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本編

757 欲望に忠実な下僕

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「……なんか今、誰かいなかった?」

 つららが落ちた先をまじまじと見つめるイグニール。
 いた、確かにいた。

「ふはは、やりますね。私の用意したサソリをどうたらとか言っていたな……おそらく敵勢だ」

 ウィンストはしっかりセリフを聞いていたようで。
 出オチしたやつが何を言っていたのか教えてくれた。

「敵かあ……まあわかっちゃいたけど、なんだかなあ」

 もう少し登場の仕方とかあると思うんだけど。

「そのまま追撃しとく?」

 杖を構えるイグニール。

「まあ、頼むわ」

 無慈悲な追撃、良いでしょう。
 どうせ敵なんだから、今か後かの違いでしかないのだ。

「──ふははは! きかーん! 効かんぞこんな不意打ちは!」

 イグニールが火球を作り出したところで、砕けたつららの中からガバッと男が立ち上がった。

「あっ」

 だが、立ち上がったのもつかの間、すぐに火球が飛んで行く。
 ボッ、ボンッ!

「ぬわああああああああー!」

 それなりに大きな火球は、着弾と同時に爆発した。

「……よ、よかったのかしら? 何か話そうとしてたっぽいけど?」

「良いんじゃない?」

 困惑するのもわかるけど、敵は敵なんだから。
 変身ヒーローの特撮もので、悠長に変身を待ってあげることもない。
 そういう御都合主義を敵に配慮することもないのだ。

「むしろ、もっとやってしまえ」

「え? あ、うん。なら……はい」

 ボボボボボボ!
 ボンボンボンボンボンボン!
 連続火球。

 ドッシャアアアア!
 ズオオオオオ!
 豪炎の槍。

 ゴオオオオオオオオ!
 ゴッパアアアアアア!
 強めの火柱。

「改めて近場で見ると、やはりイグニールの火球は群を抜いてるな」

「装備が違うのよ、装備が」

 自慢げに笑いながら、俺が強化した形見の杖を掲げるイグニール。
 俺を、立ててくれているのだろう。
 非常にありがたいことだと頭の中で考えても、ドキッとは来なかった。

