
「あの外見じゃ、女に困ることはないだろうなぁ。羨ましくて、腹が立つ」
ラギードの言葉が僕の胸に突き刺さる。
そうだ。ヨルハは格好良いし、強い。誰もが彼に好意を抱く。引く手あまただろうに。男にだって、女にだって。彼は愛される。僕じゃなくていい。僕じゃなくてもいいんだ。むしろ、穢れ切った僕などよりも、もっと純潔で美しい人を愛するべきだ。
どう考えたって、僕の存在はヨルハの輝かしい未来の中で汚点にしかならない。
彼がテシィダバルへの復讐心を克服出来て、テシィダバルの軍人として生きることを決めたなら、娼館通いなんてやめるべきなのだ。僕のことは忘れて、明るい道を歩いて行って欲しい。その願いがヨルハに届くことを心の底から祈っている。
僕の日々は、灰色に染まって過ぎていく。
男と食事をし、酌をし、ベッドに倒され、唇を貪られ、強く抱かれる。毎日毎日その繰り返し。代り映えはしない。今がいつなのかも分からなくなっていく。生きているのを実感しない日々だった。
部屋から見える夜景は、どこにも娼館の明かりがあって、見下ろせば男にしな垂れかかるウェテたちが見える。この景色だって代り映えがない。先のない袋小路の世界。僕はもう、ここでしか生きていけない。ここから放り出されても、行く場所など、どこにもない。
「ウェザリテ、ヨルハ様がいらっしゃっています」
ウォドスが僕を呼ぶ。五回の初会を経て、ヨルハが僕の馴染みとなった。ヨルハは僕を中部屋に連れ込むことが出来る。そして、中部屋に通したなら本部屋にだって。
僕は、ヨルハに抱いてもらえる。でも、僕はそれでいいのだろうか。自分の欲望のままに、彼に抱かれて良いのだろうか。
愛している。
ヨルハを、深く愛している。だからこそ僕は、ヨルハに愛されてはいけない。
「……今日は、会いたくないと……伝えてください」
ひとしきり交わったあとに、ベッドの中でラギードが言った。彼の逞しい腕に抱かれてまどろむ。けれど、僕が欲しい腕はこれじゃない。小麦色に焼けた肌で、すらりと伸びて、それでいて程よく筋肉がついたあの腕だ。
「……ヨルハはラギード様が誰を抱くか、気にするんですか?」
「誰を抱くかっていうか、リュシラを抱くかどうか、かな」
嬉しく思ってしまう。どれだけ禁じても、心だけは偽れない。ヨルハに気にかけてもらえていることが嬉しくてたまらないのだ。こんな気持ちでウェザリテが務まるわけがないのに、僕は本当にどうかしている。
「ここに来てたってことがアイツにばれると、リュシラを抱いたわけじゃないでしょうね、なんて言って睨まれるんだ」
「そう……なんですね」
「ヨルハに遠慮して、リュシラにはもう触らないほうが良いかなぁ、とも思うんだけどなぁ。ロファジメアンには可愛いウェテがたくさんいるけど、やっぱりウェザリテが一番なんだよ」
あまり嬉しくはないけれど一応、有難うございます、と感謝を伝えておく。何故僕がウェザリテなのか、僕にはよく分からない。僕は性技に秀でているわけでもないし、愛想もよくない。もっと相応しいウェテがたくさんいるというのに。
「あの……不躾なことをお尋ねしても良いですか」
「うん? なんでもどうぞ」
「……ヨルハは、五回の初会を果たすのに、どれだけの……お金を使ったんでしょうか」
「そうだなぁ、あいつの給料で言うと……七か月、いや、八か月分くらい、かな?」
「……そんなに、ですか」
たった五回で八か月分。あまりに暴利だ。そもそも、娼館というのは金を貪り取る場所ではあるけれど、ヨルハがその被害者になると途端に憤りを感じた。
「そりゃそうだ。テシィダバル随一の娼館、ロファジメアンのウェザリテに手を出そうってんだから、相当の軍資金は必要になる」
ラギードの手が僕の髪を一房摘まみ上げた。銀の絹と褒められることが多いそれに、唇をつける。彼は俺の髪が好きなようだった。
