転滅アイドル【1部 完結しています】

富士なごや

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1部 終章

救い終わり、救われ始まる

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 攫われた子どもたちは、青紫色のブヨブヨした半透明の塊の中に、全裸で、頭だけ外へ出す恰好で閉じ込められていた。
 救い出すのは簡単だった。ディパルさんに倣ってブヨブヨした塊を短剣で裂くと、たちまち切れ目から青紫色の液体が流れ出し、みるみる萎んでいったから。そこから切れ目を大きくし、中にいた子どもを引っ張り出すことは容易かった。

 一人、また一人と救い出した子どもたちは、四人全員、まだ息をしていた。
 閉じ込められていたブヨブヨはブゼルデスの体液で、それが肌から体内に浸透することで催眠状態にあるけれど、大丈夫とのことだった。肌に付着している体液をしっかりと洗い落してから安静にしていれば、一週間ほどで目覚めるとのことだった。

 本当によかった、助かって。
 そう言ったディパルさんは、心から安堵しているようだった。
 オレも、助かって本当によかったと、隣で思った。
 でも。
 助かってよかったと思う以上に、カノジョのことが心配になった。
 限界にあることは、見るだけで伝わってきたから。

 そう、ディパルさんは明らかにもう限界だった。

 オレが二人、ディパルさんも二人、どうにか担いで地底窟を上がっていくときも。
 前を上っていくカノジョは、何度もふらつき、何度も膝をつき、何度も立ち止まった。呼吸はオレよりも荒く、オレよりも遥かに苦しそうだった。
 なんとか地上に出てからも、カノジョは一挙手一投足がつらそうだった。
 昏睡状態にある子どもたちを愛馬の鞍に乗せ、道中落ちないように紐で括り付けたときだって、少し動いたら止まってを、短い間隔で何度も何度も繰り返していた。こまめに休ませないと、もうちょっとした動作すらしんどいようだった。
 だからオレが細々したこと――簡単な片付けとか荷物の整理とかはやったのだが、「ありがとうございます」と礼を告げたカノジョの瞳は、もう、本当に弱々しいものだった。

 限界は、とうに、来ていたのだ。

 ディパルさんは、《ストラク》に帰ってきてすぐ、大量に血を吐いて倒れた。
 すぐにハーナさんやほかの大人たちによってハーナさん家に連れていかれ、村でやれる限りの処置は尽くしたけれど……意識が再び戻ることはなかった。
 心臓も止まったのは、帰還してから一時間と少し経ったときのこと。

 セオ=ディパルさんの命は、完全に失われたのだった。

               ※

 葬儀は盛大におこなわれた。
 久々に故郷に帰ってきたディパルさんとは、ハーナさんしか話していないけれど。そのハーナさんが、オレとディパルさんが救出作戦へと発ったあと村の人々に話したそうで、人々はみんな、故郷の英雄の死を悼んだ。
 誰しもが、ディパルさんに感謝を告げ、涙を流した。

 オレやシルキア、そしてフィニセントさんの三人も、当然、葬儀には加わった。
 別れを悲しむ気持ちはオレたち兄妹にもあって、涙は自然と溢れた。
 フィニセントさんだけが、泣かずにいた。墓穴に亡骸が埋葬されるときも、ジッと、変わらずの子どもらしくない無感情な瞳で、土が被せられるのを見詰めているだけだった。
 薄情だと思わなかったかと言えば、正直、嘘になる。
 オレたち兄妹なんかよりも長い付き合いのはずなのに、一滴の涙すらも流さないなんて。
 信じられなかった。理解できなかった。
 でも、だからって責めるのも違うことはわかっていた。
 どれだけ深い悲しみにあっても泣けない人間だって、きっといるだろうから。
 オレにはわからないことだけれど。

 埋葬も終わったあと、今度は昏睡状態にある子どもたちに、全員の意識は向いた。
 喪ったことは悲しくとも苦しくとも、生者にはやるべきことがある。
 いつまでも死者にかまけていては、疎かにしてはいけないことまで疎かにしてしまう。
 ここは小さな村で、人口も本当に少ない。
 だから大人たちは、ちゃんとわかっている。

