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アリウス様とユノの祭日についての計画を立てて、俺は安心して宮殿へと戻った。材料の調達などをアリウス様がしてくれているうちに、俺は宮殿の厨房で料理というものを見て学ぶことにした。ユノの日は、三日後に迫っている。悠長にはしていられなかった。
「とりあえず、何とかなりそうだな」
湯浴みを済ませ、髪を乾かしてもらいながら俺は寝台の上でイェルマに向かって声をかける。ユノの祭日が現実に存在するものだと思っていなかった俺ではあるが、みんなの協力のおかげで、急拵えながら立派な贈り物が出来るような気がする。
「ノウェ様」
俺の髪を拭き終えたイェルマが声をかけた。俺は寝台の上に腰掛けて、背中を向けていたイェルマの方を見る。振り返った先のイェルマは珍しく、言いにくそうな顔をして、口を開いたり閉じたりしている。
いつだって迷いなく、はきはきと言葉を発するイェルマのこんな姿を俺は初めて見たかもしれない。一体どうしたのだと小首を傾げれば、意を決したようにイェルマが言葉を発する。
「……俺にもひとつ、……頂けませんか」
「え?」
「つまり……、その、……ノウェ様が手ずからお作りになられた……ビスケットを。……上手く出来なかったものや、形が崩れたものでも、構いませんので」
おずおずと何を言い出すのかと思えば、俺は驚きすぎて言葉を失った。イェルマが俺が作るビスケットを欲しいという。出来の良いものはヴィルに渡してしまうだろうから、そうではないものを与えて欲しいと。
こんな俺の一体どこが良いのか分からないが、イェルマは今も俺に慕情を向けてくれているのだった。俺にとってのイェルマは大切な家族だが、イェルマにとっての俺は愛しい人なのだという。
もちろん、気持ちには応えられないことは伝えている。それでもなお、俺の下で仕えたいと言ってくれたイェルマに申し訳なさを感じたこともあった。けれど、俺たちはそれらの感情を乗り越えて今ここにいる。
不出来なもので良いから俺からのビスケットが欲しいというイェルマが、俺にはいじらしく見えて仕方がなかった。胸がきゅうっと締め付けられる。
「イェルマには、ちゃんと綺麗につくったものを贈るよ」
「……宜しいのですか」
「良いに決まってるだろ。ユノの祝日って、お世話になってる人に感謝を伝える日でもあるんだ。俺はイェルマのお世話になりっぱなしなんだし、ユノの日に贈り物を贈るのは当然だよ」
恋人や夫婦に贈り物をする日だが、それ以外にも親しい人や、日々の感謝を伝えたい人に贈ることもあるのだ。俺はその知識を書物から得ている。夫であるヴィルヘルムと、毎日俺の世話をしてくれるイェルマに贈り物をすることは、間違っていないはずだ。
「ありがとうございます」
珍しく、イェルマが微笑んだ。憮然としているわけではないが、それでも表情に乏しいイェルマは無感情に見られることがある。長年の付き合いがある俺には、どんな表情をしていてもイェルマの感情をある程度察することが出来るが、アナスタシアなどから見ると、イェルマはいつも不機嫌であるように見えるのだそうだ。
そんなイェルマが、嬉しそうに笑った。こんなにもイェルマのことを可愛いと思ったことがない。俺は胸に沸いた感情のままに、イェルマを抱きしめてしまった。
間が悪いとは、まさにこのこと。
俺がイェルマを抱きしめているその瞬間に、ヴィルヘルムが寝室に戻ってきたのだ。場の空気が冷ややかなものになったことに、俺でも気づく。そっとイェルマから手を離した。
「……おかえり、ヴィル」
イェルマの背中をそっと押して、退室を促す。ヴィルヘルムの性格をよく分かっているイェルマは、俺の指示に抗うことなく頭を下げて出ていった。部屋の中は俺とヴィルの二人だけ。
「ただいま、ノウェ」
睨むような目でイェルマを見ていたヴィルの表情が、ふわりと柔らかいものになった。いつまでも、ヴィルはイェルマに対しての威嚇をやめてくれない。それが俺にとっては悩みの種だった。
「イェルマと何の話をしていたんだ?」
