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本編
758 ゴネシエーター
しおりを挟む「……今の世の中って、正直楽しくなくない?」
「は? 俺は全然楽しいけどな?」
楽しくないという言葉を聞いて、俺は思わず言い返していた。
楽しくない、それは楽しんでない奴の言葉である。
最初から楽しくないと決めつけてるから、そう思うのだ。
「もっとも、確かにそういう気持ちは理解できる」
人生うまくいかなくて、楽しくないことなんでたくさんだ。
それでもこの世界にはまだ色々な楽しめる要素がある。
ゲームであれば、他の要素に楽しみを見つければいいし。
それでも楽しくないなら、別のゲームをしてればいいって話なんだ。
「楽しい楽しくないの物差しを世界に当てはめるのはおかしいだろ」
前提として、人生ってもんはずっとプレイしていかなきゃならない。
セーブやロードをすることなんて無理なもんだ。
「だから、面白い世界に作り変えるって話じゃないのかな?」
「迷惑なんだよ」
面白く作り変えるなら、万人が面白いと思える方向性にしろよ。
なんでまた、面倒ごとばかり引き起こそうとするんだ。
「この世界が楽しくないとか言ってんたら、迷惑かけずにそのまま死ね」
「それは無理な話だよね? お互いに」
くつくつと笑いながらアンダンテは言う。
「だからこうして争っているんじゃないか」
「……そうだな」
「譲れ無いものがあるんだよ。長い間、長い間ずーっと強要されてたんだから」
「何がだ」
「何が? ダンジョンコアであることを、だよ」
この世界の管理者と呼ばれるダンジョンコアは、何かを隠している。
怠惰のスローフは多くを語らなかった。
知ってしまった場合の危険を考慮して、とのことだけど……。
実際こうして巻き込まれてるから、知って置いた方が良かったんだよなあ。
「そう行った意味で、私は解放者。そのために生み出されたと言っても過言ではない」
「どっかの宗教団みたいな口ぶりだな」
「宗教? そんな陳腐なカルトと同じにして欲しくはない」
吐き捨てるように言葉を続けるアンダンテ。
「所詮あいつらも手のひらの上なのだから」
なんだか引っかかる言い草だった。
まるで全てを裏で操っていたような言葉だけど。
「残念ながらお前らの手のひらで踊るつもりはない」
言い返す。
「俺がどれだけお前らの野望を阻止してきたか知ってるか?」
「なに?」
「ちょくちょく話は聞いてるぞビシャスとかいうアホのことはな」
「ビシャス様をアホだと……?」
侮辱した俺に鋭い視線を向けながら、アンダンテは叫ぶ。
「私を超える守護者だぞ! 訂正しろ!」
「訂正も何も、お前の言葉の前提が崩れるけどいいのか? お? おん?」
最強で頂点で、守護者の中の守護者だとか言ってたよね?
だったらビシャスよりもお前の方が上じゃないか?
なのになんで「様」をつけて呼ぶの?
なんで? ねえなんで? なんでなん?
「お前の方が上ならさ、別に従わなくでもいいんじゃないの?」
「黙って訂正しろ! そうだ謝罪だ、謝罪しろ!」
「あーはいはい、すいませんでしたー。めんごめんご」
「貴様アッ!」
「でもさ、楽しくないって、上が楽しくないからであってお前はそうでもないんじゃない?」
「黙れ!」
「なんかお前、結構楽しそうに喋ってるように思えるけど、本当に楽しくないの?」
後ろから「出たわね、トウジの口八丁」とか。
屁理屈で叶う奴なんてマイヤーとオスローくらいとか。
そんな声が聞こえてくる。
……ははは、言ってくれるね。
でも鬱憤が溜まってるのなんてこっちも一緒だ。
「誰だってそうなんだよ。どれだけ長い時間生きてようが気持ちは同じだ」
尺度は人それぞれだからな。
お前らにも、お前ら流の物騒な物差しとやらがあるように。
俺にだって俺の尺度ってもんが存在する。
「お前らの悩みとかな!」
そう、こいつらの悩みとか。
「バイト仲間の仕事ぶりを見て、同じ時給でバイトしてんのにあいつは俺より働いてねえとか思っちゃうくらい、心が狭くてクソな理屈なんだよ!」
「……いや、スケールが違い過ぎじゃないかしら?」
「俺もそう思う。バイトの話じゃないだろー? 確かにそうやって鬱憤たまる子も店にいるけどさあ」
「アォン」
「うーむ、冒険者は実力をランク分けされているから、そう言う問題は起こり得無いな。でもケースを考えれば同じパーティー内で有能無能でそういう事態も起こりうると想定できる」
「ギャオ!」
「とりあえず……なんか、みみっちいねトウジ」
ぐっ…………。
「き、根底の部分ではみんな一緒だああああああ!」
スケールの大小。
それはこの際、気にしないことにする。
だって、小さい世界で生きてたから知らないもん。
いきなり世界がどうとか言われてもマジで知らん。
「ただ、巻き込まれたから俺の尺度で言い返してるだけだ!」
「とんでもない開き直りね。でも私、そういうトウジが好きよ?」
「あっはい、どうもです」
落として上げる、さすがイグニールだ。
いやこれは上げられてるのか?
ただしょうもないところは仕方ないわよね、的な感じで受け止められているだけじゃん。
俺の株なんて最初から底の方にあるっぽいよな、その口ぶりだと……がーん。
「……言いたいことはそれだけ? その回答はすでに済ませてあるよ? だからこうして争っているんじゃないかって」
そう言って肩をすくめるアンダンテ。
ゴネて説得する作戦は失敗に終わった。
結局戦う以外の道は存在しないらしい。
「とりあえず私の目的はここで速やかに終わらせる。君たち邪魔だから、消えてくれるかな? スケールが理解できてない程度なら、今後の障害にもなり得ないだろうし……」
にっこりと笑顔を作ってアンダンテは続ける。
「私、色欲様からもらった慈愛の心も持ち合わせてるので、2度と目の前に現れないなら許して見逃して上げないこともないよ。うん、命令はあくまで憤怒を目覚めさせることだからね?」
「ありがたい提案だけど、目の前で見過ごす訳にはいかない」
好き勝手させると、後々さらに厄介になる可能性が高いからだ。
「残念。なら相手して上げることにする」
「その前にさ、一つ聞くけど……ラブはどうした」
「ラブ?」
「ここの守護者だ」
「ああ、欠片ももらってない代理の出来損ないちゃん?」
アンダンテはポケットから何かを取り出した。
それは透き通るほどに綺麗な青い髪の毛。
「私、目につくものは全部一撃で殺してきたから、多分死んだんじゃない?」
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