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「おい、アサヒ」
休日の散歩。誰にも邪魔されることなく静かに、ゆったりと歩いていた僕のそばにやってきた大柄な体躯。僕の名を無遠慮に呼ぶのは、彼以外にない。小川のほとりで僕の手はヨルハに握られた。一歩も進めなくなる。
「俺を袖にするとは、いい度胸だな」
ヨルハは、怒っているのを無理やり笑うような、そんな不格好な表情で僕を見ていた。空の真上に太陽が昇っていて、その太陽の真下に立つ彼は酷く眩しい。
「……放して」
「放すわけないだろ」
握られた手が熱い。汗をかいてしまう。緊張から出てくる汗が、とても恥ずかしく思えて、せめてと僕は顔を逸らした。
「ちゃんと初会を五回こなしただろうが。何が不満なんだよ」
ヨルハの言葉ももっともだ。彼は果たすべき義務を果たした。僕は、心底嫌でないのなら彼を受け入れるべきなのだ。そして僕は、彼を心底嫌っているわけではない。
「……不満っていうか」
「なに」
口籠る僕に、ヨルハは沈黙を許さなかった。手首を掴まれて、逃げることも許されない。彼は浮かべた笑みの皮一枚下で、酷く冷たいものを孕んで僕を見下ろしていた。
「なんで……、僕なんだ」
「は?」
「……ヨルハなら、相手に困らないだろ」
吐き出した言葉は、悲しいほどに素直な感情。それが、僕がずっと抱いている疑問だった。どうして彼は、ここまで僕にこだわるのだろうか。
ただ幼い頃に、同じ場所で同じ時を過ごしただけだというのに。その程度の存在の僕が、これほどまでに彼の人生に食い込んで良いのだろうか。
「まぁ、困ったことはないけど」
溜息を漏らしながら、彼は面倒くさそうにそう言った。相手に困ったことはない。それは、予想していたことだけれど事実として認められると少しばかり悲しくなる。自傷のようなことをしている自分が馬鹿らしかった。
「でも俺はアサヒが好きだから。アサヒ以外、好きになったことはない」
まっすぐに向けられる感情と言葉に、心がもたない。喜びたい。飛び跳ねて、抱きついて、口付けを交わして喜びたい。けれど、そんな自分に足枷と手枷と猿轡をつけて、喜ぶなと叱責する。
「……こんなに好きなのに、まだ抱いたことない俺って、めちゃくちゃ可哀そうじゃない?」
「僕は……、ウェザリテだ」
「だから?」
「ウェザリテになるまでに、何百、何千という人に抱かれたんだ。……そんな僕は、ヨルハに相応しくない」
「何百何千に抱かれたってのは、何度聞いても腹が立つけど……それでも俺の気持ちは変わらない。……なぁ、アサヒ。酷い執着だろ? お前以外見えないんだ、俺には」
この体を捨てられたら、どれほど幸せだろう。蛇のように脱皮して、新しい自分に生まれ変われたなら。きっとそう出来たら、僕は今この瞬間にヨルハの思いを受け入れられただろう。けれど、そんなことは起こりえない。
「……アサヒ、頼むから俺を受け入れてくれ」
ヨルハの手が伸びて、僕の頰を撫でる。こうされると、僕はもう何も考えられなくなるのだ。ヨルハにこうされるのが好きだった。胸を叩く脈動が煩い。世界が見えなくなった。僕の目は、ヨルハしか見ていない。今自分がどこにいるのかも曖昧になってくる。
「ヨ、ルハ」
愛して欲しいと叫びそうになる。こんな僕を受け入れて欲しいと、泣き叫びたくなる。ゆっくりと近づいてくるヨルハを、僕はもう拒めない。彼が身を屈めてやってくる。あと数秒で、僕たちの唇は重なることだろう。
「リュシラ!」
全ての現実に引き戻す言葉。リュシラ。僕の、仮初めの名。ロファジメアンのウェザリテ。それが今の僕。世界の色彩が鮮明になる。ここは花街の中の憩いの庭園。