「別に……、普通の、ことを」
「そうか」
普通のこと、とは一体何なのか。自分でも下手な誤魔化しだと分かっていた。それでも、ヴィルヘルムはそれ以上追求することはない。そのかわりに、俺の体を引き寄せて、強く抱きしめた。
「……んっ」
寝台に押し倒されて、噛み付くような口付けをされる。呼吸をする隙さえ与えないそれに翻弄されながらも、頭の中が幸福で満ちていくのを感じる。
「湯浴み……したばっかりなのに」
「俺が全部するから……それなら、良い?」
俺よりも年上で、体格も大きくて、リオライネンという大帝国の皇帝だというのに、幼い子供のような言い方をして俺に許可を願い出る。そんなヴィルヘルムを、可愛いだなんて思ってしまう俺も相当だ。
ゆっくりと頷けば、ヴィルの手が乱暴に俺の寝着を脱がせていった。全てを脱ぎ捨てるのではなく、まずは胸だけ晒してそこへ噛み付く。甘い痛みに、声が漏れてしまった。
俺はヴィルヘルムのことが好きで、それはヴィルもしっかり理解してくれていると思う。けれど、それでもヴィルは俺がイェルマと二人きりでいることを未だによく思っていない。
そんなヴィルの前で、イェルマに抱きついてしまったのは俺の過ちだ。だから、少々乱暴に抱かれることくらい今夜は我慢しようと思った。ヴィルの中には嫉妬の炎があって、それゆえに俺を手酷く抱くことがある。
手酷いと言っても、暴力や暴言を向けられるわけじゃない。俺がもう無理だと言っても責め立てたり、気絶してもなお抱かれたり、そんな程度だ。たまにであれば、そんな抱かれ方も良いのかもしれない、などと楽しんでいる俺がいる。
「ヴィル……っ、ヴィル……!」
胸の先端を散々弄られて、俺のものはもう立ち上がっていた。ヴィルヘルムに触られるだけで、俺の体は感じてしまうのだ。そんな体に、ヴィルが変えてしまった。
「……んっ、……ぁ」
後ろの孔にヴィルの指が伸びて、香油を使いつつほぐしていく。使い慣れたその孔は、ヴィルの手を簡単に受け入れるようになっていた。触れられると、とても気持ち良い場所を的確に撫でていくヴィルの指。
「ヴィル、も、もう良いから……っ」
「でも、ノウェはこうされるの好きだろう」
「すき、だけど、でも……、ぁあっ」
今まで、何度ヴィルに抱かれてきたのだろう。数えることすら億劫だ。三日と置かずに抱かれている。だからこそ俺はもう分かっていた。どうしてヴィルが、ヴィルのその硬いものをさっさと俺の中に入れてくれないのかを。
「早く、ヴィルのが……、欲しい」
嬉しそうに、ヴィルが笑う。ヴィルはこうして、俺が願うのを待っているのだ。ヴィルが欲しい、ヴィルに抱いて欲しい、奥の奥まで貫いてほしい。そう願うと、嬉しそうに笑って、俺の願いを叶えてくれる。
「あぁ……っ!」
解れて、ぬるぬるになっていた孔は容易くヴィルヘルムを奥まで招き入れた。体を貫かれる感覚にも、もう慣れている。最初は吐き気を感じることもあったけれど、不思議なもので、今では気持ちがいいということしか感じなくなっていた。
仰向けになって、己の膝を抱え込み、ヴィルに孔を見せつける格好の俺。そんな俺に、ヴィルは自分の熱く滾ったものを差し込んでは腰を前後に動かしていた。擦られるたびに、頭の中が真っ白になっていく。
「あっ、あっ、ヴィル、ヴィル……! 気持ちぃ、あ、ぁあ……っ!!」
追い立てられて、追い立てられて、俺は果てた。その痙攣で、俺の中に埋まるヴィルを締め付けて、それによってヴィルも俺の中に精を吐き出す。互いに荒い呼吸をしながら、求め合うように口付けを交わす。
「今夜も、すごく良かったよ。ノウェ」
「……うん」
「ノウェは?」
「……良かった、と思う」
最高だった、と伝えればきっとヴィルは喜ぶのだ。それが分かっているのに、俺は素直に言えなくて。その代わりに、もう一回、とヴィルをせがんだ。俺の望みは叶えられ、二回戦目が始まる。ずっとこうしていたいと思うほどに、ヴィルは丹念に俺を愛し続けた。
精も根も尽き果てる、という有様になってやっとヴィルも満足してくれた。そこからの俺は記憶が途絶え途絶えになる。甲斐甲斐しく、湯浴みをしてくれて、全身を綺麗にしてくれたことはぼんやりと覚えていた。寝台に入れられて、あとはもう眠るだけだと思った俺に、ヴィルがそっと尋ねる。