 生きているのならやるべきことをやるべきなのだ、と。

 オレは、ハーナさん始め子どもたちの親に、ディパルさんから聞いたことを伝えた。
・肌に付着している体液によって昏睡状態にあるから、まずはこれをしっかり洗うこと。
・どこに付着しているかわからないから、洗い残しがないように、頭皮から爪先、指の間から股間、お尻の穴まで丁寧に洗うこと。
・洗浄がひと通り済んだら、あとは安静にさせておくこと。順調にいけば、一週間ほどで目覚めるはずだということ。
・覚醒したら、栄養を吸われて身体はだいぶ弱っているはずだから、ゆっくり、焦らず、滋養強壮によい食事を少しずつ与えていくこと。
 そう、ディパルさんから教わったことを、覚えている限り事細かに伝えた。
 ハーナさんたち親は、自分の子どもを抱え、すぐに洗い場へと向かった。

 オレは、やるべきことは、やった。
 同時にそれは、やることがなくなった瞬間でもあった。
 シルキアとフィニセントさんと一緒に、ハーナさん家の前でボーッとするだけ。
 刻々と、時が流れていく。
 何かをやろうとしても、やることがない。
 生きているから何かをしなければならないのに、何をしていいかわからない。
 そんな無駄な時間は、ハーナさんが娘のナーナさんを抱えて戻ってくるまで続いた。
 もう、すっかり日は暮れていた。

               ※

「――行商隊? ああ、今でも来てるよ。次は……多分、三か月後くらいかしら」
 家で夕食を食べましょうと言われたオレたち三人は、ハーナさんのご厚意に甘えることにした。というか、甘えるほかに選択肢なんてなかった。
 ディパルさんに教えられた行商隊の話をしたのは、ハーナさんが用意してくれた夕食を食べ始めてすぐのことだ。

「三か月後、ですか……」
 手に持っていた木の実パンを、オレは与えられた取り皿の上に置く。
 食欲が一気になくなった。木の実パンも、果物と干し肉の煮込みも、キノコと薬草の炒め物も、めちゃくちゃ美味しいのに。まだまだ食べたくて、これだけ用意してくれたのだから食べることが礼儀だと思うのに。心情に同調したのか、喉がキュッと締まって息苦しい。

 三ヵ月。
 その間、どうすればいいのか。
 待つのか。
 それとも、三ヵ月あれば、自分たちだけでも《リーリエッタ》に行けるんじゃないか。
 考えが渦巻く。

「……ねえ、アクセルくん」
 自己紹介は、食事の前に、三人とも済ませてあった。
 オレは無意識に俯けていたらしい顔を上げる。
 丸机の、対面に座っているハーナさんと目が合った。
「あなたたち三人と、セオは、一体どういう関係なのかしら」

「オレたちは……」オレは左隣に座るシルキアに目を遣る。妹は右手に持った木の実パンを、左手で小さく千切っては口に運んでいた。「オレとシルキアは、コテキから逃げていたところを、ディパルさんに救われたんです」
「コテキから逃げて? コテキって、あの、コテキ町のことよね? 何があったの?」
「……魔族の襲来を受けたんです」
「えっ、魔族のっ⁉」
 声量が大きくなったのは、それだけの驚きだったからだ。

「はい。それで……オレたち兄妹はなんとか逃げることができて、でも、逃げてすぐに今度は野盗に襲われてしまって……そこに、ディパルさんとフィニセントさんが来てくれて」
「助けられて、そのまま、行動を共にしていた、ということ?」
 オレは頷いて返す。
「そう。大変だったのね……」
「そうですね……」
「…………」
「…………」

 恐らく、複雑な事情があることは、ハーナさんも予想していたと思う。
 けれどオレから伝えられたものは、カノジョの予想を大きく逸脱していたのだろう。この沈黙は、だからこその沈黙だ。重苦しい。カノジョも言うべき言葉に戸惑っているのだ。
 とはいえ、この状況でオレから別の話を切り出すなんてできるはずもなく。
 それはカノジョも、さすが大人と言うべきか、理解していたようで。
「ええと、ファムちゃん。あなたは、セオとどういった関係なの?」
 ハーナさんは、話題を次へと送ってくれた。

 ハーナさん同様、オレもフィニセントさんに目を向ける。
 背筋を凛と伸ばした姿勢で、フィニセントさんは千切った木の実パンを煮込みに付けていた。パンの焦げ茶色の生地が、煮込みの赤い汁を吸って変色していく。
「…………」
 話を振られたのだから手を止めるかと思いきや、カノジョは納得いくまで煮汁を吸わせ、パンを口に運んだ。唇を閉じて咀嚼し、飲み込んだところで、やっと目線を上げた。
 なんとも自分中心というか、他人を気にしていないというか。
 でも、怒るに怒れない。
 カノジョのこういう態度から悪意は感じられないから。
 もちろん、モヤァとはするけれど。

