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第四章
細鹿
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放課後になり、帰宅しようとして、校舎の玄関口に差し掛かった。
校舎の奥から流れてくる冷気と、開かれたドアから入ってくる熱い外気が乱雑に混ざり合い、少し不快な気持ちにさせる。
ふと「生徒会長」という言葉が、聞こえてきた。
声のした方を見ると、下級生と思しき二人の女の子と、会話する女性が目についた。細かいとこまでは聞き取れないが、生徒会について何やら話をしている。
あれが、幸太郎が話していた生徒会長なのか?
位置的に女性の後ろ姿しか、確認出来なかった。
噂通りなのか気になるけど……わざわざ見に行くのも変だしなぁ。
しかし、そうは思わない人もいるようで、女性を遠巻きに眺める人を、チラホラと見受けられた。
へ~~やっぱり、他にも気になる人はいるんだな。
ここで、女性と話をしていた女の子の一人が、遠巻きに眺める一人の男子生徒の方へ、ツカツカと歩いていった。そして、何やら強い口調で注意している。
朧げに聞こえてくる内容から察するに、どうやら女性のことを、隠し撮りしていたようだ。
……マジで、凄い人気があるんだな。
後ろからだけではなく、正面からも拝見したいところだが、流石にこの騒動の後だと、なかなか行きづらい。
まあ、生徒会長何だし、何かの行事で、拝見する機会があるだろう。その時まで楽しみにしておくか。
この場を、そのまま後にすることにした。
が、しかし、そもそもそういう行事を、率先的にサボってきていたから、今まで生徒会長を拝見する機会がなかったことに、後で気が付いて、少しだけ後悔した。
目的地に隣接する駐車場に、トラックを止めた。
他に停車している車両は一切なく、アスファルトは所々ひび割れて陥没していて、周りでは草花が、好き放題に生い茂っていた。
辺りを警戒して窺いながら、駐車場に降り立った。今の所、特に異常は見られない。
トラックの荷台から、荷物を取り出して準備を始める。散弾銃を取り出して銃弾を装填し、タクティカルベストや、ポーチに予備の弾薬を詰めこみ、無線機などを装備していく。今回は絹江さんも同じく散弾銃を使用する。
最初から腰に吊り下げていた、サイドアームの45口径のオートと、357マグナムのリボルバーを、念のため確認していたところで、シゲさんが声をかけてきた。
「そろそろ、いいか?」
絹江さんと揃って、シゲさんに返事を返した。
「OKです」
「ハイ、大丈夫です」
「ホイじゃあ、行くとするか」
俺が先頭に立ち、続いて絹江さん、後ろにシゲさんの順に隊列を組み、歩き始めた。
微かに残っていた小道を、生い茂る草花が隠している。それを慎重にかき分けながら進んでいく。
進んでいくと、周りの視界が開け、少し小高い丘に出た。
進行方向には、草むらの中にウォーキングコースが見え隠れし、右側には滑り台や、はん登棒などの複合遊具が、これまた草花に囲まれて並び立っていて、左側の少し離れた位置に、三階建ての多目的施設が建っていた。
元は綺麗な公園であったろうに、今では誰にも整備されずに、荒れ放題となっている。
絹江さんが、少し硬い声色で指差した。
「狛彦君、あそこに……!」
何回か狩りをこなしてきた絹江さんは、幾分か慣れてきた感じがする。俺を呼ぶ名前が「柏木さん」から「狛彦君」に代わっているのも、その表れだろう。それでも、赤目を目にした際の、張り詰めた様子は変わらない。
絹江さんが、指差した方を確認する。そこには、見覚えのある奴らがいた。
細鹿と呼ばれる赤目で、全長は二メートル程、全体的に鹿に似た姿形をしており、細長い二本の角に、鋭角な体つきをしている。
細鹿が公園内に点々と、草むらの茂みに隠れるように、膝を折って蹲っているのが、見て取れた。
いつも思うけど、ちょっとファンタジーな光景だよな……。
シゲさんが細鹿を確認しながら、指折り数える。
「ひい、ふう、みい……んっと、見る限り十二匹って、とこか?」
「そんなとこですね。ここから見えない細鹿もいると思うので、実際はもう少しいるかと思いますけど……」
絹江さんが、不安げな表情で言った。
「想定より多い……よね?」
「う~~ん、そうですね。まあ、でも、これぐらいの細鹿なら、問題ないかと思いますよ」
細鹿は細長い角や、鋭利な体は脅威だが、動きはそれほど機敏ではなく、線が細くて耐久力も低くいので、中型のサイズの赤目にしては、割と与しやすい相手だ。
シゲさんも同調した。
「だな。確かに普段と比べると数は多いが、許容範囲ってとこだろ」
それでも絹江さんの表情は、硬いままであった。
ウォーキングコースの、外縁部分まで歩を進めた。
この時間帯の赤目は休眠中だ。細鹿に、こちらを気付いている様子は見られない。
シゲさんが声をかけてきた。
「この辺で、いいんじゃねぇか?」
