いたずらはため息と共に

常森 楽

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4.踏み込む

226.疲労

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「謝るなら、キスするよ?」
永那ちゃんの目がスーッと細くなる。
「だ、だめ…」
キス…したいけど、うつすのは絶対に嫌。
「ノート、穂の分も書いておくから。ゆっくり休んで」
千陽が言ってくれる。
「ありがとう」
中学のときから、ノートを借りられる相手なんていなかったから、絶対に休むわけにはいかなかった。
誉が何度も熱を出したけど、私は心配しつつも学校には行った。
それでも“友達がいれば…”なんて、思ったことはなかった。
友達がいてくれることの安心感…一度感じてしまったら、簡単に手放すことはできない。
…千陽は、ただの友達なのか、わからないけれど。
こんなにも心の距離が近い関係が、ただの友人関係とは思えない。

「永那ちゃん…時間…」
「帰りたくない」
「でも」
永那ちゃんが眉間にシワを寄せる。
「なんで、一番大事な人が熱出してるのに、帰らなきゃいけないの?…いいよ、なんとかなるから」
そう言って睨まれてしまえば、私は何も言えなくなる。
千陽が握ってくれている手の力が強くなる。
彼女を見ると、永那ちゃんをジッと見ていた。
千陽は…永那ちゃんの事情を知らない。
きっと、ずっと知りたいと思っているはずなのに、彼女は、知らされていない。
私もギュッと手を握り返す。
千陽の視線が私に移動する。
私が笑みを作ると、彼女も返してくれる。

彼女達に優しくされたまま、だんだんと瞼が落ちていった。
意識を手放す直前、2人が頬にキスしてくれた気がした。
心がふわふわしたまま、頭もふわふわしたまま、私は眠った。
目が覚めたときには、2人はいなかった。
外も部屋も暗くて、リビングから漏れる光が、やけに眩しく感じた。
起き上がると、体のダルさは、かなり良くなっていた。
リビングに行くと、テレビを見ていた誉が笑った。
「具合は?」
「大丈夫、けっこう良くなったよ。ありがとう」
椅子に座ると、誉がうどんを作ってくれた。
「おいしい」
「良かった」
誉が頬杖をつきながら、私を見る。
「そういえば、永那達がいろいろ買ってきてくれたよ?」
冷蔵庫から袋を出して、中身を見せてくれる。
…またいっぱい。
「あと、冷凍のたこ焼きもある。明日の昼にでも食べたら?」
たこ焼き…。
文化祭でも買ってくれていた。
“好きな人に好きな物を覚えていてもらえて嬉しい”なんてよく聞くけど、こういうことなのだと、知る。

スマホのメッセージ画面を開く。
『今日はありがとう。たこ焼きとか、他にも、いろいろ。具合悪くない?』
永那ちゃんに送る。
『今日来てくれてありがとう。ノートも、すごく助かる。具合悪くなってない?』
千陽にも送る。
優里ちゃんから『大丈夫?』ときていたから『だいぶ良くなったよ、ありがとう』と返事をした。
『大丈夫。穂は、今、どう?』
千陽からはすぐに返事がきた。
『2人のおかげでだいぶ良くなったよ。ありがとう、嬉しかった』
『良かった。穂好き』
千陽からは、ほとんど毎日のように“好き”と言われている。
たまに写真を送ってほしいと言われるから、生徒会で撮った写真を送ったりもする。
“写真”と言われて、ベランダで育てているお花の写真を送ったら“穂の写真”と返ってきたときは少し恥ずかしかった。
“自撮りして”と言われたときはドキッとした。
最初は断ったけど、何度か言われて、誉に一緒に撮ってもらって、それで良しとしてもらった。
『千陽好きだよ』
そう送ると、ハートの絵文字だけが送られてくる。
普段学校で見る千陽からは全く想像できないくらい甘々で、なんだか気恥ずかしい。

私はシャワーを浴びて、ベッドに寝転んだ。
一応アラームもつけて、目を閉じると、またすぐに眠った。
お母さんが帰ってきたとき、目を覚ましたような気もするけれど、あまり覚えていない。

朝、アラームで目が覚める。
昨日のダルさが嘘だったかのように、体が軽かった。
熱を測ると、平熱だった。
「姉ちゃん、どう?」
「平熱…」
「マジ?…永那と千陽にうつったのかな。2人にうつったら、2倍早く治るとか?」
「不謹慎なこと言わないで」
スマホを見る。
『具合悪くないよ!穂、熱どのくらい?』
永那ちゃんから。
永那ちゃんの“大丈夫”は、全然当てにならないんだよね…。
『平熱だったから、治ったのかな?でも、念のため今日も休むね』
返事をする。
すぐに既読がついたけど、千陽からもメッセージがきていたから、そっちにも返事をする。
『おはよ。具合どう?』
『おはよう。良くなったよ、ありがとう』
きっと2人はもう一緒にいるだろうから、休むことは伝えなくても大丈夫だろう。
『わかった、ゆっくり休んでね。今日も行くから!穂好きだよ』
永那ちゃんからメッセージで“好き”と言われたのが久しぶりで、瞬きを繰り返す。
『ありがとう。楽しみにしてるね。…私も、永那ちゃんが好きだよ』
返事をすると、彼女からキスマークの絵文字が送られてくる。
永那ちゃんが千陽みたいなことをしていて、思わず首を傾げる。
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