「俺は、一応貴族の出でね、そういうわけで使い切れないほど財産を持ってる。そんで、今の危険な仕事が性に合ってるから悲しませるような家族は作らないって決めてるんだ。だからこそ、こうして湯水のごとくリュシラに貢げる」
羽振りの良さの理由を知った。テシィダバルには貴族と呼ばれる特権階級の人間がざらにいるのだが、まさかラギードもその一員だったとは。
「ヨルハも、いい感じでそういう金づるを掴めそうだから、リュシラに貢げるようになるかもな」
「金づる……?」
「前にちょっと言っただろ、貴族の令嬢と婚約ってやつ。あれ、あいつはあり得ないみたいなこと言ってたけど、割と本気で話が進んでるっぽいんだよね。貴族の方は、力のある軍人を婿に迎えて、軍閥の中で力を誇示したいって感じだし、それを利用してヨルハは金をありったけ引き出せば、どっちにとっても良い結果だ」
ヨルハの婚約。思い出したくない記憶が蘇ってきた。そういえば、そんなことを以前、初会でラギードが言っていたような気がする。話は、真剣みを帯びているようだ。本気にするな、というようなことをヨルハは言っていたけれど、殆ど確定している話のように思える。
「俺は、穴兄弟が増えても気にしない派だから、ヨルハが貴族の仲間入りして、リュシラに貢ぐってのは良い案だと思うよ」
「でも……そんなこと、婚約される方が……そんなことを許すんですか」
「大丈夫だと思うけどね。貴族なんて、政略結婚ばっかりで、愛人がいるのが当然みたいなもんだから」
「そういうもの……なのですか」
「そういうもんだよ。でも……まぁ、ご令嬢っていうのがヨルハに一目惚れしたって噂があるから、もしかしたら……嫌がるかもだけど」
ヨルハは、愛されている。貴族の令嬢などという、格別な存在に愛されている。僕の愛など不要なこどに。彼が僕を求める必要などないほどに。
「あの外見じゃ、女に困ることはないだろうなぁ。羨ましくて、腹が立つ」
ラギードの言葉が僕の胸に突き刺さる。
そうだ。ヨルハは格好良いし、強い。誰もが彼に好意を抱く。引く手あまただろうに。男にだって、女にだって。彼は愛される。僕じゃなくていい。僕じゃなくてもいいんだ。むしろ、穢れ切った僕などよりも、もっと純潔で美しい人を愛するべきだ。
どう考えたって、僕の存在はヨルハの輝かしい未来の中で汚点にしかならない。
彼がテシィダバルへの復讐心を克服出来て、テシィダバルの軍人として生きることを決めたなら、娼館通いなんてやめるべきなのだ。僕のことは忘れて、明るい道を歩いて行って欲しい。その願いがヨルハに届くことを心の底から祈っている。
僕の日々は、灰色に染まって過ぎていく。
男と食事をし、酌をし、ベッドに倒され、唇を貪られ、強く抱かれる。毎日毎日その繰り返し。代り映えはしない。今がいつなのかも分からなくなっていく。生きているのを実感しない日々だった。
部屋から見える夜景は、どこにも娼館の明かりがあって、見下ろせば男にしな垂れかかるウェテたちが見える。この景色だって代り映えがない。先のない袋小路の世界。僕はもう、ここでしか生きていけない。ここから放り出されても、行く場所など、どこにもない。
「ウェザリテ、ヨルハ様がいらっしゃっています」
ウォドスが僕を呼ぶ。五回の初会を経て、ヨルハが僕の馴染みとなった。ヨルハは僕を中部屋に連れ込むことが出来る。そして、中部屋に通したなら本部屋にだって。
僕は、ヨルハに抱いてもらえる。でも、僕はそれでいいのだろうか。自分の欲望のままに、彼に抱かれて良いのだろうか。
愛している。
ヨルハを、深く愛している。だからこそ僕は、ヨルハに愛されてはいけない。
「……今日は、会いたくないと……伝えてください」
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