「ええ、そうですね。絹江さんもいいですよね?」
絹江さんの表情が、より険しくなった。
「うん……大丈夫」
「それじゃあ、いきます」
草むらの中に蹲る細鹿に向けて、散弾銃を構えた。
散弾銃には、バックショットが装填されていた。文字通り鹿撃ち用の散弾で、錆烏の狩りの際に使用した物と、同様の物だ。まあ、厳密にいうと異なるのだが、錆烏の時はOOOBで、今回のはOOBになる。内包する弾丸の数が異なり、OOBの方が数は少ないが、その分一粒当たりの威力が上がる。
一番近くに居た細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が辺りに響き、強い反動が掛かってきた。
散弾が草むらを引き裂き、細鹿に命中する。
速やかにハンドグリップを操作して排出し、次弾を装填して射撃準備を整えると、再度細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が響き、散弾が細鹿に命中する。
細鹿の細い体が砕け、そのまま横に倒れた。
細鹿に動く気配は、一切見られない。断末魔を上げることさえなく、息絶えたようだ。
相手は休眠中だったから、こんなもんだろう。最も勝負はこれからだけど……。
周りを見渡して、確認する。
草むらの中の赤い眼が、次々と動き出す。
その光景は、何とも言えない異様なものだ。
これまたいつも思うけど、ホラーな光景だよなぁ。
シゲさんが、声をかけてきた。
「先手取っていくぞ。起きたばかりの赤目は、当てやすいからな」
そう言ってシゲさんは、細鹿に向けて散弾銃を放った。
『キュイィィンッ!』
起き上がってきた細鹿が、散弾を受けて倒れる。
絹江さんが、硬い表情で頷いた。
「ハイ……!」
絹江さんが散弾銃を構え、細鹿に向けて撃った。
『ギィィ!』
細鹿の臀部付近に、散弾が命中した。
絹江さんは反動を少し持て余しながらも、続けて散弾銃を放っていく。
『ギイィィ……』
細鹿は二発、三発と散弾を食らい、鮮血をまき散らせながら倒れた。
こっちも負けてられないな。
目に付いた細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
散弾が命中し、細鹿はバランスを崩してフラフラとした。
『ギィギィィ……』
細鹿に、容赦なく追撃の散弾を撃ち込んで、とどめを刺した。
細鹿たちの動き出す前を狙って、次々と散弾を撃ち込んでいく。
時折跳ねながら草むらをかき分けて、突撃してくる細鹿もいたが、それにも難なく、散弾を浴びせていった。
そのまま細鹿を迎撃しながら、ウォーキングコースに沿って、周りを確認しながら、ゆっくりと歩を進める。
細鹿が草むらの中や、木の陰からちょこちょこと、赤い眼を光らせて顔を出してきた。
それらを片っ端から駆除していく。絹江さんも段々とコツを掴み、手際よく細鹿に、散弾を撃ち込んでいった。
結構隠れていたな……細鹿らそんなに暇なのか? 全く何をすき好んで、そんなに隠れているのか?
細鹿の数は想定よりもかなり多く、ウォーキングコースを一回り終えたころには、駆除した数が優に三十匹を超えていた。
シゲさんが周囲を見渡していった。
「大分多かったけど、もう見当たらねぇよな? これで全部ってところか?」
こちらも周辺を見渡しながら、シゲさんに返す。
「見る限り……そうでうね。この辺には見えないので、残りは建物内だけってとこですね」
絹江さんが、左側にある建物を指差した。
「向こうの建物? まだ何か赤目が潜んでいるの?」
「多分細鹿が、何匹か潜んでいると、思うんですよね」
「だな。まあ、変な奴はいないと思うが……」
シゲさんは少し悩ましげに、頭をかいた。
そこはコンクリート製の三階建ての建物で、一階はコンサートや、演劇などが行われる演芸場で、二階は会議や、講習などに使用されるミーティングルーム、三階は一面フローリング仕立ての、レッスン場になっていた。
建物の扉は開いていた。正確には両開きのドアの片方が、壊れて外れて落ちていた。
中の様子を窺うが、特に異常は見られない。
シゲさんが静かに言った。
「……気をつけろよ」
シゲさんは先程までとは変わって、真剣な表情だ。
屋外では遮蔽物も少なく、スペースもあることから、十分に距離を取ることが出来るので、細鹿を比較的迎撃しやすい。しかし、屋内では障害物も多く、スペースも限られる為、物陰から一気に距離を詰められてしまうと、リスクは急激に増大する。
たとえ細鹿が与しやすい相手でも、屋内では多大な注意が必要だ。
「ええ、分かりました」
散弾銃を構え、周りに気を配りながら、ゆっくりと建物の中に入った。
窓が大きく、自然光が良く入る為、エントランス近辺は明るかった。
正面には埃の積もった受付カウンターと、右側には演芸場への扉が見え、左側には上階へと続く階段と、トイレへの案内板が見える。
「コマ……」
シゲさんが右側を指差した。
シゲさんの指示に従って、演芸場へ歩を進めた。
