ちはやぶる

八神真哉

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第七十二話  急襲

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退屈だった。
見張りが必要とは思えなかった。
馬木の隆家の耳に入るまでに片はついていよう。
われらでさえ何も知らされていなかったのだ。

今朝早くに急に呼び出され、ここについたのが逢魔が時である。
兵たちは一人残らず驚愕の声を上げた。
ここは地獄の門ではないかと本気で怯える者さえいた。

ひと言でいえば、常軌を逸した造りである。
突破できる者などいるはずがないではないか。

それにしても寒い。
あとどれぐらいで交代だろうかと考え、三層目に、お神酒の入った壺があったことを思い出した。
一杯やればさぞかし体も温まるだろう。

喉を鳴らした途端に、きゅるきゅるという、擦過音と縄のたわむ音が聞こえた。

     *

滑り降りる勢いで兵を足蹴にした。
男は鈍い音をたて、勢いよく後方に飛んで行った。
臼を包み込んだ麻袋は別の兵の頭を割って止まっていた。

残り二人。

異変に気づいた兵が、太刀を抜いて駆けつけてきた。
精鋭を揃えたのだろう。
予想以上に反応が早い。

釣瓶車を手放し、飛び降りる。
横に掃われた太刀を、床の上に這いつくばるようにして避けた。
刃がイダテンの髪の毛を削ぎ、柵の柱に食い込んだ。
削がれた紅い髪の毛が宙を舞い、月の光を浴びてきらきらと輝いた。

兵に太刀を引き抜く間を与えず、懐に潜り込んだ。
両手で下から突き上げるように跳ね飛ばすと、兵は、宙を舞い、五間先の床の上に頭から落ちた。
矢をつがえようとしていた、もう一人は対岸の崖に叩きつけた。

騒ぎに気づいた門番や、階下にいる兵どもが動き出した。
床の一部に開けられた狭い穴から垂らされた縄梯子を登って来る兵の姿が見えた。

時を稼ぐために兵二人の骸で、その穴を塞ぐ。
下流側の小屋にいた兵どもも道に飛び出してくる。

十二人と言うところか。
上流側も同じだとすれば、これだけで二十四人になる。

鏑矢を含め二十四本、三十六本という武者が多いなか、イダテンが持ち歩いているのは十六本にすぎなかった。
しかもすでに、そのうちの四本を使っている。
不足分は倒した兵から奪うしかないだろう。

釣瓶車からぶら下がった臼を包んだ麻袋を回収すると、袋から伸びた縄を手早く柱に巻きつけ、力任せに前方に放り投げる。

伸びきった縄が、びしりと音をたてて止まり、麻袋に包まれた臼が柱を支点に唸りをあげて戻ってくる。

工匠の腕に感嘆する。
砦は、きしんで揺れはしたものの、付近に大きな歪みは生じなかった。

麻袋に包まれた臼は、峠道を塞いでいた柵の前に突き進む。

柵の前にいた門番は逃げる間もなかった。
麻袋は、その顔をかすめ、狙いたがわず谷側の柵の中ほどに命中した。

柵は、峡谷中に響き渡る音を残して跳ね飛んだ。
しっかりと縛ったつもりだった臼は麻袋ごと縄から抜け落ち、柵に続いて谷底に転がり落ちた。

山側の二列の柵は残ったものの、谷側に道が開いた。

    *

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