「リュシラ……っ、嗚呼、会いたかったリュシラ」
駆け込んできたのは一人の客だった。随分と貧相な身なりで、皺だらけの服を身にまとっている。髪もぼさぼさとしていて、以前はこんな姿ではなかったと思うのだが、と戸惑った。客の名は確か、ユガン。
ユガンは見開いた目で僕を見て、震える手で僕の肩を掴む。強い力に、一瞬僕は眉を顰めてしまった。
「おい、勝手に触んな。お前のじゃねーぞ」
「ちょっ、ヨルハ、乱暴なことしないで!」
痛がった僕の表情を見逃さなかったヨルハが、ユガンの手を捻り上げて僕から引き離した。捻りあげられた手は、本来向いてはいけない方向を向いていて、そのままヨルハが続けていたら間違いなく骨が折れていただろう。
僕の静止で手を離したヨルハ。ユガンは、痛みのあまりその場に倒れこみ、尻もちをついた。そんなユガンに、慌てて僕は駆け寄る。
「ユガン様、大丈夫ですか」
「おい、アサヒ。誰だよ、こいつ」
「ヨルハは黙ってて」
舌打ちを隠すこともなく、ヨルハは不機嫌をおもてに出す。ユガンは、少し前までは馴染み客としてロファジメアンに来ていた人物だった。ある時にぱったりと来なくなったが、特に印象に残るような客ではなかった。
「リュシラ……、リュシラ……っ、ずっと会いたかった、会おうとしたんだ……でも、金が足りなくて……誰も貸してくれなくてっ」
ああ、そういうことか。僕はその発言で理解した。ユガンは、娼館で破産する類の人間であったようだ。金の無い客には用が無い。残酷なことだけれど、それが娼館のルールだ。払いが良くない客を、僕が相手することはないのだ。ウォドスがそのように差配している。
僕の肩を再び掴むユガンが、顔を近づけて来た。その眼球は妙に血走っていて、狂気を感じる。僕は恐ろしくて身を引いてしまった。
「なぁ、リュシラ、俺はお前を心の底から愛してる。リュシラもだよな? 俺たちは、ただの客とウェザリテじゃない。愛し合ってるんだっ、だから、娼館なんかに行かなくてもいいよな? なぁ、そうだよなっ、そうだって言ってくれよ!」
「あ、あの……っ、痛っ」
肩を掴んでいたユガンの手が、今度は僕の手首に伸びる。思い切り掴まれて、痛みが走った。ヨルハはこんな風に触れなかった。もっと優しくて、温かかった。
「てめぇは何してんだ、アサヒが痛がってんだろうが」
ユガンによってもたらされた痛みは、一瞬で消えていった。すぐさまヨルハが、ユガンを僕から離し、そのまま片手で投げ飛ばしていたのだ。乱暴はやめてくれと言った直後だというのに、とんでもない暴力だった。
「アサヒはお前のものじゃねぇんだよ、さっさと失せろ」
大柄で、いかにも筋肉質なヨルハには勝てないと思ったのか、ユガンは悲鳴を上げながら走り去っていった。一体何がしたかったんだ。僕に会いに来たのだろうけれど、それで何がしたかったのだろうか。
精神的に不安定な感じがあったし、行動の如何など考えていないのかもしれない。ああいった手合いが一番厄介で、怖いのだ。
「大丈夫か、アサヒ」
「う……うん」
「くっそ、あの野郎。全力で掴みやがって。痕がついてんじゃねぇか」
ヨルハは僕の手首を見てそんなことを言った。僕もつられて己の手首を見る。そこには、くっきりと握られた跡が残っていた。もしかすると明日には痣になっているかもしれない。
「あれ、お前の客?」
「うん……ちょっと前まで、よく来てた人。でも……ここ最近は来てなくて……」
「ふーん。良い客だった?」
「どうかな……、払いが良かったわけでもないし、抱き方も乱暴な感じで……」
「乱暴、ね。一発くらい殴っておけば良かった」
「……そういうのはやめて」