演芸場の扉は、全開に開いていた。そこから自然光がうっすらと射しているが、内部に窓はなく、薄暗くて外からでは、正確な様子を窺うことが出来なかった。
入口に立ち、目を慣らしながら、暫く内部を観察する。
今の所、赤目らしきモノは見当たらない。
「行きます……」
一声発して、演芸場に足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌に触れ、かび臭い臭いが鼻についてきた。
四方八方に目を凝らして、細心の注意を払う。
薄暗い中、足元を確かめながら、座席の間をゆっくりと歩を進めた。
演芸場内はそれほど大きくなく、直ぐに端に辿り着いた。小規模な演芸場なので、ここで行き止まりとなる。
設置されていた小さな階段を使って、壇上に上がった。
壇上から周りを見渡して確認するが、特に異常は見当たらない。
う~~ん、ちょっと予想外だな。屋外の感じから、何匹かいると思ったけど……。
絹江さんが周りを見ながら、尋ねてきた。
「居ない……よね?」
「そうですね。居ませんね」
赤目ら暗闇でも眼が赤く光るからな。見落としはないだろう。
これにシゲさんも同意した。
「だな。上の階に、行くとしよう」
エントランスに戻り、トイレの中も確認してから、二階へと上がった。
二階に上がって正面には、壁に提示版が据え付けられていた。そこには色あせたポスターや、ヨレヨレのスケジュール表が貼られている。
右手側は行き止まりで、左手側には受付カウンターと、その手前に奥へと続く通路があった。
周りに警戒を払いながら、通路に入った。
通路の両側には、幾つかの部屋があった。ドアはスライで式になっていて、全て開いている。
一番手前の部屋の中を覗き見る。
壁にホワイトボードが据え付けられていて、破損した長机と、パイプ椅子が幾つか転がっていた。
そのまま進んで他の部屋も確認してみるが、同じような状況で、特に異常は見られなかった。
想定外の展開に、思わず絹江さんと顔を見合わせた。
「居ませんね……」
「居ないね……」
シゲさんが上を指差した。
「まだ上も残っている。ここは気を抜かずにいこうや」
シゲさんの言葉に、絹江さんと一緒に頷いた。
少し手狭な階段を上がって、三階にたどり着いた。
三階は、これまでの階とは様相が違っていた。壁などの仕切りは一切なく、全面フローリング仕立てになっている。
その中央に、何かがあった。
んん⁉
それは一瞬、彫刻とかの置物と思った。微動だにしないし、何よりも生命の息吹みたいなものを感じない。
だが、その思いは直ぐに吹き飛び、新たな疑問が口から漏れた。
「……細鹿?」
その姿形は、紛れもなく細鹿と同じであった。しかし、明らかに違う点が一つある。
絹江さんが、驚き交じりの声で言った。
「大きい……」
そいつは、これまで見てきた細鹿と比べると、二回りぐらい大きかった。鹿というより、馬という感じだ。
時間帯から休眠中のせいか、大細鹿は微動だにせず、眼だけを赤く光らせている。
絹江さんが問う。
「……本物よね?」
「……だと思います」
あまりにも動かないから、置物かと思ったけど……。
ちょいとばかり色んな意味を込めて、シゲさんの名を呼んだ。
「シゲさん……」
シゲさんが、どこか懐かしそうに語った。
「最初のころに、出くわしたことがあるなぁ。最近はトンと見かけなかったが……」
こんな細鹿初めて見たが、流石にシゲさんは経験豊富だ。
「何にせよ、動かねぇのは好都合だ。この隙に――」
しかし、シゲさんの目論見は、そのセリフよりも先に崩れ落ちた。
「あッ⁉」
不意に、大細鹿の顔だけが不自然な姿勢で、こちらに向き直った。
大細鹿に向けて散弾銃を構え、狙いを定める。
大細鹿は、それに対して激怒するかのように、雄叫びを上げた。
『ギギュュイイィィィ――ンッ!』
甲高い雄叫びが、ガタガタと窓を震わせ、鼓膜を痺れさせる。
「クゥ……ッ」
その時、大細鹿が動いた。
ヤバいッ!
咄嗟に、引き金を引いた。銃声とともに、反動が掛かってくる。
散弾が、大細鹿の臀部付近をかすめた。
「チィッ!」
痺れる鼓膜に、続けて銃声が聞こえた。
シゲさんだ。
シゲさんの放った散弾が、大細鹿の胴体に命中した。
しかし、大細鹿の動きは止まらない。
大細鹿は暴れ馬のように大きく跳ねながら、床を激しく打ち鳴らして、こちらに襲い掛かってきた。
シゲさんが声を張り上げた。
「散会して、距離を取れッ!」
「了解!」
「分かりました!」
サイドステップで軽快に移動しながら、散弾銃のハンドグリップを操作し、排莢して次弾を装填させる。
シゲさんや、絹江さんも横や、後ろに広がって、大細鹿から離れていく。
激しく飛び跳ねる大細鹿に、銃口を向けた。
頭は難しいか……。
比較的ブレの少ない、大細鹿の胴体に狙いを定め、引き金を引いた。
散弾が狙い通り、大細鹿の胴体に命中した。
だが、依然として大細鹿の動きは変わらない。
硬い……? 大きい分、分厚いせいか?
