625 / 650
本編
925 思い出語り2
しおりを挟む「禁忌に魂を売り渡した私を救ってくれたのが、トウジだ」
「……」
「何の因果かわからないが、きっと運命としてずっと前から決まっていたのだろう」
巡り合わせ、偶然、奇跡。
そんな言葉を並べ立てることは簡単だけど、実際こうして考えるとすごいことだ。
因果応報、という言葉はある。
何度も見てきた。
「そうだったんですね……」
少し曇った顔をするエリナの様子。
話していたウィンストの表情が真剣なものだっただけに、反応に困っている様だ。
恐らく、心の天秤が揺れ動いているのだろう。
どういう選択をすれば良いのか。
ウィンストの肩を持つべきなのか、それとも非難すべきなのか。
誠実故に、人間という立場を持ってすれば非難すべきなのかもしれない。
しかし、ウィンストという人物を知れば知るほどそれは難しくもなる。
好意を持って接しているから、ね。
少し助け舟を出そう。
「確かに、ウィンストのやったことは到底許されることではない。でも俺はウィンストを助けた」
「どうしてそう思ったんですか?」
そこに何か理由があるのかと聞かれれば、特に大した理由はない。
俺がそうしたいから、そこで終わらせなかった。
「戦う前から理由もなくそんなことをするはずがないってわかってたんだ」
まさに、知れば知るほどってやつだ。
戦ってみたら、禁忌の原因が出てきてそっちを倒すことに切り替えた。
そしたら丸く収まって今に至る。
「失敗なんて、誰だって一度はするよ」
しない奴はいない。
そんな人間の何十倍も生きてるウィンストが失敗しないわけがない。
程度の問題もあるけれど。
命の選択ができた俺にはまだ許容範囲だった。
ただ、それだけなのである。
「言い方は失礼かも知れないけど、むしろ救える命の方が多いさ」
そうやって納得して生きてるんだ、誰だって。
「……恥を承知で、その言葉を重く受け止める」
「ウィンストさん……」
何かを決心した様な表情で、まっすぐとウィンストを向くエリナ。
「自分の罪を認めるなんて、そんなことできる“人”は少ないですよ」
「……」
「ギルドの受付をやっていてよく思っていたんですが、みんな結構責任を押し付けあってるんですよね」
あるあるだな、それは。
「率直にいうと、他国で起こったことを聞いただけなので、私にはそこまで犯した罪の重さはわからないです。でも、罪に対してしっかりと向き合って生きていくことは、誰にでもできる様なことじゃないってのだけはよく判ります。私も失敗をたくさんしてきました。その度に結構目を背けがちなんですけどね、あはは」
「でもわりかし頑張り屋な方だとは思うけどね?」
「トウジさんの担当っていつ何を求められるかわからないし、提案してもしっかり話を聞いてからじゃないと動かないって連絡をもらってたんで必死だったんですよ!」
「あっはい」
「おいしい汁を啜らせてもらえるかな、なんてゲスなことを考えて張り切ってましたけど、まさに今が因果応報っていうかなんていうか……ええ……」
ニコニコしようとしていたのが、急にズーンと暗い表情になってしまった。
本当にその件については謝ります。
俺がしばらく何の連絡もなく留守にしていたもんだから、そのしわ寄せが彼女にきてしまったのだ。
「こうした冒険も外の世界を知らなかった私の経験になりますし、まあ良いんですけどね……。とりあえず総括すると、ウィンストさんは元小賢で、現見た目が人の優しくて真面目なゴブリンさんってことでいいですか?」
「思ったよりも簡単にまとめたね」
「フラットに見ようとしても、もう見れないですよ。ウィンストさん、私のこと結構気遣ってくれますし、そんなことされたら過去の行いなんてどうでも良いっていうか、今が一番大事っていうか」
「それには同意するよ」
そうそう、今が一番大事なんだ。
過去は過去。
しっかり反省して、次に活かすことが重要なんだよね。
「今を作るのは過去だけど、未来を作るのは今の自分だよ」
「あ、それ深いですね」
「でしょ? 俺も早く黒歴史なんてきれいさっぱり忘れてしまった未来の自分になりたい」
寝る前に思い返して悶絶することがたまにあるからね。
「異世界の魔法でそういった昔の都合の悪い記憶とか消せないかな……?」
「それはさすがに……ゲス過ぎでは……?」
「はは、俺がこんなにゲスなんだから、ウィンストが許されない訳ないよ」
常に正しく生きようとしている奴と隙あらばせこいことをする奴。
世界にどっちが必要か、わかるよな?
「ウィンスト、俺以外の目線でも、お前は良い奴なのがこれで確定したな」
「……ありがとう、頼もしい。かなり心が軽くなった」
かなり、と言っているが、今もそしてこれからもずっとウィンストは悩み続ける。
実直な性格だから、死ぬまで永遠に悩み続けるだろう。
しかし、それが犯した罪に対する代償でもあるのだ。
普通の人ならば忘れるか、いつしか心の均衡が崩れてとんでもないことになるかもしれない。
ウィンストは違う。
本当に、永遠に、来るかわからない寿命の果てまで悩み続ける。
そんな時、多分俺もエリナも死んでるけど。
あの時こんな仲間がいたな、楽しい時間があったな、と思い返してほしい。
俺の今の気持ちとしては、こんなところか。
=====
恐らく、被害者からの視点だとこんな優しい回答は得られないでしょう。
汚く罵られるか、復讐の刃を突き立てられるか。
そうなった場合、言葉を受け止めることはできるけど、向けられた刃は返すでしょうね。
そうしてまた心に何かを背負ってしまう、ということにも……。
63
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。