「イェルマと、何をしてたんだ?」
その瞬間、俺の意識が覚醒した。少々手荒に俺を抱いて、ヴィルの悋気が収まったと思っていたのに、まだヴィルはやきもちを焼いている。しかも、こんな眠る寸前の俺から聞き出そうとするなんて。意識が朧げな俺なら、隠し立てをせずに問いに答えるとでも思ったのだろう。
「……何でもないって、さっき言った」
「でも」
ユノの日のことを隠していることは、確かに申し訳ないと思っている。けれど、それくらいの隠し事、誰だってするだろう。驚かせたいからだ。驚かせて、喜んで欲しいからだ。そんな隠し事すら、俺は出来ないのか。
「ヴィルって、俺のこと何も信じてないんだな」
いつまで経っても、ヴィルは俺の言葉を信じてくれない。イェルマのことは、家族としか思っていない。そのことはしっかりとイェルマにも伝えているし、イェルマだってそれを分かってくれている。それなのに、ヴィルヘルムだけが理解してくれない。そのことが妙に腹立たしくて、そして、悲しかった。
「そんなわけないだろ」
「だったら、なんでいつまでもイェルマのことで俺を疑うの?」
「……それは、抱きしめ合ったり、していたから」
「家族なんだから、抱擁くらいするだろ」
リオライネンでは、家族での抱擁など当たり前だ。ロアでは見慣れない文化だけれど、俺はもうロアよりもリオライネンで過ごした日々の方が長い。だから、リオライネンの文化に感化されていたっておかしくはないのだ。イェルマがいじらしくて、そんな家族が愛おしくて、抱きしめた。それだけのことなのに。
「俺は、ヴィルのことが好きだって言った。ヴィルと同じ、姓を名乗りたいって思った。……それでもヴィルは、俺のこと信じてくれないんだな」
「ノウェ」
「もう寝る、おやすみ」
これ以上ヴィルヘルムと言葉を交わしていたら、怒り出してしまいそうだ。ユノの日を前にして喧嘩なんてしたくない。俺は会話を一方的に終わらせて、寝台の中に潜り込んだ。
「……おやすみ」
ヴィルヘルムの小さな声が、最後に聞こえた。
「とりあえず、何とかなりそうだな」
湯浴みを済ませ、髪を乾かしてもらいながら俺は寝台の上でイェルマに向かって声をかける。ユノの祭日が現実に存在するものだと思っていなかった俺ではあるが、みんなの協力のおかげで、急拵えながら立派な贈り物が出来るような気がする。
「ノウェ様」
俺の髪を拭き終えたイェルマが声をかけた。俺は寝台の上に腰掛けて、背中を向けていたイェルマの方を見る。振り返った先のイェルマは珍しく、言いにくそうな顔をして、口を開いたり閉じたりしている。
いつだって迷いなく、はきはきと言葉を発するイェルマのこんな姿を俺は初めて見たかもしれない。一体どうしたのだと小首を傾げれば、意を決したようにイェルマが言葉を発する。
「……俺にもひとつ、……頂けませんか」
「え?」
「つまり……、その、……ノウェ様が手ずからお作りになられた……ビスケットを。……上手く出来なかったものや、形が崩れたものでも、構いませんので」
おずおずと何を言い出すのかと思えば、俺は驚きすぎて言葉を失った。イェルマが俺が作るビスケットを欲しいという。出来の良いものはヴィルに渡してしまうだろうから、そうではないものを与えて欲しいと。
こんな俺の一体どこが良いのか分からないが、イェルマは今も俺に慕情を向けてくれているのだった。俺にとってのイェルマは大切な家族だが、イェルマにとっての俺は愛しい人なのだという。
もちろん、気持ちには応えられないことは伝えている。それでもなお、俺の下で仕えたいと言ってくれたイェルマに申し訳なさを感じたこともあった。けれど、俺たちはそれらの感情を乗り越えて今ここにいる。
不出来なもので良いから俺からのビスケットが欲しいというイェルマが、俺にはいじらしく見えて仕方がなかった。胸がきゅうっと締め付けられる。
「イェルマには、ちゃんと綺麗につくったものを贈るよ」
「……宜しいのですか」