めげずに続けて散弾を撃ち込んでいく。それにシゲさんや、絹江さんも加わった。
流石の大細鹿も、三者から集中砲火を浴びて、動きが弱くなっていく。
いい感じだ……このまま押し切れそうだな。
ハンドグリップを操作して、次弾を装填しようとした瞬間、突如として大細鹿が動きを変えた。
んん⁉
大細鹿は強引にバックステップをして、急速に距離を詰めてきた。そして、雄叫びを上げて、後ろ脚を大きくかち上げた。
『キュイィィ――ンッ!』
それをすんでのところで、身を捩って躱した。
「おわぁッ!」
どうにか躱すことは出来たが、バランスを崩して、思わず膝をついてしまった。
『キュイィンッ!』
叫び声に見上げると、高く前足を掲げる大細鹿が、目に映った。
ゲェッ!
慌てて海老のような姿勢で、力一杯大きく横に跳んだ。
今まで居た場所に、大細鹿の前足が力強く振り下ろされ、激しい衝撃と、音が響き渡った。
背筋が一気に冷たくなるのを感じる。
なおも大細鹿が、追撃をかけてくる。大細鹿は大きく地団駄するように、床を激しく踏み鳴らしてきた。
それを、床を転がるようにして、どうにか避ける。
「ヒィ~~~~」
シゲさんの怒鳴り声のような叫びが、聞こえてきた。
「コマもっと離れろッ! それじゃあ撃てねぇ!」
そんなこと言われても~~!
こっちは避けるだけで、精一杯だ。
クッソ……こうなったら!
それでもどうにかしようとして、強引に横に大きく跳んだ。
次の瞬間、背中に強い衝撃が走った。
「おッがぁッ!」
いつの間にか窓際まで来ていて、壁に背中から当たったのだ。
……ってヤバいじゃん、これッ!
グロッキー状態で、コーナーポストに追い込まれたボクサーの心境の中、目に映ったのは、それをリングに沈めようと、血気にはやるボクサーのように、猛然と駆けてくる大細鹿の姿であった。
「ちょッちょっと待ってッ!」
そんなこと言われても、大細鹿が待つはずもなく、突進しながら頭を下げて、角を突き出してきた。
――‼
咄嗟に、狙いもなおざりに、大細鹿に向けて引き金を引いた。
『ギュィイィィンッ!』
大細鹿が頭を下げていたおかげで、散弾が上手い具合に、その頭部に命中した。
ナイス! 狙い通り……あッ⁉
大細鹿は散弾を頭部に食らって、一瞬怯むような様子を見せた。
だが、直ぐに持ち直し、前足を大きく掲げて、強蹴体勢に入った。
『キュイィィンッ!』
マジでッ⁉
慌ててこの場から離れようとして、思わず溺れまいと、必死に犬掻きするような動きなる。
「おおおぉぅぅ――ッ」
その瞬間、銃声が聞こえた。
『ギュイィン!』
大細鹿の背中に、散弾が着弾した。
シゲさんか⁉
大細鹿がバランスを崩し、勢い余って窓ガラスに突っ込んだ。
窓ガラスが激しく割れ、その破片が降り注いできた。
「わぁ……ッ!」
転がりながら、急いでその場から離れる。
大細鹿は窓枠に、不安定な感じで腹部が引っ掛かり、慌てふためくように、四つ足をジタバタさせていた。
チャンス!
急いで立ち上がりながら、散弾銃のハンドグリップを操作して排莢し、次弾を装填させる。
大細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が鳴り、大細鹿の後頭部に散弾が命中する。
更に銃声が聞こえてきた。シゲさんと、絹江さんだ。
大細鹿はまるで非難するかのように、叫び声を上げた。
『ギイェエェィィ――ッ!』
それでも三人がかりで、大細鹿に容赦なく追撃をかけていく。銃声が鳴る毎に、黒い鮮血が辺りに飛び散った。
大細鹿のジタバタしていた四つ足が、段々と弱くなり、ゆっくりと前に滑っていった。
そして、重たい落下音が聞こえてきた。
窓際に駆け寄り、階下を確認する。
不自然な姿勢で地面に横たわる、大細鹿が目に映った。
幸か不幸か、大細鹿は勝手に落ちてくれた。
馬並みに巨体な大細鹿を、人力で三階から下まで下ろすのは、出来る限り御免被りたいので、そこは良かった。
だが、かなりのレアな赤目だ。破損が少なければ少ないほど、その分実入りは良い筈だ。
シゲさんがあきらめた顔で言った。
「こればっかりはしょうがねぇな。まあ、通常の細鹿と、大きさ以外変わんねぇんだし、破損ぐらい、大目に見て欲しいよな」
そういうものか? それを言ったら、元も子もない気がするけど……。
大細鹿はトラックを横づけにして、無理やり押し込むことが出来たので、思っていたよりも、苦労はしなかった……あくまでも思っていたよりも、初夏の季節も相まって、かなり汗だくになったけど。
通常の細鹿は、想定よりも数が多かったので、こちらは思っていたよりも、苦労することになった。
兎にも角にも、駆除した細鹿の回収作業を終えると、トラックに乗り込み、次の目的地に向けて走らせた。
校舎の奥から流れてくる冷気と、開かれたドアから入ってくる熱い外気が乱雑に混ざり合い、少し不快な気持ちにさせる。
ふと「生徒会長」という言葉が、聞こえてきた。
声のした方を見ると、下級生と思しき二人の女の子と、会話する女性が目についた。細かいとこまでは聞き取れないが、生徒会について何やら話をしている。
あれが、幸太郎が話していた生徒会長なのか?