誰かに殴られるのも、誰かが殴られているのを見るのも嫌だ。昔は、折檻でよく打擲されたものだ。痛くて、怖くて。いつも心の中でヨルハに救いを求めていた。助けて、ヨルハ。泣きながら、口に出せない彼の名前を心の中で叫んでいた。
今日は、ヨルハが助けてくれた。助けを求める前に、彼が僕を助けてくれた。それが泣きたくなるほどに、幸せだった。
「ヨルハ」
僕の方から手を伸ばす。ヨルハの手に、己の手を重ねる。さらに、もう一歩。かなりの勇気を振り絞って、彼の指に指を絡ませた。それが今の僕に出来る精一杯だった。
「……助けてくれて、ありがとう」
ゆっくりと抱きしめられた。こんな場面を他の客や、ロファジメアンの者たちに見られたら一大事だ。それが分かっているのに、あまりにも甘い両腕から逃れられなかった。
「お礼の気持ちを込めて、俺を中部屋に招いてくれよ」
「それは……」
「どうしても、嫌? 絶対駄目?」
耳元で囁くように向けられる言葉。僕にしか聞こえない声量。幼子にするように、優しく問われる。こんな風に甘やかされるのは嫌いじゃなかった。そんな僕自身が嫌いだった。
「俺のこと、嫌い?」
「そっ、そんなわけないっ」
その誤解だけは、されたくなかった。ヨルハのことが嫌いだから、拒んでいるわけではないのだ。むしろ、深く想っているからこそ、客になって欲しくなかった。穢れきった僕と関わって欲しくなかった。どうしてこの思いは、上手く彼に伝わらないのだろう。
「……わかった、今度はちゃんと中部屋に案内するよ」
それは諦念だった。どんなことをしても、ヨルハは諦めてくれない。だからこそ、僕が諦めることにした。この穢れた僕をヨルハに晒すしかない。その結果、彼に拒絶されたとしても、その未来すら受け入れようと思った。そこまでの諦念だ。
「ありがとう、アサヒ……楽しみにしてる」
嬉しそうなヨルハの笑顔。
僕は、彼のようには笑えなかった。
休日の散歩。誰にも邪魔されることなく静かに、ゆったりと歩いていた僕のそばにやってきた大柄な体躯。僕の名を無遠慮に呼ぶのは、彼以外にない。小川のほとりで僕の手はヨルハに握られた。一歩も進めなくなる。
「俺を袖にするとは、いい度胸だな」
ヨルハは、怒っているのを無理やり笑うような、そんな不格好な表情で僕を見ていた。空の真上に太陽が昇っていて、その太陽の真下に立つ彼は酷く眩しい。
「……放して」
「放すわけないだろ」
握られた手が熱い。汗をかいてしまう。緊張から出てくる汗が、とても恥ずかしく思えて、せめてと僕は顔を逸らした。
「ちゃんと初会を五回こなしただろうが。何が不満なんだよ」
ヨルハの言葉ももっともだ。彼は果たすべき義務を果たした。僕は、心底嫌でないのなら彼を受け入れるべきなのだ。そして僕は、彼を心底嫌っているわけではない。
「……不満っていうか」
「なに」
口籠る僕に、ヨルハは沈黙を許さなかった。手首を掴まれて、逃げることも許されない。彼は浮かべた笑みの皮一枚下で、酷く冷たいものを孕んで僕を見下ろしていた。
「なんで……、僕なんだ」
「は?」
「……ヨルハなら、相手に困らないだろ」
吐き出した言葉は、悲しいほどに素直な感情。それが、僕がずっと抱いている疑問だった。どうして彼は、ここまで僕にこだわるのだろうか。
ただ幼い頃に、同じ場所で同じ時を過ごしただけだというのに。その程度の存在の僕が、これほどまでに彼の人生に食い込んで良いのだろうか。
「まぁ、困ったことはないけど」
溜息を漏らしながら、彼は面倒くさそうにそう言った。相手に困ったことはない。それは、予想していたことだけれど事実として認められると少しばかり悲しくなる。自傷のようなことをしている自分が馬鹿らしかった。