「良いに決まってるだろ。ユノの祝日って、お世話になってる人に感謝を伝える日でもあるんだ。俺はイェルマのお世話になりっぱなしなんだし、ユノの日に贈り物を贈るのは当然だよ」
恋人や夫婦に贈り物をする日だが、それ以外にも親しい人や、日々の感謝を伝えたい人に贈ることもあるのだ。俺はその知識を書物から得ている。夫であるヴィルヘルムと、毎日俺の世話をしてくれるイェルマに贈り物をすることは、間違っていないはずだ。
「ありがとうございます」
珍しく、イェルマが微笑んだ。憮然としているわけではないが、それでも表情に乏しいイェルマは無感情に見られることがある。長年の付き合いがある俺には、どんな表情をしていてもイェルマの感情をある程度察することが出来るが、アナスタシアなどから見ると、イェルマはいつも不機嫌であるように見えるのだそうだ。
そんなイェルマが、嬉しそうに笑った。こんなにもイェルマのことを可愛いと思ったことがない。俺は胸に沸いた感情のままに、イェルマを抱きしめてしまった。
間が悪いとは、まさにこのこと。
俺がイェルマを抱きしめているその瞬間に、ヴィルヘルムが寝室に戻ってきたのだ。場の空気が冷ややかなものになったことに、俺でも気づく。そっとイェルマから手を離した。
「……おかえり、ヴィル」
イェルマの背中をそっと押して、退室を促す。ヴィルヘルムの性格をよく分かっているイェルマは、俺の指示に抗うことなく頭を下げて出ていった。部屋の中は俺とヴィルの二人だけ。
「ただいま、ノウェ」
睨むような目でイェルマを見ていたヴィルの表情が、ふわりと柔らかいものになった。いつまでも、ヴィルはイェルマに対しての威嚇をやめてくれない。それが俺にとっては悩みの種だった。
「イェルマと何の話をしていたんだ?」
「別に……、普通の、ことを」
「そうか」
普通のこと、とは一体何なのか。自分でも下手な誤魔化しだと分かっていた。それでも、ヴィルヘルムはそれ以上追求することはない。そのかわりに、俺の体を引き寄せて、強く抱きしめた。
「……んっ」
寝台に押し倒されて、噛み付くような口付けをされる。呼吸をする隙さえ与えないそれに翻弄されながらも、頭の中が幸福で満ちていくのを感じる。
「湯浴み……したばっかりなのに」
「俺が全部するから……それなら、良い?」
俺よりも年上で、体格も大きくて、リオライネンという大帝国の皇帝だというのに、幼い子供のような言い方をして俺に許可を願い出る。そんなヴィルヘルムを、可愛いだなんて思ってしまう俺も相当だ。
ゆっくりと頷けば、ヴィルの手が乱暴に俺の寝着を脱がせていった。全てを脱ぎ捨てるのではなく、まずは胸だけ晒してそこへ噛み付く。甘い痛みに、声が漏れてしまった。
俺はヴィルヘルムのことが好きで、それはヴィルもしっかり理解してくれていると思う。けれど、それでもヴィルは俺がイェルマと二人きりでいることを未だによく思っていない。
そんなヴィルの前で、イェルマに抱きついてしまったのは俺の過ちだ。だから、少々乱暴に抱かれることくらい今夜は我慢しようと思った。ヴィルの中には嫉妬の炎があって、それゆえに俺を手酷く抱くことがある。
手酷いと言っても、暴力や暴言を向けられるわけじゃない。俺がもう無理だと言っても責め立てたり、気絶してもなお抱かれたり、そんな程度だ。たまにであれば、そんな抱かれ方も良いのかもしれない、などと楽しんでいる俺がいる。
「ヴィル……っ、ヴィル……!」
胸の先端を散々弄られて、俺のものはもう立ち上がっていた。ヴィルヘルムに触られるだけで、俺の体は感じてしまうのだ。そんな体に、ヴィルが変えてしまった。
「……んっ、……ぁ」
後ろの孔にヴィルの指が伸びて、香油を使いつつほぐしていく。使い慣れたその孔は、ヴィルの手を簡単に受け入れるようになっていた。触れられると、とても気持ち良い場所を的確に撫でていくヴィルの指。
「ヴィル、も、もう良いから……っ」
「でも、ノウェはこうされるの好きだろう」
「すき、だけど、でも……、ぁあっ」