位置的に女性の後ろ姿しか、確認出来なかった。
噂通りなのか気になるけど……わざわざ見に行くのも変だしなぁ。
しかし、そうは思わない人もいるようで、女性を遠巻きに眺める人を、チラホラと見受けられた。
へ~~やっぱり、他にも気になる人はいるんだな。
ここで、女性と話をしていた女の子の一人が、遠巻きに眺める一人の男子生徒の方へ、ツカツカと歩いていった。そして、何やら強い口調で注意している。
朧げに聞こえてくる内容から察するに、どうやら女性のことを、隠し撮りしていたようだ。
……マジで、凄い人気があるんだな。
後ろからだけではなく、正面からも拝見したいところだが、流石にこの騒動の後だと、なかなか行きづらい。
まあ、生徒会長何だし、何かの行事で、拝見する機会があるだろう。その時まで楽しみにしておくか。
この場を、そのまま後にすることにした。
が、しかし、そもそもそういう行事を、率先的にサボってきていたから、今まで生徒会長を拝見する機会がなかったことに、後で気が付いて、少しだけ後悔した。
目的地に隣接する駐車場に、トラックを止めた。
他に停車している車両は一切なく、アスファルトは所々ひび割れて陥没していて、周りでは草花が、好き放題に生い茂っていた。
辺りを警戒して窺いながら、駐車場に降り立った。今の所、特に異常は見られない。
トラックの荷台から、荷物を取り出して準備を始める。散弾銃を取り出して銃弾を装填し、タクティカルベストや、ポーチに予備の弾薬を詰めこみ、無線機などを装備していく。今回は絹江さんも同じく散弾銃を使用する。
最初から腰に吊り下げていた、サイドアームの45口径のオートと、357マグナムのリボルバーを、念のため確認していたところで、シゲさんが声をかけてきた。
「そろそろ、いいか?」
絹江さんと揃って、シゲさんに返事を返した。
「OKです」
「ハイ、大丈夫です」
「ホイじゃあ、行くとするか」
俺が先頭に立ち、続いて絹江さん、後ろにシゲさんの順に隊列を組み、歩き始めた。
微かに残っていた小道を、生い茂る草花が隠している。それを慎重にかき分けながら進んでいく。
進んでいくと、周りの視界が開け、少し小高い丘に出た。
進行方向には、草むらの中にウォーキングコースが見え隠れし、右側には滑り台や、はん登棒などの複合遊具が、これまた草花に囲まれて並び立っていて、左側の少し離れた位置に、三階建ての多目的施設が建っていた。
元は綺麗な公園であったろうに、今では誰にも整備されずに、荒れ放題となっている。
絹江さんが、少し硬い声色で指差した。
「狛彦君、あそこに……!」
何回か狩りをこなしてきた絹江さんは、幾分か慣れてきた感じがする。俺を呼ぶ名前が「柏木さん」から「狛彦君」に代わっているのも、その表れだろう。それでも、赤目を目にした際の、張り詰めた様子は変わらない。
絹江さんが、指差した方を確認する。そこには、見覚えのある奴らがいた。
細鹿と呼ばれる赤目で、全長は二メートル程、全体的に鹿に似た姿形をしており、細長い二本の角に、鋭角な体つきをしている。
細鹿が公園内に点々と、草むらの茂みに隠れるように、膝を折って蹲っているのが、見て取れた。
いつも思うけど、ちょっとファンタジーな光景だよな……。
シゲさんが細鹿を確認しながら、指折り数える。
「ひい、ふう、みい……んっと、見る限り十二匹って、とこか?」
「そんなとこですね。ここから見えない細鹿もいると思うので、実際はもう少しいるかと思いますけど……」
絹江さんが、不安げな表情で言った。
「想定より多い……よね?」
「う~~ん、そうですね。まあ、でも、これぐらいの細鹿なら、問題ないかと思いますよ」
細鹿は細長い角や、鋭利な体は脅威だが、動きはそれほど機敏ではなく、線が細くて耐久力も低くいので、中型のサイズの赤目にしては、割と与しやすい相手だ。
シゲさんも同調した。
「だな。確かに普段と比べると数は多いが、許容範囲ってとこだろ」
それでも絹江さんの表情は、硬いままであった。
ウォーキングコースの、外縁部分まで歩を進めた。
この時間帯の赤目は休眠中だ。細鹿に、こちらを気付いている様子は見られない。
シゲさんが声をかけてきた。
「この辺で、いいんじゃねぇか?」
「ええ、そうですね。絹江さんもいいですよね?」
絹江さんの表情が、より険しくなった。
「うん……大丈夫」
「それじゃあ、いきます」
草むらの中に蹲る細鹿に向けて、散弾銃を構えた。
散弾銃には、バックショットが装填されていた。文字通り鹿撃ち用の散弾で、錆烏の狩りの際に使用した物と、同様の物だ。まあ、厳密にいうと異なるのだが、錆烏の時はOOOBで、今回のはOOBになる。内包する弾丸の数が異なり、OOBの方が数は少ないが、その分一粒当たりの威力が上がる。
