いたずらはため息と共に

常森 楽

文字の大きさ
上 下
493 / 595
8.閑話

8.永那 中2 春《古賀日和編》

しおりを挟む
「日和」
「ハァ、ハァ…は、い…」
「他に、私の好きなところは?」
「…やさ、しくて…綺麗、で…」
息をすることに精一杯だ。
「そっか。…また・・、それだけか」
嫌な予感がした。
「そ、それだけじゃない!…です」
「じゃあ、他には?」
「え、えーっと…その、エッチが…上手で…えっと…みんなから、好かれていて…」
何も、出てこない。
優しくて…とにかく、先輩は優しくて…。
必死に考えるのに、私は…考えてみれば、先輩のことを、よく知らない。
何も、知らない。
「声も、好きで…一緒にいると、楽しくて…」
彼女の指が、私のなかから出ていく。
「なんで、1度も“会いたい”って言ってくれなかったの?」
「え…?」
「日和は、私のこと、好き?」
「…好きです」
「どこが1番好き?」
「…優しい、ところ」
「そっか。ありがと」

壁を見つめる。
真っ白な壁を。
「じゃあね、日和。楽しかったよ。どんどん可愛くなっていく日和を見てるの、すごく楽しかった」
彼女が離れていく気配がして、慌てて振り向いた。
もう彼女はドアに向かって歩きだしていた。
「永那先輩!」
「日和にはきっと、もっと良い人が見つかるよ。これが、最後のセックスね。…私、優しくなんかないよ?…優しくなんか、ないでしょ?」
酷く傷ついた笑みを浮かべて、先輩は言う。
「…バイバイ」
ドアがパタンと閉まって、お皿が割れるみたいに、頭の中で何かが割れた。
私は…私は…先輩が、本当に好きで…笑顔が、好きで…。
呼吸がどんどん荒くなって、床に倒れ込む。
視界がボヤケて、涙が溢れた。
シャツははだけたままだし、ショーツもまだ穿いていない。
なのに…そんなこと、どうでもいいくらい…悲しくて…。
悲しい以上に、先輩から“他は?”と聞かれたときに、何も答えられない自分が不甲斐なくて…。
私、本当に、先輩の何を見て“好き”って思ってたんだろう?

でも…でも…本当なんです。
本当に、先輩が好きなんです…。
伝わって、欲しかった…。
伝えられなかった…。
悔しい。
自分が、嫌になる。
菫ちゃんに“何も知らないくせに”って思ったのが、そのまま返ってきたみたいな。

声を出して、泣いた。
涙も鼻水も涎も垂れ流したまま、泣いた。

スマホが振動して、先輩かと思って慌てて画面を見た。
“菫ちゃん”
嗚咽を漏らす。
スマホを握りしめたまま、私は蹲った。
スマホの振動がなくなって、数秒して、また振動する。
また振動しなくなって、もう一度振動するから…仕方なく、電話に出た。
「日和!どこにいるの!?大丈夫!?」
「な…んで…?」
「なんでって!授業サボって何してるの!?また両角先輩?授業サボるほどの相手なの?日和が…両角先輩を好きなのは、わかったけど…日和のお母さんも…私も、心配してるんだよ?」
止まったはずの涙が、また溢れ出してくる。
「あああぁぁっ、あぁっ」
「日和!?日和!どこいるの?ねえ!!」

ドアが勢い良く開いて、体が強張った。
でもすぐに「日和!」と安心する声が聞こえて、ホッとする。
「ひ、日和…どう、したの…?大丈夫?」
えへへと、涙と鼻水と涎でぐしゃぐしゃになった顔で笑ってみせると、菫ちゃんの顔が苦しそうに歪んだ。
菫ちゃんは眉間にシワを寄せながら、シャツのボタンを留めてくれる。
「あ、ブラ…つけるから…待って…」
「ハァ」と菫ちゃんがため息をつく。
「振られちゃった…」
「え…」
「先輩の好きなところ、ちゃんと答えられなくて…振られちゃった」
菫ちゃんがギュッと抱きしめてくれる。
「そっか」
「先輩とエッチするようになってから、胸も大きくなったんだよ、私」
菫ちゃんは咳払いして「なんて言えばいいんだよ、私は」とため息をつくから、私はへへへと笑う。

「幸せだったの、すごく。楽しくて、嬉しくて。…先輩は、菫ちゃんが思ってるような悪い人じゃないよ?」
「…みんなが好きになるくらいなんだし…悪い人じゃないんだろうけど…こんな、平気で、付き合ってもないのに…え、えっち…するなんて…私からすれば、信じられないよ。しかも、学校でって…」
菫ちゃんの言っていることは真っ当で、ただ、私は頷いた。

それから、たまに学校で先輩を見かけるたびに、胸が痛んだ。
きっと先輩は、また・・誰かに優しくする。
誰かに好かれて、エッチして、振るんだ。
菫ちゃんのお姉さんが、永那先輩と同じ高校に進学したと聞いて、私も同じ高校に行こうか迷った。
でも、やめた。
いつか先輩に再会できたら“あのとき、なんで振っちゃったんだろう?”って思わせたくて、本格的に自分磨きを始めた。
先輩に“可愛い”って言ってほしくて頑張った日々は、私にとっての宝物。
頑張ったとき、“可愛いね”って言ってもらえた喜びは、きっと、ずっと忘れない。

高校生になっても、まだ、先輩以上に好きになれる人は見つからない。
私はずっとクラスの隅にいたはずなのに、気づけば高校では真ん中にいた。
いろんな人から告白されるようにもなった。

あるとき、先輩が私の家の近所を歩いているのを見かけた。
隣には佐藤先輩と、知らない人。
先輩が幸せそうに笑っていた。
あの知らない人が…今の相手なのかな?
羨ましくないと言えば嘘になる。
でも…先輩が幸せなら、それで良いとも思えた。
(私って大人かも)なんて、自画自賛。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

失われた右腕と希望の先に

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:122

明るいパーティー(家族)計画!勇者になれなかった僕は…

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:767

後宮の棘

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:724pt お気に入り:4,397

伶奈

恋愛 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:0

九死に一勝を

青春 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

名前を忘れた私が思い出す為には、彼らとの繋がりが必要だそうです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:104

死に戻り令嬢は、歪愛ルートは遠慮したい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:50,808pt お気に入り:1,301

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:36,231pt お気に入り:3,644

処理中です...