 今まで普通にしてたけど、やっぱり由々しき事態である。
 こないだも一緒に風呂に入ったのに、特に何も……。

「とりあえず、やったし?」

「──やってなあああああああい! やられるわけにはいかないのだよ!」

 多少黒焦げになりながらも、再びがばっと起き上がった男。

「……強いな」

「うん」

 少し真剣な表情になったウィンストの言葉に頷く。
 本気ではなかったものの、イグニールの連続攻撃。
 あれをまともに受けて立ちがあるのは強者の証だ。

「これが、主様方がおっしゃっていた豪炎とやらですか……ふーむ物足りませんね」

 男は焦げ付いたマントを脱ぎ捨てるとフラフラと立ちながら言葉を続ける。

「おっと、フラフラしてるのはダメージからではございませんよ? 元からです!」

「あ、はい」

「私の名前はアンダンテ! 最強にして頂点、守護者の中の守護者!」

「は、はあ……」

「有象無象のサソリどもを倒したからと言って、調子に乗っていられるのも今だけですから……ねっ!」

 ……また、濃いキャラが来てしまった。

「別に調子に乗ってないですけど」

「確かに! 私が来るのを見越してつららを仕込んでおくという策士! なかなか侮れませんねえっ!」

「いやそれは単純に従魔の命名権をかけたゲームの結果であって、たまたまですけど」

「な、なに!? ゲームだと!?」

「うん」

「わ、私はゲームついでに登場と同時に攻撃を受けたというのか……策士を超えた、未来予知っ!!」

「いや……」

 勝手にワナワナプルプル震えてるけど。
 違うんだよ。
 そうじゃないんだよ。

 正真正銘、偶然の産物なのだけど。
 説明が面倒なのでそういうことにしておく。

「アンダンテとやら、最強にして頂点の守護者だと言っていたが……」

「違う小賢、最強にして頂点、守護者の中の守護者だ」

「どっちでもいいのだが、お前は一体ここで何をして──」

「──よくない! 間違いはしっかり訂正しなければならないのだ!」

 ウィンストの言葉を遮って、アンダンテは続ける。

「そこらの守護者と比べてもらっては困るのだよ、非常に!」

「ならば聞いてやるから目的を教えるんだな」

「いいだろう。交換条件だ!」

 バカなのかな?
 いやバカだ。
 こいつはバカである。

「私は強欲、色欲、虚飾、この三つのコアから生み出された存在! トリブルガーディアン!」

「トリプル……ガーディアン……?」

「そう! 欲望に忠実な下僕のアンダンテ! アァン! 甘美な響き!」

 そう言いながら自分で自分の体を抱きしめてくねくね。
 き、気持ち悪い。

 それにしても、強欲、色欲、虚飾から生まれた守護者か。
 それぞれが身を削って作り出した守護者だけあって、素の能力(ステータス)が高いのだろう。

 色欲も混ざっているということは……。
 やはり色欲が敵勢の可能性であるという予測は正しかった。

「おっと、私の上品な体を飾っていた服がボロボロじゃないか」

 アンダンテが指を鳴らすと、パッと姿が変わる。

「服が急に切り替わったしー! どういうことだし!」

「ふふん、これは奪ったレアスキル瞬間換装というものだよ!」

 ほう、そんなスキルがあるのか。
 装備をいつでも切り替えることができるってのは便利だな。

「僕みたいに派手好きな守護者にはうってつけのスキルだね!」

 派手好きかは置いといて、俺の場合は装備が強さに直結する。
 いちいち靴を履き替えたり、服を着替えたりするのは面倒だからな。
 是非とも、パブリックスキルにて持っておきたいと思った。
 そういうスキルが存在するのならば、粘ればいつかは必ず手に入る。

「スキルの話はよくわかった。他には? そして目的はなんだ?」

「ふふん、見に来たんだ」

 ウィンストの言葉に、アンダンテは髪をかき上げながらキザに言った。
 あ、ちなみに髪の色は赤、金、灰の三色で、長めだ。
 すっごくキューティクルにこだわったような髪質をしている。

「眠ってるんだろう、ここに、憤怒のダンジョンコアがね?」

「それだけか?」

「答えはノー! それだけでこんな辺境に来るほど暇じゃないさ」

 スポークスマンとなって対話をしてくれるウィンスト。
 話を聞いているだけだったので楽だった。
 彼なら、このバカからうまい具合に情報を引き出してくれそう。

「僕は!」

 と、アンダンテは髪をかき上げながら続ける。

「起こしに来たのさ、彼を」

「憤怒のダンジョンコアをか? 怒りが収まらない状態での目覚めは天災級だと聞くが?」

「確かにビシャス様の説明ではそう言われているけど……数百年も封印されてるものが脅威……ねえ?」

「む?」

「一緒に封印されていた邪竜も、長い年月をかけ相当弱体化していたみたいで、現状維持を続けるただの守護者程度に消されるレベルだったんだから、怒りが収まってなかったとしてもただの雑魚には変わりないさ」

 どう考えてもとんでもない強さだったけどな、邪竜。
 弱っていたというより、力を溜めていたような形だ。

 アンダンテの言葉が聞こえているのか。
 さっきから右手の指にある三兄弟の指輪が脈打っているように感じる。

「アンダンテとやら、憤怒を起こしてどうするつもりだ?」

「さあ? 僕は起こしてこいと言われただけだからね?」

 でも、とアンダンテは続ける。

「倒せるレベルだったら倒していいって言われてるよ。そして世界が大きく変わるんだ」

「世界が、変わる?」

「知らないの? 知らないよね? 虚飾様は望んでるんだよ、切り替わりってのを」

「どういうことだ。さっぱりわからない」

「理解できなくても仕方ないと思うけど、まあ教えてあげるよ……今の世の中って、正直楽しくなくない?」
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