一番近くに居た細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が辺りに響き、強い反動が掛かってきた。
散弾が草むらを引き裂き、細鹿に命中する。
速やかにハンドグリップを操作して排出し、次弾を装填して射撃準備を整えると、再度細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が響き、散弾が細鹿に命中する。
細鹿の細い体が砕け、そのまま横に倒れた。
細鹿に動く気配は、一切見られない。断末魔を上げることさえなく、息絶えたようだ。
相手は休眠中だったから、こんなもんだろう。最も勝負はこれからだけど……。
周りを見渡して、確認する。
草むらの中の赤い眼が、次々と動き出す。
その光景は、何とも言えない異様なものだ。
これまたいつも思うけど、ホラーな光景だよなぁ。
シゲさんが、声をかけてきた。
「先手取っていくぞ。起きたばかりの赤目は、当てやすいからな」
そう言ってシゲさんは、細鹿に向けて散弾銃を放った。
『キュイィィンッ!』
起き上がってきた細鹿が、散弾を受けて倒れる。
絹江さんが、硬い表情で頷いた。
「ハイ……!」
絹江さんが散弾銃を構え、細鹿に向けて撃った。
『ギィィ!』
細鹿の臀部付近に、散弾が命中した。
絹江さんは反動を少し持て余しながらも、続けて散弾銃を放っていく。
『ギイィィ……』
細鹿は二発、三発と散弾を食らい、鮮血をまき散らせながら倒れた。
こっちも負けてられないな。
目に付いた細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
散弾が命中し、細鹿はバランスを崩してフラフラとした。
『ギィギィィ……』
細鹿に、容赦なく追撃の散弾を撃ち込んで、とどめを刺した。
細鹿たちの動き出す前を狙って、次々と散弾を撃ち込んでいく。
時折跳ねながら草むらをかき分けて、突撃してくる細鹿もいたが、それにも難なく、散弾を浴びせていった。
そのまま細鹿を迎撃しながら、ウォーキングコースに沿って、周りを確認しながら、ゆっくりと歩を進める。
細鹿が草むらの中や、木の陰からちょこちょこと、赤い眼を光らせて顔を出してきた。
それらを片っ端から駆除していく。絹江さんも段々とコツを掴み、手際よく細鹿に、散弾を撃ち込んでいった。
結構隠れていたな……細鹿らそんなに暇なのか? 全く何をすき好んで、そんなに隠れているのか?
細鹿の数は想定よりもかなり多く、ウォーキングコースを一回り終えたころには、駆除した数が優に三十匹を超えていた。
シゲさんが周囲を見渡していった。
「大分多かったけど、もう見当たらねぇよな? これで全部ってところか?」
こちらも周辺を見渡しながら、シゲさんに返す。
「見る限り……そうでうね。この辺には見えないので、残りは建物内だけってとこですね」
絹江さんが、左側にある建物を指差した。
「向こうの建物? まだ何か赤目が潜んでいるの?」
「多分細鹿が、何匹か潜んでいると、思うんですよね」
「だな。まあ、変な奴はいないと思うが……」
シゲさんは少し悩ましげに、頭をかいた。
そこはコンクリート製の三階建ての建物で、一階はコンサートや、演劇などが行われる演芸場で、二階は会議や、講習などに使用されるミーティングルーム、三階は一面フローリング仕立ての、レッスン場になっていた。
建物の扉は開いていた。正確には両開きのドアの片方が、壊れて外れて落ちていた。
中の様子を窺うが、特に異常は見られない。
シゲさんが静かに言った。
「……気をつけろよ」
シゲさんは先程までとは変わって、真剣な表情だ。
屋外では遮蔽物も少なく、スペースもあることから、十分に距離を取ることが出来るので、細鹿を比較的迎撃しやすい。しかし、屋内では障害物も多く、スペースも限られる為、物陰から一気に距離を詰められてしまうと、リスクは急激に増大する。
たとえ細鹿が与しやすい相手でも、屋内では多大な注意が必要だ。
「ええ、分かりました」
散弾銃を構え、周りに気を配りながら、ゆっくりと建物の中に入った。
窓が大きく、自然光が良く入る為、エントランス近辺は明るかった。
正面には埃の積もった受付カウンターと、右側には演芸場への扉が見え、左側には上階へと続く階段と、トイレへの案内板が見える。
「コマ……」
シゲさんが右側を指差した。
シゲさんの指示に従って、演芸場へ歩を進めた。
演芸場の扉は、全開に開いていた。そこから自然光がうっすらと射しているが、内部に窓はなく、薄暗くて外からでは、正確な様子を窺うことが出来なかった。