今まで、何度ヴィルに抱かれてきたのだろう。数えることすら億劫だ。三日と置かずに抱かれている。だからこそ俺はもう分かっていた。どうしてヴィルが、ヴィルのその硬いものをさっさと俺の中に入れてくれないのかを。
「早く、ヴィルのが……、欲しい」
嬉しそうに、ヴィルが笑う。ヴィルはこうして、俺が願うのを待っているのだ。ヴィルが欲しい、ヴィルに抱いて欲しい、奥の奥まで貫いてほしい。そう願うと、嬉しそうに笑って、俺の願いを叶えてくれる。
「あぁ……っ!」
解れて、ぬるぬるになっていた孔は容易くヴィルヘルムを奥まで招き入れた。体を貫かれる感覚にも、もう慣れている。最初は吐き気を感じることもあったけれど、不思議なもので、今では気持ちがいいということしか感じなくなっていた。
仰向けになって、己の膝を抱え込み、ヴィルに孔を見せつける格好の俺。そんな俺に、ヴィルは自分の熱く滾ったものを差し込んでは腰を前後に動かしていた。擦られるたびに、頭の中が真っ白になっていく。
「あっ、あっ、ヴィル、ヴィル……! 気持ちぃ、あ、ぁあ……っ!!」
追い立てられて、追い立てられて、俺は果てた。その痙攣で、俺の中に埋まるヴィルを締め付けて、それによってヴィルも俺の中に精を吐き出す。互いに荒い呼吸をしながら、求め合うように口付けを交わす。
「今夜も、すごく良かったよ。ノウェ」
「……うん」
「ノウェは?」
「……良かった、と思う」
最高だった、と伝えればきっとヴィルは喜ぶのだ。それが分かっているのに、俺は素直に言えなくて。その代わりに、もう一回、とヴィルをせがんだ。俺の望みは叶えられ、二回戦目が始まる。ずっとこうしていたいと思うほどに、ヴィルは丹念に俺を愛し続けた。
精も根も尽き果てる、という有様になってやっとヴィルも満足してくれた。そこからの俺は記憶が途絶え途絶えになる。甲斐甲斐しく、湯浴みをしてくれて、全身を綺麗にしてくれたことはぼんやりと覚えていた。寝台に入れられて、あとはもう眠るだけだと思った俺に、ヴィルがそっと尋ねる。
「イェルマと、何をしてたんだ?」
その瞬間、俺の意識が覚醒した。少々手荒に俺を抱いて、ヴィルの悋気が収まったと思っていたのに、まだヴィルはやきもちを焼いている。しかも、こんな眠る寸前の俺から聞き出そうとするなんて。意識が朧げな俺なら、隠し立てをせずに問いに答えるとでも思ったのだろう。
「……何でもないって、さっき言った」
「でも」
ユノの日のことを隠していることは、確かに申し訳ないと思っている。けれど、それくらいの隠し事、誰だってするだろう。驚かせたいからだ。驚かせて、喜んで欲しいからだ。そんな隠し事すら、俺は出来ないのか。
「ヴィルって、俺のこと何も信じてないんだな」
いつまで経っても、ヴィルは俺の言葉を信じてくれない。イェルマのことは、家族としか思っていない。そのことはしっかりとイェルマにも伝えているし、イェルマだってそれを分かってくれている。それなのに、ヴィルヘルムだけが理解してくれない。そのことが妙に腹立たしくて、そして、悲しかった。
「そんなわけないだろ」
「だったら、なんでいつまでもイェルマのことで俺を疑うの?」
「……それは、抱きしめ合ったり、していたから」
「家族なんだから、抱擁くらいするだろ」
リオライネンでは、家族での抱擁など当たり前だ。ロアでは見慣れない文化だけれど、俺はもうロアよりもリオライネンで過ごした日々の方が長い。だから、リオライネンの文化に感化されていたっておかしくはないのだ。イェルマがいじらしくて、そんな家族が愛おしくて、抱きしめた。それだけのことなのに。
「俺は、ヴィルのことが好きだって言った。ヴィルと同じ、姓を名乗りたいって思った。……それでもヴィルは、俺のこと信じてくれないんだな」
「ノウェ」
「もう寝る、おやすみ」
これ以上ヴィルヘルムと言葉を交わしていたら、怒り出してしまいそうだ。ユノの日を前にして喧嘩なんてしたくない。俺は会話を一方的に終わらせて、寝台の中に潜り込んだ。
「……おやすみ」
ヴィルヘルムの小さな声が、最後に聞こえた。
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