「でも俺はアサヒが好きだから。アサヒ以外、好きになったことはない」
まっすぐに向けられる感情と言葉に、心がもたない。喜びたい。飛び跳ねて、抱きついて、口付けを交わして喜びたい。けれど、そんな自分に足枷と手枷と猿轡をつけて、喜ぶなと叱責する。
「……こんなに好きなのに、まだ抱いたことない俺って、めちゃくちゃ可哀そうじゃない?」
「僕は……、ウェザリテだ」
「だから?」
「ウェザリテになるまでに、何百、何千という人に抱かれたんだ。……そんな僕は、ヨルハに相応しくない」
「何百何千に抱かれたってのは、何度聞いても腹が立つけど……それでも俺の気持ちは変わらない。……なぁ、アサヒ。酷い執着だろ? お前以外見えないんだ、俺には」
この体を捨てられたら、どれほど幸せだろう。蛇のように脱皮して、新しい自分に生まれ変われたなら。きっとそう出来たら、僕は今この瞬間にヨルハの思いを受け入れられただろう。けれど、そんなことは起こりえない。
「……アサヒ、頼むから俺を受け入れてくれ」
ヨルハの手が伸びて、僕の頰を撫でる。こうされると、僕はもう何も考えられなくなるのだ。ヨルハにこうされるのが好きだった。胸を叩く脈動が煩い。世界が見えなくなった。僕の目は、ヨルハしか見ていない。今自分がどこにいるのかも曖昧になってくる。
「ヨ、ルハ」
愛して欲しいと叫びそうになる。こんな僕を受け入れて欲しいと、泣き叫びたくなる。ゆっくりと近づいてくるヨルハを、僕はもう拒めない。彼が身を屈めてやってくる。あと数秒で、僕たちの唇は重なることだろう。
「リュシラ!」
全ての現実に引き戻す言葉。リュシラ。僕の、仮初めの名。ロファジメアンのウェザリテ。それが今の僕。世界の色彩が鮮明になる。ここは花街の中の憩いの庭園。
「リュシラ……っ、嗚呼、会いたかったリュシラ」
駆け込んできたのは一人の客だった。随分と貧相な身なりで、皺だらけの服を身にまとっている。髪もぼさぼさとしていて、以前はこんな姿ではなかったと思うのだが、と戸惑った。客の名は確か、ユガン。
ユガンは見開いた目で僕を見て、震える手で僕の肩を掴む。強い力に、一瞬僕は眉を顰めてしまった。
「おい、勝手に触んな。お前のじゃねーぞ」
「ちょっ、ヨルハ、乱暴なことしないで!」
痛がった僕の表情を見逃さなかったヨルハが、ユガンの手を捻り上げて僕から引き離した。捻りあげられた手は、本来向いてはいけない方向を向いていて、そのままヨルハが続けていたら間違いなく骨が折れていただろう。
僕の静止で手を離したヨルハ。ユガンは、痛みのあまりその場に倒れこみ、尻もちをついた。そんなユガンに、慌てて僕は駆け寄る。
「ユガン様、大丈夫ですか」
「おい、アサヒ。誰だよ、こいつ」
「ヨルハは黙ってて」
舌打ちを隠すこともなく、ヨルハは不機嫌をおもてに出す。ユガンは、少し前までは馴染み客としてロファジメアンに来ていた人物だった。ある時にぱったりと来なくなったが、特に印象に残るような客ではなかった。
「リュシラ……、リュシラ……っ、ずっと会いたかった、会おうとしたんだ……でも、金が足りなくて……誰も貸してくれなくてっ」
ああ、そういうことか。僕はその発言で理解した。ユガンは、娼館で破産する類の人間であったようだ。金の無い客には用が無い。残酷なことだけれど、それが娼館のルールだ。払いが良くない客を、僕が相手することはないのだ。ウォドスがそのように差配している。
僕の肩を再び掴むユガンが、顔を近づけて来た。その眼球は妙に血走っていて、狂気を感じる。僕は恐ろしくて身を引いてしまった。
「なぁ、リュシラ、俺はお前を心の底から愛してる。リュシラもだよな? 俺たちは、ただの客とウェザリテじゃない。愛し合ってるんだっ、だから、娼館なんかに行かなくてもいいよな? なぁ、そうだよなっ、そうだって言ってくれよ!」