入口に立ち、目を慣らしながら、暫く内部を観察する。
今の所、赤目らしきモノは見当たらない。
「行きます……」
一声発して、演芸場に足を踏み入れた。
ひんやりとした空気が肌に触れ、かび臭い臭いが鼻についてきた。
四方八方に目を凝らして、細心の注意を払う。
薄暗い中、足元を確かめながら、座席の間をゆっくりと歩を進めた。
演芸場内はそれほど大きくなく、直ぐに端に辿り着いた。小規模な演芸場なので、ここで行き止まりとなる。
設置されていた小さな階段を使って、壇上に上がった。
壇上から周りを見渡して確認するが、特に異常は見当たらない。
う~~ん、ちょっと予想外だな。屋外の感じから、何匹かいると思ったけど……。
絹江さんが周りを見ながら、尋ねてきた。
「居ない……よね?」
「そうですね。居ませんね」
赤目ら暗闇でも眼が赤く光るからな。見落としはないだろう。
これにシゲさんも同意した。
「だな。上の階に、行くとしよう」
エントランスに戻り、トイレの中も確認してから、二階へと上がった。
二階に上がって正面には、壁に提示版が据え付けられていた。そこには色あせたポスターや、ヨレヨレのスケジュール表が貼られている。
右手側は行き止まりで、左手側には受付カウンターと、その手前に奥へと続く通路があった。
周りに警戒を払いながら、通路に入った。
通路の両側には、幾つかの部屋があった。ドアはスライで式になっていて、全て開いている。
一番手前の部屋の中を覗き見る。
壁にホワイトボードが据え付けられていて、破損した長机と、パイプ椅子が幾つか転がっていた。
そのまま進んで他の部屋も確認してみるが、同じような状況で、特に異常は見られなかった。
想定外の展開に、思わず絹江さんと顔を見合わせた。
「居ませんね……」
「居ないね……」
シゲさんが上を指差した。
「まだ上も残っている。ここは気を抜かずにいこうや」
シゲさんの言葉に、絹江さんと一緒に頷いた。
少し手狭な階段を上がって、三階にたどり着いた。
三階は、これまでの階とは様相が違っていた。壁などの仕切りは一切なく、全面フローリング仕立てになっている。
その中央に、何かがあった。
んん⁉
それは一瞬、彫刻とかの置物と思った。微動だにしないし、何よりも生命の息吹みたいなものを感じない。
だが、その思いは直ぐに吹き飛び、新たな疑問が口から漏れた。
「……細鹿?」
その姿形は、紛れもなく細鹿と同じであった。しかし、明らかに違う点が一つある。
絹江さんが、驚き交じりの声で言った。
「大きい……」
そいつは、これまで見てきた細鹿と比べると、二回りぐらい大きかった。鹿というより、馬という感じだ。
時間帯から休眠中のせいか、大細鹿は微動だにせず、眼だけを赤く光らせている。
絹江さんが問う。
「……本物よね?」
「……だと思います」
あまりにも動かないから、置物かと思ったけど……。
ちょいとばかり色んな意味を込めて、シゲさんの名を呼んだ。
「シゲさん……」
シゲさんが、どこか懐かしそうに語った。
「最初のころに、出くわしたことがあるなぁ。最近はトンと見かけなかったが……」
こんな細鹿初めて見たが、流石にシゲさんは経験豊富だ。
「何にせよ、動かねぇのは好都合だ。この隙に――」
しかし、シゲさんの目論見は、そのセリフよりも先に崩れ落ちた。
「あッ⁉」
不意に、大細鹿の顔だけが不自然な姿勢で、こちらに向き直った。
大細鹿に向けて散弾銃を構え、狙いを定める。
大細鹿は、それに対して激怒するかのように、雄叫びを上げた。
『ギギュュイイィィィ――ンッ!』
甲高い雄叫びが、ガタガタと窓を震わせ、鼓膜を痺れさせる。
「クゥ……ッ」
その時、大細鹿が動いた。
ヤバいッ!
咄嗟に、引き金を引いた。銃声とともに、反動が掛かってくる。
散弾が、大細鹿の臀部付近をかすめた。
「チィッ!」
痺れる鼓膜に、続けて銃声が聞こえた。
シゲさんだ。
シゲさんの放った散弾が、大細鹿の胴体に命中した。
しかし、大細鹿の動きは止まらない。
大細鹿は暴れ馬のように大きく跳ねながら、床を激しく打ち鳴らして、こちらに襲い掛かってきた。
シゲさんが声を張り上げた。
「散会して、距離を取れッ!」
「了解!」
「分かりました!」
サイドステップで軽快に移動しながら、散弾銃のハンドグリップを操作し、排莢して次弾を装填させる。
シゲさんや、絹江さんも横や、後ろに広がって、大細鹿から離れていく。
激しく飛び跳ねる大細鹿に、銃口を向けた。
頭は難しいか……。
比較的ブレの少ない、大細鹿の胴体に狙いを定め、引き金を引いた。
散弾が狙い通り、大細鹿の胴体に命中した。
だが、依然として大細鹿の動きは変わらない。
硬い……? 大きい分、分厚いせいか?