「……私もこの子たちと同じよ。カノジョには助けられたの」
 この子たちと同じ。
 その、この子たちとは、オレとシルキアのことだ。
 なんだか、随分と上から目線というか、年長者みたいな言い方じゃないか?
 背格好からして、オレと同じ年くらいだろうに。

「助けられた? あなたの故郷も、魔族に襲われたの?」
「違うわ。私は盗賊団に監禁されていたの。そこに、カノジョ率いる軍が、討伐に来た。解放された私は、どこか縁のある都市に連れて行かれるところだったけれど、私個人の目的を話したら、ちょうどカノジョも退役して故郷に帰ると言ったから、同行させてもらったの」
 フィニセントさんがこうも長く喋ることは初めてだった。
 流暢に、スラスラと言葉が出ていた。
 カノジョは言葉が出ない性格なのかと思っていたが、別にそうでもないのか。
「あなた個人の目的って?」
「それを教える気はないわ」
 ドアが思い切り閉められたのかと思うくらいの強制的な遮断だった。
 ハーナさんも気を悪くしたんじゃないかと心配になったが、カノジョの表情を見た感じ大丈夫そうだ。雰囲気がぴり付いた感じもしない。
 もう自分の今この会話での果たすべき役目は終えたとばかりに、フィニセントさんは再び千切ったパンを煮込みに浸け始めた。

 深掘りはできそうにないと判断したらしいハーナさんの目が、オレのほうを向く。
 先の話ができるのはアクセル=マークベンチだと判断されたようだ。
「わかりました。とりあえずの、みんなの事情は。それで、アクセルくん。さっき行商隊について訊いてきたけど、これから先のこと、考えがあるのかしら」
「オレとシルキアは、リーリエッタに行きます。それで、ディパルさんから、行商隊に頼んで同行するのがいいだろうと助言を頂いていて。ただ、三ヵ月もあるなら、自分たちだけで馬で行ってもいいじゃないかとも、今は考えていて」
「なるほどね。うん。私もセオのした助言に賛成よ。行商隊に同行したほうがいいわ。リーリエッタまでは遠い。急ぐ気持ちもあると思うけれど、何より安全を重視すべきよ。ちゃんと自分の命を守りたいなら。大切なものがあるなら」

 大切なものがあるなら。
 そう言う直前、ハーナさんの目はシルキアへ向けられた。
 オレに意識させるため、わざと目配せしたのだろう。
 守りたいものを、大切なものを、意識させるために。
 おかげで、悩みに答えが出せた。
 そうだ。
 三ヵ月という時間は長いが、待つことで安全が得られるのなら、そうするべきだ。
 一刻でも早く《リーリエッタ》には行きたい。
 けれど、シルキアを危険な目に遭わせることは避けたい。
 であるなら、答えは『待つ』一択だ。
 しかし、そうなってくると……。

「そうですよね。でも、待つとなると、この村でどう生活していけばいいのか……」
「なぁに言ってるの。そんなの、この家で生活すればいいわ。娘、ナーナだって、目が覚めたら喜ぶでしょうし」
「本当ですかっ! ありがとうございますっ!」
 オレは意識して大袈裟なくらいに笑って、喜びに燥いだ声を出した。
 心の内を見られたら、ハーナさんはオレのことを、感じの悪い嫌な子と不快に思うだろう。
 オレは、こうなるだろうと、カノジョが提案してくる前に思っていた。
 この村にいたいならいればいい。でも生活は自力でどうにかしなさいよ。
 そう、オレたちを放り出せるような人柄でないことは、もうわかる。
 関わりを持ってから今このときまで、本当に短い付き合いでしかない。だから善人とは言い切れない。それでもカノジョが善人寄りであることは間違いないから。

 信用し過ぎは絶対にダメ。
 けれど、人を疑い過ぎることも自分の首を絞めることに繋がる。
 そう、グレンさんは言っていた。

「ファムちゃんは? この先、どうするのかしら」
「……この子たちといるわ。とりあえず、今は」
「え、あ~、そうだね。そうしなよ」
 オレたち兄妹とフィニセントさんとは、間違いなく、ディパルさんで繋がっていた。
 カノジョという架け橋があったから、旅の同行者をやっていられた。
 それほどの親しさでしかない。
 だから、この子たちといると言われ、驚いた。戸惑った。

「じゃあ、三人とも。行商隊が来るまでの間、楽しくやっていきましょうね!」
 パンッ!と、ハーナさんが笑顔で両手を合わせた。

 その瞬間、新しい日常の幕は開けたのだった。
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