「あ、あの……っ、痛っ」
肩を掴んでいたユガンの手が、今度は僕の手首に伸びる。思い切り掴まれて、痛みが走った。ヨルハはこんな風に触れなかった。もっと優しくて、温かかった。
「てめぇは何してんだ、アサヒが痛がってんだろうが」
ユガンによってもたらされた痛みは、一瞬で消えていった。すぐさまヨルハが、ユガンを僕から離し、そのまま片手で投げ飛ばしていたのだ。乱暴はやめてくれと言った直後だというのに、とんでもない暴力だった。
「アサヒはお前のものじゃねぇんだよ、さっさと失せろ」
大柄で、いかにも筋肉質なヨルハには勝てないと思ったのか、ユガンは悲鳴を上げながら走り去っていった。一体何がしたかったんだ。僕に会いに来たのだろうけれど、それで何がしたかったのだろうか。
精神的に不安定な感じがあったし、行動の如何など考えていないのかもしれない。ああいった手合いが一番厄介で、怖いのだ。
「大丈夫か、アサヒ」
「う……うん」
「くっそ、あの野郎。全力で掴みやがって。痕がついてんじゃねぇか」
ヨルハは僕の手首を見てそんなことを言った。僕もつられて己の手首を見る。そこには、くっきりと握られた跡が残っていた。もしかすると明日には痣になっているかもしれない。
「あれ、お前の客?」
「うん……ちょっと前まで、よく来てた人。でも……ここ最近は来てなくて……」
「ふーん。良い客だった?」
「どうかな……、払いが良かったわけでもないし、抱き方も乱暴な感じで……」
「乱暴、ね。一発くらい殴っておけば良かった」
「……そういうのはやめて」
誰かに殴られるのも、誰かが殴られているのを見るのも嫌だ。昔は、折檻でよく打擲されたものだ。痛くて、怖くて。いつも心の中でヨルハに救いを求めていた。助けて、ヨルハ。泣きながら、口に出せない彼の名前を心の中で叫んでいた。
今日は、ヨルハが助けてくれた。助けを求める前に、彼が僕を助けてくれた。それが泣きたくなるほどに、幸せだった。
「ヨルハ」
僕の方から手を伸ばす。ヨルハの手に、己の手を重ねる。さらに、もう一歩。かなりの勇気を振り絞って、彼の指に指を絡ませた。それが今の僕に出来る精一杯だった。
「……助けてくれて、ありがとう」
ゆっくりと抱きしめられた。こんな場面を他の客や、ロファジメアンの者たちに見られたら一大事だ。それが分かっているのに、あまりにも甘い両腕から逃れられなかった。
「お礼の気持ちを込めて、俺を中部屋に招いてくれよ」
「それは……」
「どうしても、嫌? 絶対駄目?」
耳元で囁くように向けられる言葉。僕にしか聞こえない声量。幼子にするように、優しく問われる。こんな風に甘やかされるのは嫌いじゃなかった。そんな僕自身が嫌いだった。
「俺のこと、嫌い?」
「そっ、そんなわけないっ」
その誤解だけは、されたくなかった。ヨルハのことが嫌いだから、拒んでいるわけではないのだ。むしろ、深く想っているからこそ、客になって欲しくなかった。穢れきった僕と関わって欲しくなかった。どうしてこの思いは、上手く彼に伝わらないのだろう。
「……わかった、今度はちゃんと中部屋に案内するよ」
それは諦念だった。どんなことをしても、ヨルハは諦めてくれない。だからこそ、僕が諦めることにした。この穢れた僕をヨルハに晒すしかない。その結果、彼に拒絶されたとしても、その未来すら受け入れようと思った。そこまでの諦念だ。
「ありがとう、アサヒ……楽しみにしてる」
嬉しそうなヨルハの笑顔。
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