めげずに続けて散弾を撃ち込んでいく。それにシゲさんや、絹江さんも加わった。
流石の大細鹿も、三者から集中砲火を浴びて、動きが弱くなっていく。
いい感じだ……このまま押し切れそうだな。
ハンドグリップを操作して、次弾を装填しようとした瞬間、突如として大細鹿が動きを変えた。
んん⁉
大細鹿は強引にバックステップをして、急速に距離を詰めてきた。そして、雄叫びを上げて、後ろ脚を大きくかち上げた。
『キュイィィ――ンッ!』
それをすんでのところで、身を捩って躱した。
「おわぁッ!」
どうにか躱すことは出来たが、バランスを崩して、思わず膝をついてしまった。
『キュイィンッ!』
叫び声に見上げると、高く前足を掲げる大細鹿が、目に映った。
ゲェッ!
慌てて海老のような姿勢で、力一杯大きく横に跳んだ。
今まで居た場所に、大細鹿の前足が力強く振り下ろされ、激しい衝撃と、音が響き渡った。
背筋が一気に冷たくなるのを感じる。
なおも大細鹿が、追撃をかけてくる。大細鹿は大きく地団駄するように、床を激しく踏み鳴らしてきた。
それを、床を転がるようにして、どうにか避ける。
「ヒィ~~~~」
シゲさんの怒鳴り声のような叫びが、聞こえてきた。
「コマもっと離れろッ! それじゃあ撃てねぇ!」
そんなこと言われても~~!
こっちは避けるだけで、精一杯だ。
クッソ……こうなったら!
それでもどうにかしようとして、強引に横に大きく跳んだ。
次の瞬間、背中に強い衝撃が走った。
「おッがぁッ!」
いつの間にか窓際まで来ていて、壁に背中から当たったのだ。
……ってヤバいじゃん、これッ!
グロッキー状態で、コーナーポストに追い込まれたボクサーの心境の中、目に映ったのは、それをリングに沈めようと、血気にはやるボクサーのように、猛然と駆けてくる大細鹿の姿であった。
「ちょッちょっと待ってッ!」
そんなこと言われても、大細鹿が待つはずもなく、突進しながら頭を下げて、角を突き出してきた。
――‼
咄嗟に、狙いもなおざりに、大細鹿に向けて引き金を引いた。
『ギュィイィィンッ!』
大細鹿が頭を下げていたおかげで、散弾が上手い具合に、その頭部に命中した。
ナイス! 狙い通り……あッ⁉
大細鹿は散弾を頭部に食らって、一瞬怯むような様子を見せた。
だが、直ぐに持ち直し、前足を大きく掲げて、強蹴体勢に入った。
『キュイィィンッ!』
マジでッ⁉
慌ててこの場から離れようとして、思わず溺れまいと、必死に犬掻きするような動きなる。
「おおおぉぅぅ――ッ」
その瞬間、銃声が聞こえた。
『ギュイィン!』
大細鹿の背中に、散弾が着弾した。
シゲさんか⁉
大細鹿がバランスを崩し、勢い余って窓ガラスに突っ込んだ。
窓ガラスが激しく割れ、その破片が降り注いできた。
「わぁ……ッ!」
転がりながら、急いでその場から離れる。
大細鹿は窓枠に、不安定な感じで腹部が引っ掛かり、慌てふためくように、四つ足をジタバタさせていた。
チャンス!
急いで立ち上がりながら、散弾銃のハンドグリップを操作して排莢し、次弾を装填させる。
大細鹿に狙いを定め、引き金を引いた。
銃声が鳴り、大細鹿の後頭部に散弾が命中する。
更に銃声が聞こえてきた。シゲさんと、絹江さんだ。
大細鹿はまるで非難するかのように、叫び声を上げた。
『ギイェエェィィ――ッ!』
それでも三人がかりで、大細鹿に容赦なく追撃をかけていく。銃声が鳴る毎に、黒い鮮血が辺りに飛び散った。
大細鹿のジタバタしていた四つ足が、段々と弱くなり、ゆっくりと前に滑っていった。
そして、重たい落下音が聞こえてきた。
窓際に駆け寄り、階下を確認する。
不自然な姿勢で地面に横たわる、大細鹿が目に映った。
幸か不幸か、大細鹿は勝手に落ちてくれた。
馬並みに巨体な大細鹿を、人力で三階から下まで下ろすのは、出来る限り御免被りたいので、そこは良かった。
だが、かなりのレアな赤目だ。破損が少なければ少ないほど、その分実入りは良い筈だ。
シゲさんがあきらめた顔で言った。
「こればっかりはしょうがねぇな。まあ、通常の細鹿と、大きさ以外変わんねぇんだし、破損ぐらい、大目に見て欲しいよな」
そういうものか? それを言ったら、元も子もない気がするけど……。
大細鹿はトラックを横づけにして、無理やり押し込むことが出来たので、思っていたよりも、苦労はしなかった……あくまでも思っていたよりも、初夏の季節も相まって、かなり汗だくになったけど。
通常の細鹿は、想定よりも数が多かったので、こちらは思っていたよりも、苦労することになった。
兎にも角にも、駆除した細鹿の回収作業を終えると、トラックに乗り込み、次の目的地に向けて走らせた。
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